岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

神社巡り-県外伯耆編(倉吉)

どうも県内の神社を廻る気が起きない-ほとんどの神社は参詣をすませ、残りは?と言う感じ

先週と少し方向を変えて倉吉市方向へ(昨年三朝温泉方面の参詣をすませ、「次は何処へ」と云う時地震で中断-再挑戦と地震の傷跡は)、当初の予定ではR313号で県境超えて倉吉市南西方面(関金)の神社を廻る予定だったが勘違いしてR179号を北上していた、途中R313号(湯原)方向へ抜ける道があると思ったが、どれも曲りくねった山中の道のようである。あきらめて人形峠トンネルで県境を越え、一年ぶりに三朝温泉方向から倉吉市へ、(ここも最初は関金から入る予定をたてていたのだが。)
倉吉市の市街へ入ったが何処から廻ろうか悩むことに、結局、一応考えていた予定とほぼ逆コースで廻ることに!
R179号が北に曲がる『米田町』信号を左折して南へ、突き当りを左折して進み次のT字路を右折して進み、左手マンションの先を左折して進むと右手に坂道、邪魔にならないように少し先に停め歩いて坂道を登って行くと左手に石段と鳥居、少し距離はあるが登って行く-右手の道が車参道(意外と道幅は広いが歩いた方が無難か)
東山神社
682-0814_東山神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市米田町568-4
由緒:古来より牛頭天王と称していた。
御祭神:素盞鳴尊、大山祇命、宇迦之御魂命、菅原道真命
やはり予想した通り一年では修復は難しいのが良く分かる、今後廻る神社も同様だろう-大きな神社はともかく、地域の神社は余計に難しいだろう、これまでも災害が無くても放置された神社を見てきたので!

今回予定の一番西側の神社へ、先ほどのR179号まで戻り北へ、前方『下田中町』の信号を右折して前方突き当りの一本手前の道を左折して進み、交通量の割に道が狭いので、少し行った『下田中薬師堂』横に車を停め北方向へ歩いて
勝宿禰神社
682-0812_勝宿禰神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市下田中町113
由緒: 「三代實録」に、貞観13年(871)「授伯耆勝宿禰神従五位下」と記されている国史現在社らしい
御祭神:彦火火出見尊、宇迦御魂命
やはり予想通り地震の被害が、『南総里見八犬伝』のモデルの里見家がこちらに移封されていたとは!

R179号まで引き返し、前方の205号と出会う処の信号を左折して細い道を南へ、左手に『Nail's Qute』、ここを更に進んで行き、前方右手のごみステーション付近(しあわせ地蔵)に車を停め、歩いて先へ進んで行く-後で気付いたがこの道の入口(十字路)に石柱で『新宮神社参道」の表示が、また狭いけど神社の境内まで車で可能だが無理をしない方が無難
新宮神社
682-0816_新宮神社
鎮座地:鳥取県倉吉市駄経寺町55
由緒:古来より真宮大明神と称していた。
祭神:伊邪那岐命、伊邪那美命

先程の十字路を西に進んで行くと一歩手間で直進できず右折し次の205号を左折して進み前方信号の左手の石段前に車を停め歩いて-石段前に通行止め-注意して参詣へ
住吉神社
682-0817_住吉神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市住吉町3366
由緒:勧請年月・縁起・沿革等は全て不明
御祭神:底筒男命、中筒男命、上筒男命、神功皇后(不詳)
ここも倒壊跡が生々しい

前方へ進むと38号、西方向へ進んで行くと前方左手に石柱に注連縄の『黒住教倉吉大教会所』ここを左折して進み、突き当りを左折して進んだ先-前に駐車スペース
賀茂神社
682-0822_賀茂神社page
鳥取県倉吉市葵町584
由緒:往古、山城国上賀茂神社の祭神を勧請したと伝えられ、貞観9(876)年に記された「三代実録」に記されるなど歴史のある古社。天文年間(1532~1555)尼子晴久が再興、享保4年(1719)宗源宣旨により神階正一位を授かっています。明治維新の際、賀茂皇大神宮から現社名に改称され、郷社となりました。井戸のほとりにあった夕顔の蔦を伝い、天女が天に帰ったと伝わる「夕顔の井戸」も!
御祭神:賀茂別雷神
古代史ファンに天武天皇と日本書紀等を編纂させた藤原氏との関係、興味のある場所か?(天武天皇の皇居は鳥取県倉吉市打吹山の賀茂神社?)
ここも酷く地震の跡が残る!大きな神社?であり、結婚式場もあるので再建は早いか、今回は修復中であり、何らかの関係者を宮司さんが案内していたので

