岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

2015年08月

神社廻り-井原から笠岡へその2

先日に続き今日は天気がよさそうなので井原方面から笠岡方面へ向けての神社廻り。

同様にR486号で西へ向かい、小田駅の先、峠を越えた『小田西』信号で左折して48号を進み、前方右にカーブしている処を直進、前方の信号で左折して進んで行くと右手奥に橋、右折して進んで行くと橋を越えた先に池と空地-駐車スペースは十分で、池の中に神社があり水蓮でいっぱいである。(前方に見える工場の1本西の道)
甲弩神社
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鎮座地:笠岡市甲弩789
由緒:甲弩の名は承平4年(934)の和名鈔に見える。当社は甲弩郷7ヶ村の大氏神であったと伝えられているところから、その創建は甲弩郷の置かれた奈良時代まで遡る。神護景雲元年(767)とも言われる。社名は艮明神(丑寅)また単に大明神とも呼ばれる。源平戦乱の兵火のため社殿が焼失したが、中世に小田氏の尊信を受け多くの社領が寄進された。小田氏は室町幕府の家臣床上小松。これが後に小田清秀と改まる。正平2年(1369)小田の地に入封。小田、甲弩、山口、新賀の4ヶ村を領した。小田氏転封の後衰微したが、江戸時代に池田領になって再興。寛永14年(1637)備中松山城主池田出雲守長常によって再建。本殿は降って宝永7年(1710)代官万年七郎右衛門尉の崇敬によって再建。明治5年小田県当時村社に列格。明治40年神饌幣帛料供進神社の指定を受ける。拝殿は3間×2間の単層入母屋造。本瓦葺、正面に唐破風の向拝をつける。数度の修理を経ながら昔の様式を残している。昭和33年笠岡市重要文化財指定。氏子は領家地頭の二種あり、各約1反の田を有し、宮山は良材と豊富な松茸を産し富裕であったが、明治以降また戦後悉く没収改廃せられ、専任の神職なく衰微したが現在は氏子の協力により鋭意復興中である。
御祭神:素盞嗚命、伊邪那岐命
水連でいっぱいな神池を備えた神社、規模としてはこの程度が妥当か!

元へ戻り、信号を西へ進むと北川小前で48号に、横切って進んで行くと前方左手の小山に鳥居が見えるので左折して進むと手前に空きスペース、ここも神社の前に池、何かが植えられているがよく分からない-ここは基本的には八幡神社か?-武宮神社は境内神社の一つ?
武宮神社
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鎮座地:笠岡市走出1032
由緒:本神社は称徳天皇の御代の神護景雲元年(767)9月の創建と伝えられ、後村上天皇の正平16年(1361)に再建した。また、正親町天皇の天正9年(1581)領主紀朝臣小田乗清が大願主となって造営がなされた。明治30年(1897)再建し、同45年(1912)村内鎮座八幡神社外5社を合祀した。昭和51年9月には、折からの長雨と台風による雨とが重なり裏山が、幅20メートル長さ50メートル崩れ、荒神社と神輿庫が土砂によって押し流される被害があったが、氏子の力で復旧工事が進められ、昭和53年(1978)再建された。
御祭神:建速須佐之男命

神社前を進み、右にカーブする処を左折して前方の山方向へ(鳥居が見える)、突き当りを右折して山際を進み、鳥居を目指して右折して進む。
石槌神社
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鎮座地:笠岡市走出828-1
由緒、御祭神共に不明
岡山に結構見られる石槌山信仰の教会か?、前方の山(東)に地図上は神社が見られるが参道が分からない

神社前の道を西へ進んだが車では通行不可能、元の山際の道へ引き返し、南へ進前方の広い道を右折して進んで行くと前方にY字路(『かさおか古代の丘スポーツ公園』の標識)、直進して進んで行くと前方池の土手の手前、小さなサイロのある建物の後ろに神社、先に停めて参詣
荒神社
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鎮座地:笠岡市走出
由緒、御祭神共に不明
実際は勘違いして、先ほどのY字路の先を右折して集落の中の道を走る。

48号へ出る必要があり、元の方へ引き返すかどうか悩み、先ほどの『かさおか古代の丘スポーツ公園-この一帯が古墳群の後のようである』へ向かい、そして下って48号を目指す。(広い道を進むと自然に48号へ)
48号を南へ進んで行くと右手に『井笠鉄道記念館』、その先の信号を左折して168号を進み、新吉中横の坂道を登りつつある直ぐ先を左折し手進み、池の横を進んだ先を右折、更にその先を右折して進むと鳥居、前に車を停め参詣(この近辺全体的に道幅が狭い、Uターンが厄介そうなので車参道を登ってUターン-台風後でなければ最初から車で)
山口八幡神社
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鎮座地:笠岡市山口3550
由緒:笠岡市山口には弥生の頃から人が住んでいたことがわかっているが、その頃から人々はこの地に住む人の幸せや安全を神に祈っていた。ここ竜王山のふもとに八幡神社が祀られたのは、「小田物語」(吉岡道貞・新賀の人)によれば、弘治年(1555)小田政清が馬鞍山城を築いた頃、土豪廣井一郎右衛門が祀ったとある。その後、弓矢の神として崇拝されてきた八幡神社は「さぶろう様」と呼ばれて親しまれ、江戸時代になると次第に氏神として信仰された。江戸時代、寛文12年(1672)の棟札には「廣井六郎左衛門が、山城国石清水八幡宮を勧請奉祀した」 とある。明治40年5月(1907)神饌弊帛料供進神社に指定された。大正2年10月3日(1913)には神社の整理統合が行われ、艮大明神等、現在境内の南北の摂社に祀ってある12社を、この地に合祀して現在に至っている。 現在の社殿は明治21年(1888)再建。明治23年(1900)本殿屋根葺き替え、平成10年(1998)本殿屋根銅版葺き替えをし、代々の氏子達は「比翼入母屋造」の美しい姿の本殿や境内を、大切に護っている。
御祭神:仲哀天皇、応神天皇、神功皇后

