岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

神社廻り-倉敷暇つぶし

奥さんが姪っ子に頼まれた倉敷・阿智神社の御朱印帳を求めに倉敷へ、彼女はポケモン探しの楽しみもあるが私には何もない、これも奥さん孝行と思い阿智神社へ、神社の横に少しの駐車場があるが、観光客の多い街中を通らなければならないので無難にアイビースクエア前の有料駐車場へ
藤では有名だが紅葉は大したことはないのか?時節柄七五三詣でが多い!
阿智神社:倉敷市本町12-1
DSC_3360+
阿智神社でワンコと時間つぶし、倉敷川沿いの美観地区へ、南の端の社へ
不明祠
x1855page
鎮座地:倉敷市本町
由緒、御祭神共に不明

帰りに何処かポケモンに付き合わされることを覚悟しながら帰宅

神社廻り-たつの市、その2

奥さんが旅行から帰ってしばらく家でのんびりと!天気はほどほどだったが何か寒い、また今週も天気が悪くなりそうだし、寒さも続くらしいので思い切って出かけるが、夕方奥さんはお出かけ、早く帰る必要はあるが代りに渋滞に巻き込まれ難いか?
R2号で県境を越えてからからどのルートでたつの市へ入ろうかと悩んでいたがずっと大型トラックにあおられている感じ、煩わしいので国道を外れてかわそうと思い前回と同様5号へ、トラックもついてくるのでうんざりしていると直ぐに外れてしまっている、同じ道を通るのもと思ったが仕方がない、5号を東へ進んで行き播磨自動車道を潜った先、『井上養蜂場』の表示の処を右折して進んで行くと右手山裾に石灯籠、行ってみると『岳神社』の参道、かなり急な石段、神社はまだかなり先なので車で行く事に、元の道を進み前方十字路を右折して進んだ右手、車止めが有り無理-滑り止めを施したコンクリートの車道と階段は整備-直ぐ先に舗装された空地、そこに居られた人に断り歩いて参詣
岳神社
679-4027page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町長尾1028-42
由緒:創立年月不詳にして寛文3年(1663)、享保14年(1729)に本殿を再建。明治7年(1874)2月郷社に列し大正9年(1920)祭神玉與里媛命を日本武尊と訂正し同10年(1921)社務所を新築せり。
御祭神:日本武尊、応神天皇、菅原道真

引き返し十字路を南へ、左手池を過ぎた先太い道を左折して登って行った先(イオン物流)の手前の路肩へ車を停め、右手坂道を登って行くと神社の裏に、帰りは階段を下って行ったら車を停めた少し先に、Googleビューで見ると南側は車止めが有り進めない-未確認
679-4025_天満神社
679-4025page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小畑658
由緒:不明、御祭神:菅原道真

元の道を更に南へ進み、左にカーブした先の十字路を左折して進み、2本目の道を左折して進んだ突き当り(手前に空地)-南側から廻り込む感じ
竹原八幡神社
679-4026page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町竹原970
由緒:創立年月不詳。明治7年(1874)2月村社に列せられ大正9年(1920)幣殿前堂を新築し翌10年(1921)本殿を再建する。
御祭神:応神天皇

少し引き返し、前の道を東へ、三つ目の十字路を右折して前方広い道を左折、直ぐ先を右折して進んで行くと小さな池の先に空地、ここへ車を停め直ぐ先の石段を登り参詣
土師神社
679-4017page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町土師梶ケ谷845
由緒:初め保食神を祀る稲荷神社なりしも此地附近は往古土師の一族の居住したる地にして龍野町字日山に野見宿禰の墓と伝ふるものあり。しかも宿禰の霊を土師部落の十町南方なる大陣原神社といふに祀り今に大陣原神社附近に於て彼等土師の一族が焼き捨てたる埴輪圓筒の破片を多数発掘するなり 。かくて大陣原神社を稲荷神社へ合祀すると共に附近の無格社(兵庫県神社誌)を合祀し以て明治41年(1908)頃現在地に移転し社名を土師神社と改称す。次いで大正9年(1920)2月村社に列せらる。
御祭神:保食神、野見宿禰命、神功皇后、素盞嗚尊、八幡皇大神、神戸大神、菅原道真、琴比羅大神

前の道を南へ下り、前方十字路を左折して進むと93号、左折して進むと前方に『土師』信号を右折して東へ、2本目の道を左折斜めに進んだ広い路肩へ車停め歩いて南東の内側へ-神社付近狭そうに思ったが神社北側に駐車スペースあり-ゆっくり進んで行くと右手奥に神社が見えるので右折して入って行けば問題ない
南山天満神社
679-4016page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町南山695
由緒:創立年月不詳。明治7年(1874)2月村社に列せらる。天満神社と称す。
御祭神:菅原道真

