岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

2015年10月

神社廻り-吉備中央町残

今日も先日に続き吉備中央町を目指す、分かり難かった場所も再調査し、土曜日と言う事で人にも尋ね易いと思い出掛ける。今回は一番近いR53号から72号で岡山空港から北へ、R429号、R484号、R429号で北上、先日目に付いた『化氣神社』の案内板の処まで一気に進む。

R429号から案内に従い右側斜めに入り、前方を右手に取り進んだ先右折して広域農道へ、少し進んだ坂道途中、左手へ下り田圃道を進み、その先の坂道を登って行き、突き当りを右折して道なりに進んで行くと左手に赤い鳥居、側に車を停め坂道を下って行く
稲荷大明神
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鎮座地:加賀郡吉備中央町案田
由緒、御祭神共に不明

神社前の道を更に進んで行くと前方右手に結構大きな鳥居、右折して鳥居を潜って坂道を進んで行くと前方右手に広場、左手に神社へ続く更なる坂道、登って行って参詣-さすが旧社格が郷社という建物
化氣神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町案田5
由緒:当社は備前国津高郡上田村案田化気山鎮座。第10代崇神天皇の10年孝霊天皇の皇子大吉備津彦命四道将軍の一員として吉備国に派遣 異母弟若日子武命と共に針間(播磨)国から本宮山の峯に来られた。この所に御食津神を祀られた。これは、越前国敦賀気比神社と同じく伊奢沙和氣神を祀る。この気比神社の社名を上下間違え、比を化と読み誤り社名が化気神社となったと言い伝えられる。その後44代元正天皇養老8年に皇子、西国の賊徒平定の為西下の途上、備前牛窓に御仮泊にわかに御脳有り諸郷丹心をこめて御脳平癒賊徒平定を祈請せられた時、長田庄本宮山の峯より霊光牛窓海上に映じご加護有り、奉賽の為、本宮山に行幸された。その途中、道に迷った時に白鹿が現れ教導した。是は、伊奢沙和氣神の霊験であると言われた。依って神宝に『いさざ王』と言う丈1尺8寸4分の鹿角を祀られた。その後、大和漆上郡春日大明神4柱、武甕槌神、齋主神、天兒屋根神、比賣神を祀り、伊奢沙和氣神と合わせ5柱の祭神を祀る。
御祭神:伊奢沙和氣神、武甕槌尊、經津主命、天兒屋根尊、比賣大神

大鳥居まで戻り、道なりに北方向へ進んで行くと前方にX字路、前方を左手に進み、突き当りを左手に進んで行くと『高富集会所』を過ぎて更に進んで行き前方三叉路を右手坂道を登った先に小学校後の広場、車で行けそうだがここに車を停め、北方向へ坂道を登って行くと集落の先左手に車参道、一部未舗装で車を置いた方が賢明、南側に石段の参道があるが整備されてなく、近くで出会った人も右手の車参道を使用しているとのこと。
加財神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町高富667
由緒:本神社の創建は天暦2年(948年)と伝えている。小本宮山毘沙門寺の守護神である。明和6年(1769年)頃は梶井天王と称したが、文政年間(1818〜)には嘉財天王と改称した。更に明治初年に加財神社と称することになった。
御祭神:宇迦之御魂神

先ほどのX字路まで引き返し、左下側の道を道なりに進んで行くと前方少し広くなって十字路、右折して進み前方、左手に坂道がある処に車停め右手コンクリートの道を進むと左手に
森神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町高富
由緒、御祭神共に不明

坂道を登ってきたへ進むと少し先、右手にコンクリートの坂道、右折して進むと前方に神社、手前に空地と石像
素盞鳴神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町高富
由緒、御祭神共に不明

元の処まで引き返し、今度は前方左手の道を進んで行くと前方十字路に『神瀬』の表示、指示に従い左手に進んで行くと前方にT字路、案内図と右手『年末』の表示、指示に従い右手へ進んで行くとT字路、直進して進んで行くと左手に、直ぐ先に小さな空地。
森神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町神瀬
由緒、御祭神共に不明

最初のX字路まで引き返し、今度は前方右手の道を下って行く(標識の小森方向)かなり坂道を下った先、右手に赤い鳥居、更に下って行くとR429号の小森温泉の南側へ(「小森の宝篋印塔」の北側)
稲荷神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町小森
由緒、御祭神共に不明

