岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

2014年10月

御津から宇甘渓巡り

朝見たの宇甘渓の紅葉の話題で御津から宇甘渓を目指す。基本的には多少寄り道してR53号を走り、御津から県道31号で宇甘渓まで
R53号を走り、免許試験場先坂を下る、左手店の少し先を右に左に曲がり直進、橋の手前を右折、2つ目の橋を渡り少し進むと
金山鳴瀧神社
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鎮座地:岡山市北区御津中山980
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由緒、御祭神共に不明
神社の場所自体は問題ないが、道が最初想像したより狭い、このため最初から非常に苦労する。道幅はあるのだが前が見えず進めるかどうか分からない、近くの人が見てくれて声をかけてくれたが不安、出だしから変な予感がつきまとう。

53号へ戻り、北上、かつらぎ橋を過ぎ、原三谷橋信号を左折、川沿いに進み61号に出会う手前の空き地に車を停め、信号を渡り右手に進み川に沿って左折し、2番目の道を右折、突き当たり奥に神社
熊野神社
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鎮座地:岡山市北区御津河内236
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由緒、御祭神共に不明

61号を御津方向に進むと工業団地の表示と信号を左折し、大日本印刷岡山第2工場先の狭い道を右折し、池沿いに進み、池の北東の神社に
八幡宮
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鎮座地:岡山市北区御津宇垣676
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由緒、御祭神共に不明
神社前の道を東、南を広い道を選び進んで61号へ出る。

61号を御津方向に進み、右にカーブする処を直進、広めの場所に車を停め、富谷公会堂先を左折した先に神社
八幡宮(富谷八幡さま)
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鎮座地:岡山市北区御津宇垣1340
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由緒、御祭神共に不明
最初の車での嫌な感じのせいか、歩きを多用するが高低差があまりないので良い運動か?

53号へ戻り、北上、御津手前で左方向31号へ、左手にグランドマート、ここに車を停め、金川病院との間を線路方向に行くと鳥居が見える。
利国神社
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鎮座地:岡山市北区御津金川
由緒、御祭神共に不明
簡単な鳥居と祠だけの質素な造り、場所も狭い路地を抜ける必要がある。

31号へ戻り、橋の北御津高西で左に折れる。少し行くと右手に鳥居、駐車場もたっぷりとある。ここも山際にへばりついた感じで結構急な階段、車で登れる道もある。
七曲神社
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鎮座地:岡山市北区御津金川602
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由緒:七曲神社は松田氏の氏神として、長禄元(1457)年ごろ神奈川県七曲山から金川に勧請されたと伝えられています。江戸時代にこの地を治めた日置氏も尊崇しました。また、毎年10月20日ごろに行われる祭りの獅子舞は躍動的でユニークなものです。
御祭神は不明

津山線を潜り、更に進むと左手に御津工業団地、橋を渡り山裾を進み、小さな橋を渡って直ぐに左折(ここが分からず行き過ぎる、右手公園の先)、しばらく進むと右手山側に鳥居が見える。
正八幡宮
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鎮座地:岡山市北区御津高津521
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由緒、御祭神共に不明

元の道に戻り、広めの道を山裾を進むと右手田んぼの中に鳥居が見えるので、鳥居を目標に進む
素盞鳴神社
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鎮座地:岡山市北区御津高津1059
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由緒:沿革は明らかでないが、江戸時代には牛頭天王宮と称して、寛文六年(一六六六)寺社整備の際に宇甘郷の大宮になった。寛文十二年(一六七二)頃から慶応元年(一八六五)頃まで、秋の例祭には郷内十二社の神神輿の立会祭が盛大に行われた。このことから宇甘郷内では由緒ある古社と認められていたと思われる。・・・詳細は境内に表示あり
御祭神:素盞鳴命

しばらく山裾を進むと広めの道へ、右折して進むと信号で31号へ、信号を越えて北(アイメックス)、山際まで進み、右折直進する。集落を過ぎた先、左手に鳥居が見える。前が少し広く待っているので駐車可能である。
真名井神社
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鎮座地:岡山市北区御津中泉1345
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由緒、御祭神共に不明

元の道を引き返し、曲がった地点から反対方向(西)へ道なりに進むと橋の処に出る。川沿いに西へ進むと、突き当たり辺りの右手に、奥に駐車場、しかし車が2台他の車を考慮しないで停めていて駐車に苦労する。何故か赤い神殿が印象に残っている。
眞名井神社(若一王子権現)
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鎮座地:岡山市北区御津中泉119
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由緒、御祭神共に不明

橋の手前まで戻り、橋を渡り、川沿いの先の道をに進むと31号に出会う、橋を渡り進むと三叉路、直進して橋を渡る(367号)と直ぐ左手に
柏原神社(山野神社)
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鎮座地:岡山市北区御津宇甘771
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由緒、御祭神共に不明
参照:九谷の樹林は、山野神社(柏原神社)を取り巻くイチイガシを主体にしたもので、スジダイ、アラカシ、ヤブツバキ、アカシデなどが高木層に混じり、下層にはシラカシ、ヒサカキ、アオキ、ネズミモチなどの常緑広葉樹が生育しています。また、イチイガシ、キジョランなど暖帯林の指標となる植物が、小規模ながら豊富に自生し、学術的にも貴重な存在となっています。