少し先へ進み左折、次のY字路を左手に進むと右手に未舗装の参道-入口に石柱在り、近くの空地に駐車
七福神社
679-4016page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町南山
由緒、御祭神共に不明

先程の道へ引き返し東へ進み、突き当りを右手、直ぐ先を左手に進み、2本目の狭い道を右折して進んだ突き当り-途中は少し狭いが境内に十分な駐車スペース
龍子神社
679-415page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町龍子
由緒、御祭神共に不明

元へ引き返し西へ、中間近くの十字路を右折して北へ、橋を2本渡った先を左折して西へ、『尾崎橋北詰』信号の先の橋付近に車を停め、橋を渡った民家の左手の道を進んだ奥-神社まで車で行けるが未舗装、駐車場所も未舗装なので歩いた方が賢明
三神社
679-4024page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町尾崎
由緒、御祭神共に不明

川沿いの道を東方向へ、『北山南』信号で440号、東へ進んで行くと左手入った処に神社が見える、通行止め看板があったので路肩に車を停めて歩いたが、隣が公園で駐車スペースは十分
荒神社
679-4012page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町前地
由緒、御祭神共に不明

公園にいた工事関係者に尋ねると神社前の道は北へ通行可能とのこと、北へ進み前方広めの道を右折して北東へ2本目の道を左折して進んで行くと前方Y字路の手前の右手に
龍石神社
679-4011page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町佐江
由緒、御祭神共に不明

川沿いの道を南東に進み左手橋を渡って北東へ進んで行くと道が複数交差した地点、手前をV字に曲がって南東へ進んで行くと前方に赤い鳥居、その先を左折して進んだ左手
祝田神社
679-4005page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町清水302
由緒:不明
御祭神:石龍比古命、石龍比賣命
隣りに王子八幡神社(御祭神:誉田別大神)

東へ進むと440号左折して進み、3本目の道を右折して進み、3本目の道を左折して進んだ右手
稲蒼魂神社
679-4003page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小神
由緒、御祭神共に不明

北へ進むと5号、右折して進んだ直ぐ左折して北へ進み、前方Y字路を右手に進んで行くと右手に右折して進み、神社前の空地に駐車-防護柵在り
古宮神社
679-4003page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小神542
由緒:無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:天照国照彦火明命、市杵嶋比売命

神社前の道を南へ引き返す右手に(小神倶楽部の隣り)
三寳大荒神
679-4003page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小神
由緒、御祭神共に不明

5号を西へ進んで行くと『恩徳寺』の処(石柱あり)を右折して北へ進んで行くと前方に広い道、右折して進んで行くと左手に-神社の道を挟んだ反対側の山裾には神輿庫が
井関三神社
679-4002page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町中垣内甲799-1
由緒:当社の創建は今から凡そ二千有余年の悠久の昔に遡る。社伝によれば人皇第10代崇神天皇2年(BC96)播磨国揖保郡亀の山に天照国照彦火明櫛玉饒早日命が勅命により鎮座されたのが始まりである。その後時代の推移により当社が亀の山より現在の井関の地に遷座された年代と経緯については諸説があり判然としない。他方亀の山の社地には当時より武甕槌命を祀り奥宮神社と称し殊に足利時代には亀の山に築城の赤松領主の篤い崇敬を受け、その後幾多の年月を経過して現在に至っている。瀬織津姫命は中垣内の庄屋八瀬氏により弘治元年(1555)山城の国京都より勧請合祀される。建御名方命は寛文12年(1672)脇坂安政公が龍野城主として入城の際、信州の飯田に鎮座の諏訪神社により勧請合祀されて之より井関三神社と称し、前記三神と奥宮神社の一神を斎祀して幾星霜、平成の御代の今日に至る迄連綿として御神威の広大無辺なる事を仰ぎみるのである。
御祭神:天照国照彦火明櫛玉饒速日命、瀬織津姫命、建御名方命、武甕槌命
石垣等が崩れている、何があったのか?

広い方の道を通って5号迄引き返し西へ、前方右折して『菖蒲谷公園』方向へ、3本目の道付近へ車を停め西方向へ歩いて行くと右手に-道が狭いと思っていたが意外と広く神社付近にも駐車は可能、民家前の小道を進んで行くと
金比羅神社
679-4001page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町新宮
由緒、御祭神共に不明

先へ進み『新宮公民館』の案内がある付近に車を停め、歩いて西方向へ、公民館の先を右折、次を左折して進んで行くと右手に、畑を横切って参詣
下志荒神社
679-4001page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町新宮
由緒、御祭神共に不明
神社の北側に駐車スペース、この道を東方向へ進み、前方十字路を右折して進んで行くと車を置いた場所の直ぐ北-道幅も広く車で十分可能