次の目的神社は『打吹公園』内、街中に車を置きっぱなしにするのも何かと問題があり、賀茂神社の左手奥に第2観光駐車場、別に何も競技を行ってないのに満車、やっと一台分空いていたのでかなり遠いが歩いて行くことに、倉吉博物館前を通って公園方面へ、広場の西端に
打吹正一位稲荷神社
682-0824_打吹正一位稲荷神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市仲ノ町
由緒:打吹正一位大明神は、古来より商売繁盛、縁結び、健康長寿、食物の神様として多くの皆様から崇められてまいりました。此処、打吹山中腹に鎮座して、倉吉(鳥取県中部)商工業発展の歴史と歩みを共にしてまいりました。老朽化が進み援助の依頼が、しかし今回の地震で状況が悪くなったか
御祭神:記載なし

位置的には直ぐ近くだが参道は無い、近くの幼稚園の先生に聞くと、西へ進み『飛龍閣-時の皇太子(大正天皇)の山陰行啓の際には、宿泊施設として使用』の先に参道在り
鎮霊神社
682-0824_鎮霊神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市仲ノ町3445-15
由緒:境内に標示されている
御祭神:護国の神霊

更に西へ住んで行くと前方に
大江神社
682-0824_大江神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市仲ノ町3455
由緒:大江磐代君は、廷享元年(1744)、市内湊町で生まれ、京に上って成子内親王に仕え、内親王が閑院宮典仁親王に嫁いだ時、その待姫となりました。明和8年(1771)、佑宮(光格天皇)ほか三皇子を産み、文化9年(1813)、69歳で没しました。
御祭神:大江磐代君(第119代光格天皇の生母)

38号へ出て西へ進んで行くと左手に
倉吉神社
682-0824_倉吉神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市仲ノ町
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと右手に(花屋の隣り)左手に駐車場(花屋Orお寺)
木山神社
682-0863_木山神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市瀬崎町2764
由緒、御祭神共に不明

お寺側、墓地の東側の中腹-石段は続いていると思われるが草木に覆われ参詣できず
秋葉神社
682-0864_秋葉神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市鍛冶町1丁目
由緒、御祭神共に不明

信号を北へ進み、川を渡った先を右折して進み信号手前の『倉吉福祉センター』前に車を停め、センターの西側JA鳥取中央の中に
同栄神社
682-0867_同栄神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市越殿町
由緒、御祭神共に不明

何かこの附近は街中のせいか一方通行が多そう、少しウロチョロしたが分かり難い、面倒なので先程の観光駐車場へ、むしろ第1の方が空いていたのでそちらへ、ここから歩いて街中へ、街中にも方々に駐車場がありそうだが下調べが必要-おかげで近くの神社を忘れて仕舞う-倉吉白壁土蔵群から川沿いに東へ進んで
荒神町神社
682-0883_荒神町神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市荒神町
由緒、御祭神共に不明

此処の川を挟んだ南側に、境内に『駒姫八幡大菩薩』の社が(お寺の境内)
駒姫八幡大菩薩(大岳院)
682-0823_駒姫八幡大菩薩(大岳院)page
鎮座地:鳥取県倉吉市東町422
由緒:1605年に開創された曹洞宗の名刹。境内には「南総里見八犬伝」のモデルとなった安房国(千葉県)館山城最後の城主・里見安房守忠義公と8人の家臣がまつられている。忠義公が寄進したと伝えられる「三彩稜花刻花文盤」は県保護文化財である。
御祭神:山名氏豊とその娘の駒姫
ざっと見て出てしまったがのんびりすべきか

