岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

2015年12月

神社廻り-井原市・北東方面

寒い日が続いたせいか、出歩いてないので意を決して出かける、方向としては先日の続き!

コースとしてはR180号から270号、R486号で矢掛方向へ、矢掛の先で右折して35号、直ぐ左折して408号を北方向へ進み前方で48号へ、更に北へ進み左手77号と出会う処で右折して48号を進んで行くと左手に神社、近くにいた人に神社名を足得られる。
荒神社
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鎮座地:井原市美星町三山
由緒、御祭神共に不明

48号を更に進んで行くと前方右手に『星空公園』の案内、右折して進んで行き、前方に再度『星空公園』の案内、無視して直進して進んだ右手奥、墓地の手前
三宝荒神社
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鎮座地:井原市美星町三山
由緒、御祭神共に不明

先ほどの案内迄引き返し、右折して進んで行き、前方右折して進み、その先左折して『星空公園』方向へ、道なりに進んで行くと右手に天文台と公園、左手の道をみちなりに進んで行くと前方右手に神社が見える、多分以前参詣している『正八幡宮』と思うが余り自身が無い、坂道を下って行く途中前方右手に『いぼ神社』の案内、路肩へ車を停め、案内に従い参詣、元々荒神社があった場所に移したのか?
いぼ神社
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鎮座地:井原市美星町宇戸
由緒:江戸時代末に出来た物と思われる元来はこの山の山頂にあった物をここに移動する。大正・昭和初期には多くの人が参拝していた
三寶荒神社
鎮座地:井原市美星町宇戸
由緒、御祭神共に不明

確認のため『正八幡宮』を目指す、集落まで下りて来て『宇戸上生活改善センター』の先の三叉路の右手直ぐ先左手に
宇戸荒神社
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鎮座地:井原市美星町宇戸
由緒、御祭神共に不明

三叉路を右手に下って行くと左手に裏参道、その先、鳥居と階段、直ぐ先に空地、一度参詣したことを思い出すが、再度
正八幡宮
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鎮座地:井原市美星町宇戸739
由緒、御祭神共に不明

此処からが今日の予定コース、『宇戸上生活改善センター』迄引き返し右手北側の北へ進み、前方左手坂道の先の左手、手前の路肩へ車を停める。予定してないと見落とすような造り
荒神宮
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鎮座地:井原市美星町烏頭
由緒、御祭神共に不明

北方向へ進んで行くと前方Uカーブした処に『烏頭中集会所』、ここに車を停め、前方へ進んで行った左手に、階段の左手に車参道で路肩へ駐車可能、、
八幡神社
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鎮座地:井原市美星町烏頭1836
由緒:当社は永和元年(1375)9月14日、田邉又七が土井山に社殿を造営して宇佐八幡宮の御分霊を奉斎した。京極一橋領毛利侯も信仰したが、元禄10年(1677)炎上した。宝永3年(1753)7月領主毛利兵橘から境内幅15間、長さ20間の寄進があった。享保2年(1717)10月典八山に勧請した。寛政年間に領主から社殿修復の儀を申し付けられ、弘化2年(1845)9月宮山に社殿を新築して、典八山から現在地に奉遷した。昭和61年10月15日拝殿を改築。
御祭神:応神天皇、湍津姫命、市杵嶋姫命、田心姫命

車を取りに帰り、階段前の道を真っ直ぐに進んで行き、前方民家の近くに車を停め歩いて-此処も落葉は積もっているが車で可能、神社先の民家の前でUターン可能
荒神宮
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鎮座地:井原市美星町烏頭
由緒、御祭神共に不明

引き返し、『烏頭中集会所』の右側の道を登って行き、前方の中央の中継塔を目指す、前方右手のV字の坂道を登って行き、再度左のV字を登って行き前方の民家の前に車停め歩いて、最初西側からトライするが道が無く駄目、引き返し中継塔方向へ、その先左手に参道-民家右手(北側)の墓地の横を進んで行けば車でも可能、道は最初の部分が狭いが後は広いし、神社前にも行ける。
木野山神社
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鎮座地:井原市美星町烏頭
由緒、御祭神共に不明
どうも最近勘が働かない、楽をしようとし過ぎなのか?

元のY字路迄引き返し、みちなりに南西に進んで行くと、今日最初の48号から入った十字路に、直進して進み前方右折して48号へ、48号を進み前方直進して77号へ、坂道を登って行くと、前方左手細い坂道の先に何か?、そして右手奥に神社、まず77号路肩へ車を停め
摩利支天宮
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鎮座地:井原市美星町三山
由緒、御祭神共に不明

前方右手の細い道を右折して進み突き当たりの右手
不明神社
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鎮座地:井原市美星町三山
由緒、御祭神共に不明

77号を進み前方左折して166号を進み、前方Y字路右手を登って行くと坂道途中左手に
不明神社
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鎮座地:井原市美星町星田
由緒、御祭神共に不明

神社前の道を進んで行き、前方X路を右手坂道を登り直ぐに進んで行った先に木野山キャンプ場と公園、その奥に神社
木野山神社
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鎮座地:井原市美星町星田3209
由緒、御祭神共に不明

神社山際の山道を登って行くと、車参道と出会い神社横に(山道で歩き難く、裏参道は少し狭い)
八幡神社
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鎮座地:井原市美星町星田505
由緒、御祭神共に不明

神社前の道を北方向に進んで行くと、途中細い山道になるが進んで行くと、前方ガードがある十字路、左折して進み、直ぐ右折して進んで行くと集落へ入る、ここで出会った人に近くの二つの神社の確認、共に車で可能とのこと、前方の突き当たりの広い道を左折して進んで行くと前方左手に鳥居
星尾神社
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鎮座地:井原市美星町星田5276
由緒:往古から伝えられたところによると、この地は古代黒田と称え、戸数七十余戸住民は、深く北辰を信仰していた。承久年間順徳帝の御代に流れ星が落下、水田中で光り輝いていた、この地の豪族妹尾兼定は、これを採りこの地に小祠を建て奉祀し住民は明神様として厚く信仰した。およそ百年後の正中元年時の妹尾平治右衛門が重病を患い神祓星辰に祈願していたところ、ある夜二十八宿の二つ「星、尾」を夢に見て、以来快方に向い全快後明神の加護ご神徳を深く感じ宮社を建立、星尾大明神と称し祀ったのがその創建と伝えられている。・・・・
御祭神:天之御中神、高皇産霊命、神皇産霊命