北方向へ進み、新山小学校南を通って48号へ、先ほどの『井笠鉄道記念館』へ寄ってから南へ、先ほどの信号を今度は右折して377号を西へ登って行くと登り切った右手に登る坂道が-前方鎖で通行止め-手前に車を停め参詣-西方向からも通行止め、上には広い駐車スペースがあるのに!
海神社
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鎮座地:笠岡市新賀1688
由緒、御祭神共に不明

377号(広域農道)を西へ進んで行くと、前方右手に石燈籠、左手に鳥居、手前に車参道と駐車スペース
疫神社
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鎮座地:笠岡市新賀
由緒、御祭神共に不明

377号(広域農道)を西へ進むと前方に34号左折して南へ進むと右手に石柱(整備されてないかなり急な坂道-無理)、更に進んで前方信号を右折、直ぐに右折して坂道を進み、前方を右折、突き当りを右折してんだ先に駐車場-道幅が狭く曲がり難いので注意が必要
天神社(大地神社)
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鎮座地:笠岡市東大戸1964
由緒、御祭神共に不明
北川からの参道は未確認だが神社近くは舗装されてなく勧められない、西側は道幅が狭く未舗装

来た道が細く厄介だったので直進して西方向へ坂道を下り前方広めの道へ、左折して南へ進み川に突き当ったら左折し289号、先ほどの34号まで戻り右折して34号を南へ進み、前方陸橋の直ぐ手前を左折して進み突き当りを右折して進んだ先、手前の空地へ車を停め参詣
春日神社
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鎮座地:笠岡市小平井1965
由緒:小平井にある春日神社は、もと小平井村の村社で、建武2年(1335)3月、笠岡の領主陶山義高が奈良の春日神社の分霊をまつって社を建てたのがはじまりといわれている。
参道に立つ石鳥居は室町時代末期の作品で、形式は明神鳥居、高さは約4mである。「春日宮」と刻んだ扁額の裏側には「領主渡辺杢之允(もくのじょう)正 天文五丙申年九月」と刻まれていることから、天文5年(1536)、当時小平井の領主であった渡辺正が寄進したことがわかる。その後社殿は、宝永4年(1707)と明治19年(1886)に改築されている。
御祭神:記載なし
東にある『乗福寺』にも鳥居があるが神仏混合の名残か?

神社南のグランド側の道を進み34号へ出て、南へ進み新幹線の手前『追分』の信号で左折して48号を北東へ進み、自動車道を潜った先を右手直進し、前方を右折して288号を進むと右手に
諏訪神社
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鎮座地:笠岡市園井1066
由緒、御祭神共に不明
神社の隣には『八大龍王』の鳥居と祠あり、また市最大のくすの木がある

288号を南へ、自動車道、新幹線を越えた先今井小学校手前に、路肩へ車停め参詣-チェックミス-一度参詣している
八幡神社:鎮座地:笠岡市園井1478・今立125
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このような事があると疲れる。288号を引き返し、右折して48号を北上、消防署手前を右折して道なりに進み、前方2本目のY字路を左折して道なりに直進し、『土井ケ市公會堂』先を左折した右手、実際は直進し、墓地の処のY字路を左手、次のY字路を左、直ぐ左折して進んだ奥-最初予定の神社表参道前には車停めにくい?
箱田山神社
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鎮座地:笠岡市吉田3909
由緒:当社の創建年月、由緒は不詳。明治5年村社に列格。明治45年神饌幣帛料供進神社に指定された。境内地は517坪で、主要建物は本殿、幣殿、拝殿からなる。境内社として火産霊神社、荒神社が祀られている。境内には、エヒメアヤメが群生している。自生の北限で、4月の開花時期には多数の愛好家が訪れる。
御祭神:吉備津彦命、上津綿津見神、少彦名神、素戔嗚神、大年神、応神天皇、大山積神、若年神、神功皇后、市寸嶋姫命、多紀理姫命、多岐津姫命、中津綿津見神、底津綿津見神

元へ引き返し北へ進んで行くと、前方左に緩くカーブする処に右手に細い道-これを進めば神社前に出れるが細すぎて不安!そのまま進んで行くと右手に白い農協の建物、ここに車を停め歩いて参詣
八幡神社
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鎮座地:笠岡市関戸300
由緒:当社は仁治3年(1242)8月の創建。明治5年1月1日村社に列格。明治23年10月10日現在地に移築。明治40年5月神饌幣帛料供進神社に指定せられた。当時の崇敬者は小田郡とその周辺に及んだ。境内地は368坪で、主要建物は本殿、幣殿、拝殿からなる。平成11年には幣殿・拝殿屋根の大改築を行い、瓦から銅板に葺き替えた。境内には、稲荷神社、天神社、荒神社、金刀比羅宮、花総社、丑神社、妙見社、逾迦社の摂末社が祀られている。当社に隣接して、関戸廃寺跡がある。同寺は白鳳時代の7世紀後半に創建された。東西南北130平方メートルの伽藍で、400年の栄華を誇っていたが、平安時代の11世紀に焼け落ちた。この地は、古来より信仰の篤き土地柄であったことがうかがえる。
御祭神:応神天皇、素戔嗚尊

時間的に早すぎるがたまには良いだろうと思い帰宅、やはり早い時間は全体的に空いているのでかなり早く帰宅できた。

神社廻り-井原から笠岡へ

マップ上で星印のマーカーを見ると西の方でR2号とR486号の中間地域が少し寂しい、ある程度仕方はないのだが!今回は笠岡近辺の続きとして井原市から笠岡市を県道3号で廻ることに
高梁川からR486号で井原市へ、ついでR313号、『子守唄の里高屋』で左折して3号へをメインにして笠岡市を