車に戻り、そして38号を西へ、前方左折して38号を進み右手の山の中程の右手に空地、ここに車を停め北側からの参道を探す、参道らしき跡はあるがとても通れる状態でない、近くで出会ったジョギング中の人に聞くと昔は赤い鳥居が幾つもあり立派だったが今は取り壊されて無いとの事、諦めて次へ(県外の神社でありこだわりは少ない!)
清熊稲荷神社(鳥取県倉吉市余戸谷町)

38号を進み、直ぐ右手の坂道を登った先-かなり広い駐車スペース
八幡神社(倉吉八幡宮)
682-0831_八幡神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市八幡町3626-3
由緒、御祭神の詳細見当たらない
ニュースでも良く取り上げられていたがやはり地震被害は甚大である。

前方へ坂を下って進み、右折して西へ進み前方橋を渡って進むとR313号へ少し早いが半分帰る気?
R313号を南へ進んで行き『コメリ小鴨』の少し先の『上古川』が斜めに走っている先を右折する予定だが工事中で通行止め、何処で右折しようかと思いながら信号の先を右折して進むと突き当りに『上小鴨駅(廃駅)』ここで行き止まりなので少し引き返し、前方左手のT字路を左折して、北へ進んで行くと右手に
上古川神社
682-0934_上古川神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市上古川
由緒、御祭神共に不明
境内横に『倉吉の鋳物師(斎江家)用具及び製品』の案内-国指定重要有形民俗文化財-斎江(さいごう)家は、寛永3年(1626)備中新見(岡山県新見市)から倉吉に移り創業したと伝えられています。江戸時代から昭和10年代までの間、鍋、釜をはじめ梵鐘(ぼんしょう)、鍬先等に至るまでの多種多様な鋳物を製造し、広く供給しました。
神社に関するかどうかは不明
前方を左折する-当初予定のコース-西へ進んで行くと前方道路工事中(広い道が出来上がりそう)、墓地の間の坂道を左手に登って行くと右手に-ここも祠が土台から外されている、地震の影響か?
神明神社
682-0934_神明神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市上古川
由緒、御祭神共に不明

前方へ進んで行って237号へ、左折して237号の南西へ、R313号へ出ようとも思ったがそのまま南西へ前方50号と出会う処、直進して細い道を登って行くと左手に
栂神社
682-0402_栂神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市関金町大鳥居
由緒、御祭神共に不明

50号を進んで行くと前方にR313号右折して進むと右手に『日吉神社』車でちょっと廻ってみるが適当な道が見つからない、狭いが川沿いに東からが一番-今後

R313号を進んで行き、前方右手の115号(美作街道)を南へ進んで行くと右手に
矢送神社
682-0412_矢送神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市関金町山口447
由緒:詳細は未調査、蒜山から関金にかけての古代史
御祭神:天津彦火瓊瓊杵尊、天児屋根命、天太玉命、素盞鳴尊

直ぐ先を左折して進んで行くと前方左手に
浅井神社
682-0412_浅井神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市関金町山口
由緒、御祭神共に不明

前方の坂道を登って行くと『道の駅犬挟』に、ここからR313号で帰宅することに、蒜山三座、湯原、勝山、久世、落合と旭川沿いに南下、30号で旭川ダムを通ってR53号へ、これまでと同様に帰宅-コースを勘違いし、疲れたというより何か中途半端な感じ!
-国会図書館に電子化された鳥取県神社誌があったので時間が有ったらゆっくり眺めてみることに!

神社巡り-因幡(智頭から河原)

岡山県内の神社も最近、結構見つけているが、何か強引に参詣している感じで、神社の持つ雰囲気に欠けている感じ、やはり県外の神社も偶にはと言う感じで、今回は八頭郡智頭町から河原城を目指しR53号を北上