31号へ引き返し、進んでいくと71号と交差する信号へ、右折して進むと右手に火の見櫓が、その前に車停め、手前の道を右折後、直進、左折後直進、右折後直進して山中の道を進む
大守八幡神社
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鎮座地:岡山市北区御津紙工
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由緒、御祭神共に不明
31号へ戻り、北へ

宇甘西地区コミュニティハウス先を左折、橋を渡り突き当たりを右折、Y字路を進むと左手に(神社らしい木立で分かる)。実際はここもコミュニティハウスの広い駐車場に車を停めて歩くが、車でも全く問題がない。
宇甘神社
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鎮座地:岡山市北区御津紙工1587
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由緒、御祭神共に不明

31号北上前方に橋と、掛畑(249号)の標識左折し橋を渡り本日三つ目の眞名井神社を目指す。橋を渡った直ぐの処、大きな望遠レンズを構えた二人ずれ、この地点の東側の山に珍しい鷹が生息していて撮影しているとのこと、今日はカラスしか撮れてないとのこと。小生は先を急ぐ。進んで行くが場所分からず、やっと出会った人に聞くと500m以上行き過ぎているらしい。引き返し最初に出会う集落左手奥らしいので、路肩に車を停め歩いて探す。北側から車でも廻り込めるようだが無難に歩きを選択する。
眞名井神社(若王子権現)
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鎮座地:岡山市北区御津虎倉427
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由緒、御祭神共に不明

今日も歩きが多かったせいか思ったより時間が結構とられている。まずは早めに神社とは関係ないが宇甘渓を目指し、北から予定の神社を参拝する。

宇甘渓から元の31号を坂道がほとんどなのでゆっくりと引き返す。左手に神社が見えるが川向う、先に進んだり、引き返したりするが川向うへの道順が分からず後回しにする。
31号を下って行きトンネル手前を左折、少し進み、右にカーブ下橋の手前右手に神社が、横の道を登って行くと虎倉城址である。今日は時間と体力無し
三十番神社
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鎮座地:岡山市北区御津虎倉
由緒、御祭神共に不明

橋の側にいた老人風に先ほどの川向うの神社のことを聞くと、この橋を渡った左手にトンネルがあり、そこを通って川沿いに進むと行けるとのことさっそく行ってみる。トンネルの先は結構大変な道、ひるまずに進むと到着する。地元の人に聞かないと分かり難いし、距離があるので不安なみちでもあった。
虎倉神社
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鎮座地:岡山市北区御津虎倉
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由緒、御祭神共に不明

本日の予定は終了、一気に坂道を下る感じだがのんびりと進み、R53号へ、先日のかつらぎ橋を渡り、牟佐を通って帰宅することに

帰りの途中にあった神社に立ち寄る。他にも途中にあるが分かり難そうなので今回は中止
天神宮(天満宮)
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鎮座地:岡山市北区牟佐2430
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由緒:創建年代は不詳であるが、天保3年(1832年)5月1日に再建せられた。大正15年10月20日に指定神社に昇格した。
御祭神:菅原神

無事帰宅の戸に着く

足守方面巡り

今日は気候もいいので午後から足守方向へ足をのばす。R180号で足守手前、わたなべ生鮮館手前で反対側の細い道を右折、直進、線路を越え突き当たりを左折、約100mで右手に鳥居と階段、最初見落とし、先の空き地に車を停め歩いて引き返し探す。
木野山神社
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鎮座地:岡山市北区小山594-1
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由緒、御祭神共に不明
小さな祠の後ろに一段と高い平地有、昔は何か建っていたのか?

山際に進み、田んぼの中の道へ左折して入り直進、細くなる手前を左折、道なりに進むと429号へ(吉備線を越えた先)、更に直進し突き当たり、右手に
生石神社
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鎮座地:岡山市北区門前1
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由緒:今から1200年〜1300年前からこの地区の氏神様であった。奈良時代の神名帳にも残されている。社殿は南北朝末期に建てられた。生石氏は生石八幡宮を氏神様として祀り、また、氏寺、報恩寺を建て、この山に生石城を造った。天正10年(1582)水攻めの時、この山に陣していたのは加藤清正であった。本殿、拝殿、随神門、鐘撞堂は江戸時代初期に改修された。本殿西には霊験あらたかなといわれる生石稲荷大明神があり、社前には霊狐が置かれている。また「生石」の名のもとと言われる大きな柱のような石が生石明神として祀られている性の石とも言われる。明治40年一社一村の「おふれ」がでて、生石地区の神社は天喰天神社を除いて大正4年この生石神社に全部統合された。生石郷下土田の豪族、薬師寺五郎の末孫、袖岡新助の名を刻んだ玉垣がある。
御祭神:応神天皇、神功皇后、玉依姫命
神社の前に空き地が十分あるが何故か駐車禁止の表示がある。

引き返し429号へ出て北上、左手にあるサンクス先を左折(271号)、足守川を渡った最初の信号を右折、北上左手の田んぼの中にに名称不明な神社
天神宮
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鎮座地:総社市東阿曽
由緒、御祭神共に不明
近くいた人に聞くとはっきりしないが『天神さま』と呼んでいるとのこと