R313号は新しい道(バイパス)が出来、2本有る感じになっているが、今回は3号で関係ないので標識通り左折して3号を南東へ進み、前方右折して102号を進んで行くと右手に階段と案内板、路肩へ車を停め参詣する。(右折して細い道を進んだ先に空地、参道は正面、東、西と三方に鳥居)
長澤神社
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鎮座地:井原市大江町4962
由緒:本神社は承和6年(839)の創建と伝えられている。延久3年(1071)大江郷宮峠に遷座、氏神として郷民の崇敬が厚かった。もとは、備後福山藩水野家に属していたが、元禄11年(1698)から幕領となった。社殿は寛文12年(1672)に大改築を行っている。文政10年11月(1827)一橋朱印領地となった。その後明治4年(1871)神社名を「長澤神社」と改称した。明治43年11月(1910)地区内に所在の垂水神社(祭神豊玉姫命)艮神社(祭神吉備津彦命)天神社(祭神菅原道真)の3社が本社に合祀された。大正5(1916)大修繕を行い、その後氏子の協力により境内小庭園、池を増築した。参道は正面、東、西と三方に鳥居を有し、近辺に例を見ない珍しい様式で、氏子からの崇敬が厚く、神域は清閑にして崇高である。
御祭神:猿田彦命

102号を3号方向へ引き返していくと緩く左にカーブする手前右手に駐車可能な広い路肩と、右手に細い引き返す方向の坂道あり、先が不安なので下へ車を停め歩いて坂道をを登った先の神社を目指す。-坂道を登った先に長澤神社の御旅所の石碑あり-(車で十分可能、神社前に駐車スペースの工事を行っていたが、手前辺りは駐車可能)
荒神社
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鎮座地:井原市大江町
由緒、御祭神共に不明

坂道を下りた先を右折して進むと3号線の大江小学校横へ、ここで出会った人に学校前の山にある神社を聞くが分からない、多分南から登れたような気がすると言われたので、一応学校前からの参道を探すが無い、少し先右折する道を進もうと思うが車が止まっており通行できそうに無いので小学校グランド入口に車を停め歩いて南側から目指す。当てずッぽうに目指すが登って行くと右手に鳥居が(強引に南側から進むが、参道は大きく東へ廻った方向-いずれにしても車は無理)
荒神社
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鎮座地:井原市大江町
由緒、御祭神共に不明

3号を進み坂道を登って行った先に陸橋が見える手前を右折して直ぐの処へ車停め、前方右手の坂道を登って行くが何か方向が違う、引き返しよく見ると直ぐ傍に草木に埋もれた鳥居が参道も全く埋もれている、強引に進むと完全な神社と言うより廃屋-何らかの新興宗教か?
大仏神社
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鎮座地:井原市大江町
由緒、御祭神共に不明

3号を進み直ぐ先を左折して進み直ぐの三叉路を左手に取り、基本的に直進して進んで行くと前方に見える『梶草公民館』の裏に
荒神社
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鎮座地:井原市大江町
由緒、御祭神共に不明

道は有りそうだが道幅が分からないので先ほどの三叉路まで引き返し、今度は右手方向へ直進する感じで進んで行くと、途中道幅が少し細い処があるが前方に坂道、よく分からないので下の路肩に車停め歩いて参詣-十分車で可能-不思議なのは鳥居の前に参道が無く急斜面、北側は明らかに車の裏参道、昔はどうだったのか?
少彦名神社
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鎮座地:井原市下稲木町1222
由緒、御祭神共に不明

神社前の道を南へ進み、前方突き当りを左折して進み、前方十字路を右折して進むと290号へ横切って進むと駐在所が、ここで東側の山にある『木野山神社:井原市下稲木町』のことを聞くが15分以上かかり道も整備されてなく参詣は困難?-今回は中止-
更に進んで行くと右手に民家に入るコンクリートの橋を渡って坂道を進んだ山際-広めの路肩に車停め参詣
荒神宮
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鎮座地:井原市下稲木町1986
由緒、御祭神共に不明

更に南へ進んで行くと池が、手前の池の西側に鳥居が、扁額が読めないのでよく分からない奥に神社があるようには見えない。
更に進んで行くと前方左手にトタンの倉庫のような建物、その奥に神社、左折して進んで行くと神社の手前横手に空地
道祖山神社
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鎮座地:井原市上稲木町2757
由緒、御祭神共に不明

先の道の状態が分からないので元の290号まで引き返し左折して290号を進み前方池で3号に、信号を左折して3号を進んで直ぐ右手に、路肩に車を停め参詣
荒神宮
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鎮座地:井原市上稲木町
由緒、御祭神共に不明

更に3号を南へ進み、特に目印が無いので慎重に車を進めるが、何故かこの道はダンプカーが以上に多い、最初「子供が作った花いっぱい」の看板の手前の路肩にくるを停めたが、GPSの感度が悪くまだ先と思い進むが、後をダンプに追いかけられ少し先へやっと車を停めれる。最初車を停めた先んのコンクリートの橋を渡った坂道を登った先
王子神社
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鎮座地:井原市上稲木町1136
由緒、御祭神共に不明

更に南へ進んで行くと前方小山の手前に左折する道、左折して進むと前方左手の山の中腹に神社、山際を進みながら左手小山の下に駐車し左手山道を登って行く
明知神社(明子大明神)
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鎮座地:井原市上稲木町1919
由緒、御祭神共に不明

3号へ戻り南へ進んで行く、右手池を過ぎた先、直ぐの道を左折し路肩に車を停め、道路から見えた鳥居を目指す
諏訪神社(諏訪大明神)
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鎮座地:笠岡市篠坂1681
由緒、御祭神共に不明
いつも思うことだが保全のため覆われている遮蔽物は祭等の場合は外されるのか?