赤磐市、美作市経由でR53号へ、R53号を曲りくねりながらどんどん進んで県境を越え、更に曲がりくねって進んで行くと、前方左手に那岐駅の案内、V字に左手曲がり、その先に295号、右手に聞くと那岐駅、左手に進んで行くと右手に鳥居
那岐神社
689-1451_那岐神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町大背708
由緒:那岐山(1255m)は全体が古くから神として崇拝され、那岐大明神(奈義神)と呼ばれていた。のち宇塚村内に勧請され五穀豊穣の祈願がなされ、天徳年間(957~61)の初めに現社地の後山山頂に遷され、ついで現社地に移転したという。明治5年(1872)に那岐神社と改称されたが、明治2年から大正2年(1913)までに近郷神社37社を合祀している。大きな石造鳥居を二つくぐると土師川に架かる橋を渡り那岐神社の境内。鎌倉時代には、藤原・紀・伴・賀茂などの姓を名乗る郷の住人たちの信仰の中心であった。秋の例大祭では近在の村々から花籠が奉納される花籠祭りが催され、麒麟獅子舞や浦安の舞、子供相撲など多彩な奉納が繰り広げられる。麒麟獅子舞は江戸時代から続く神事の一つである。拝殿前の灯篭は延享3年(1746)、狛犬は嘉永6年(1853)の奉納という。本殿は寛文7年(1667)に再建されている。拝殿の脇には奉安殿、北野神社、稲荷神社が並んでいる。
御祭神:国常立、伊邪那岐、伊邪那美

引き返して東へ295号、296号と進んで行き、R53号へ出る手前を右折して南へ進みR53号を横切り更に進んで行くと集落を過ぎた先十字路の左手奥に
森岡神社
689-1443_森岡神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町真鹿野232
由緒、御祭神共に不明

R53号を北へ進み、『日の出サービス』前を右折して東へ進んだ右手奥(基本的に直進し、Y字路を右手に進んだ集落の突き当り-前方民家の後ろに鳥居)-R53号から入る処が分からず行き過ぎる、バス停の手前が目印?
向田神社
689-1432_向田神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町穂見883
由緒、御祭神共に不明

R53号を北へ進み、前方右手にパーキング、その先に水色の橋と火の見櫓、左折して進み、因美線を越えた右手二本目の道を右折して進み、左手石碑の手前に参道-適当な駐車場所がないので素早く参詣
秡谷神社
689-1437_秡谷神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町三田500
由緒、御祭神共に不明
前方へ進み、突き当りを右折して進みR53号へ

R53号を進んで行って6号と交わった先、右手の坂道の先、車で通行可能な幅であるが入り口に車止め
不明神社
689-1402_不明神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町智頭
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し、6号を西へ進み、前方橋を渡った右手奥に鳥居が、橋を渡った直ぐを右折して山側に進むと鳥居だが今回はこの道が工事中で通行止め、付近の路肩に車を停め歩いて-通行可能でもこの道は狭いので、橋の手前を右折、前方の左手の橋を渡り、突き当りを左折、次を右折、左折した先に駐車スペース-参道口には防護柵、近いと思ったがこれは随身門、結構奥にあり、車参道もあるがちょっと通行するには不安-路肩と土砂崩れ
金刀比羅神社
689-1461_金刀比羅神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町坂原461
由緒:金比羅神社 古くから北山権現といい、江戸時代のおわりころ、安政5年(1858)から讃岐の「金比羅」を勧請(かんじょう)しました。讃岐のコンピラさんは航海の神と豊漁の神として崇拝されましたが、のちに豊饒の神として農村でも祭るようになりました。しかし「金比羅」は、もともと十二神将の一つで仏であるため、明治初年の「神仏分離令」に神と仏を一緒に祭ることを禁止しました。この神社も破壊されましたが、明治15年、村のあつい信仰心によって「金刀比羅」神社としてよみがえりました。本殿壁面に、名工が刻んだ「八岐の大蛇退治」の彫刻があります。讃岐のコトヒラ神社は、祭神は大物主神(大国主神)で出雲の神を祭りますが、ここのコトヒラ神社はスサノウノ命と蛇の神を祭っています。古くから、「神無月」(旧10月)には全国の神々が出雲に集合しますが、蛇の神だけは「留守い神」といって土地を離れることをしないといわれていますから、収穫の神として崇める信仰が起こりました。
御祭神:須佐之男命
引き返してR53号へ戻り