神社前の道を進み前方の左手の坂道を下って行き、東側の神社を目指し進んで行くと右手(東側)に未舗装の道、路肩が少し広いので此処に車を停め歩いて参詣、途中右手に道があるがこれは墓地に行く道-どうも最近勘が悪く今回も間違える-参道は車でも可能だが未舗装と落葉歩いた方が賢明
杵築神社
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鎮座地:井原市美星町星田
由緒、御祭神共に不明

北へ進んで行くと、最初に集落に入った処に、西方向へ進んで行くと291号へ、右折して北へ進んで行くと、前方に77号、少し北へ行った右手に
高星神社
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鎮座地:井原市美星町黒忠
由緒:社伝によると、天文元年(一五三二)に星の明神としてこの地に祀られた。皇神社(宇佐八幡神社の境内社)、星尾神社(星田の氏神)と共に降星伝説を持ち古くは漁民の信仰を集めた・・・
御祭神:記載なし

南へ戻り前方左折して77号、直ぐ前方三叉路を左折して292号をみちなりに進んで行くと坂道途中に裏参道の表示、しかも軽四以下の表示有、ここに車を停めて歩くが、先に神社、しかも道路に面しているので車で元の292号を進み路肩に車を停める
宇佐八幡神社
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鎮座地:井原市美星町黒忠3430
由緒:当社は大永3年(1523)黒忠村領主竹野井光高が豊前国宇佐神宮の御分霊を勧請し、当地に建立した。天文5年(1536)銘の神鏡を奉納している。天正9年(1581)には竹野井氏高・春高が社殿を再建した。近世では元禄15年(1702)氏子中で再建。現社殿は、宝暦2年(1752)の再建、拝殿は安政5年(1858)の再建である。皇神社(明神社)、祇園社、稲荷社などが境内神社として祀られている。また、各当番組(5集落)の産土荒神社を飛び地境外神社として祀っている。社務所は、昭和28年新築。昭和51年モデル神社に指定された。年間の祭礼・行事としては、元旦祭、小供祭、夏祭、敬老祭、大祭を行う。元旦祭、大祭には神楽(夜神楽)が奉納される。また、大祭では神輿渡御を行う。尚、飛び地境外神社の高星神社は、安産の神としても知られており、毎月8日(午前中)にはその祈祷を受け付ける。
御祭神:応神天皇、神功皇后、姫大神、天之御中主神、彦火火出見尊、玉依姫命

元へ引き返し今度は77号から左折して291号を南西へ進んで行くと右手に階段と奥に鳥居、前方の小さな池をU字に曲がり進み、階段前の路肩に-北側に車参道があるが境内手前でチェーンで封し
八幡神社
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鎮座地:井原市芳井町花滝995
由緒、御祭神共に不明

291号を進んで行くと前方左手に大きな『中国電力井原開閉所』、真っ直ぐ進めば291号だが三叉路を右折して進み、ほぼ直進する感じで進むと右手に
荒神社
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鎮座地:井原市野上町
由緒、御祭神共に不明

神社前を進み、前方三叉路を右手に進んで行くと下りの先の左手に参道?、奥が分からないので手前に車を停め、参詣-車で可能だが距離は無いので
大仙神社
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鎮座地:井原市野上町
由緒、御祭神共に不明

道幅が良く分からないので元の三叉路まで引き返し、291号を南へ、前方T字路を左折して407号を進み、前方広くなった処の手前のT字路を左折して進んで行くと前方に-ここも出会った近所の人に聞くが奥まっているので分かり難い処
荒神社
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鎮座地:井原市美星町星田
由緒、御祭神共に不明

291号まで引き返し南へ、左手に日長山公民館と神社
日長山八幡神社
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鎮座地:井原市野上町4504
由緒、御祭神共に不明

このまま291号を下って行くと西へ寄り過ぎ、先ほどの神社への道407号へ戻り、南東へ進み小田手前で48号、R486号経由で帰宅、本日後半は天気が悪く、早めに帰ろうと思ったが意外と時間がかかった。

神社廻り-県中西部/成羽から小田

12月は天気と温度が何か不安定、どうも出かけるのが億劫になっている。この処、県の北東部を重点的に廻ったので西方向へ目を向ける。県北は雪のシーズンに入るので成羽川以南を!

R180号で高梁の手前まで、R313号で成羽川沿いに西へ、成羽川を渡った先『日名口』信号を左折して35号を、まず最初の予定神社(大倉神社:高梁市成羽町下日名2490)を目指し、前方左手の橋を渡り成羽川沿いに引き返し集落の南側の山中を下から探すが見当たらない、防護柵が張り巡らされており自由に探せないせいもあるが?、いずれにしても近くの人に合わないので諦める

35号を南へ進んで行くと左手に神楽公園、少し進んだ右手に交流館、ここの南側に車を停め、南奥の神社を目指す
御前神社
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鎮座地:高梁市成羽町下日名920
由緒:本神社は第61代朱雀天皇の天慶年間(938~947)の勧請と伝われている。また、一説に第96代後醍醐天皇の御代建武2年(1335)乙亥吉備津神社から御分霊を勧請奉斎したとも伝われているが、詳細は不明である。棟札に慶安3年(1650)庚寅、寛文元年(1661)、文政4年(1821)、慶応元年(1865)の4度再建されたことが記されている。尚、文化、文政年間に当社の神主であった西林国橋は「備中神代神楽」を考案した。
御祭神:伊邪那岐命
鳥居の右側に車参道が見られるが、境内入口はチェーンが張られており歩いた方が無難