3号を南へ進み山陽自動車道少し手前を右折して池の側に車を停め、歩いて西側の小山を目指す-車でも可能だが上を公園か何かに整備中、雨水の流れようか溝を掘っており車の底が閊えるかも?
3号がこの付近広島県と入り組んでおりこの神社は広島県、本来の岡山県の神社廻りと決めていたが昔の国境はよく分からないのでまあいいか!
天満神社(天神社)
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鎮座地:福山市坪生町597
由緒、御祭神共に不明

地図上では簡単そうだが意外と厄介、3号を南へ、直ぐにV字に左手、直ぐに右手手に取り自動車道を潜り左手の坂道を進めばいいはずだが通れないような道(何故かここに祠が)、引き返し再び自動車道を潜り東方向へ進み再び今度は自動車道を跨ぐ橋を渡り進むと正面に、しかし車止めがあり手前の路肩へ車を停め参詣
佐山神社
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鎮座地:笠岡市篠坂1884
由緒、御祭神共に不明
由来として山陽自動車道建設により佐山一八八四番地より当地に移転新築す

神社前の道を東方向へ進み、突き当りを左折すると前方に377号、右折して377号を進んで行くと陶山小学校、その先にある広場に神社の由緒書、山際に進む道があり進んで行くと左手に鳥居
皇子神社
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鎮座地:笠岡市押撫443
由緒:神武天皇の別称を「天神御子」と呼ばれる所から皇子神社に祭られたものと考えられる。もとは皇子大明神と呼ばれていたが明治四年(一九七一)一月倉敷県神社調査の際皇子神社と改称し明治十年三月村社に列せられている。氏子は押撫地区の全戸である。押撫地区は古代には小田郡出部郷の篠坂に属したり、備後国の大宅郷の坪生に属したこともあった。中世の荘園制度のもとでは、陶山庄の篠坂に属した時期と、坪生庄に属した時もある。いずれにしろ篠坂とは一体であり、篠坂山泉福寺一統の守神熊野神社の分霊が押撫に九十九の王子をまつる神社、即ち「皇子神社」として分社されたものである。また押撫地区の大半の菩提寺は篠坂との境にあった篠坂山普門寺観音院星蔵坊である。江戸時代になり、毛利元康の領土から慶長五年(一六〇〇)幕領と変わり、さらに元和五年(一六一九)備後福山水野領となる。ところが、再び元禄十一年(一六九八)幕府領となり笠岡代官の治めるところとなった。
御祭神:神武天皇(神日本磐余彦命)

参詣順序の間違い、377号を東方向へ引き返し道なりに進んで行くと前方に広い道、前方左手の丘に神社、路肩に車停め参詣
熊野神社(熊野十二社権現)
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鎮座地:笠岡市篠坂683
由緒、御祭神共に不明

3号を南へ進み、新幹線の手前で左折して南へ進み前方の空いた路肩に車を停め、歩いて参詣-結構距離があり、北側からの車参道があるようである。
有田八幡神社(在田神社)
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鎮座地:笠岡市有田2270
由緒:当神社には在田神社と有田八幡神社が合祀されている。在田神社の創建は不詳であるが、平安時代の中期(九〇〇年頃)の延喜式神名帳に記載されている式内社である。位階は嘉祥四年(八五一)正六位上、貞観元年(八五九)従五位下で、備中郷社五の宮である。在田神社の主祭神は苅田彦命・苅田姫命(坂上苅田麿呂・阿知使主の末裔で鉄鉱及び水銀採掘の犬一族の神)で、併神は宗像神(国家鎮護と海路安全の神)である。
一方、有田八幡神社の祭神は、応神天皇・神宮皇后・玉依姫の三神であり、鎌倉時代に陶山藤三義高の歓請により、坪生庄新中八幡神社より氏子十八郷の中十三郷をもって分社したものである。十三郷とは、有田、押撫、篠坂(備中坪生を除く)、入田、用之江、茂平、大冝、吉浜、生之浜、西浜、大河、木之目、西大戸の各村で、寛政五年(一七九三)建立の大鳥居に「大氏十三ヶ村寄進」と刻まれている。本殿は、明暦二年(一六五六)四月に再建したものである。
御祭神:苅田彦命、苅田姫命、宗像神、応神天皇、神宮皇后、玉依姫

直進して川沿いに南東へ進んで行くと左手に神社が、川沿いの路肩に車を停め歩いて参詣
陶山神社
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鎮座地:笠岡市有田
由緒:祭神は武の神でもある経津主命と武雷主命で、元弘年中(一三三一~一三三四)陶山城主陶山義高が、南都春日大社より勧請したもので、在田神社の末社である。貞和五年(一三四五)中国探題足利直冬が備後鞆の津より京に攻め上がる途中、幕府軍の立てこもる陶山一族の居城・洲山西濱城(陶山城)を火攻にしたとき、城主陶山藤三義高は城を逃れ、在田郷向山で兵を建て直し、朝廷軍を籠山の地で迎え打ち大激戦となった。しかし、陶山勢に利あらず、負傷した義高は郎党平蔵と共に在田城に向かう途中辻堂に身を潜めたが、責めに耐えず口を割った乞食のため、武運つたなく義高は郎党平蔵と共にこの地で割腹し相果てた。(籠山古戦場戦記)
土地の人は、義高の例を合祀して陶山神社と称し、平蔵も平蔵神として祭った。また、朝廷軍により切り捨てられた乞食の霊を慰めるために、観音菩薩の石仏を建て供養している。現在の神社は、明治三十二年九月に有田地区の浄財により再建したものである。
御祭神:経津主命、武雷主命

川沿いの道を進んで行くと広域農道へ、右折して進み坂道を登った先に車停め坂道途中まで引き返し北側の神社を目指す。-少し先の方へ停め過ぎ
猿田彦神社
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鎮座地:笠岡市大宜
由緒、御祭神共に不明

意外と時間がかかったが帰宅することに、3号からR2号へ、時間的には早いが意外と混んでいる。倉敷の東でバイパスを降り22号から中庄へ抜け新幹線沿いの道で帰宅する-意外と時間かかる。