R53号を進んで行った右手に40号、みちなりに山中の坂道を進んで行ってトンネルを抜けて下った少し先と進んだ少し先(板井原集落Pと案内表示)を右折して進んだ右手、直ぐ先に駐車スペース有
向山神社
689-1401_向山神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町市瀬
由緒、御祭神共に不明
全然知らなかったがこの地区は伝統的建造物群保存地区。
平家落人の隠れ里の伝説が残ると言われており、神社は国登録有形文化財らしいが良く分からない、豪雪地帯せいか神社の傷みの保護で覆う建物が多いのも分かり難さの一因か?県道の二桁代で問題は無いが山道の登りは意外と時間がかかる。

R53号へ戻り、R53号を進んで行き、自動車道を潜った先、右手の石碑(岩鼻神社)付近に車を停め、右手に入って行った奥、普通の車では難しいか!
岩鼻神社
689-1401_岩鼻神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町市瀬
由緒、御祭神共に不明

53号を北へ進み、新中川橋先の左手をV字に下り直ぐを右折して進んだ先、早めに停車(線路脇)、階段の下で鳥居を眺めていると急に急行が、なるほど危ない-北側から廻り込めば問題ないが面倒、また山頂で急峻な山道を予想していたせいか意外と意外と登りやすく整備された道、「麒麟獅子舞」が行われている関係か?(線路を渡った先に社務所有り)
犬山神社
689-1225_犬山神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町宮原275
由緒:我が因幡国の犬飼部が本居として住んでいたのは此の地方であり其の狩猟の御山として此の山を(犬山)と云います。此の御山(犬山)に御宮を建てて大国主神を初め五柱の神々を御祀りしたので(犬山神社)と申します。~中略~ 古くから古用瀬、家奥、屋住、安蔵、山口、宮原、川中、樟木原、金屋の九個村は此の神社の氏子であり葦男の神に付属した村里でありました。~中略~(神社拝殿の額より)
御祭神:国常立尊、大己貴命、倉稲魂神、大山祇神、保食神、葦男大明神(葦原醜男神)

R53号を進んで行ってR482号との交差点を右折した突き当り、付近に結構駐車している車有りOKか?
東井神社
689-1201_東井神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町用瀬96
由緒:天暦年間(850年頃)に山城国紀伊郡八坂鎮座の八坂神社のスサノウノミコトを勧請(かんじょう)して、妙見大明神と称していました。記録の上では、慶安2年(1649年)のものが一番古いものです。秀吉来攻の際、兵火にあって縁起・棟礼等一切を焼失しましたが、藩政時代は郡内の大社で藩主のための祈願所でした。明治元年(1868年)に、産土(うぶすな)六社を合祀して東井神社を改称しました。現在の社殿は、明治5年鳥取藩の尚徳館にあった社殿を移して再建したもので、池田家の揚羽紋が随所に見えます。毎年5月3日の祭りで舞うキリン獅子は、文政11年(1828年)の作です。
御祭神:須佐之男命(妙見大明神)?
何故かここの末社は全て鳥居付き1

後で知ったが対岸の奇妙な建物は流しびなの館、前に『ひな神社』があるよう、北へ行く時ちょっと立ち寄るか!

R482号を西へ、右手のY字路を少し進んだ右手奥、手前に車を停め参詣したが、鳥居の左手に空きスペース、その先から境内へも入れる
宮谷神社
689-1211_宮谷神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町別府224
由緒、御祭神共に不明

R53号を進み右折してR482号を進んで行くと右手に鳥居、路肩は広いが国道、左手に多目的のグランド、奥に広い駐車場がありここに停める
鷹狩神社
689-1213_鷹狩神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町鷹狩204
由緒:創立年代は不詳であるが、藩政時代には、」ここ宮ノ谷に鎮座していたことが元禄八年(一六九五)以前の神道裁許状に「小田大明神」(国常立尊)と記されている。明治元年(一八六八)から「小田社」と称したが、明治六年「村社小田神社」と改称された。-中略-六神社を明治三十九年九月「小田神社」に合祀された。同年十月「鷹狩神社」に改称された。
御祭神:国常立尊
新しく奉納された石碑に記載