35号を少し進んだ先を右折してみちなりに進んで行く、途中左手の田圃の中に祠
不明祠
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鎮座地:高梁市成羽町上日名
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと右手に、前に空地有
上之平荒神社
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鎮座地:高梁市成羽町上日名
由緒、御祭神共に不明

35号へ戻り、更に南へ坂道を進んで行き、前方左手、橋を渡った先
宇津神社
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鎮座地:高梁市成羽町上日名
由緒、御祭神共に不明

次の予定神社(木野山神社:高梁市成羽町上日名2693)も予定していた道が工事中で通行止め、元々道幅がはっきりせず気乗りはしてなかったので中止

35号を進んで行くと右手に鳥居が見えるが間に川が在り行けそうにないので更に進んで行くと、前方右手に上水設備、その先橋、よく分からないので車を路肩に停め歩いて坂道を登って参詣
中山神社
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鎮座地:井原市美星町明治6757
由緒、御祭神共に不明
車で十分通行可能な坂道、先に駐車スペースもあり、又、東側にある表参道(鳥居と階段)は埋もれている

35号を南へ進み、前方右手に48号を進み、山を越えて集落に入ると、前方右折して292号を進み、美星明治簡易郵便局先、坂道を下った先を左折して進んで行くと右手に参道、車で可能
貴野山神社
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鎮座地:井原市美星町明治6757
由緒、御祭神共に不明

神社入口の道を南方向へ広い道を進んで行くと、前方に広めの道、みちなりに進んで行き池の手前の十字路を右折して進むと前方にY字路、右手の枯葉に埋めれた進むと前方に右折して急な坂道を下ると前方に神社と右手に空地
九名八幡神社
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鎮座地:井原市美星町明治1016
由緒:本神社は記旧或いは古老の伝えるところによると、往古、九名村の人達は筑前宗像の三女神の崇敬が篤く、中山西ノ谷に勧請して氏神とした。祭神は田心姫命、瑞津姫命、市杵嶋姫命の3柱である。元禄15年(1682)冬当村の柚ノ木与兵衛が氏宮を寄進建立した。その頃寺の勢力が強く、9名の法華(日蓮)宗妙光寺の僧侶は八幡神社の祭事に干渉し、神前で読経したことから、当時の神主と論争が起こっている。その後、享和2年(1802)の頃は妙見八幡宮と称していたが、明治9年以後は妙見の名を廃し、八幡神社と社名を改めた。近世では例祭の氏子当番は世襲制をとり、1地区から1戸あるいは数戸を定めその地区氏子を代表して祭事を担当した。これを「名の者」という。上絵具名地区は表(屋号)、下絵具名地区は向、中山地区は田渕・上岡田・下中屋・後の内から2戸、友成地区は伊達・野田、三田地区は窪、宗金地区は表両家、鳴石地区は鳴、秋年地区は向などである。「名の者」成立時は全てを九つの名として輪番で当番をつとめたと思われ、この九つの名株が代表する村として九村の村名が生まれたと言われている。寛政6年(1794)10月現在の社殿を建立し、寛政11年(1799)己未9月石鳥居を建立、享和2年(1802)9月手水石、灯籠等を設置している。安政6年(1859)以前から敷地及び山林は領主撫川藩主戸川主馬助から寄進され除地となり、明治11年以後は官有地に変わり同39年国から払い下げを受け、大正3年1月23日神社所有地となった。九名の八幡神社は村名の通り、古くは九名株があって当番をつとめていたが、明治末期の名株廃止時には、11名株が当番を勤めていた。名株を持っていた家は「当番屋敷」と呼ばれ、「表」という屋号が多い。「表」は株の本家を指す場合が多く、それは村の草分けの家であると伝えている例が多い。名株廃止後の当番は部落単位に氏子が7組みに分かれてクジ引きで選出されており、祭の2日前には今も当番宅の庭に「おはけ」立てられる。例祭の「宮上がり」の時、神社へ担いで上がり、当渡し後、受当がいただいて帰って1年間自宅の庭に立てる。
御祭神:田心姫命、湍津姫命、市杵嶋姫命

先ほどの十字路まで引き返し、右折して広い道を南へ、コースを外れそうなので池の先を左折して進み、前方の交差点を右折して南へ、前方突き当りを左折して進み『法音寺』先で右折、左折して進んで行くと日札理手に、横に駐車場が-『太宰神社』への参詣を見落とし・後で
国司神社
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鎮座地:井原市美星町三山1215
由緒、御祭神共に不明

神社前の道を少し進み直ぐ右折して進み48号へ、右折して進んだ直ぐ先の信号を左折して進み、前方Y字路を左折する処を間違えて直進(広い道だけ見れば間違えないが小さな道もあったので)前方2本目の道を左折して進むと池が池の北側へ車停め左手の奥を-特に問題はなかったがどうも山道・田圃道は不安が先に立つ、地図で見える道幅は車が通れる幅とは限らないから-一度十分広い道のように地図上では見えたが未舗装で両端がメチャ、車が通れない!、このような道が途中からあると本当に厄介、Googleのビューが有れば安心出来るが!
石鎚神社
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鎮座地:井原市美星町三山
由緒、御祭神共に不明
県下に結構見られるがよく分からない神社、新興宗教としての顔と石鎚信仰としての二つの顔があるのか?