神社廻り-笠岡方面その3

天気の悪い日が続いているし、次は台風の心配も必要、曇り模様だが出掛けることに、今回は寄島方面の参詣残と笠岡の東方面へ。

R2号を西へ、鴨方の先、天野実業里庄第一工場の先を左折して64号を寄島方向へ進み、桝池を過ぎた先、左手に斜めの坂道が見える先、前方の小さな丘の手前を左折して進み(2本道があるので手前の道)突き当りを右折して進んだ左手奥
荒神社
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鎮座地:浅口市寄島町
由緒、御祭神共に不明

64号を更に進んで行くと右手に406号、右折して406号を進み前方に階段と墓地が見える辺りの路肩へ車を停め探す(近くで出会った人に聞くが全く分からない-少し引き返し進行方向右手の細い道を登って行った右手)
荒神社
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鎮座地:浅口市寄島町
由緒、御祭神共に不明

かなり曲りくねるが406号を進んで行き右手に池が幾つかあり、その先左手に池がある手前を右折して道なりに進んで行き『湯舟公会堂』で右カーブ、その先で左カーブして進んで行くと前方Y字路を左折して進むと池の土手へ、ここまでは舗装されている。ここに車を停め、池の土手を進み左折して進んで行くと神社(車でも十分通行可能だが雨の後でもあり道は悪く、歩いた方が賢明-南側に参道があるようだが未確認)
河神社(山王神社)
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鎮座地:笠岡市大島中8183
由緒、御祭神共に不明
地図上で民家のあるなしを確認しておくと通行の判断の参考になるか?

406号まで引き返し、少し西へ進み前方を左折して432号を進み前方『山城公会堂』の先小さな池の先で左手に『大島分団』の消防機庫前に車を停め左手の道を歩いて参道を探す(左折して道なりに進み前方T字路を左折した先-車でも可能だが駐車に困る)
荒神社
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鎮座地:笠岡市大島中
由緒、御祭神共に不明

432号を更に進み2つ目の池の側に車を停め左手坂道を登って行き、左手の山道を登って行く-あまり参拝されてない?ほとんど整備されてなくかなり参詣がしんどい道
天神社
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鎮座地:笠岡市大島中4306
由緒、御祭神共に不明

432号を南へ進むと海にへ出るので左折して47号を東へ進んで行くと左手に金比羅さんの石燈籠
不明祠-金比羅
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鎮座地:笠岡市大島中
由緒、御祭神共に不明

少し進んだ左手に石柱
天照皇大神宮
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鎮座地:笠岡市大島中
由緒、御祭神共に不明

47号を引き返し西へ進んで行くと右手に鳥居
日留子大神
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鎮座地:笠岡市大島中
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと前方左手『大島美の浜漁協』の前に石柱と祠

更に進んで行くと左手に鳥居が、海近くの神社のためか結構急な階段、直ぐ右手に車参道が見られるが少し狭い、少し東から廻り込む道が?-未確認
素盞嗚神社(天王神社)
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鎮座地:笠岡市大島中1139
由緒、御祭神共に不明

更に西へ進んで行くと右手に2つの祠が海に近いので安全を祈る祠か

47号を進んで行き、前方左手に大内酒造、少し進んで2本目の右手の道を右折して進むと前方右手に火の見櫓、ここに車停め直ぐ先の左手の山道を登って行く、途中に中程に十二神様(吉邦神社)があり、ここも荒れ果てた神社である。
天神宮
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鎮座地:笠岡市西大島
由緒、御祭神共に不明

神社前を道なりに進み前方三叉路を右折して進んだ前方X字路附近へ車を停め、近くの人に聞いた北側の民家の間を進む。
荒神社
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鎮座地:笠岡市西大島
由緒、御祭神共に不明

引き返し47号へ、少し進んだ先右手の道を右折し、直ぐに出会った人に尋ねるともう直ぐ工事で通行止めになるが今は御獄山まで車で通行は可能とのこと、途中の神社は多分行けないと言われる。-途中笠岡諸島が見渡せる展望台あり、その先には駐車場とトイレ、遊歩道が有る
龍王神社
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鎮座地:笠岡市西大島
由緒、御祭神共に不明

行き過ぎたのでゆっくり引き返し見落とした御瀧神社と木野山神社を探す。地図上で見られる展望台から引き返した先、U字にカーブする辺りに車を停め山の中を少し歩くが道からない-後から分かったことだがカーブ少し進んだ右手に下って行く山道がありここを進むと行きつくらしい
御瀧神社:笠岡市西大島7110

更に下って木野山神社を探す、ここは47号から入った突き当り左にカーブする手前を奥に入った左手(ここで路肩に車を停め車の通行を妨げたよう-文句は言われなかったが)
木野山神社
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鎮座地:笠岡市西大島
由緒、御祭神共に不明

47号を北へ進み前方橋を渡って直ぐの左手に
不明祠
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鎮座地:笠岡市西大島
由緒、御祭神共に不明

川沿いに西へ進み右手3本目の道(大島自動車板金塗装)を右折して進み、Y字路辺りに車停め、近くにいた人に尋ねて参詣、少し奥まった処にあるが親切に近くまで案内してもらった
天神宮
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荒神社
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鎮座地:笠岡市西大島
由緒、御祭神共に不明

途中話していて先ほどの『御瀧神社』の件この人から聞いた話、先日掃除に行ったとのこと、早く会いたかったし、ここの神社に関しても二社ある件をお聞きしたかった。
元へ引き返し、更に北へ進むと406号へ、右折して進み直ぐ先の『髪風船』先を左折して進んで行くと左手に山道が、これを進んで行くと神社へ行ける感じだが車を停める場所が無いので北へ進み前方三叉路を左手に、次の三叉路を左手にとり進んで行くと神社裏手に(駐車スペース十分-途中地元の人に聞くと「いっきゅう様」とのこと)
一宮神社
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鎮座地:笠岡市西大島4061
由緒、御祭神共に不明

最初の三叉路まで引き返し左折して北方向へ、池の辺りに車を停め北方向の神社を目指す
荒神社
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鎮座地:笠岡市西大島
由緒、御祭神共に不明