R482号を進んで行くと右手に旭丘集会所、その奥、車が多く停まっており歩いて参詣-道路に停めてあり、神社前は空いていた(未整備)
旭ケ丘神社
689-1213_旭ケ丘神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町鷹狩
由緒、御祭神共に不明

引き返し49号を西へ進み前方坂道の始まり附近の右手に階段と鳥居、少し先に車参道あり
美那理神社
689-1212_美那理神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町美成
由緒、御祭神共に不明

R53号を進み、前方左折して195号を進み、3本目の道(集落の間を通る細い道)を左折して進んで行った右手-少し進んだY字路付近が広い
都波奈彌神社
680-1215_都波奈彌神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町和奈見475
由緒、御祭神共に不明

元の道を引き返し、少しR53号を進んだ左手バス停手前の路肩に車を停め右手、昔の歩行者用の踏切の後を強引に線路を越えて、右手に、突き当りを左折して山際に進んで行くと前方に-北側から廻り込んだら、車で行ける感じもするが、実際狭すぎるし、今回近くの人の車が参道を塞いでいた
太田神社
680-1216_太田神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町釜口1487-3
由緒、御祭神共に不明

R53号を進んだ右手『国英駅』方向へ右折し、最初の十字路を左折して進んで行くと右手山際に鳥居、付近は稲刈りで忙しそう、手前の路肩に車を停めて歩いて行くが、神社前に十分な駐車スペース-前方の山の中腹に『善南寺』面白そうな建物が見られるが今回は時間的な余裕も無く中止
釜口神社
680-1216_釜口神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町釜口1737
由緒、御祭神共に不明

前方へ進み、突き当り手前を左折して進んで行くと前方にR53号、左折してR53号を進んだトンネルの手前の道を左手に進んだ右手奥-車を停めて覗き込まないと分かり難い
黒木神社
680-1213_黒木神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町高福766
由緒、御祭神共に不明

先に進みR53号へ、道の駅の先を右折して324号を進んだ先、今回二本目の道を右折したため集落の中に入り失敗、狭い範囲なので神社前には到達できるが車を停める処を含め厄介、三本目の道を入り左折して山際に進んで行ったY字路の処、道の真ん中へ車を停めさっと参詣
福和田神社
680-1211_福和田神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町山手629
由緒、御祭神共に不明

時刻も遅くなりこれ以上は難しい、神社ではないが最終目標だった目印になりやすい河原城へ、
R53号から河原橋を渡り32号を北へ、右手橋を渡った直ぐの左手だがこの道は午前と午後の侵入禁止、交通量も多くゆっくり停まって確認できないので、少し進んだ左手の空地へ、歩いて参詣
樋口神社
680-1251_樋口神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町河原2
由緒:慶長(1602年)鹿野城主亀井茲矩(かめいこれのり)が、大井出用水の工事を始める際、傍に水路守護の神として市杵島姫命(いちきしまひめ‐の‐みこと)を祀って弁財天社となりました。明治元年八月、境内鎮座稲荷大明神(祭神 保食神)を合祀し、樋口神社と改称されました。
御祭神:市杵島姫命

神社巡りとしては今回はここまで、道も問題ないので河原城へ、五時を過ぎてもお城は空いていたが時間的に遅いので帰宅することに
R53号へ戻り南へ、直ぐ先のICから鳥取自動車道へ、智頭ICで下りてR53号で帰ることも考えたが、更に進み志度坂峠道路で西粟倉ICまで、ここからR373号で南へ、前方R429号へ、ここで右折してR429号で帰ったのが多分失敗、曲がりくねった山中の2級国道から前方左折して51号美作市へ-直進して5号を進み、R179号へ出るルートと同じ-後はR374号からR484号、27号で帰宅
有料区間を走るが佐用JCTまで進み、中国自動車道で美作ICまで行った方が良かったか?、時間も遅く神社を新しく見つける可能性はないので!!

神社巡り-未参詣、倉敷・児島

最近国土地理院の地図で見つけた未参詣神社を求めて倉敷から児島方面をうろつくことに。
倉敷のパソコン教室へ通っていたときのコース、新幹線沿いに進み、倉敷JCTの先を左折し、中庄団地の西側を進み、『羽島東』信号を右折して74号を進み、前方22号の手前に右手斜めに進む道、22号に出る手前右角に
仏教関連の石塔
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鎮座地:倉敷市羽島
由緒、御祭神共に不明
付近を探してみたが神社っぽいのは見つからない、やはりお寺以外は神社マークで国土地理院は表示か?