神社前の道を進み、前方に当初予定の道が右折して前方右に緩くカーブする手前の広い路肩へ車を停め、近くで出会った人に確認して二つの神社へ参詣(神社まで案内してくれそうなので丁重にお断り)左手坂道を登って行くと左手に『名畑公会堂』、その先三叉路を左折して進むと左手に
菊池神社
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鎮座地:井原市美星町三山
由緒、御祭神共に不明
地区の一族の神社か?
今度は先ほどの三叉路を右方向へ進んだ左手山側
亀ノ甲荒神社
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鎮座地:井原市美星町三山
由緒、御祭神共に不明

面倒だが先ほど山から下って来た最初の処まで戻る、あらためて見ると建物に囲まれ下からは確認しやすいが上からは見つけるのは難しい
太宰神社
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鎮座地:井原市美星町三山648
由緒、御祭神共に不明

この近辺、集落の間の細い道をウロチョロしたので肝心の起点する位置を忘れていた。48号が南へ折れる角の先へ車を停め、右手燈籠のある坂道を登る(左側の道を進むと神社の先へ)
八幡神社
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鎮座地:井原市美星町三山5567
由緒、御祭神共に不明

48号を南へ進んで行くと直ぐ左手に鳥居(八幡神社)、更に南へ進んで行くと前歩に天文台・夢が原の案内標識、左折してみちなりに進んで行くと前方に交差点、更に直進して進んで行くと左手に『小宇内公会堂』、この前に車を停め、南下側の神社を目指す-車で十分可能-大した距離では無いが
門宮神社
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鎮座地:井原市美星町大倉
由緒、御祭神共に不明

道幅が良く分からないので、公会堂前の道を直進し前方突き当りを右折して南へ、進んだ先Y字路をV字に左手を下ってみちなりに進んで行くと右手に舗装された山道、右折して進んで行った左手(手前に空地)
明釼神社
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鎮座地:井原市美星町大倉1015
由緒、御祭神共に不明

引き返して先ほどのY字路まで引き返し、南へ進んで行くと48号へ、出て直ぐ南の左手坂道を登って行くと、『東水砂農村公園』先に神社、交通量あり、停めれそうな場所が無いので先に進むと左手に車参道、V字に曲がり難いので少し先に進んだ所でUターンして、先ほどの参道へ車を突っ込み歩いて参詣-安全策を取ったが境内でUターン可能、先ほどの農村公園に車を置いた方が賢明!
磐裂神社
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鎮座地:井原市美星町東水砂818
由緒、御祭神共に不明

48号へ引き返し、直ぐ北の左側の道を下って道なりに南方向へ進んで行くと前方に道が分かれている処(ゴミステーション)に車を停め、前方左手の竹藪を進んで行くと左手に-人々の信仰神はよく分からないが「何でこんな場所に」と言う神社には結構出会う
塩竃神社
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鎮座地:井原市美星町東水砂
由緒、御祭神共に不明

神社への道の右側の道を下って行き前方池の側に車を停め歩いて右手の坂道を登って行くと左手に鳥居が
荒神社
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鎮座地:井原市美星町東水砂
由緒、御祭神共に不明

池の左側の道を進み、前方ガードレールの見える道を目指し右折して西方向へ進んで行く、曲りくねりながらも西北方向へ進んで行き前方右手にV字の坂道を登って進んで行き、民家の先突き当りに車を停め歩いて北側の坂道を登って行くと途中に稲荷の祠と愛宕神の石碑、その先に、また西北に廻り込む車参道が(未確認)
宮丸神社
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鎮座地:井原市美星町西水砂
由緒、御祭神共に不明

分かれた道まで戻り更に進んで行くと広域農道、勘違いして左折して南方向へ進むと直ぐの坂道左手に神社
不明神社
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鎮座地:井原市美星町西水砂
由緒、御祭神共に不明

間違いに気付き広域農道を北へ引き返し、前方右手『サカエ理研工業(株)美星工場』手前の反対側に参道(左手の坂道)南側に鳥居と参道
明剱神社
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鎮座地:井原市美星町西水砂209
由緒:本神社は旧大倉村布東に祀っている三躰妙見宮から暦応3年(1340)9月、その1躰を畑毛権右衛門が持ち帰り西水砂亀峯山頂の黒宮に分座し、西水砂村の氏神とした。明治5年村社に列し、明剱神社と改称した。
御祭神:經津主神、磐裂神、根裂神

引き返し南方向へみちなりに進んで行くと前方に48号、左折して進むと右手に鳥居が見えるので右折、左折して前方に
若宮神社
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鎮座地:小田郡矢掛町宇内
由緒、御祭神共に不明

左手に鳥居が見えているので、多少曲がる必要はあるが西方向へ、鳥居の前の軽トラは邪魔であった
鵜成神社
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鎮座地:小田郡矢掛町宇内2031
由緒:社伝によると当社は西川面の鵜江神社の分霊を勧請したもので、もとは宇内大明神と称していたが、貞享年中(1684〜1688)ころに鵜成大明神と改号したという。明治9年までは黒木村(現美星町黒木)も当社の氏子であったが、明剱神社を祀るようになって氏子を離れた。参道には鵜成大明神 元禄2己巳年2月4日の銘のある石鳥居、享保3戊戌年9月吉日 願主当村山縣又右衛門,天明6丙午3月吉日 願生戌歳女の銘のある石燈籠各1基、享保3戊戌年9月15日 施主祝詞信濃守、神主源右衛門,儀右衛門,藤右衛門の銘のある手水鉢があり,拝殿前には昭和10年4月吉日 森岡忠太郎、森岡登一の銘のある唐獅子かおる。本殿に向かって右側には末社の明剱 御鋒 稲荷 岩山神社が 左側には出雲大社がある。御鋒神社は明和年中に起こった一揆の指導者で、矢掛の河原で打ち首になった宇平治という人を祀ったものという。宇内の西明院境内には宇平治の供養塔といわれる寶匡印塔がある。岩山神社は鵜成神社よりも古い神社でその社地へ鵜成神社を勧請、それ以後末社として祀られる。出雲大社は明治中ころに大社講の人たちが祀った。氏子が6組に分かれて組内で籤をひき大当1人相当4人を決める。当を受けると奥の間の前に〆縄を張り、昔は四足のものは食べてはいけなかった。昭和45年まではオハケを立てていた。オハケは高さ約5メートルの真竹の先に笹を少し残し、御幣を付けて立て、根元に川砂を盛る。周囲にヨロイ竹を立てて垣をしていたが現在は立てられない。また鳥居には長さ5メートルの大注連縄が藁蛇と同じに作られ、頭はシュロで目は赤いトウガラシで作られる。また 昭和45年までは大祭日にはご神幸があり、社森神社と木野山神社がお旅所であったが現在は行われていない。千歳楽があり青年会・子供会で現在も出している。
御祭神:吉備津彦命

48号を更に進んで行くと前方左手に神社、左折して神社前に
不明神社
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鎮座地:小田郡矢掛町小田
由緒、御祭神共に不明
西方向へ鳥居が見えるが、奥まった山の中腹で今回は中止

これで今日は帰宅予定、48号(広域農道)を南へ進むと小田でR486号へ左折して帰宅、家の近くR180号の万成附近が17時を過ぎると非常に渋滞、今日も17時前に通れず、12月のせいか非常に渋滞、多少はオーバーとしてもここで1時間かかった、やはり今後見当が必要!

