岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

2016年04月

神社巡り-真庭市西地域

連休は人が多いので基本的に出かけないことにしているが、あまりにも天気がいいので思い切って出掛けることに!
車のナビで『醍醐の里』を設定すると、R53号から72号へ、前方でR429号で北へ進み、右折後直進して31号を進み前方右折して66号で北へ、R313号へ近付く手前の山中で目的の神社への参道を探しながら下って行ったが見つからなかったので、右手山際にお寺が見える処のY字路で出会った地元の人に尋ねると「このY字路を右手に進んで行き、前方を右手に進みその先を左手に進んだかなり先、車(軽トラック)で行ったと云う話を聞いた程度」との事、この状況ではかなり不安だが取り敢えず進んで行く、直ぐ正面のY字路を右手に進み、左手の山の裾のY字路を右に進み、集落の外れあたりの道脇に社、その手前の家の人に道を尋ねると、行けないことはないが路肩が崩れたりした処もあるので危険?軽トラックで連れていってくれることに、前方のY字路を右手川沿いに進んで行く、かなり進んだ先に広場、ここから歩いて参詣、渓谷の中にある神社、大雪の時一度社が潰され建替えたとの事、鳥居も、
山神社
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鎮座地:真庭市鹿田2109
由緒、御祭神共に不明
小さくても普通の車では無理、未舗装で、枯れ木が道に、そして道の真ん中で車の底へ当たりそうなうえに路肩が不安、連れて行ってもらって本当に助かった!

近くにあるもう一社にも連れて行ってもらう、先ほどのY字路を左手に進んだ先の左手(この道は『普門寺』に至る道のようで意外と安心、しかしこの道を使用してのコースはやめた方が無難)
杵竿明神社
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鎮座地:真庭市鹿田
由緒、御祭神共に不明

66号まで引き返し、前方左折してR313号へ出て、少し北へ左手の橋を渡り右折して進んだ左手に鳥居、土手上の広い処へ車停め歩いて参詣-西側に広い駐車場と車参道-未確認
鹿田八幡神社
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鎮座地:真庭市鹿田1537
由緒:当社は天文5年の創建と伝えられ、明治14年村社に列格した。大正2年12月18日白滝神社、片山神社、大正3年10月27日稲荷神社、竹谷神社、同年11月15日愛宕神社、菅原神社を合祀した。
御祭神:譽田別尊、火産靈神、倉稻魂命、高オカミ神、大山津見神、月夜見尊、菅原道眞

このまま北へ進んで次の神社を目指す予定だったが、先ほどR313号へ出た処に藤の荒神社の標識が気になり引き返し、橋を渡ってR313号を横切って直進して進み川沿いに車を停め参詣-何故かRNCのテレビカメラマンが、わざわざロケーション位置を教えていた
旦荒神社
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鎮座地:真庭市鹿田
由緒、御祭神共に不明

せっかくだから『醍醐の里』に立ち寄りマップを探すが見当たらない、『鹿田の文化財マップ』の掲示板はあったのだが

R313号を北へ進んで行き、前方左手に『木山寺』の標識を左折して橋を渡り、交差点を右折(木山寺方向)、自動車道を潜った先の左手に石燈篭と石柱(難波酒店の川向う)、路肩に車を停め前方左手の森を目指す-北方向に車参道-未確認
八幡神社
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鎮座地:真庭市下方73
由緒、御祭神共に不明

川沿いに進んで行き日野上へ、地図上で近道を考え、直進して分校前を左折して進み、前方のY字路を右折して坂道を登って行っていたが途中で出会った人に「この道は急すぎて無理、東側の広い道を廻り込んで進むべき」と言われ元の道へ、かなり曲りくねって進んで行くと前方左手に『八幡神社・コミュニティ広場』の標識、右折して登って行くと左手に広場とその奥に神社
八幡神社(日野上護国神社)
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鎮座地:真庭市日野上3044
由緒、御祭神共に不明
鳥居の前に参道らしきもの無し、昔はどうしていたのか?