元の道で神社の反対側へ入り、最初の狭い道を左折まっすぐ進むと右手に。
荒神宮
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鎮座地:総社市東阿曽
由緒、御祭神共に不明

少し北進、最初の道を左折、少し広い道を左折、南へ、「重信商店」先の斜めの道へ右折直進(途中右手に正眼寺-1/3程度)、川の手前右手に神社(車を停めて、角の山際を探す分からなかった。)近くの若い人に聞いたのが失敗、この辺には無い、『阿宗神社』を教えられる。こちらにも都合があるが逆らわず、予定を逆から廻る。家に帰ってストリートビューで確かめると、川に突き当たりを少し引き返した右手山側に鳥居が見える。後日再挑戦することに
荒神宮、鎮座地:総社市東阿曽、由緒、御祭神共に不明

橋を渡って直進、延寿院に突き当たるので、右折、広めの道2本目を左折、次に右折して墓地を目指す。墓地の西方に荒神社
荒神社
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鎮座地:総社市西阿曽
由緒、御祭神共に不明
最初墓地からの道を探したが見つからず、墓地から西に屋根が見える。墓地から下の道へ一旦降りて西へ行く道を探すとよい。

墓地沿いに北上すると少し広い道に出るので北上、突き当たりに神社、前に車を停め参拝を済ます。
阿宗神社
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鎮座地:総社市奥坂96
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由緒、御祭神共に不明
奥にあるはずの美保神社がよく分からなかったの近くの人に聞くと左奥にあるとのこと、しかも左側の道、阿宗神社左横の道は車の通行が可能で神社の後ろへ出る。そこまで車で行き歩いて探す。

美保神社
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鎮座地:総社市奥坂
由緒、御祭神共に不明
鳥居は見つけたが肝心の神社は現在は無いのか聞いた地元の人もそのようなことを言っていた。

道を南方向へ引き返し、阿曽小学校先を右折西方向へ、小さな橋を渡り、(株)赤木製畳の駐車場へ置き、奥にある石柱がの間を登って参拝する。
木野山神社
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鎮座地:総社市久米
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由緒、御祭神共に不明

前の道を西方向へ進み、左手に地蔵がある角を右折、直進した突き当たりに
御崎神社(園崎宮)
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鎮座地:総社市久米1213
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由緒:本神社は旧社記によると、仁徳天皇の御代の創建という。旧称桜矢明神、丑寅御崎、御崎明神業祠と称して、吉備津神社御園12神の1社である。天正年中宇喜多氏の臣延原土佐守が社寺領没収の際炎上し、天正7年9月に再建した。更に貞享2年9月に再建。安政3年に本殿を再建した。昭和11年本殿以外を改築した。上足守深茂の大神谷は御祭の神吉備武彦命、御友別命2代の御住居跡と伝えられている。
御祭神:吉備武彦命
切れかけたカメラの電池が遂にアウト、先ほどの荒神宮と共に再チャレンジ、全体的に楽だったコースで終了、帰宅。

倉敷北方面巡り

先日(10/24)の追加参拝に続いて倉敷北方向を中心に参拝する。
高速道路の北側で429号に出て、先日と同様に南下信号を右折し、川沿いに西方向へ進むと469号へ出る。少し南下して西岡の信号を右折、川に出たら右折して西方向へ向かえば良いはずであるが道が狭そうなので一旦、R429号出て西方向へ向かい、浜の茶屋北信号で『岩崎歯科医院』の先の細い道を右折し、川沿いに北に進む。突き当たりを左折して、そのまま西へ進む(川沿い)突き当りを左折し少し南へ、路肩へ車を停め、歩いて北方向を目指す。途中で地元の人に確認すると間違いなし、自信を深めて参拝する。ここも双殿となっているが扁額が掛っている。ここは歩いたのは失敗、急ではないが長い参道が続く、参道、境内まで十分車で可能であった。
鎮座地:倉敷市祐安1993
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菅生神社
由緒:当社の創建年代は不詳であるが、古来から三和郷小屋に鎮座しており、三和郷の総鎮守として崇敬された。生坂村内西坂の天神とも呼ばれる。備中国延喜式内社18社の1社であり、窪屋郡3社の1社である。元慶2年2月備中国従5位下であった菅生神社に従5位上を授かる。
御祭神:高皇産靈神
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姫太神
由緒:当社の創建年代は不詳であるが、祐安村の鎮守として祀られたものと思われる。同一境内にある菅生神社造営時に相殿として奉斎したと思われる。
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御祭神:天照大神