R429号を南へ、直ぐ右手、橋の手前に『三谷・縄田』の標識、右折して道なりに進んで行くと民家の先、左手に山道(舗装されてない参道)、距離はあるようだが歩く、南側から廻り込む感じ、神社に近づくと石柱と急な階段-車道は南東側から急な坂道(歩いた方が賢明)
森神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町三谷392
由緒:創建は享保年間(1716〜)と考えられる。詳細は不明
御祭神:宇迦之御魂神

更に道なりに進んで行くと前方に広域農道、右折して坂道を登って行くと『細田公会堂』の少し先左手に鳥居
塞神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町細田
由緒、御祭神共に不明
四百二十年記念の碑に天王四年勧請と記載

更にこの道を進んで行くと、前方右手に建物
荒神社、荒神社(円福寺)
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鎮座地:加賀郡吉備中央町細田
由緒、御祭神共に不明
地神の石碑は見られるが神社らしく見れない、手前南側の細い道を進むと札所、近くにいた農作業中の人に聞くと、前社も『荒神社』だがここ数年祭られている知らない、後社は札所と集会所を一緒にして立て直し、建物の中に祀られているとのこと、基本的に11月3日がお祭り

広域農道を更に進んで行くと66号へ、(近道はありそうだが?)右折して一気に北へ(先日通行済)前方に千光寺の階段が見える手前を、右折して道なりに進み、左手、左手と進み坂道を登り切った先に車を停め、少し戻った左手(南側)の山道を進む
荒神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町杉谷
由緒、御祭神共に不明

今度は66号を一気に下り、左手372号を過ぎた先、左手を見ていると『横山様』の案内表示、案内に従って進むと、広場に、ここに車を停め歩いて参詣(車でも可能だが、最初が急峻で整備されていないので-案内指示に従えば問題ないが、以前は逆方向から来たため案内が見えなかったよう)
土井神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町下土井1746
由緒、御祭神共に不明

66号へ戻り、南へ進むと31号へ、右折して31号を南へ、直ぐ先右折して団地に入った先に車を停め、民家に人がいたので尋ねると、やはり民家の裏側を進んで行くと在るようで車でも可能だが防護柵もあり、初めての人は歩いた方が良いと
金刀比羅神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町加茂市場989
由緒、御祭神共に不明
防護柵の件があるが車で十分可能、途中まで民家が在るので、また今回も出会った郵便配達人に聞いたが全く無駄、やはり田舎の局長クラスまでか?
東側に参道がありそうだが、これはあまりにも急峻で無理、北側にも在りそうだが未確認

今度は31号を東へ進みR429号へ、津賀小学校先のR484号が右側に、直ぐ先の細い道を左折して道なりに進んで行き、前方三叉路を左手に下って行き、突き当り近辺を探すがまるで分からない、やっと出会えた婦人に聞いたところでは南の山の上とのこと、途中に昔行けた参道が在るが今は無理、神社の南側からは現在も参詣可能とのこと、引き返すと途中に参道らしき道あり、よく分からないので通行の邪魔にならない程度まで車を突っ込み歩いて参詣-この道は民家への道にもなっており、ちょっとヤバかったか?、途中から右手に山に登る道があり、やはり整備はされてない。
金刀比羅宮
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鎮座地:加賀郡吉備中央町広面2641
由緒:当神社は讃岐国象頭山鎮座の金刀比羅宮の御分霊を奉祀したものであり、御祭神は大物主命、相殿は崇徳上皇である。文政4年(1821年)、時の半頭源朝臣河田伊勢松が琴平山に小社を築造して奉祀した。嘉永2年(1849年)、本殿・拝殿の建築をした。現在は風神社に同じ。
御祭神:大物主神
場所を教えてくれた人も言っていたがネットの写真は風神社のもの

今回は分かり難い神社が多かったせいか、天気は良かったのにも拘わらず、うっそうと茂った森の中薄暗い処が多かった感じ、三脚と良いカメラ、照明設備が必要とは思うがそこまで凝る気は無い。

72号で帰るがやはり快適に 、前回より少し車が多いかスピードは控えめで帰宅。

神社廻り-吉備中央町他

今回は苦手な地域(山道が多く通行量の少ない処は道が整備されてない)吉備中央町方面、足守を通ってのR429号で、途中の神社は目に付く処は廻っているはず、随分と走った辺りで右手に丘に何か!小森の宝篋印塔:加賀郡吉備中央町小森であった。下に地神の石碑-特に意味は無いかもしれないが大きな木をさせている。
直ぐ先の小森温泉と小森オートキャンプ場を過ぎた先、トンネルの手前を右折して進むと左手に
金比羅神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町小森
由緒、御祭神共に不明