山道を進み月田へ出るか元へ戻るか?悩んだが民家の少ない山道は不安、R313号から84号を進むこれまでのコース、未参詣の神社を廻りながら進んで行く

R313号を右折して84号へ、直進して川沿いに進み前方の橋を渡り、左折して広い道を右カーブして進んで行った右手、路肩に車を停め参詣
不明神社
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鎮座地:真庭市山田
由緒、御祭神共に不明

川沿いに北方向へ直進して84号へ戻り、先に進んだ先橋を渡ったところにあった『かげや鮮魚』で以前分からなかった「山祇神社:真庭市関1734」を尋ねるがまるで分らない、やはり地区の人を探すべきか?-今回はパス

84号を月田まで進み左折して32号へ、前方「月田本」で右折して山道を進む予定だったが工事で全面通行止め、先に進み次の道を右折(桜本寺方向)して北へ、前方のT字路を右折して進み突き当りを右折して少し進んだ路肩へ車を停め、右手山道を登った先-出会った人に聞いて確認、次の『有宗神社』への道も教えられ、筍もいただく
武内神社
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鎮座地:真庭市後谷畝
由緒、御祭神共に不明

神社前の道を北方向へ進み、前方『大平集会所』先を左折して進んで行くと右手に
14004_有宗神社
鎮座地:真庭市後谷畝1658
由緒、御祭神共に不明

此処からのコースで再度悩む!広い道を北へ進んで行くと前方に459号に左折して459号を進み前方の十字路を左折して坂道を下って行くと前方左手に橋とその奥に神社
三輪講神社
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鎮座地:真庭市若代畝858-1
由緒、御祭神共に不明

更に北へ進んで行くことも考えたが多分時間的に無理をしないことに(夕方約束が)、神社前の道を何も考えずに下って行くと左手川向うに鳥居と広場
後谷神社
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鎮座地:真庭市後谷1381
由緒:本社の勧請は和銅3年(710)歳司(せいし)大明神として安信の宮屋敷に奉祀した。宝亀11年(780)8月18日に現在地に遷座、井原3ヶ荘4所大明神の1つとして維新前までは歳司大明神と称したが、明治3年後谷神社と改称し、明治6年村社に列せられる。尚、大正9年に大字後谷地内の御崎、宗守、素崎の3社と稲荷3柱の4社を名目合併している。
御祭神:天種子命

すぐ先の右手奥に
不明神社
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鎮座地:真庭市後谷
由緒、御祭神共に不明

神社横の広い道を南へ下って行くと最初32号から入った地点に、前方トンネルを過ぎた先を右折して川沿いに進んで行くと前方右手に『八幡寺』、その手前に鳥居
鎮守八幡宮
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鎮座地:真庭市月田本
由緒:当社は九州宇佐八幡宮の御分社なり。御神体は應神天皇神功皇后武内宿禰を合祀せし三社八幡宮にして別宮山愛染院八幡寺の鎮守なり。應永九年本山城主源修理亮秋行公再建し奉る。桃山時代までは別宮山頂に在りしが寛文九年現在地に下山する。享保末期社殿退廃し三度建立せり、元文二年稀有の火災に遭い社殿悉く焼失せりといえども御神体は無事御避難遊ばされたり、七年後寛保四年備中の国大井野の古社を移柱して再四建築奉祀爾来明治大正昭和平成の今日まで永く当山の鎮守として神威矍鑠たること明らかなり・・・
御祭神:應神天皇、神功皇后、武内宿禰

32号をへ戻り、北へ進み、『宮原』駅の更に先、高架の手前に車を停め歩いて左下の神社を目指す-車でも行けるが面倒
八幡神社
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鎮座地:真庭市若代2878
由緒、御祭神共に不明

今日は此処までにして引き返す、その前にもう一社参詣して帰ることに!
32号を南へ下り前方右折して320号を進んで行くと右手に鳥居と階段、路肩へ車を停め参詣
井原神社
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鎮座地:真庭市岩井谷359
由緒、御祭神共に不明

朝と逆のコースで帰宅、連休中にも拘らず意外とスムースに!!