広い道を北へ進み、まばらに集落が左手に見える処の路肩(ダンプカーの通行が多く、この辺りの路肩が広い)へ車を停め、西方向へ進み前方右折して進んだ先、やはり防護柵があり予感は当たったが、広場の先なので車で行くべきだった。今日最初で最後の失敗?
熊野神社
679-4001page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町新宮719-82
由緒:不詳
御祭神:伊弉冊命、豫母津事解命、速玉男命

少し早いが一人ぼっちのワンコとの約束もあり帰宅することに、来たコースをそのまま引き返す感じ!
R2号を西へ進みブルーラインへの道と閑谷への道の中間位、右手に山陽道のある左手で『竹本工業所』の案内板の所
神田宮
x1838page
鎮座地:備前市八木山
由緒、御祭神共に不明
ここはかなり前から分かっていたが東へ向かう時は上り坂で分かりやすいが反対側、西へ帰るときは下り坂で見落とし易いのでいずれと思っていたが放火されてしまい、非常に残念に思っていた場所、後は時間も早く問題なく帰宅!

神社廻り-たつの市、その1

奥さんがいない間ワンコと留守番、最近は何故か旅行の期間が短い気もするが、歳を考えれば当然のことか?
明日帰ってくるので今日は思い切って播磨の国、たつの市(龍野市-この方が好みだが!)目的の場所としては龍野城跡を目指すので、R2号から5号で上郡、相生市を越えて進んで行くと、以前、山道で側溝にはまった日吉神社を右手に見ながら進んで行くと龍野市へ、峠を越えた市境には『童謡の里龍野』の看板、下って行った先、池の左手に鳥居
稲荷神社
679-4021_稲荷神社page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小犬丸
由緒、御祭神共に不明

先に進み次の集落の北側、外れの路肩へ車を停め、北方向へ進み左折して進んだ先(何故か神社前に広い道)
大将神社
679-4021_大将神社page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小犬丸
由緒、御祭神共に不明

更に進み前方小さな川の手前を左折して進むと前方左手奥に川側に車を停め歩いて-集落の中は意外と道幅があるが早めに停めた方が無難
建速神社
679-4021_建速神社page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小犬丸
由緒、御祭神共に不明

先進み『播磨自動車道』を潜った先、右手『小犬丸遺跡 布勢駅家』手前に車を停め歩いて北側の池の側を目指す-この集落の中の道も広い、神社手前に防護柵があるが、開けて入ることは可能で、ここまで車でも可能だが手前の方が問題ない-神社近くは木々の関係で少し通り難い
須佐男神社
679-4021_須佐男神社
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小犬丸
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行き、前方右折して93号を進んで行き右手の池の処を左折して進んで行き、『北沢公民館』前に車を停め、北へ進んで行くと
八坂神社
679-4022_八坂神社page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町北沢
由緒、御祭神共に不明

先に進んで行くと右手に池と交番、交番の側に車停め、少し引き返した処の三叉路を細い道を進んで行くと池の側左手に
住吉神社
679-4023_住吉神社page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町住吉
由緒、御祭神共に不明
引き返して分かったが徒歩なら駐在所の右手の道を行けば簡単

先へ進み突き当りを右折、次を左折して進んで行くと左手に池、左折して池の間を北へ進んで行くと左手に『竹万農業構造改善センター』、ここに車を停め、北側の道を左折して進むとお堂、ここの北側の道を登って行くと右手に-舗装はされているが竹等が通行の邪魔に、少し遠いが歩いた方が賢明
三方荒神社
679-4014_三方荒神社page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町竹万
由緒、御祭神共に不明

先へ進んで行くと左手に公園、更に進んで行くと右手に
構荒神社
679-4007_構荒神社page
鎮座地:兵庫県たつの市揖西町構
由緒:不明
御祭神:武大神

昼も過ぎたので早めに龍野城跡を目指すことに、先に進むと5号、そのまま東へ進み、前方『赤とんぼ荘』案内に従い左折して進んで行くと駐車場が峠付近に、位置的に遠いので下って行くがお店の駐車場程度しかみあたらない、揖保川に出た左手に
水神社
679-4176_水神社page
鎮座地:兵庫県たつの市龍野町水神町
由緒、御祭神共に不明