池の先の三叉路迄引き返し直進すると駐在所の横で406号へ、左折して進み最初の右側の道を右折して進み、川で左折して少し進み右手橋の先の広めの路肩へ車停め南側の神社を目指す。
荒神社
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鎮座地:笠岡市西大島
由緒、御祭神共に不明

406号を更に東へ進んで行くと大島中学校、その先右手に赤い鳥居、道沿い左手と、右手上に登った所にも駐車場
白成稲荷神社
x0853page
鎮座地:笠岡市大島中6252
由緒、御祭神共に不明

神社前の406号を進み直ぐ先を右折して進み、前方三叉路を右手に進んで行くと突き当り近くの右手に-駐車スペース有、六角堂も
荒神社
x0854page
鎮座地:笠岡市大島中
由緒、御祭神共に不明

406号へ引き返し、東へ進むと午前中のコースへ、中間地点で北上して山を越えるより前回の未参詣神社を目指す。
406号を西へ進み、前方右折して47号を北へ進み、笠岡東中学校先の信号を右折して直進し、橋を渡った突き当りを左折して団地の北側を進み、前方三叉路を右折して団地を南側から廻り込むと左手に坂道、登って行くと神社と空地-西側にも神社があるがよく分からない。
荒神社
x0855page
鎮座地:笠岡市西大島
由緒、御祭神共に不明

団地北側の三叉路まで引き返し右折して池の側に左折して北側へ進み、前方十字路を右折して進むと池の側へ、ここ辺りに車を停め、南側に見える神社を目指す-直ぐ近くに『浜中南公会堂』がありここに車を停めても良かった。
素戔鳴神社
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鎮座地:浅口郡里庄町浜中520
由緒、御祭神共に不明

先ほどの十字路まで引き返し、北方向へ進んでR2号へ、少し早いがやはり歳のせいで疲れた-帰宅の途に

神社廻り-笠岡方面その2

天候不順と暑い日が盆を過ぎても続いている。近距離はほとんど参詣が終わっているためどうしても遠距離に、今回はR2号で岡山県の西部-笠岡方面を目指す。
R2号を西に進み笠岡の中心部を過ぎて更に西へ、トンネルを過ぎて2本目の道を右折して進むと池へ、左折して進んで行っていると郵便配達のバイクと、非常に狭い道で、バイクが路肩へ交してくれくれ、神社の話をしていて神社への階段を見落とす。(左折する角に階段があり、曲がった少し先に小さな空地-駐車は可能)そのまま進んで行くと前方に交差点、左折して進むとR2号、手前左手に坂道があり、登って行くと神社横に、本殿の改修作業中で秋のお祭りまでには完了予定とのこと-最初から此のコースで参詣すればよかった。
艮神社
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鎮座地:笠岡市大宜355
由緒、御祭神共に不明

R2号へ戻り西へ進み直ぐの前方の道を左折して道なりに進むと右手に神社(交差点先、坂道を登る途中)
猿田彦神社
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鎮座地:笠岡市大宜611-1
由緒、御祭神共に不明

R2号へ引き返し、西へ進み、前方高架の3号を潜った先の信号を左折し、ぐるっと廻ってR2号を越え前方右折して最初の道を右折して城見小入口近くに車停め歩いて学校の西を目指す(失敗、結構距離があるし、此の先は車では通行不能-3号線で線路を越えた先右折し、その先右折して3号を潜って進んだ先に石燈籠と石段)
用之江菅原神社
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鎮座地:笠岡市用之江2047
由緒:当社の主祭神は菅原道真公で、少彦名神が共に祀られている。学問の神、受験の神として有名な京都北野天満宮から勧請した。万治2年(1659)四代将軍家綱のとき、この地に鎮座し、爾来この地とこの地の人々を加護している。菅原道真公は、無実の罪で九州に流され、怨みを抱いたまま太宰府で没する。その霊を鎮めるため神として祀られた。天満宮、天神社、菅原神社などである。道真公が、文学に優れ、書道にぬきんでた才能があったことから、やがて学問の神様として祀られるようになった。当社は、初め天神宮と称していたが、明治4年に菅原神社と改称した。
万治2年(1659)創建
元禄年間福山藩主水野日向守が神田を献じた。
寛延3年(1750)本殿を再建
天明8年(1788)拝殿、幣殿を増築
明治4年(1871)菅原神社と改称
明治38年(1905)本殿、拝殿を修理
昭和6年(1931)村社に昇格
御祭神:菅原道眞

3号線を引き返し進んで行くと前方山の上に神社、前方を右折して南へ進み前方右折してUターン気味に引き返し進んで行くと団地へ、2本目の道を右折し進んだ突き当り附近に車を停め右折して進み山上を目指す。
岩下神社
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鎮座地:笠岡市用之江
由緒、御祭神共に不明

3号線へ戻り南へ進み、前方右折して3号を進み、右手7&11のの奥に車を停め参詣(左側が稲荷社で右側が塩崎神社)
正一位稲荷大明神
塩崎神社
x0826-7page
鎮座地:笠岡市茂平
由緒、御祭神共に不明

神社先にある『茂平会館』前を来た進んだ先に広場と階段、登って行って参詣するが、西側から北へ廻り込んだ方が楽だったか
茂平八幡宮
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鎮座地:笠岡市茂平728
由緒、御祭神共に不明
祭殿を覆っているのは仕方ないかな

3号を引き返し直進、そして南西方向へ新R2号を進み前方左にカーブする処を右折、その先を左折、右折して進んで行き突き当りを右折して進み、2本目の道を左折して進み、次の三叉路を右折して進んだ坂道の途中の左手、神社横に車停め参詣。
三年神社
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鎮座地:笠岡市神島
由緒、御祭神共に不明

