岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

近所の神社巡りその2

近所廻りの神社を再度参拝し、写真に残してきました。

最初は岡山駅の近く東口を北に少し行ったところにある道通神社です。
岡山駅の北側はあまり馴染みのないところなので。
DSCF3929

鎮座地:岡山市北区岩田町1-2
由緒、御蔡神共に不明

次も岡山駅東側に位置する子守神社です。
最初、場所分からず。少し通りから中に入るので、非常に分かりにくく、昔の記憶もあいまいなので苦労しました。
DSCF3942

鎮座地:岡山市北区野田屋町71
由緒:当社は、藩主池田光政公が御治世の承応2年(1653)岡山に大洪水があって当地に不審な石が流れ着き童(わらべ)らがこれを軽々ともてあそぶの母親が見て危ないと思い石を取り上げようとしても、その石は盤石のように微動だにしなかったので、人々は驚愕した。
 夜半に神様が夢枕に立って「汝、その石を奉斎すれば童子たちを守護し、疫病、災難を除くべし」とのお告げがあり、たちまち消えてしまった。早速、御霊石を子供荒神様と崇めて手厚く奉斎した。
 寛文年間に付近の川が氾濫したとき、童子が誤って濁流に落ちたが、流れて来た御霊石につかまり一命を取り留めた。
 その後、上下の崇敬が厚くなり、御神徳は近郷まで広まった。
 現在も子供の守り神としてまた、子授け、安産、子育て、学業成就、交通安全を祈り参詣する参拝者が多い。
御蔡神:阿須波神、波比伎神

次は後楽園の方向にあり、奥まったところにある稲荷神社(甚九郎稲荷)です。
DSCF3939

鎮座地:岡山市北区天神町9-41
由緒:当社は、宇喜多家再興のため岡山に潜入した佐久間甚九郎が当地を視察中、多数の暴漢に襲われ危機に陥った際、天から霊光が燦然と輝き、白狐の声が轟いたため暴漢等はその場にひれ伏したので、甚九郎は九死に一生を得て脱出することができた。
 町民はこの白狐は当地にあった稲荷神社の神であろうというようになり、それ以来甚九郎稲荷として大切に祀って来た。
 以来、この上之町に異変が起こるときは前もって白狐が鳴き、異変を町民に知らせるという。
 現在も上之町に火災など災難が無いのも当社のお陰と、町民の深い崇敬を集めている。
御蔡神:倉稻魂命、菅原道眞

ざっと近場一気に廻りました。

近辺の神社巡り

今回も手頃な近辺ですます。

「法隨稲荷大明王」、この神社も近所にあり、岡山駅への通り道にある。
なぜか岡山県神社庁に載ってない。(仏教系の神社?)

DSCF3921

鎮座地:岡山市北区駅前町2丁目7

由緒:法隨稲荷は今より約三百年前の延宝年間に創られた。最初は町内の富商深屋の屋敷内にあり、同家の隆昌はそのお陰と人々詣ずる事を請い遂にこの地へ遍座せられたものである。又、当地は安政の頃度々、洪水あり、その際一ケの厨子漂着し折からの夕陽を浴びて光荘を放っていたのでこれを・・・・・
詳しくは下記写真を
DSCF3922

御蔡神:豊宇気比売神

始めに

年をとってのブログ

岡山市内から神社巡りを始めてみます。
近い割にあまり印象無、そこそこの大きさで場所も分かりやすいなのだが

DSCF3918

まずは金刀比羅神社です。説明は神社に設置してあった表示です。

DSCF3919
鎮座地:岡山市北区野田屋町2-10-9
由緒:当社は天正年間の創建である。寛政年間に養林寺から出火し、神社に類焼した。昭和20年6月29日に戦災により神社は炎上した。このため古文書、旧記録を焼失したので由緒は不明になった。
御蔡神:大己貴命、加具土命、品田別命

このような感じで順次参拝する予定です。

ギャラリー
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