前を進んで行くと小森キャンプ場の先で再度R429号へ、北へ進み、右にカーブした右手川を渡った先に神社、手前の橋を渡り、舗装されていないのでここに車を停め参詣(車で通行可能な広さが境内まで-未舗装)
天津神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町小森1012
由緒、御祭神共に不明

R429号を更に進んで行くと前方に旭川、左手に進みトンネルへ(多分現在工事中の旭川の橋へ繋がる?)、次のトンネルの手前を左手に進んだ先、広くなった所に鳥居(車参道有)
江与味八幡宮
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鎮座地:久米郡美咲町江与味1191
由緒:長徳年間(995〜999)に当村の古翁が京都に上って石清水八幡宮へ参拝して勧請した。東眼下に旭川の望める三鉾山の頂上に社殿を造り、1年間の神事を12名の当番制とた。その後、川戸(旭川の船着き場)を中心に上流へ発展し、永禄8年(1565)に当時の豪族富田孫右衛門の寄進により、現在地 黒木山に社殿を造営し移した。御祭神は、足仲津彦命、息長帯比売命、品陀別命を祀る。明治の中期1村1社の制度により、当地区内の春日神社を合祀し、現在に至る。秋季例大祭御神幸は、旧春日神社跡地が御旅所となっている。境内地には、平成4年津山振興局管内銘木百選に選ばれたムクロジ(推定250年)二本杉(推定400年)随神門の桧(推定400年)があり、移転当時植えられたと伝えられている。
御祭神:足仲津彦命、息長帶比賣命、品陀別命、武甕槌命、天兒屋根命、經津主命、比賣大神

R429号を引き返していくと、先ほど通らなかった小森トンネルの手前右手に赤い鳥居(R429号の改修工事のため移転新築)
中黒稲荷大明神
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鎮座地:加賀郡吉備中央町小森
由緒、御祭神共に不明

R429号を南へ戻り、前方右手に371号、右折して進んで行くと右手に鳥居、右折して進んで行く、道なりに山道を進み前方三叉路を左方向(正枝・大勝)へ、山道の坂道を進んで行くと集落へ、その先の三叉路を右方向(大勝)へ、更に山道の坂道を進んで行くと前方に『栗の木尾一本桜』の標識方向左手へ、同じような坂道を進んで行くと、坂道を登り切った先に家を建てていた所へ、ここで聞くと「この道を左手の山を廻り込むように進んで行くと駐車場、その場所を左手に進んで行くと神社、車で可能-麓の鳥居は昔、祭の時の集合場所」との事、進んで行くと三叉路、左手に進み、次の三叉路も左に進んで行くと右手に空地(駐車場)左手に進ん行く(未舗装)、左手に神社、少し進むと車参道で境内へ
天計神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町豊岡下2667
由緒、御祭神共に不明
神社前の道を進んで行くと急な坂道の先、先ほど場所聞いた所へ-かなり急な坂道だが登れば直ぐだったが、やはり少しシンドイか?

三叉路まで引き返し、右手(正枝)方向へ坂道を下って行くと前方に道が左手に取り坂道を下って行くと、371号へ、直ぐ先の路肩へ車を停め、降って371号へ出た所の左手に
天計神社(御休殿)
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鎮座地:加賀郡吉備中央町豊岡下
由緒、御祭神共に不明

371号を南西に更に進んで行くと、前方左手に『上大木』の標識、左折して突き当り附近に車を停め奥側の山際を(突き当り附近から山道が)
今比羅神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町大木
由緒、御祭神共に不明

371号を南西に更に進んで行くと、前方右手に『相模・尾原』の標識、右折して直ぐの右手
荒神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町豊岡上
由緒、御祭神共に不明

371号を南西に更に進んで行くと、前方右にカーブする手前に車を停め左手坂道の上(豊岡地区農村公園の隣)
地神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町豊岡上
由緒、御祭神共に不明

371号を南西に更に進んで行くと、前方左手に御北小学校、直ぐ先の右上(階段が在り-旧66号と出会う処)
八幡宮
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鎮座地:加賀郡吉備中央町豊岡上184
由緒、御祭神共に不明