突き当たりの道を左折、南下すると大きな道へ右折して進むと24号に突き当たる、右折し、踏切を渡り北上すると右手に鳥居、駐車場へ車を停め、線路を越えて参拝する。
青江神社
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鎮座地:倉敷市酒津2119
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由緒:当社の御祭神素盞嗚命、五十猛命は吉備穴海、高梁川接点の津の神であり、金山彦神、金山姫神は鎌倉、室町期に栄えた青江鍛冶の守護神と伝えられている。また、平安期には山岳仏教の聖地「福山」山頂にあった福山寺の守護神として、東の一王子権現、西の王子権現(青江神社)を建立した。両社共に五十猛命、素盞嗚命を御祭神としたが、延元元年5月足利勢により新田勢は全滅し、社寺は悉く焼失した。(太平記福山夏の役)後醍醐天皇の建武年中、西郡村福山城主大江田式部大輔氏経、が社領50石を寄進した。(黄薇史)また、同氏は新田勢の主将として1500の兵で30万の足利勢と3日間奮闘し、全滅した。正親町天皇の御代天正6年、西郡村高山城主石川左衛門尉久式が社領20石を寄進した。大正3年境内摂社荒神社、境外摂社疫神社を境内神社とし、無格社金山神社を同年5月、本殿に合祀した。
 昭和20年神饌幣帛料供進神社に指定される。
 昭和26年境内地を拡張し、社殿を移転、屋根葺替。昭和35年1月19日幣、拝殿火災により焼失。昭和37年本殿改修、幣、拝殿改築。
御祭神:五十猛命、素盞嗚命、金山彦神、金山姫神

24号を南に戻り、信号手前を右折、西へ突き当たりを南下、酒津公園の南西(無難に酒津公園の駐車場に停める。近くの路上でも問題は無い)
ここは非常に懐かしい神社、本当に幼少の頃この神社は遊び場、境内で梅の実を取った記憶、ここで芝居を見た等を思い出すが、何か大昔の話見たいな気がする。北の酒津公園も当然無かったし、境内の記憶も全くない。
八幡神社(里宮)
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鎮座地:倉敷市酒津1115
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由緒:当社は高梁川の要衝である河口を占める川嶋(日本書紀)の最高峰八幡山に鎮座し、流域の民を守る神体山として竜神信仰に始まり、次いで火の神(火之迦具土神)や治水、農耕、植林の神(建速須佐之男命)も古くから祀られていたものと思われる。天暦元年(947)に宇佐八幡宮から八幡大神を、また同2年宗像三神を勧請しているが、倭建命、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇、仁徳天皇と4代5柱の神を祀り、同時に海神信仰を強める祭りが加えられている。これは、天慶4年(941)備中守小野好古が追捕吏長官となって藤原純友の乱を平定した記念に神への感謝とこの地方の平安への祈りを込めて関係者が祀った。川嶋には古墳群、県守渕跡(あがたもりふちあと)青江鍛冶の井戸、戦国時代の砦址等各時代の遺跡が見られる。
八幡山の頂上に元宮、高梁川を隔てた酒津に里宮がある。
御祭神:比め大神、品陀和氣命、息長帶比賣命、三女神、帶中日子命、足仲彦尊

ずっとクラレ、イオンモール沿いに南下すると60号へ突き当たる、更に南下して信号を左折進んで行くと橋の信号の先左手に鳥居が見える。
荒神宮
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鎮座地:倉敷市酒津
由緒、御祭神共に不明

先に進み書店の先を右折、信号を直進していくと左手に
春日神社
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鎮座地:倉敷市日吉町375
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由緒:天正11年、春日大社から勧請した。
御祭神:経津主神、建御雷神、姫大神、天児屋根命、大山咋神

先に進むと伯備線、線路に沿うように進み、線路を越えて沿って進み陸橋の手前民家の裏(目立たない)手前の広めの道に停める。
大釜神社
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鎮座地:倉敷市石見町2
由緒、御祭神共に不明

北に進んで駅北を進み、陸橋の手前を左折、2つ目の細い道を右折して進むと左手に
山王春日神社
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鎮座地:倉敷市川入653
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由緒:天正11年〜12年(1573〜1574)の間にこの地が開拓され、奈良から守護神として勧請した。
御祭神:天児屋根命、比売神、建御雷命、伊波比主命

元へ引き返し、24号少し南、信号を左折直進すると線路に左折北上手前に駐車場
春日神社
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鎮座地:倉敷市浜町1-4-1
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由緒:当社は第108代後水尾天皇の元和年中、この地に奈良春日神社から勧請した。旧倉敷三大社の一つである。
御祭神:経津主命、武甕槌命、天児屋根命、比売大神

北に進んでR429号(浜の茶屋)から直ぐに、60号(浜の茶屋北)南西に進んで行くと396号に出会う手前左手に、總神社の先を左折、コインランドリーに停め北角に神社がある
總神社
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鎮座地:倉敷市水江876-1
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由緒:当社は従来水江村宮山にあって水江の産土神である。古くは惣堂宮と称し、古水江に多くあった水社を池田公検視の際、合併、合祀した。明治末年からの高梁川改修工事により、東川から西川に向けて村域を斜断する河道が開削されて村域は二分され、古水江の大半は新河道の水中に没した。大正15年4月13日都窪郡中洲村大字水江東山から現在の社地へ移転が始まり、昭和4年9月19日移転を終えた。祭神は惣堂宮当時は大己貴命、三和大明神であったが、總神社となって大己貴命、少彦名命となっている。
御祭神:大己貴命、少彦名命