最初の海沿い道へ戻り南西方向へ進んで行き右手海の中に小さな岩場が見える先、右にカーブする処を左折し道なりに進んで行くと左手に神社、神社前の境内へは入れないようにしているが後ろ側は駐車可能(神社前の道を進んで行くと公園と海側の道へ出るのでこちらから進んだ方が分かりやすいか)
三日月神社
御崎宮(見崎神社)
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鎮座地:笠岡市神島
由緒、御祭神共に不明
三日月神社は正面横に、神社としては御崎宮-未確認

元へ引き返し、更に東へ進み前方右折して433号を道なりに進んで行くと海に出会うので進んで行くと左手に(旅館の駐車場?へ停める)
石鎚神社
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鎮座地:笠岡市神島外浦
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと前方左手に(日光寺の表示の先からは195号)
神島神社
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鎮座地:笠岡市神島外浦1706
由緒:当神社は、延喜式神名帳に備中小田郡神島神社とあり、式内社である。御祭神は神日本磐余彦命(神武天皇)と興世姫命を奉斎する。創建は奈良時代(726)神亀3年と伝えられ、室町時代(1547)天文16年に本殿の御造営が行なわれていることが棟札によって知られる。大正15年8月15日に第6回目の改修工事を行なった。命は、皇祖皇考神聖にして日向より東征の砌、吉備高島に8年間駐屯された。その後、海上より熊野に至り大和平定後、橿原の地に第1代践祚の大偉業を成された。妃興世姫命は、部下を率いて当地に駐留され天業を扶翼してこの地に崩御された。近郷住民は、命たちの高き尊き御神徳を畏みて一大崇敬産土神と斎き祀った。
御祭神:神日本磐余彦命

195号を少し引き返し、前方『日光寺』の表示を右折して進むと途中に左手に鳥居、り方に車停め
不明神社
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鎮座地:笠岡市神島外浦
由緒、御祭神共に不明

道を更に北へ進んで行くと突き当り、右折して進んで行くと坂道を登る手前に神社(ゆっくり走らないと見落とす)
杉根神社
x0833page
鎮座地:笠岡市神島外浦
由緒、御祭神共に不明
『神島』は今は完全に陸続きだが昔の島の名残か、へんろ道が整備されているのかいたる処にお堂が見られる。

元の195号へ引き返し海沿いに進んで行くと海が狭まり、右手海の中に『カブトガニ繁殖地』が、更に進むと不明な稲荷が左手に、少し進んだ前方にマンション、手前を右折して進むと境内に(何もないが結構広い境内)
天神社(自在天神宮)
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鎮座地:笠岡市神島5335
由緒:当社は、延文年間に地頭の小見山某の発願により、創建された。貞享4年(1687)6月備後福山城主水野美作守勝慶が社殿を再興し境内を拡張した。現在の遺構である。神苑内に万葉集その他の石碑がある。
御祭神:菅原道眞

195号を更に進んで行き、海際を少し走った先を左折し、三叉路を右折、左折と道を選びながら進むが地図を確認しながら進まないと難しい、『自性院』と『安養院』を目指しながら進むとお寺の駐車場が、二つのお寺の間の道を山際に進むと鳥居が
大年神社
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鎮座地:笠岡市神島
由緒、御祭神共に不明

地図を見るだけで参道も不明、しかも山の上悩んでいたが前記神社より対面の山の上に見えるので一応試みる(お寺近くで尋ねるとはっきりはしないが前方の池を左側から廻り込んだ先と聞いていると!)
195号を進んで行くと左手に駐在所、若い夫婦だが親切に対応してくれたが詳細は不明、先の信号を左折し433号を西へ進み、池の先を右折して池の北側へ、路肩へ車を停め出会った配達の人に尋ねると、御存じなかったが配達先の人を紹介、「池の側にコンクリート道があるのでそれを登って行けば」と-駐在所でも3本ほど山道があるとのことだったので登って行きことに、予想以上に急勾配、しかしこのような所には少しの廻り道があり、整備はされてないが打ち捨てられた神社では無い。目印は『七面山』の石碑
七面神社
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鎮座地:笠岡市神島
由緒、御祭神共に不明

195号へ引き返し、橋を渡って進んで行くと前方に『道通神社』の表示、坂を登って行くと広い駐車場、
道通神社
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鎮座地:笠岡市横島1389
由緒:本神社は、天孫降臨に際して天の八衢(やちまた)に居て天孫を導いた神で「道開きの神」「導きの神」であり、世に神徳高き神として尊ばれている猿田彦大神を主神と仰ぎ、明治45年応神天皇を合わせ奉斎する神社である。起源は永禄年間に御神霊を笠岡道通谷に祀り、近郷住民の崇敬社として栄たるも世は戦国時代となり、国中が戦乱の巷と化し住民は生業に従事するを能わず塗炭の苦しみにあい、誰も神事を行う者もなく、神祠も極度に荒廃し形骸を留められぬ程であった。その上この近郷一帯に悪病が蔓延し、災害が続き、穀物も実らず住民は苦しみ疲れ切っていた。その頃人々に「これは道通様の祟りだ」という噂が広まり、信仰する人々が集って相談し、当時信仰の島であった横島の地に御神体を奉じ社殿を造り祭事を行い崇敬した。その後は災害悪疫も後を絶ち、総ての苦境から脱することができた。これは道通様の御加護に依るものと崇敬敬慕する人達により元和年間に拝殿を造営し、天和年間に本殿を修復。明治42年本殿を改築。昭和5年拝殿及び社務所を大改築し、今日に至る。御祭神猿田彦命は天孫降臨の時高天原からこの国土に降りる道の途中に四方八方に分岐する道があり、そこに居て道を守り、天孫に道を教えた神とされている。これは大にして国の行く手を示す神、小にしては人の幸福又運命を良い方に導き、幸福を授け給う神、開運授福、諸願成就、霊験あらたかな神として全国各地に多数の信者崇敬者を持つ。
御祭神:猿田彦命、応神天皇
西側がメインの参道のようであり、東にある急な階段は閉鎖されていた。