前方66号を右折して北(落合)方向へ、前方に『落合18Km』、右手に新山郵便局の案内に従い右側の道を進んで行くと右手に神社
八神稲荷神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町尾原405-1
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと前方左手に橋が、渡って66号に出た処に車を停め前方の山道を登って行く-歩き難い山道と距離があり、かなりしんどい、西側に車参道が在るが未確認
重岡神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町尾原1102
由緒:当社は元亀2年京都北野天満宮より勧請。当時新山城主(新山民部守)が崇敬し新山城の鎮守として天神宮と称し獅子頭を奉納した。明治6年天神社と改め明治43年5月10日、本村三平山智利火神社・福沢八雲山大國主神社・笹目中曽根八幡宮・江与味村大字杉谷山高野神社を天神社へ合祀し、社号を重岡神社と改称する。大正11年8月21日、本殿、幣殿、拝殿を改築。
御祭神:菅原神、埴山姫命、火産靈命、稚産靈命、大國主命、綿津見神、大年命、丹生都比賣神、足仲彦尊、品陀別命、氣長足姫命、豐玉姫命

66号を更に北へ進んで行くと前方右にカーブする処を左折し進んで行くと左手奥に、未舗装なので手前に手前に車を停めて参詣-道幅・駐車は十分
大國主神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町福沢
由緒、御祭神共に不明

北へ進む途中、神社への広そうな道を見ていたので66号を引き返し、前方左にカーブする処左の『相模・豊岡下』の標識の処を左折して坂道を進んで行く、曲りくねった坂道だがガードレールが付いており安心して進める、登り切った先を直進し、前方突き当りを左折して進んで行く、池の先の三叉路は右手を進み、その先の三叉路は神社の案内通りに左手坂道を登って行く、前方の鋭角にカーブする辺りに車を停め参詣-神社前まで車の方が?-どうも鋭角の坂道は以前のスリックの事を思い出し躊躇する
岩山神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町豊岡上1583
由緒、御祭神共に不明
神社前の道を南へ進むと荒神社を経て371号へ(この道の方が分かりやすいか)

371号から今度は66号を南へ、前方の信号(広域農道)を右折して道なりに進み
かなり進んだ先、Y字の十字路?を曲がり難いが鋭角に左折して坂道を進んで行くと下り坂の途中左手に(神社横に駐車可)
天神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町和田
由緒、御祭神共に不明

神社前を下って行き、前方の変則十字路を右手に進んで行くと左手麓に鳥居が見えるので西方向へ下って行くと広い道に、右手に鳥居が見えた先に進むと右手鋭角の坂道(参道の石柱)を道なりに登って行き、先の三叉路は左手坂道、その先の三叉路は左手を坂道を登って行く、ここの手前左手に
不明祠
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鎮座地:加賀郡吉備中央町和田
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行きと右手に神社の案内表示、右折して坂道を登って行き前方三叉路へ車停め歩いて参詣。
今回の大苦難、まず右折して進んだ林道は両脇から雑草木々等が道を塞いでおり後悔、三叉路からの神社への道は未舗装で岩がゴロゴロ、車の下が閊えそうで歩いて参詣を、距離は結構ありそうだが高低差は少ないと見たのは失敗、道の状況は悪く、アップダウンも結構あり後悔、三大後悔
龍田神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町和田
由緒:この龍田神社(通称秋葉様)の歴史は古く天保11年(1840年)に遠州国(現在の静岡県の一部)秋葉寺から勧請したものである。伝え聞いておるところでは天保11年本村しきりに火出し止まざる時、飽の山東方峰に内勧請し奉りたちまち加護ありということで戦前までは消防団出始式には、この神社方向に向いて、火難除の祈りをしていたとの話である。
御祭神:不明

元の道まで引き返し進んで行くと前方に、この道は行き止まりで、麓に参道が見られるが、今回未確認
素さの嗚神社(素盞鳴神社)
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鎮座地:加賀郡吉備中央町和田129
由緒:当社は村上天皇の御代、天暦元年(947)和田青木山の中腹へ加茂の荘の総鎮守として、山城国八坂祇園社(現京都八坂神社)からご分霊を勘請し、牛頭大王宮と称した。往時加茂の荘は未だ人家少なく、山野茂り魔風盛んであったという。その当時は、仏法が盛んであり、高僧信源上人が岡山に一寺開基せんとして地方行脚の折り、その地に入り「これぞ吾が求むる山」と定め、仰ぎ見る山中を青木山と命名し鷲鷺寺(宗林寺)を建立、その信源上人によって勧請されたと伝えられる。本殿は、明暦3年に再建された春日造りであり、また、幣殿、拝殿、社務所等は、昭和12年に再建された。明治2年素盞嗚神社と改称され、明治4年社格制度が大政官布告されると同時に郷社に列格された。備前加茂大祭参集神社の一社である。
御祭神:建速素戔烏尊、櫛稻田姫命