駐車場探しに、直ぐ先の交差点(案内パネル表示)一方通行である左手の道を南へ進んで行くと道幅が狭くなった左手に
白髭稲荷大明神
679-4166_白髭稲荷大明神page
鎮座地:兵庫県たつの市龍野町川原町
由緒、御祭神共に不明
不明神社
679-4166_不明神社page
鎮座地:兵庫県たつの市龍野町川原町
由緒、御祭神共に不明
境内?に停めたので前方川沿いの5号出て右折して川沿いに進み、前方右折して5号を進み『龍野西中前』信号を右折して進むと正面に『龍野高』右折して進んで行くと左手に手前参道横にある空地に車を停め
粒坐天照神社
679-4161_粒坐天照神社page
鎮座地:兵庫県たつの市龍野町日山463
由緒:人皇第32代崇峻天皇、第33代推古天皇の御代、今のたつの市に伊福部連駁田彦という長者あり。邸の裏に杜がありて、推古天皇2年(594)、輝くもの現われる。曰く、「我は天照国照彦火明命の使である。天火明命の幸御魂はこの地に鎮まり、この土地と人々を守り給うて既に千年を越ゆ。今汝の正直、誠実なるに感じ給い天降りまして神勅を授けようとされている。神勅を奉戴し新しい神社を造営して奉祀せよ。すなわち、今ここに種稲を授け給う。これを耕作すれば汝の田のみならずこの里全体に豊かに稔り、この土地は永く栄えてゆくであろう。」と。昇天して去り、あとに種稲が残されていた。 
この神勅を尊み奉戴することを誓うと、一夜にして千頂もの水田ができた。駁田彦が中心となり神社を建立奉斎し、またこの水田に授かった種稲を耕作すれば大豊作となり一粒万倍したという。以後この土地は米粒を意味するイイボ(揖保)の郡と呼ばれた。人々は嬉び感謝し、この神社を粒坐天照神社と称して氏神と崇めた。
御祭神:天照国照彦火明神
東側に
瑜伽神社
679-4161_瑜伽神社page
鎮座地:兵庫県たつの市龍野町日山
由緒、御祭神共に不明

適当な駐車場も見つからないので神社前の道を深く考えなくワンコと道なりに進んで行くと突き当りが裁判所、右側から廻り込んで『龍野城』、多少曲がるが北西方向へ進んで行くと
龍野神社
679-4170_龍野神社page
鎮座地:兵庫県たつの市龍野町中霞城2
由緒:龍野藩主脇坂安董文化8年(1811)に小祠を作り祖神安治主命を祀り武安治公霊或は建安治主大明神と仰ぎ、その子安宅父の心を継ぎ、文久元年官に乞いて安治主命を崇めて神として祭り垂裕大明神と日い、建安治城命を崇めて祠を芝口の上野に建つ。翌文久2年(1862)龍野邸内の地を卜し本殿拝殿を新築し、更に安董安置の神像鎮斎する。次いで脇坂安斐に至りて廃藩置県の為、居を東京に移さんとして神社をも東に遷座せんとするが、明治7年(1874)龍野町並びに北龍野及び樋山(日山)村の人々協議して当地に之を置かんことを乞い許されて、更に境内を拡張し社殿を修理せり。此年郷社に列せられるという。猶同2月垂裕神社と称し、翌8年(1875)4月龍野神社と改称し神号を建安治主命と称せり。
御祭神:建安治主神 配祀神:宇迦之御魂命 誉田別命 天御中主命 迦具都知命 野見宿祢命
城山八幡宮
679-4170_城山八幡宮page
鎮座地:兵庫県たつの市龍野町中霞城
由緒、御祭神共に不明
此処も神社の前に駐車場有-『聚遠亭』の為の感じ、多角的な事前調査は必要?

地図を詳しく見て北側からか南側から悩んだが南側から廻ることに、結構勾配・距離があり大変だが石段が整備されているのでまあ楽な方かと思ったがワンコがダウン?、途中抱いて上がり疲れる、最後の神社への石段は愛嬌にしては多い-帰って地図を確認して北側から廻り込んで、南へ下りるべきであった
野見宿禰神社
679-4171_野見宿禰神社page
鎮座地:兵庫県たつの市龍野町北龍野
由緒: 『播磨国風土記』では、播磨国の立野(兵庫県たつの市)で病により死去し、その地に埋葬された。相撲の神様(相撲の神様である野見宿禰の、墓に設けられた玉垣は力士が寄進したもので、名力士や、今も襲名されている行事などの名前が刻まれている。)、芸能の神様でも
御祭神:野見宿禰

下側の公園広場まで降りて、車までどうやって行こうかと近くの人に聞くと峠まで登り南へ下る道の左手(舗装)進み、その先Y字路を右手の道(未舗装)下って行く方法がベター!、今日のコースを辿るには龍野神社前に駐車するのがベスト、ペットお断りの場所が多いので、ここなら木陰もあり近場でもあるのでベター!
非常にワンコ共々疲れたので来た時の逆コースで帰宅、秋は釣瓶落とし、途中ライトの点灯が必要になった。
ギャラリー
  • 神社廻り-福山北西方面
  • 神社廻り-福山北西方面
  • 神社廻り-福山北西方面
  • 神社廻り-福山北西方面
  • 神社廻り-福山北西方面
  • 神社廻り-福山北西方面
  • 神社廻り-福山北西方面
  • 神社廻り-福山北西方面
  • 神社廻り-福山北西方面