少し悩んだが歩いて参詣することに、参道口を北へ進み、途中左折して広い道へ出て北へ進むと左手に公園、その先右手に-前記駐車場へ入る手前の信号を左折し、次の交差点を右折して進んだ先-予想以上に遠かった、車で行くべきで駐車スペースも公園があるので-犬と子供の大きな石像
蛭子神社
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鎮座地:笠岡市横島
由緒、御祭神共に不明

この神社は195号からよく見えるが少し廻り道の必要がありそう、まずは簡単に北側からの参詣を試みるが道が細くて無理、再度195号へ戻り前方信号を左折して『カブトガニ博物館』方向へ、カーブして進んだ先をV字にターンして進み高架の下へ車を停め、左折して高架沿いに進み、その後右手に進んで行くと前方丘の上に-神社の側に民家があり、車でも通行可能
稲荷神社
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鎮座地:笠岡市入江695
由緒、御祭神共に不明

195号へ戻り、前方へ進み右折してR2号で川を渡り左折して47号へ前方2本目を右折して406号を進んだ三叉路の左手、この辺りへ車停め歩いて参詣(三叉路を左手に進んで行くと左手に車参道)
八幡宮
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鎮座地:笠岡市西大島3674
由緒、御祭神共に不明
意外としんどい思いをして登って行くと結構広い空地が、何のためなのか

夕方用事があるとの女房からの電話があり、疲れたこともあり早めに帰宅の途に、2号線で帰るが時間が早いせいかほとんど渋滞してない-早めに通った方がいいのか!

神社廻り-西大寺方面の小さな神社

ほとんど休みには関係ない生活を送っているが、人の邪魔をしないよう控えめに神社探訪、西大寺近辺で「神社とは呼べるかどうか」程度の未参詣の神社を
旧R30号(現R2号)で十日市交差点で左折して40号を進み、豊成信号で右折して212号を進み、バイパスを過ぎた先右手に、駐車場有
出雲大神宮
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鎮座地:岡山市南区福富西3-7-30
由緒、御祭神共に不明

2号線バイパスに乗り、西大寺を目指す。手前でバイパスを降り、先を右折して東へ進み、『西大寺緑花公園』前を左折して177号で北方向へ進み、『西大寺病院先』を右折して直ぐ傍にある祠
正一位稲荷大明神
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鎮座地:岡山市東区西大寺中野本町
由緒、御祭神共に不明

前の道を東へ進み前方十字路を左折して突き当りが公園、ここに車をを停め左手の神社を目指す
三寶荒神社(素戔嗚神社)
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鎮座地:岡山市東区西大寺中野本町2-28
由緒、御祭神共に不明
公園には古い建物の『中野公民館』、北側には『正一位稲荷五社大明神』が神社左手の道を北へ進むと県道西大寺線

右折して進み、西大寺駅からの37号の手前を右折して進んだ十字路右手、路肩へ車を停め
住吉神社
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鎮座地:岡山市東区西大寺中2-22-12
由緒、御祭神共に不明

県道西大寺線を西へ進んでいると、『岡山東警察署前』の信号の手前、右奥に赤い鳥居、右折して進む
川砂稲荷大明神
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鎮座地:岡山市東区西大寺中野
由緒、御祭神共に不明

『岡山東警察署前』を左折して南へ進み、岡山ブルーラインを潜り、エクスラン前を左折して道なりに進む、叔父叔母の墓参りのコース途中吉井川に出た処左手に石燈籠と石碑のみ(以前は道路左右に分かれていたが、現在拡張工事中で川側に)
牛瀧神社(祇園宮)
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鎮座地:岡山市東区金岡東町
由緒、御祭神共に不明

川沿いの道177号を少し南へ進んだ右手下に
あらたき稲荷神社
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鎮座地:岡山市東区九蟠
由緒、御祭神共に不明

更に南へ進んで行き、177号が一番東へ寄る処を左折して土手を降り、直ぐに左折して進んで行くと前方十字路の手前右手に(注意しないと見落とす可能性大)
木野山神社
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鎮座地:岡山市東区豊田
由緒、御祭神共に不明

前の道を更に西へ進んで行くと前方に小さな川、手前を右折して進んで行くと前方川沿いの狭い道を進み、少し道が左に曲がった処に祠、更に北へ進んで前方の橋を左折して進んだ右手に赤と来るの建物
神仏信仰神社
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鎮座地:岡山市東区政津1414
由緒、御祭神共に不明
新興宗教、普通の家を黒と赤で、物珍しさで?

元の道へ引き返し北へ進んで行くと直ぐ右手に(小さな川の間)
沼名前神社
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鎮座地:岡山市東区君津1021
由緒、御祭神共に不明

正一位伏見稲荷
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鎮座地:岡山市東区政津
由緒、御祭神共に不明

更に北へ進んで行くと『政田小学校』前に、後ろからの車に追い立てられ早々に退去
沼名前神社
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鎮座地:岡山市東区政津
由緒、御祭神共に不明

北方向へ進んで行き、前方信号のある広い道(215号)を右折して東へ進み4本目の道を左折して進みバイパスに突き当たる手前、路肩に車を停め
天照神社
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鎮座地:岡山市東区君津
由緒、御祭神共に不明

バイパスの下側の側道を西に向かって進み、突き当り手前を右折して進んで右にカーブする左手、民家の空地へ車停め
沖田神社
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鎮座地:岡山市東区光津
由緒、御祭神共に不明

引き返して更に南へ進み、前方215号を右折して進み百間川を渡り前方信号を右折して少し引き返し土手を南へ進んで行くと右手木立の中に
不明石柱
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鎮座地:岡山市中区沖元
由緒、御祭神共に不明

更に進んで前方右折する道の手前右手に、路肩へ車停め
古宮神社
x0822page
鎮座地:岡山市中区沖元240-4
由緒、御祭神共に不明

今回はお盆に墓参りをした際に見かけた、未参詣の小さな神社を廻る。この前の吉備中央町の神社に比較したら駄目だがあまりにも?
ギャラリー
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