元の道まで引き返し、南へ進み左右に道が在る(荒社宮・天福寺の標識)処右手に進み直ぐ先の三叉路右手に進む(長尾方向でない)、前方三叉路(信用治療院の案内)は右手に道なりに進んで行くと前方、三叉路を下った処に
西波神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町豊野
由緒、御祭神共に不明

今日は予定外に歩いた、どうも以前の車ほど山道の未舗装は走り難い。この近辺は何回来ても土地勘と距離勘が働かない。疲れてなく思考が働いていたらまだ、廻るべき神社はあるのだが、疲れもあり帰宅、コースは72号で何故か空いており、非常にゆっくり走っている車を何台か追い抜くと、ついイスピードを出し過ぎていた。反省反省!!

神社廻り-総社の山登り?

今日は何か疲れ気味、のんびりと寝ていようかと思ったが、近場の未参詣の神社、しかも山登りをしなければならない所へ。遅くなると雨が降る予想なので近くの総社方面へ

約一年前に参詣して、通行止めと、神社が覆われていて修理中に見えたので、一年も経てば修理も終わっていると思い、金龜嶺神社(案内板では秋葉宮に-宝福寺):総社市井尻野にまず寄って見るが、全く変化なし、修理する予定は無いのか?諦めて当初予定の神社を目指す。宝福寺の第2駐車場方向へ進み、その先をどんどん進んで行くと右手に石燈籠と左手に鳥居、ストリートビューで見たときには燈籠の前に車が停めれる感じだったがロープが張られ私有地に付き立入禁止になっている。仕方ないので通行の邪魔にならないように車を停め参詣。
参道は予想していたよりかなり急峻であまり整備されていない。中間点手前にある鳥居の先が少し水平な尾根を歩く感じだが後とは坂道が続く。
秋葉神社
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鎮座地:総社市井尻野2317
由緒:本神社は宝暦11年(1761)7月願主蒔田伊勢守家来中島恵左衛門が、北高峯の当所へ遠州秋葉大権現の勧請方を願い出、建立した。明治元年神仏分離により秋葉神社と改称。明治18年社殿炎上。明治21年再建。大正13年改築。
御祭神:迦具土神
参道として整備はそんなにされてないが通行には問題ないが途中マムシに出会う、これまで神社廻りを行っていて注意書きはよく見たが、実際に出会ったのは初めて、それとこれまで以上に小さなトカゲに出会う。軽い気持ちで出掛けたのでとにかく疲れた。-神社前で見えた旧参道今は全く通れない感じ、途中でも感じたが

次に前回、遅くなり途中止めしていた県立大近くの神社へ、階段を登って参詣と思ったが疲れているの、大学の前から八幡神社へ車で、山頂の駐車場に車を停めそこから歩いて参詣(車止めに木の欄干状な物を使用しているので除けることは可能だが)-殆ど水平の道なので問題は無い。南側の参道から参詣すると結構高いと云うより急な階段
石鎚神社
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鎮座地:総社市窪木
由緒、御祭神共に不明
ここの場所は展望台もかねているのか?でも少し中途半端な感は否めない! 

やはり疲れ気味早々と帰宅する。

神社廻り-街中のお稲荷さん

大学時代の友人が山陽リコーダーアンサンブルと言う名の活動を行っている。案内をもらうのだが、つい忘れている事が続いたので今回は気をつけていた。
この事は関係ないのだが会場がルネスホール(元日銀の岡山支店の跡)で、ここに城内エリアの歴史遺産の地図があり、ここに稲荷の場所が記載されていた。
稲荷は大小を含め結構多いので何か機会が在ったら重点的に廻ろうと思っていたところだったので、この機会に!ここに記載のあった稲荷を