今回気になったのは地形と神社の配置が非常に似かよった処が多いので、時々再参詣かと思う事とが何か増えた気がした。」また、神社廻りをしていると方々で『○○農村公園』を見かけるが、どこもほとんど維持管理されてなく荒れ放題、何か一方的な施策か?

神社廻り-県内東北方向未参詣神社

今週も天気は悪くなる傾向、今日も曇りっぽい天候だが散々悩んで出かけることにする。遅くなったので近場(県北東方面)の未参詣神社を廻ることに!

まずはR250号(旧2号線)で東へ、『沼』信号で220号へ瀬戸で96号へ、『松本』信号を左折して79号へ、前方の信号を右折して79号を進み、前方三叉路を左手川沿いに進んで行き『岡山コンクリート工業熊山工場』裏側の橋を左折して進んだ奥(橋は十分広さはあるのだがガードが無く落っこちそうで何か不安-手前に車停め急いで参詣)
雨引神社(御所宮)
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鎮座地:赤磐市沢原1712
由緒:本神社は備前国総社神明帳に雨引神社、山本氏本に正六位下雨引明神と記載してある式内外古社一二八社の一で、中古に御所大明神と称していたが、明治三年に旧号に復した。沢原の鎮守神として崇敬し、旱魃の時には里人が社前に集り、雨乞の祈願を行い霊験が顕著であった。往古は社殿が後ろの山頂にあったと云う。棟札に雨引大明神正遷宮宝暦元巳卯閏(一七五一)七月吉日。奉葺替御所宮嘉永五年(一八五二)子三月吉日云々。石鳥居の額・御所宮柱に弘化四年(一八四七)丁未九月十七日氏子中とある。御所大明神と云うのは、足利義政の御所京都一条南小川西に御所があり、小川御所と云うのは将軍が新たに造った御所である。文明八年(一四八六)に行幸があり、足利八代将軍の義政の死後に、夫人日野富子は此処に移り住み、京都の小川御所に鎮座の御所八幡宮を此の地に勧請したと云う。
御祭神:不明

79号を北へ進んで行き、佐伯方面へ-初めて走る道-これまでよく通った53号に出る手前右手に、神社前に車を停め参詣
速玉男神社
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鎮座地:和気郡和気町父井原
由緒、御祭神共に不明

分かり難いので、一旦53号へ出ることに、左折して53号を進み前方信号を左折して進んで行くと前方防護柵で直進できず、右折して進んで行くと正面に
加茂神社
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鎮座地:和気郡和気町加三方205
由緒、御祭神共に不明
この神社の前で地元の人に出会い、次の予定の『春日神社』の事を尋ねるが全く分からない様子。多分地区が違うせいと思い山の西側の地区へ

神社前の西へ進み北側から廻り込む感じで隣の集落へ、集落へ入った直ぐの処で農作業中の人に尋ねると、次の道を左折して進んで行くと前方に乾燥を行う倉庫が、ここまでは車で可能、前方三叉路を左手に進んで行くと灯籠が、竹藪の中を進んで行くと神社
春日神社
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鎮座地:和気郡和気町加三方
由緒、御祭神共に不明

再度53号へ戻り西へ進み、53号が右から左にカーブして進んだ2本目の右手の道を右折した処に車を停め、北側の山を目指し、ほぼ直進すると坂の途中に墓地が-ここに駐車場が-此の先に防護柵が在りその先に
三宝荒神社
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鎮座地:和気郡和気町宇生
由緒、御祭神共に不明

53号を再度東へ進み吉井川を渡って前方左折してR374号を北方向へ進む。前方『三保高原』案内のかなり先、左にカーブした先の三叉路を右手に進み、左手に『苦木公民館』、ここに車を停め左手の道を登って行く
御崎神社
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鎮座地:和気郡和気町苦木311
由緒、御祭神共に不明

前の道を西へ進み再度R374号へ、北方向へ進んで行き、前方右折して90号へ直ぐに左折して進んで行くと前方左手に『塩田コミュニティハウス』が此の先に通行止めの表示、よく分からないのでここに車を停め前方向へ歩いて参詣-神社前は少し道幅が広い
塩田八幡宮
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鎮座地:和気郡和気町塩田259
由緒、御祭神共に不明

引き返して90号を進んで行き、前方に414号と信号と橋、その手前を左手に進み集落へ入る手前の左手(少し先で出会った地元の人に教えられた-注意しないと見落とす可能性大)
荒神社
15096page
鎮座地:美作市中川302
由緒、御祭神共に不明

90号を更に東へ進み『横川のムクノキ』先直進後左にカーブして北へ進み(途中結構狭い山道)、前方『柿ヶ原』の標識を右折して南方向、柿ヶ原ダムを目指し、手前の右手に(位置としてはペニンシュラゴルフクラブ湯郷コースの南)
八幡神社
15069page
鎮座地:美作市柿ヶ原1444
由緒、御祭神共に不明

どうもこの方面は距離感が未だにはっきりしない、結構遠くまで来ている。次の和気方面への未参詣神社へ向かう事に、ただひたすら引き返し、46号と90号の交差点まで、更に西へ戻り414号との交点へ、左折して414号を南へ進み、途中で
荒神社:美作市上山3481を探すが見つからない、地元の人にも出会えず諦めて次の神社へ