直ぐ先の396号を南へ進むと前方に跨線橋、三宅クリニック反対側の細い道を入る、川に突き当たった辺りの広めな場所に車を停め左側を探す
福江荒神宮(荒神さま)
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鎮座地:倉敷市水江1463
由緒:江戸時代の元禄の前(一六八六)頃、地名を水江村の内、福江と改めて開発が進み住宅が増えて来てこの地に造営、祭祀されて居ます。
御祭神:素戔嗚命

先に進み線路沿いにUターンし元の交差点へ左折して、真っ直ぐ進みホームメイトの看板手前を左折少し先の西側
若宮八幡宮
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鎮座地:倉敷市中島字若宮66
由緒:元和元年(一六一五年)中島新田を開発、当社を建立
御祭神:足仲彦尊、息長帯姫尊、譽田別尊、竹内宿祢神

曲がった処へ引き返し、進むと広い道右折した先に鳥居の予定が道路工事で通行止め、ガードマンに教えられ、少し引き返し、遍照院南の駐車場へ、お寺前を通り神社へ
熊野神社
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鎮座地:倉敷市西阿知町450
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由緒:当社は後三条天皇勅願の神社であって、馬場先楠の鳥居に勅額があった。文庫にその事を記す書類を収めてあったが、天正年間の火災で鳥居及び文庫は焼失した。その火災で勅額も焼失したと伝えられている。寛文9年社殿再建の節、旧藩主池田家から材木一切普請中扶持方米15石を寄進せられた。旧社名は十二社権現であったが、明治2年改称し村社に列格、同15年郷社に列格した。昭和35年1月本殿が炎上し、昭和37年5月に再建した。
御祭神:伊邪那岐命、天照大神、瓊瓊杵尊、速玉男命、國常立尊、事解男命、天忍穗耳尊、彦火火出見尊、埴山姫命、
軻遇突智命
お寺に近在する神社はお寺を目標にした方が行きやすい。児島にあった熊野神社は結構立派だったがお寺にはやはり負けていた。

適当に北へ進むと60号線『Usagiya』の前へ、西へ進み、『エブリイ西阿知店』手前を右折して用水に突き当ったら川沿いに進んで行くと左手に神社が見える。
天満神社
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鎮座地:倉敷市西阿知町西原1140
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由緒:当社の創立年代は詳かではないが、承応の頃(江戸初期・1652〜1655)西原村の船乗り方納屋某が、ある時呼松へ帰港の途中、いとも尊い木彫の神像を拾って帰ったところ、ある夜霊夢に「その像は天神様であるぞ」とのお告げを受け、わが家に祀っていた。ところが高神様で時々霊異を現され、奇怪に思われる点もあったと見えて、当時の代官からその像を手放せと言われた。すると忽ちにして代官は病気にかかったので、その霊験あらたかなのを畏れて祠を建てて木造を祀った。これが天満神社の起源であると口碑に伝えている。(西阿知町史より)明治5年に村社に列せられる。明治42年2月8日高梁川河川改修の事業が行われ、社地は川敷として買収され、移転費用を受けた。大正元年9月11日岡山県知事の許可を得て移転する事となった。大正2年3月5日に竣工し、遷座鎮祭を行なった。
御祭神:菅原大神

元へ引き返し60号を北東、岡山方面を目指す
今日はここまでの予定であったが、前回より少し西(倉敷の東)巡る。後半部分は街中と言うことでほとんど歩いていないので中庄団地へ向かう。
中庄団地西信号を右折どんどん進んで広めの場所(万寿東小学校北)で左折(途中社柱)小学校前を左折して進み広めの場所へ駐車して左手神社を目指す。
熊野神社
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鎮座地:倉敷市福島401
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由緒:本神社は福島・大島・平田の氏神として、正親町天皇の天正6年(1578年)9月に和歌山県新宮市熊野坐神社からの勧請鎮座と伝えられる。十二社権現ともいう。国土安全・開拓・農業・殖産・興業・厄除・結婚・安産の守護神として、崇敬者の多い神社である。
御祭神:天照大神、伊邪那岐命、伊弉那美命、軻遇突智命、事解男命、國常立命、瓊瓊杵尊、罔象女命、火火出見尊、速玉男命、天忍穗耳命、稚産靈、鵜茅葺不合命、埴山姫命

適当に道を進んで元の広い道を目指す。これが大失敗、道が狭く入り組んでいて、しかも対向車が多い、馬鹿のことをしたと反省しながらも元の道へでる。南へ進み右側ほっかほっか亭前の信号をUターン気味に右折、少し先の広めの路肩へ車停めカーブする道を歩いて行くと右手に。車で十分に可能。
天御柱神社
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鎮座地:倉敷市羽島899
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由緒:創建は慶長3年(1598年)であって、神仏御引別けにつき、明治3年天御柱神社として鎮座し今日に至っている。
御祭神:天御柱命、天御中主命、國御柱命

元の道へ戻り、羽島東の信号を右折、最初の道を左折した先の予定だったが妙にコーヒーが飲みたくなり7&11へ、フェンスがあるので直接は行けず少し廻って裏へ、ぱっと左右に見当たらない。犬を散歩させていた人に聞くが分からないとのこと。少し南北に歩くと北寄りにあり、さっきの人は?最も神社はどこもペット御断りが前提
羽島青木山天満宮
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鎮座地:倉敷市羽島
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由緒、御祭神共に不明
最後2つ十分車が可能な所を歩き疲れた。狭い道で苦労すると、多少と遠くても歩きを選ぶのは元気な印?
帰宅へ