旧中之町-昔住んでいた直ぐ近くだが全く知らない、ビルの屋上なので当然なのだが、商店街も様変わりしており、昔からあったカメラ屋さんで尋ねると親切に鍵を持って屋上近くまで連れて行ってくれ、参詣が終わった旨伝えに行くとお札まで頂いた。
幸徳稲荷(中之町会館)
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鎮座地:岡山市北区表町1丁目9−35
由緒:戦国時代から問屋街として賑った中之町(表町一丁目)だが、どうしたわけかボヤが続出した。かつてこの地の花房助兵衛のうちに永年棲んでいた狐が焼け出されて落ち着かず、祠を建ててくれとデモンストレーションしたあげく、山城の伏見稲荷から官位を授かったのが幸徳稲荷大明神。とくに、火事除けの霊験あらたかなお稲荷さま
御祭神:記載なし

案内では近くの宇野バスの構内となっていたが今は近くの銀行の側と宇野バスの従業員に教えられ行くと、どうも昔の広島銀行-今はもみじ銀行と名を変えている側、そういえば昔倉敷にこの銀行に勤めていた人が!
道通宮稲荷
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鎮座地:岡山市北区表町2丁目3−40
由緒、御祭神共に不明

このビルも良く分からなかったが出会った郵便配達人に聞くがはっきりしないが一番可能性のある場所を尋ねるが何故か一階の店は休み、階段を登って行くと二階に事務所が、尋ねると屋上まで案内してくれた。
直時稲荷(栄町会館ビル)
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鎮座地:岡山市北区表町2丁目6−3
由緒、御祭神共に不明

ここは京橋の交番の横、しかも昔よく言っていたコーヒー店の前
橋姫稲荷大明神
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鎮座地:岡山市北区京橋町8
由緒、御祭神共に不明

西大寺町の電車通りの一本東側、前に町内の山車が置かれていた
朝日稲荷(西大寺町町内会集会所)
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鎮座地:岡山市北区京橋町6−8
由緒、御祭神共に不明 
ここはGoogle Mapの記載が間違っている、情報の追加は分かるが修正が分からない。

後楽園正面の見橋の西側、旭川から西へ二本目の通りを少し北へ行った東側、赤い戸で覆われているが鍵はかかって無く勝手に開けれる?
子ども稲荷神社
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鎮座地:岡山市北区出石町1丁目10−3
由緒、御祭神共に不明

小さな街中稲荷はこの位にしておこうか?企業の稲荷等まで考慮すると厄介か!

神社廻り-津山西から美咲町方面

今日は津山市の西方向を目指す。亀甲の先でR53号から159号へ、その先右折して70号で北上、R429号を横切って進み、前方R181号の手前、右手橋を左折して反対方向へ、次を右折して線路を潜った先、R181号を潜らず左折してR181号へ、今回は左折して西へ(津山・院庄方面は橋を渡る)

津山方面へ向かうとき亀甲の手前でR53号で前方左手に鳥居が見えるが、この道は交通量が多く停まり難い早めに少し手前の路肩へ車を停め参詣(神社前の左に入る道は民家への道、側に参道がある)-最初の寄り道
八坂神社
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鎮座地:久米郡美咲町原田
由緒、御祭神共に不明

R181号を西へ、姫新線を越えた先、橋の手前を右折して川沿いに進み、前方右折して線路を渡り、高速を潜った先の突き当たりを左折して道なりに進むと右手奥に鳥居-1本手前の道を右折した先が広場で駐車場(実際は前の車に釣られ姫新線を渡る前に右折、慌てて高速手前を左折して、細い坂道を強引に進み当初予定の道へ)
藤和田神社
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鎮座地:津山市領家834
由緒、御祭神共に不明

神社西側の道を南へ、高速を潜った先を右折して線路沿いに進み、美作千代駅の先を左折してR181号へ、直ぐ先の左手V字に進む道の路肩に車を停めU字に廻り込む感じで前方Y字路を右手、坂道を登り神社を目指す(坂道が少し急で最初が狭いが車で神社前まで可能-中継塔が在る)
千代愛岩神社
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鎮座地:津山市南方中
由緒、御祭神共に不明

少し進んだ左手コンビニに車を停め、歩いて南側の道(159号)進み金属の赤いパイプの鳥居状の下を登って行く-車より歩いた方が無難(上に公会堂が在り駐車可)
千代稲荷神社
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鎮座地:津山市南方中
由緒、御祭神共に不明

前方159号を南へ進み、前方右手の橋を渡って進んだ左手奥、手前に車を停め参詣(車で行けそうだが止めた方が)
山尾神社
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鎮座地:津山市一色185
由緒、御祭神共に不明
西側から北へ抜けようとして細い山道へ、慌てて元の道を引き返しR181号へ