22号を美観地区方向へ進み、前方倉敷川手前を左折して22号を南へ進み前方右折して(通いなれたトンネルから出た処)進んで行くと前方に60号、右折して北へ、八王子郵便局の手前『三社神社』前に来るを停め前の道を南へ進み、突き当りを右折して進んだ先-60号を走っていると西側に見える、-車は難しいと思ったが意外と広いし、横のマンション付近に駐車は可能、しかし、歩いた方が賢明!
不明神社
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鎮座地:倉敷市八王寺町
由緒、御祭神共に不明

60号を更に南へR429号を横切り更に南へ、R2号を潜った先275号を進み、前方左手『かなりや保育園』先を左折して同様に275号を東へ、前方左手の『仁科内科』の案内を左折して橋を渡った2本目の道を右折して進んだ右手-実際は一本間違えて北の道を、引き返す-やはり非常にゆっくり走らないと見落とす可能性大
天皇宮
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鎮座地:倉敷市吉岡124
由緒、御祭神共に不明

275号を引き返し、今度は南へ、高架の手前を左手に進み、前方を右折して高架を潜り『五軒屋』信号で左折、その先『江長』信号で右折、『竜の口』信号で左折して進み、前方7&11(今回潰れていた-左折する場所に注意が-コンビニらしき建物はまだあったが)先を左折してどんどん山中へ入って行った感じ、舗装がされ道もきれいに清掃されている感じ、逆に舗装されているので側溝が怖い、前方左手に階段、その先に駐車スペース、反対側の墓地には石燈籠が、更に進んで行くと前方左手に神社への車参道、手前の路肩は広いのでここに車を停めて参詣-車で行ける気はしたが安全の為
加盃成大明神
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鎮座地:倉敷市連島町矢柄
由緒、御祭神共に不明

更に登って行くと前方にX路、石柱に寂厳堂参道表示、案内に従って右手に進んで行くと前方に、前に駐車スペース
寂厳堂
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鎮座地:倉敷市連島町西之浦
由緒(寂厳和上追慕の碑):寂厳和上は江戸中期の高僧 字を諦乗 号を都羅道人 亀島道人 松石等という。元禄15年備中足守藩士の家に生まれ 十一歳吉備津普賢院の超染和上に従い出家京都遊学の後十九歳で倉敷市沖の円福寺に住持した。その後もしばしば上京して研鑽を積み 三十五歳 当時梵語学の泰斗(たいと)と仰がれた京都五智山の曇寂和上に師事 梵学を大成し 又その法流を相承した。四十歳連島宝島寺に住持 六十六歳 跡を高弟真染に譲り倉敷玉泉寺に退隠 明和八年七十歳入寂 その間宝島寺中興に肝脳を砕き 高く衆生済度の請願を掲げ 大いに弘法に努めながら研究 著述 講筳(こうえん)に亘って瞠目(どうもく)すべきものがある。平成3年宝島寺に現存するその遺文五八五点は 岡山県重要文化財に指定された。書における命名は既に生前より高く,慈雲 良寛とともに江戸期の僧門三筆と称せられ,その手跡は今も尚広く江湖の愛蔵珍重の的である。和上入寂にあたり 連島において 足守吉備津 倉敷を望見するこの大平山を墳墓の地とすることを切に遺嘱(いしょく)したと伝える 郷人風に墓前に祠(しじ)宇を建てて礼拝すること篤きは追慕の情の致す所 更に今加えて尊影略伝を刻み 永世不朽に伝えんとするものである。平成六年九月吉日 寂厳和上顕彰会

X路の所に
塞之紳
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鎮座地:倉敷市連島町西之浦
由緒、御祭神共に不明

今度は左手の道を下って行き、前方の道が分かれている処、右折、直ぐ左折して進んで行くとトンネルを出た広い道に、左手の道を下って北西へ進んだ『觀音寺』の先に
八幡神社
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鎮座地:倉敷市連島町西之浦4840
由緒、御祭神共に不明