414号を南へ進み、美作市境を過ぎた直ぐ先を左折してみちなりに進んで行くと前方左手に鳥居と室原公会堂、ここに車を停め参詣
室原八幡宮
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鎮座地:和気郡和気町保曽1024
由緒、御祭神共に不明
ここでボランティアで屋根の修理をしている人を驚かしてしまった。岡山方面への簡単な道を聞くと直進して南へ向かい、前方の46号を右折して進むと和気への道とのこと、途中右折して414号を進んで行くと和気橋の手前で吉井川に-カーナビも同じコースを示す。

かなり南へ戻ってしまったので帰宅することに、最後に近くにある神社を、行くときに近くを通りざっと見たが分からなかったのだが!96号から右折して79号と行がけの道、『赤磐市熊山浄化センター』先で橋を渡り近くの路肩へ車を停め、歩いて山中へ直進すると整備されてない参道を登って行った先に-ここもたまたま出会った近くの人に聞いて初めて分かる場所、以前にも聞かれた事があったそうだ。
福山神社
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鎮座地:赤磐市松木19
創建年代・由緒等は不詳である。

近くに熊山図書館があったのでもう一社聞いてみようと思い尋ねるが休館日、諦めて少し変化をつけて帰宅

神社廻り-美作市と美咲町が少し

冬将軍到来の前にある程度県北の神社を廻ることに、美作市近辺が比較的楽と思い天気も良いようなので出かけるが、朝方は霧、夕方は日が傾くのが早く意外とはかどらない!

これまでと同様に27号、R484号、R374号で美作方面へ、途中西の屋を過ぎた先、左折して橋を渡り362号へ左折して南へ進み、大和クレス先、右にカーブする手前に車を停め、右折して進むと右手に(神社下までは車OK、車参道も最初が鋭角での坂道だがその後は舗装もされており楽そう)
青野神社
15053page
鎮座地:美作市青野204
由緒、御祭神共に不明

362号を引き返し北へ進み、前方川が迫って来た少し先の左手に白い手すりと階段(路肩にスペース有)、その先に墓地、墓地の手前を通って山際を西へ進むと右手奥に石燈籠、ここを奥に入って行くと、中が空になった建物、その上奥に神社
鳥渕神社
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鎮座地:美作市鳥渕
由緒、御祭神共に不明

362号を更に北へ進んで行くと前方に379号、左折して進み直ぐ先の前方道が狭くなる手前に車を停め歩いて直ぐ先の右手階段を登って参詣
宗廟八幡宮
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鎮座地:美作市安蘇
由緒、御祭神共に不明

神社前の379号を西方向へ進んで行く、トラックのせいか意外と交通量が多いが意外と道幅も広いので安心して進み、池の側を過ぎた先、県道が右に曲がる処を直進して坂道を下り、前方三叉路を右に進む予定だったが左手の道の先に人がいたのでそちらに進み位置を確認、車で神社下までは可能とのこと、前方の道を右折して進んで行き、突き当り辺りに念の為車を停め、右折して進み、前方三叉路を左折して進むと前方に空きスペース(ここまでは十分車で可能)、左手鋭角に登って行くと神社
名杭荒神社
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鎮座地:美作市下山
由緒、御祭神共に不明

379号を更に進み前方左直角カーブの先、右にカーブする手前の路肩へ車を停め、右手の道を右折して進み、民家の裏側の山道を登って行った先、(ここも神社の手前に建物あり-何らかのお堂?)
荒神社
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鎮座地:美作市城田
由緒、御祭神共に不明

更に379号を進んで行き、ゴルフ場の先に右手斜めの道(349号?)を進み先の交差点右側に車を停め、手前の山道を登って行く
八坂神社
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鎮座地:久米郡美咲町藤田上
由緒、御祭神共に不明

この道が349号、坂道を登って下った先左手に『重藤コミュニティハウス』ここに車を停め民家の間の道を登って行くと
常磐神社
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鎮座地:久米郡美咲町重藤
由緒、御祭神共に不明

元の処まで引き返し、右折して379号を進んで行き、右手に『美咲町農村型リゾート南和気荘』が見える先を左折してみちなりに進んで行き坂道の途中右手に石燈籠、ここの路肩に車を停め、燈籠の間の道を進んで行くと前方左手に(神社前まで車でも十分可能)
八幡神社
17006page
鎮座地:久米郡美咲町藤田上1067
由緒、御祭神共に不明

どの方向へ進もうか悩んだがやはり当初予定通り元の362号まで引き返し、左折して北へ進むと左折する手前、左折して進んだ先(鎖が張ってあり境内には入れないので手前の路肩へ車を停める)
杉神社
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鎮座地:美作市安蘇686
由緒:当社の勧請年月は不詳であるが、社殿の縁起書並びに古老の口碑などによれば、第54代仁明天王嘉祥2年(849)の頃、肥後国官幣大社阿蘇神社から、御分霊として阿蘇津彦命、阿蘇津姫命を元阿蘇村の西端字(宮床)に勧請したものと伝えられている。その後正長元年9月15日神怒あり、宮殿鳴動して焼失する。祝部神慮を伺い、この地から東方約14、5丁の現在地杉林の中に、移転奉戴し阿蘇宮と称した。地名の阿蘇村も祭神に因んで名付けたという。今は阿蘇の阿が安に変わり村名になったという。又、往古は九門の庄(公文の庄ともあり)の総社であり、杉大明神・姫大明神・明頭大明神といわれて来た。即ち姫大明神とは天鈿女命、明頭大明神とは天手力男命であり、共に天の岩戸別の際の御神徳著しい大神であるので、毎年9月15日の祭日には古事に習い、神慮を慰めまつる為の巫女神楽を奏上する古式がある。現在の祭神、大己貴神・少彦名神は往古氏子内に悪疫が流行し、数年にわたり村人が怯えたので、「医薬禁圧の法」を教えた御神徳を尊び鎮護の為合祀したが、年代を経て主神と変更したものと思われる。明治4年村社に列せられ杉神社と改称した。惜しまれることは元禄13年再度社殿の火災により古書物総て烏有に帰したことである。
御祭神:大己貴命、天鈿女命、少彦名命、天手力男命