R181号を西へ、前方公民館手前を左折し、道幅が不安なのでここに車を置き、直ぐ先を右折して前方を右折した先右手に、墓地が在るせいか神社前に不釣り合いな広い駐車場。(道幅は問題ないが坂道が一部急峻、4WDの軽トラックが快適に登って行った)
荒神神社
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鎮座地:津山市南方中
由緒、御祭神共に不明

R181号を西へ、「長谷公会堂」の処を左折して進み、前方の木立の東側を進んだ右手、神社手前に空地
八幡神社
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鎮座地:津山市南方中270
由緒、御祭神共に不明

181号へ戻り、R181号を西へ、坪井駅の先を右折して339号を北東に進むと前方に広い広域農道、右手に進んで行き、坂を下った先の橋の手前を右折し坂道を登った先、左手建物の裏に鳥居(339号からの道も分かり難く-坂道を下りた最初の山際の細い道を右折して進む、神社も見難いが坂を登り切った先、墓地の関係で駐車場あり、底に車を停め左手を見る)
青木神社
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鎮座地:津山市宮部下
由緒、御祭神共に不明

339号へ戻り、先の信号の手前を左折して川沿いに北西へ進み、郵便局(奥まった処にあり、小さな民家風で見落とし-ゆっくりと慎重に車を進める)の少し先を右折して進み右手に少し進んだ先、奥に鳥居が見えるが早めに車を停める。急な道ではないが結構な距離、未確認だが北側に車参道
久保神社
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鎮座地:津山市宮部下984
由緒、御祭神共に不明

前記神社に参詣途中右手奥に鳥居、こちらはあまり整備されてなく、奥にひっそりと云う感じ
金比羅宮
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鎮座地:津山市宮部下
由緒、御祭神共に不明

335号を川沿いに北西に進み前方橋を渡り川沿いに進み前方左に上った奥(左手を見ながらゆっくりと走っていると奥に鳥居は見えないが石段が目に付く)-防護用の電線が張られており車では通行できない-駐車場は在るのだが、手前に停める。
國司神社
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鎮座地:津山市宮部下1449
由緒、御祭神共に不明

335号を北西に進んで行くと右手に神社が、前方を右折して進んだ左手
日吉神社(山王神社)
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鎮座地:津山市宮部上311
由緒:嘉吉年間山名教清岩屋城を築くにあたりその部将を此の地に派して城塞を築かせた。築城に際し近江國坂本から山王権現の分霊を勧請して守護神とした。その後戦乱が相次ぎ興廃を重ねたが、遂に城は滅び山上には只山王社のみが残るに至る。江戸中期に至り里人等によりお御社を山麗に移し此の地の鎮守として坂本の本社に倣い日吉神社と改め現在に至る。現在でも鳥居には山王神社の額がかかっている。
御祭神:大山祇命

355号を元まで引き返しR181号を西へ進み、前方右斜めの道を高速に沿って進み2本目を右折、高速を越え、先を右折して進んだ左手(案内表示有-境内まで乗り入れ可能)-広域農道の方が立派で行き過ぎる、北側からも行けそうだが引き返す
鶴坂神社
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鎮座地:津山市坪井下1577
由緒:本神社は往古から久米郡北部の産土神として尊崇篤く、美作國112社の1社である。創祀時は大井庄中北下三高山に鎮座し、永享7年髻山に奉遷した。寛永元年、社殿宝物等が火災によって悉く炎上した。元弘4年後醍醐天皇が隠岐へ御遷幸の砌、鶴坂山の頂上に休息せられた跡に、寛永2年9月勧請したのが現在の本殿である。もと吉村神社と称したが、鶴坂神社と改称した。
御祭神:大日瑠女貴命、譽田別命
神社へ至る手前、高速を越えた橋の付け根に鶴亀神社の祠と由緒書があるが消えて読めない、関連は在るのか単なる?

R181号を西へ進み、前方左折して370号へ、南西へかなり進んで前方Y字路(まきばの館方向)を左手に進み、次を左折した右手-まきばの館を目指せば問題なく行きつけるが、341号からが普通?
足尾神社
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鎮座地:久米郡美咲町中
由緒、御祭神共に不明
誠に妙な神社、誰かが悪戯で置いたか、あるいは由緒は在るが神社跡がはっきりしないのでこういう形になったとか?Googleに記載されているのは?、これまでも結構とんでもないものも記載されてはいたが!