『亀島山花と緑の丘公園』を目指すことに、先程のトンネルを南へ行った方が近そうだが、道が分かり難そうなので、北へ抜け、とR429号、R430号と進み進んで行くことに、前方『亀島橋』信号を左折して進み、前方信号の先を左折していけばいいのだが、2回も入る道を見落とし、嫌になったし、はやり丘の上まで行ったがやはり神社らしきものは見当たらない、雰囲気的にはあってもおかしくない丘だが、以前に行った『福喜神社』か、それともどこかに遷座されたのか?-車止めがかなり手前にあり、結構な距離を上がり降りすることに
ここに登って初めて広大なレンコン畑を見た

R430号をを進んで行き、前方『中畝七丁目』信号を右折して南へ進み、途中7&11でアイスクリーム補給、前方の信号を左折して進み、五本目の道を右折して進み、東から回り込んで公園へ、公園の西側の道を南へ進んで行った左手に-工場地帯は整然とした碁盤状、碁盤城だが集落は道が入り組んでおり、確認しながら進む
金刀比羅宮
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鎮座地:倉敷市松江3-16-15
由緒、御祭神共に不明

神社への入口の西側にも祠が
不明祠
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鎮座地:倉敷市松江
由緒、御祭神共に不明

東へ進むと八間川があり無理そうなので、一旦北へ進みR430号に、更にR430号を南へ進み前方276号を進んだ池の先の集落の左手の斜めの道を進んだ、前方小さな川の手前を左手に進んだ先-車は先程のY字路の処へ
不明神社
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鎮座地:倉敷市児島宇野津
由緒、御祭神共に不明

引き返して、R430号を南へ進み、前方『塩生三差路』信号を左手268号を進み、右手公園の側に車を停め西側へ
塩竈大明神
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鎮座地:倉敷市児島塩生
由緒:奈良時代から児島は文献により製塩の地として知られているが、塩生遺跡のほぼ中央に位置する塩竈大明神は、当時より製塩守護神として祀られていたと思われる。その由緒ある塩竈神社が、平成八年五月十九日未明の火災により拝殿が全焼したが、住民は直ちに再建に立ち上がり、企業及び地区住民の協力によって平成十年五月吉日落成した。
御祭神:塩竈大明神

R430号を進んで行き『通生浜』信号を右折して進んだ先のT字路に車を置き歩いて港方向へ、手前の道を右折して進んだ右手、前方へ『本荘八幡宮』の大鳥居
正一位稲荷神社
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鎮座地:倉敷市児島通生
由緒、御祭神共に不明
何か港への道が狭く感じたが、以前『本荘八幡宮』へは車で行っているので、なぜ思い出さなかったのか?

R430号を進んだ『赤崎駐在所』付近を探す、運よく交番の巡査に出会ったが分からない、交番の裏(東側)に何か跡みたいなものがあるが分からない

R430号を進み、前方左折してR430号を北へ進み、前方右折して児島観光港へ-機会があれば本島の神社巡りを計画するため-内側の道を北に進んで行くと右手奥に
明神宮
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鎮座地:倉敷市児島味野
由緒、御祭神共に不明

21号を南へ進んだ『大畠郵便局』の先『大宝寺』北側、路肩へ車を停め民家の間の狭い道をお寺へ、左手に細い道、その奥に
祇園宮
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鎮座地:倉敷市大畠1-18
由緒、御祭神共に不明

21号を曲りくねって進んだ南端、手前と参道途中に駐車場-途中に車止めがあり
鷲羽山不動明王
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鎮座地:倉敷市大畠
由緒、御祭神共に不明

ここで帰ろうかとも思ったが下津井で忘れていた神社を目指す、21号を下津井の端まで、そして21号が北上する一本東の通りを北へ、民家の外れの所に車を停め、民家の北側の道を進むと
産土荒神社
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鎮座地:倉敷市下津井
由緒、御祭神共に不明

車のカーナビのコースで帰宅しようとしたが、どうも自分の記憶としっくりこない、結局、21号、R430号、21号で普通に帰宅
ギャラリー
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