362号を北へ進み前方T字路を左折して進んで行くと左手に鳥居が見えるので左折して進み路肩へ車を停め参詣、結構歩き難い山道、久しぶりに疲れた
祇園神社
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鎮座地:美作市岩見田
由緒、御祭神共に不明

続いて林野先、R179号からの未参詣神社を目指すことに、R374号を吉野川沿いに北上、湯郷を経て、林野でR179号へ東方向へ進んで行き、前方左折して354号を進むと右手線路奥に鳥居、前方を右折して線路を渡り直ぐ右折して進むと鳥居、脇の空き地に車を停め参詣
稲荷神社
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鎮座地:美作市平福499
由緒、御祭神共に不明
南側から廻り込むと車で境内に、元村社のためかここにも土俵があった。

元のR179号へ戻り、直進して国道を横切り、最初の道を左折、右折して橋を渡り、前方三叉路を直進(左手)、直ぐ先を右折して進み、前方のY字路附近に車を停め、前方を右折して進んで行くと左手に公園と奥に鳥居-ここまで十分車で可能
山口神社(山口総社宮)
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鎮座地:美作市山口302
由緒、御祭神共に不明

この後、どのコースで廻るか少し悩んだがやはり予定通りに、湯郷まで引き返し、『コメリ』の先の信号を左折して橋を渡り、直進できないので、左右どちら側からか廻り込み前方の広い道幅の処に車を停め、歩いて前方左手の山側を目指す
三宝荒神社
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鎮座地:美作市三倉田
由緒、御祭神共に不明

吉野川沿いの51号を西へ進み、少し先を左折して坂道を登り、みちなりに進むと登り切った先に『大山展望台』の表示と駐車場、更に進んで行き前方Y字路を右手(どちらでも最終的には同じ処へ)とり進んで行くと下方に神社、坂道を下って行く
大山神社
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鎮座地:美作市巨勢
由緒、御祭神共に不明
神社前の道を進み、左にカーブして坂道を登って行くと先ほどのY字路に『大山展望台』の駐車場まで戻る
大山展望台祠
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鎮座地:美作市巨勢
由緒、御祭神共に不明
北方向の見晴らしが素晴らしい、予想に違わずやはり祠あり-それにしても実際に登るまでは躊躇したが結構広い道、展望台への道のための整備か?

51号まで戻り、西へ進んでR374号へ左折してどんどん南へ下り「樫村」信号で左折して359号を進んで行くと左手に石段と鳥居-手前・南側に車参道-未確認
海田神社
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鎮座地:美作市海田729
由緒、御祭神共に不明

359号を戻って行き、前方左手に商店の先を左折して川沿いに進んで行き、三叉路を右折してどんどん進んで行くと左手に鳥居
宮谷神社
15084page
鎮座地:美作市海田3676
由緒、御祭神共に不明

今回のコースは予想していたより全体的に道幅が広かったので意外と楽だったか?やはり走行距離はあり疲れた感じもするので帰宅、これまでと同様なコースをたどり!

神社廻り-高梁市成羽方面

最近県北が続いたので久しぶりに県西中部へ、高梁-成羽方面へ、ほぼ初めての方向である。R180号から高梁手前まで、左折して橋を渡り成羽川を溯るR313号を進む

313号を進んで行くと左手ローソン手前に山中鹿之助の墓、ローソンに車停め歩いて北側の階段
御前神社
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鎮座地:高梁市落合町阿部76
由緒、御祭神共に不明

R313号を西へ進んで行き『しまむら』手前の信号を右折してV字に坂道を登って行き、前方Y字路を左手に進み、広めの道を北方向へ登って行き、早めに車を停め歩いて参詣したが、神社下側に空地有
天神社
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鎮座地:高梁市落合町阿部
由緒、御祭神共に不明

神社下の道を西方向へみちなりに進んで行くとR313号に出れるが予定の落合小学校よりかなり西へ出る。-広めの道を適当に進んだためで『たいようの丘』入口辺り、東へ戻り前方右手(南側)の7&11に車を停め歩いて
阿部神社
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鎮座地:高梁市落合町阿部1858
由緒、御祭神共に不明
何か見覚えが?マップのチェックし忘れか?再度の参詣であった!

R313号を西へ進み、備中落合簡易郵便局先の信号を左折し橋を渡り右折して少し進んだ先に車を停め歩いて探す-近くで出会った婦人に尋ねると予想よりかなり西の方を教えられる-帰って地図をよく見ると南西の山の中に神社らしきものが見られるが?
結局この時点では、教えられた事に疑問を感じ、GPSでの表示を元に東方向へ、今度出会った男性に聞くと、東側から荒神様の先を山中に入れば参道らしき山道が-強引に山中に進むと神社が、東側に下って行くと荒神社が(橋を渡り、右折して直ぐの道を山方向へ進み、右手の山中を)
木之山神社
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鎮座地:高梁市落合町阿部
由緒、御祭神共に不明
荒神社
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鎮座地:高梁市落合町阿部
由緒、御祭神共に不明

対岸から道の見当をつけ、橋を戻りR313号を西へ直ぐ先を右折して上り、前方を北・西方向へ広めの道を進むと神社の南側へ、近くの人に聞くと、東側に道が在り、神社の横に車を停めれるスペースがあるとのこと、全くの出鱈目ではないが、とてもではないが左折して進める道幅でなく、空地も入れなくしている、近くの私有地に車を停め、参詣を済ませ無事Uターン
御鋒神社
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鎮座地:高梁市落合町阿部
由緒、御祭神共に不明

先ほどの道を西方向へ進んで行くと神社の裏側へ、少し進んで下った先に境内への道、神社の北側には少し登った処に広場とさらにその上に神社
大蔵神社
x1079page
高梁市落合町阿部
由緒、御祭神共に不明
荒神社
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鎮座地:高梁市落合町阿部
由緒、御祭神共に不明
西へ進んでその先を左折して下って行けば直ぐのようだが道が狭く急勾配、無理をせずに引き返す。慣れればいいかもしれないが急勾配の坂道は何か恐ろしそうに感じる。(R313号の路肩へ車停め歩いた方が賢明)