370号へ引き返し、少し先、前方三叉路を今度は右手に道なりにかなり進むと前方右手に
那智神社
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鎮座地:真庭市中河内
由緒、御祭神共に不明

この辺りは非常に厄介、山や谷に遮られ自由に行き来できない、370号へ引き返し、前方374号へ分岐する先のY字路を左へ、道なりに東へ進んで行き、突き当りを左手に進んだ先の突き当たりを左手、直ぐ先(結構急な山道を登り下った先の集落)
刀八神社
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鎮座地:久米郡美咲町中1587
由緒:当社の創建年月は不詳であるが、山手地内の古社で山手一宮と称し、往古都鉢宮と称した。応永年間に赤松家の臣江原氏が氏神として尊崇し、その子孫江原兵庫助親次が天正14年11月に現在地に本社を修造した。社号は天明年間から十鉢大明神と称え、寛文年中から刀八大明神と改称した。元治元年炎上し、明治9年再建した。明治40年5月神饌幣帛料供進神社に指定された。応永年間書写の大般若経九十巻が宝物として現存する。
御祭神:譽田別命、經津主命、武甕槌命

神社前の道(山際の田圃道-山道)を南へ下って行き、前方Y字路を右手に、先にあるY字路を右-坂道、次のT字路を右に進んだ先の右手に鳥居-基本的に右手へと坂道を登って行く
山分神社
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鎮座地:久米郡美咲町里
由緒、御祭神共に不明
近くで出会った大根を洗っていた人に八幡神社(湯田神社):久米郡美咲町里1827の位置を聞くがはっきりしない、今来た道の東側の道374号?のよう、また岡山方面へは分岐した道をそのまま進んで行けば旭川に出るよう。

分岐した地点まで引き返し、ひたすら川沿いに下って行くと前方に旭川と30号、少し迷うが今日予定の神社へ向かう。
右折して30号を旭川沿いに溯り、前方左手の橋の処を直進し、370号を進み前方広場の先の三叉路を法泉寺方向へ、少し狭い道ではあるが前方に集落があるので苦労は無い。お寺の手前を右折し、前方を右にカーブしながら坂道を登り、その先左に急カーブして進んだ先に鳥居、更に先から境内に行ける。
下見神社
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鎮座地:真庭市下見197
由緒、御祭神共に不明

やはり細い山道と急峻な登り坂は悩むところ、次はもっとシンドイか?
370号へ戻り、川側を溯り、前方三叉路を右折して北方向へ、その先のY字路の右側の急な坂道を鋭角カーブを繰り返しながら道なりに進むと前方に少し開けた平地、ここに車を停め左手に歩いて行くと神社
簗瀬神社
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鎮座地:久米郡美咲町西川上7303
由緒:柳々簗瀬神社は今より二七八年前當時の神主高山主計介の記録に據れば人皇第四十五代聖武天皇の御宇神亀三丙寅年正月五日申子の寅の上刻簗瀬と申す所の下津岩根に天降り給い、御神託と為て苦葺假殿を建て御鎮座して簗瀬の大神と稱す、その後人皇第五十六代清和天皇の御宇貞観年中に御造立宣命あり、降って天文十五年九月二日火災のため宮殿並棟札等を悉く焼失した。慶長十一年初冬の頃宮殿再建立成就、明治十二年九月二十二日村社に別格す、明治四十二年神社合祀令により村内徳尾神社へ合祀した。昭和二十三年春旧社地へ分離再建奉斉する氏子五十五戸の者崇敬の誠を衋し以って天長地久を乞願う。
御祭神:瀬織津姫命

今日の後半はひたすら山道を走るだけ、山と谷川で自由に行き来出来ず、行けたとしてもきつい坂道、民家が少ない分神社が少ないのは仕方ないか?
10月も終わりに近く秋祭りも終わっており大部分が新しい注連縄が張られていたがすべてではない、何らかの理由は在るだろうが!また、注連縄も色々な物が見られこの辺も調べれば奥が深いかも。
今日は非常に疲れた、後半は何処を走っているか山の中で検討もつかず余計に疲れた感じ、更に市町村の境界が入りこんで余計分かり難い。未だ山中の神社はかなり残っており、車を止めてレンタルバイクでの挑戦も考えるか!
30号、R53号で無事帰宅、途中大破した乗用車と接触した程度の乗用車、バイクを見たが感じとして何か一方的に中央車線を越えてぶつけられた感じ、神社廻りの御利益を期待するしかないのか!!
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