岡山北旭川両岸巡り

今日は旭川を牧山(県道218号)で北上する。
218号を北へ牧山駅を過ぎた先左手に、路肩に車停め、線路を渡り参拝。
松尾神社
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鎮座地:岡山市北区下牧2672
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 由緒:創建年代・由緒は不詳である。旧号は松尾大明神。明治2年に松尾神社と改称した。幕政時代は社地三段四畝で、宮林とともに除地であった。
御蔡神:大山咋神、市杵島姫命
参拝後電車に出会う、鉄道ファンの神社ファンは無理か?目的が全く別!

218号進み、牧山クラインガルテン(結構賑っている)手前を左折、北山方向へ道なりに進むと池に出る、池の北側、ラポート牧山の西側の山に入る手前で地元の人に、この道で間違いないことと、車で通行可能なこと、そして何処までも一本道であり、三叉路は右方向を間違えないようと教えられる。こうなるとすごく気が楽、長い山道を進む覚悟はできていたが
淀子神社
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鎮座地:岡山市北区中牧383
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由緒:創建年代・由緒は不詳である。幕政時代には社地が一町一段三畝二七分あった。
御蔡神:淀姫命
車で行ける分、参拝が楽な神社になっている。最近このように車で参拝可能な神社が非常に多く、歩けない人にも便利になっている。まだ、途中に立ち寄る神社があるので引き返す。

218号東方向から北に向かった辺り、左手に大きな銀杏の木が見える。、路肩に車を停め
八幡宮
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鎮座地:岡山市北区中牧
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由緒、御蔡神共に不明

神社の先の道を左折、直ぐにあるゴミステーションの隣の空地へ停めて、突き当たりを右折、左折してカーブ、左折し、人家の前を右方向へ進んで行くと鳥居がある。実際は近くで出会った人に聞いた。聞かなければ難しいか?付けたような鳥居と祠のみ、本当に集落の外れである。
天神宮
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鎮座地:岡山市北区中牧
由緒、御蔡神共に不明

引き返し218号へ、中牧浄化センター先の集落の中程に停め、山方向を探す。今回もお祭り、幟が立っていて分かりやすいが、旗が淀子神社のもの、同じ蔡神として祭っているのか?
子安八幡宮
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鎮座地:岡山市北区御津中牧
由緒、御蔡神共に不明

進んで行くとかつらぎ橋信号へ出る。今回はR53号は止めて旭川東岸を北上する。
橋を渡り左折北方向へ(461号)、しばらく進むと新道があるが旧道を進む、集落のはずれ辺り右手に、途中へ車を停め少し歩くと近くに子供がいたので聞くと、自分の家の近くとのことで案内してくれた。新461号に出るつもりで行けば右手に見える。
素盞鳴神社
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鎮座地:岡山市北区御津川高243
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由緒、御蔡神共に不明

直ぐに進むと461号は合体、そのまま進むと旭川に堰がその先(大園公会堂前)を右折し少し進むと右手に墓地、近くの人に聞くと墓地の一番奥の右手更に奥とのこと。その人の家の前の空き地に車を停め歩いて参拝する。苔がむした参詣道、滑らないように注意して進んだが帰り橋の上でものの見事にひっくり返る。、250m程度先の南200m程度の山の中(多分墓地の奥)
大曽根神社
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鎮座地:岡山市北区御津川高511
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由緒、御蔡神共に不明

引き返して461号をそのまま進み、狭い橋を渡った先の十字路を右折して進むと県道53号へ、進むと伊田工業団地の表示が見える。右側の山際に祠がある。
荒神社
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鎮座地:岡山市北区御津伊田
由緒、御蔡神共に不明
側で何かを燃やしていた人に聞いたこと

先の道を左折して川を渡ったら右折、工場の東側を北に進むと突き当りに鳥居が見える。直ぐ横に車を停め参拝する。
伊田八幡神社
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鎮座地:岡山市北区御津伊田3205
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由緒、御蔡神共に不明

神社西脇の道を北上、255号に突き当たる。右折して進んで行くと西谷の標識、左折して進んで行く、突き当たりを左方向に進んで行くと(北西方向)と正面に神社が見えてくる。かなり登ることを意識する。
天津神社
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鎮座地:岡山市北区御津新庄2561
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由緒、御蔡神共に不明