313号を西へ進んで行き、前方橋の手前を右折301号を北へ進むと右手に
田中神社
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鎮座地:高梁市落合町福地
由緒、御祭神共に不明

更に301号を進んで行くと右手に福地小学校、その先カーブした所で地元の人に出会い参道を確認、お寺の駐車場のまだ手前、左手避難センターの青い標識、左折して中継塔を目指して進んだその先-道幅は十分で舗装も、少し不安なので手前の広い場所に車を停め歩いて参詣、参道も東と北方向に有りそうだが未確認
羽根嵜八幡神社
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鎮座地:高梁市落合町福地1564
由緒:当社は備中国成羽藩内総氏神八幡神社に於いて郷祭を執行していたが、各村に分祀祭典執行方を命じられ、寛永3年9月25日、現在地に勧請。福地村総氏神として祭祀を行い、現在に至る。秋の例大祭を前に、本村地区の氏子が宮司宅へ集まり、必ず甘酒(戦前はおそらく濁酒)を頂いてから注連縄作りに取りかかる。鳥居へ掛ける直径20〜30センチ、長さ8メートル余りの注連縄をはじめ、数本の小さい注連縄を作る(何れも、右綯いと左綯い)。豊作を祝う気持ちと感謝の気持ちが含まれていると思われる。
御祭神:仲哀天皇、応神天皇、神功皇后
途中に社が見られるが荒神社か?

301号を引き返し川に出会う少し手前を右折し進み川に出会うと右折して川沿いに進むと右手に赤い鳥居
甲平稲荷神社
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鎮座地:高梁市成羽町成羽
由緒、御祭神共に不明

神社前の道を西へ進んで行くと右手に成羽中学校が、2本先の道を右折して進んだ先左手、道幅が狭く車を停めれそうにないので右折する先に停めて-予想通り集会所と神社が同一で当然参詣出来ない
荒神社
x1083page
鎮座地:高梁市成羽町成羽
由緒、御祭神共に不明

更に西へ進んで行くと左手に斜めの道、その先の道を右折、進んで行くと300号の手前右手に赤い鳥居
不明稲荷神社
x1084page
鎮座地:高梁市成羽町成羽
由緒、御祭神共に不明

前の道を直進、北に進むと300号に、更に北へ進んで行くと右手奥に、右手の橋を渡り進んで行くと前方右手にに神社
御前神社
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鎮座地:高梁市成羽町成羽994
由緒:当社の、由緒は不明であるが、この地区の氏神様である八幡神社が信州からこの地に勧請された際に併せて祀られたと思われる。
御祭神:猿田彦命

神社から東に見える山の中が目的の神社、民家横の坂道を登って行くと右手に草ぼうぼうの山道、強引に登って行くと途中で道らしき跡が無くなる(動物捕獲用の檻のための道だったのか?)、GPS頼りに探すが示す位置には址らしき物もなし、道なき道を進んで非常に疲れて下って行くと近所の人に、尋ねると何年か前に神社は無くなっているらしい、登る前に会えていたら!山の中の神社は存続が難しいか
金比羅神社
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鎮座地:高梁市成羽町成羽
由緒、御祭神共に不明

元の300号へ戻り北へ進み右手の広い道(T字路)を右折すると突き当りに神社
森神社
12006page
鎮座地:高梁市成羽町成羽1470
由緒、御祭神共に不明

北上した300号の元へ近くまで戻り、前方のT字路を右折して西へ、右手に鳥居が
大元八幡神社
12010page
鎮座地:高梁市成羽町成羽3394
由緒:当社は天文年間(1532~1555)三村修理太夫家親がその生国信濃国挾江から勧請した。以来歴代成羽城主の崇敬が篤く、万治元年(1658)山崎氏が讃州から入城以来、明治維新に至るまで、成羽藩の鎮守として、社殿の造営、その他維持経営にあたった。大正2年境外摂社稲荷神社及び高オカミ神社を合祀し、昭和3年郷社に列格した。(「オカミ」は雨冠に口3つ下に龍です。)
御祭神:帶仲日子命、品陀別命、息長足比賣命、稻荷大神、火雷神

神社前の道を更に進んで行くと左にカーブして坂道を下る途中右手に坂道、枯葉がかなり積もっているので車を路肩へ停めて歩いて参詣-枯葉だけでなくUターンも厄介か!
疫神社
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高梁市成羽町成羽3536
由緒、御祭神共に不明

橋313号を進み、前方右折して33号を進んで直ぐの小さな川を渡った直ぐの右手に車を停め歩いて参詣-小さな川に沿って進み小さな橋が架かっている右手の坂道を進んで行った先-車でも可、大した距離では無いので歩いた方が無難-北側の参道は完全に通行止め、東側の参道は未確認
綱塲天満神社
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鎮座地:高梁市川上町領家
由緒、御祭神共に不明

33号を更に進んで行くと川向う右手に神社、前方の橋を右折して進み右手の神社を目指す-駐車は可能、手前の橋はかなり狭いがしっかりした作り、手前で見た赤い吊り橋は軽トラが走っていたが遠慮したい橋だった。
川中神社
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高梁市備中町志藤用瀬1008
由緒、御祭神共に不明

33号へ戻り、更に進み小さな橋を渡った先の路肩へ車を停め、左折して進んで行くと右手に鳥居
布瀬八幡神社
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鎮座地:高梁市備中町布瀬20
由緒、御祭神共に不明

以前から気にはなっていたが、急峻な山の上の方まで民家が見られ、道幅が狭く、急な坂道、何かしんどそうな場所、まずは小手調べ?距離、道順共にかなり問題か?

早いけど来た道を単純に引き返すが往復共に土曜日のせいか混んでいたがむしろ街中のほうが空いている。
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