元の道を引き返す途中、T字路を直進し、暫くすると左手に見えるはず。広めの処に、車を停めて、歩いて探す。セメントで舗装した道を登って行く途中で出会った人に聞くとこの道を進み、突き当たりを左に行くと神社が!ついて分かったがこの道は車用の神社の直ぐ横に着く道。参詣用の道を下ると、車の直ぐ近くに!見落としている。
天松神社+八幡宮
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鎮座地:岡山市北区御津新庄1864
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由緒:天松神社は本国総社神名帳に「正五位下天松神社」と記載され、備前国式内外古社一二八社の一なりとある。両社とも中古新庄村の住民が農業で生計を立てていたので、造化の神を祭り又戦乱の時代に八幡宮を勧請したと考えられる。古老の伝承でも鎌倉後期か戦国初期創建と伝える。
御蔡神:天松神社=高皇産霊神、神皇産霊神、八幡宮=仲哀天皇、応神天皇、神功皇后
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今回の神社に限らないが、高い位置にある神社の大部分が車で境内まで行ける感じである、実際は小さい車は問題ないが、車によっては無理な場合も、また山の中なので木々が折れて道を塞いでいる場合もある。

255号を進み、五城郵便局先の橋を右折して渡り500m程度進んだ左手奥、早めに車停め歩いて北側の道を探す。正面に見える坂道を廻り込んだ先にある。結果論だがここも十分車で行ける。
熊野神社
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鎮座地:岡山市北区御津新庄1195
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由緒、御蔡神共に不明
天狗古墳(御津町指定重要文化財)の南麓

255号を進んでいると左手山手に鳥居が見えるので参拝に向かう
八幡神社
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鎮座地:岡山市北区御津平岡西638
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由緒、御蔡神共に不明

北へ進み右折し町苅田方向へ多賀上で27号へ出る

南下Yショップ(現在は閉鎖)に車を停め、手前を右折、橋を渡った南、川沿いに歩いて先の坂道を登る。この道も参詣用の車道、参詣用の道は別にあるようだが多分人がほとんど通ってないのでは。
多賀神社
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鎮座地:赤磐市西軽部
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由緒:天保初年(一八三〇-)多賀八幡宮より移祭
御蔡神:伊弉諾尊、伊弉冉尊

27号南下、『西の屋』先を左折し橋を渡る(引き返す感じ)東に進むと左手に
熊野神社
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鎮座地:赤磐市西軽部600
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由緒:沿革、勧請年記不詳、旧名は王子権現
御蔡神:熊野樟日命、伊弉諾尊、伊弉冉尊

引き返し南下、赤坂支所の南西山の中右手に石柱あり
八幡宮
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鎮座地:赤磐市町苅田416
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由緒:創建年代・由緒等は不詳である。
御蔡神:応神天皇、仲哀天皇、神功皇后

今日はここまで、帰り路は毎回同じようになってしまうし、だんだんと遠くになるので出かける時間も考えないといけない。
平成の大合併後は分からないが、以前は各市町村によって文化財の取り組みに差が感じられる。

中庄近辺

今日も午前中に続き,
一時期アルバイトしていた時倉敷へ通った通勤路附近の神社を巡る。実際には、道順に覚えがある程度で神社に関する知識は全くなし。
倉敷方面として389号を西へ、山内産婦人科の看板の信号を右折、北方向へ直進すると修験道の標識あり、その更に奥に入ると空スペースはあり、山頂にある寺院に登る道のようである。
今回失敗反対方向へ進む森の中右手方向へ進まないと駄目であった。数日後に改めて行き直したが鳥居は確認出来たが、神社自体は分からなかった。反対方向に山上神が見られたが小さな祠よく分からない。分かれ道の標識の反対方向は五流尊瀧院
小森神社
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鎮座地:倉敷市三田
由緒、御祭神共に不明 
山上神(五流尊瀧院)
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前記神社へ向かう手前の広めになった道の南側に車を停め左手(西)に進んで見ると神社が見える。
八幡神社
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鎮座地:倉敷市三田615
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由緒:当社の創建年代は不詳であるが、寛永年間に倉敷市松島鎮座の両児神社の御祭神中から、現在相殿として鎮座している春日神社の御両神を勧請した。古来は八幡宮と称していたが、明治初年八幡神社と改称した。
棟札に次の記載がある。
一、正保3年吉日奉再興大明神御宝殿本願山川勘右衛門
一、元禄4年8月下旬奉建立両神宮の拝殿一宇
一、文化2年8月28日八幡宮、春日大明神正遷宮
御蔡神:品陀和氣命、吉備津彦命

四方にカーブミラーがある交差点(茶色舗装)で、右折、西方向へ進む、南へカーブした先の四差路に車を停め、歩いて右手坂道を登る。(右折、直ぐ左折、直ぐ先左手に-車は無理)
荒神社
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鎮座地:倉敷市生坂
由緒、御蔡神共に不明

後で気が付き行き直してよく見ると北方向へ向いた石柱が建っている。北方向へ進むと竹藪の先に鳥居がある。この神社の位置を確認するのに手間取る。おかしな記述が多すぎる。
天照大神(生坂大神社)
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鎮座地:倉敷市生坂1081
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由緒:寛政年間(1789〜1801年)に勧請し、生坂部落の鎮守神として今日に至っている。
御蔡神:天照大神、応神天皇
ここの神社に関しては下に車を置いたのは正解であった。

元の道を西に進む大きく南へカーブするが、三叉路を直進する。小さな川の信号に出ると右折、北を目指す。右手に石柱、その奥に鳥居が見える。この辺りは路肩が広いので車を停め歩いて参詣する。結果だが車でも神社前まで十分可能である。また、行き過ぎるても右手に公園その奥に神社が見える。
鎮座地:岡山県倉敷市生坂1451
水門神社
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由緒:本神社は初め大川大明神と称し、昔蒼海であった頃、阿知の里の守護神として中庄村との間、烏帽子島という小島に鎮座せられていた。後に現在地に奉遷した。永禄3年(1560年)炎上し記録等が焼失した。翌4年再建。元禄12年(1699年)9月改めて再建。現在の建物である。元弘の頃(1331〜34年)五町二反歩の神領があった。延宝年中(1673〜81年)備前藩主から米一石五斗を享けている。明治初年村社に列せられ、昭和7年神饌幣帛料供進神社に指定せられた。
御蔡神:瀬織津姫命
八幡神社
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由緒:本神社は承平元年(931年)山城国男山八幡宮を勧請し、生坂字木船に鎮座し、阿知の里の守護神として奉祭した。はじめ神領が多かったが、元弘(1331〜34年)の頃には漸減し五町二反残っていたという。正和年中(1312〜17年)に本社が焼失し、その際御神霊を現鎮座地へ移したという。永禄3年(1560年)再び社殿が焼失、翌年再建。元禄12年(1699年)9月更ためて再建している。明治初年無格社に列せられた。
御蔡神:応神天皇
2社併祭されており、本殿が双殿になっている珍しい形式。

先に進んで公園の外れに車を停め、正面の道を歩いて行く。墓参りの人に「車の通行の有無を聞くが歩く方が無難」と言われたがどちらでも?近いし平坦な道!
御﨑神社
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鎮座地:倉敷市生坂1479
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 由緒:本神社は山手村御崎宮を勧請したものだが、年代は不詳。口碑では弘治乙卯元年(1555年)、尾崎肥後守が勧請したという。慶長17年(1612年)社殿を改築。元和10年(1624年)9月当村の尾崎勝三郎が社殿を建立し、生坂村の内青水地内一円を産土の地として神饌を祈り奉った。文化6年(1809年)8月8日氏子中より社殿一宇建替えたのが現在の御社殿である
御蔡神:吉備津彦命

元の川側の道へ出て、少し北へ左に西へ行く道を進むとR429号(信号)へ出る
南下し、高速を潜った先の信号を右折、山際に人家が見える手前の広めの路肩へ車停め、歩いて神社を目指す。(車から前方山の途中へ神社らしき屋根、川を渡って集落へ入り、『祥楽堂の表示』を左手に入る)
菅生天津神社(天神宮)
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鎮座地:倉敷市西坂629
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由緒:創建年代・由緒等は不詳である。
御蔡神:天津神

R429号へ出て南下、左折して東へ二つ目の信号を右折、山陽線を潜る手前の信号を左折、突き当たりを左折、少し先右折(注意しないと分かり難い)
若一神社
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鎮座地:倉敷市中庄
由緒、御蔡神共に不明

162号に出て東方向へ、横断陸橋の手前の坂道を登った先、アパートに囲まれた一角、駐車場は勝手に停めた。
荒神宮
DSCF5921
鎮座地:倉敷市中庄
由緒、御蔡神共に不明

元の道へ引き返し南下、中庄団地西信号を左折、北東方向へ、左手に石柱が、左折した突き当たり、神社下横に駐車場有、なぜか車がいっぱい止まっている。
熊野神社
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鎮座地:倉敷市中庄1521
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由緒:当社は寛政年間に勧請してより中庄部落の鎮守神として今日に至っている。
御蔡神:伊邪那美大神、速玉之男神、事解之男命

元の道へ引き返し、中庄団地東信号を左折、直進南下(黒崎北町内会館)、坂道を上がった手前左手に鳥居が見られる。鳥居前の空き地に車を停め歩いて参拝、意外と近いし車でも可能であるが無理しないほうがよいと思われる。更に進んでいくと左手に石柱が見えるので広めの処へ車停め田圃脇を歩いて行ってみるが、参詣用の道だけで、こちら側からあえて行く必要は無い)
住吉神社
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鎮座地:倉敷市黒崎1042
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由緒:寛政年間(1789〜1801年)に勧請し、黒埼部落の鎮守神として今日に至っている。
御蔡神:上筒男神、中筒男神、底筒男神

元の道を南下交差点(左手に赤い塀)左折を、直進し坂道を登った先を右折カーブしながら東方向へ、突き当たりを左折、北へ、帯江の不洗観音寺の隣である。このお寺の中に荒神社/稲荷社が鎮座、前もって知っていれば行ってみるのであった。
貴舩神社
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鎮座地:倉敷市中帯江
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由緒:不浄観音寺縁起に三宝荒神・十二社権現は山内の守護神。貴布禰神は山外の守護神、海路往還船の守護神、及び病気平癒、息災延命、寿命の守護神とある
御蔡神:貴布禰神
境内を参詣していると先ほどの道を直進して行っても可能であった。

元へ戻り、三叉路を直進南へ、カーブミラー(不洗観音寺標識)を左折、直進、曲りくねっているが進む広い道に出る。ここで左折して北へ行くつもりだったが、直進したためR2号で早島インター出口付近へ、このまま帰宅する。
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