神社廻り-勝田郡から津山方面

全然ブログは更新していなかったが神社巡りは天気の良い日を狙って進めている。今日は勝田郡から津山へのコースを!
R53号から52号で西勝間田駅方向へ

52号を進んで行くと西勝間田へ出る少し手前に石灯篭、奥の山際に赤い鳥居、前方の道を左折して進み前方山際を左折して進むと途中に、非常に道が狭いが、交通量が全くないと判断して急いで参詣
不明神社(金毘羅神社)
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鎮座地:勝田郡勝央町為本
由緒、御祭神共に不明

52号を進んで行き、前方R179号を左折して進んだ少し先の右手、何故かこれまで見落としているGoogle Mapに記載されて無いため、
八幡神社(遊屋八幡神社)
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鎮座地:勝田郡勝央町黒坂2-1
由緒:当社は大宅鷹取貞観元年神功皇后の御服帯及び忍熊皇子の千早の袖を戴き、貞観2年美作国勝田郡久魯佐佳の水清川の清野の山に宇佐八幡大神を祀ったのが始りとされる。応永31年赤松左京太夫満祐が弓矢を奉納したので弓矢八幡宮と改められる。天文16年神怒を慰めて弓矢八幡宮を改め遊屋八幡宮と改称される。慶長15年美作国津山藩主「森忠政」息女難産に悩み、当社神主水島岩見守に依頼、安産祈願を行い無事男子を出産することができたので、その御神徳を仰ぎ神領20石を奉納した。以後森家の祈願所と定められ、今日に至っても安産守護神として尊崇されている。創建以来、再建された記録が次の様に残っている。元徳2戌午年・永承3戌子年3月・建暦2丑年・弘安5午年・応永31年4月・天文15午年9月・慶長6年・天和3癸亥年2月・明治9年現鎮座地に移転され今日に至っている。
御祭神:譽田別尊、足仲彦尊、氣長足姫尊
神主さんらしき方が清掃を、今回最初で時間が勿体無いのであまりお話が出来なかった!

R179号を南東へ進み、『勝間田駅』を過ぎた先右手『大日化成』手前を右折して進み前方橋を渡って右折して進んだ先、公会堂の後ろ側
大崎神社
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鎮座地:勝田郡勝央町東吉田880
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し『勝間田駅』の先から67号で北方向へ、前方にJA勝英の先を右折して東方向へ、前方右折して滝川を渡った先で355号へ、みちなりに進んで行くと前方に354号、横切った先を右折して進んだ右手(前に駐車スペース)
八幡神社
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鎮座地:勝田郡勝央町豊久田339
由緒:本神社は和銅6年に鎮座して美作国112社の1社である。明治4年に村社に列せられ八幡神社と改称された。
御祭神:譽田別命、高おかみの神、闇おかみの神
備前焼の狛犬を見ると、どうも盗難の事が思い出されつい念入りに(岡山南部での窃盗犯は捕まったのだが)

354号まで引き返し、右折して354号を北へ進み、R429号を越えた先の細めの道を更に進んで行くと前方右手に燈篭、そのまま北へ進んで行くと右手に鳥居、路肩に車を停め歩いて参詣
諏訪神社
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鎮座地:勝田郡勝央町河原1201
由緒:当社の創建年月は不詳であるが、河原鏡山に小吉野庄の総社として創建されたと伝われている。天平5年(733)9月20日庄内の住民が集合して大祈祷を行って以来、この日を大祭日定めたとされ、当日は縫い物、畑仕事を禁じられた。長久3年(1042)小吉野庄の氏子の総意により、信州諏訪大社の御分霊(建御名方命)を勧請し、合祀した。安元2年(1176)広戸風の大烈風で本社が大破したので、移転地を信州諏訪に似たところとして、風害の少ない現在地に再建した。神社の境内にある神木(びゃくしん・いぶき)は本社移転時に諏訪豊前守藤原安森宮司が手植えされたと伝えられ、樹齢800年の神秘な樹姿を見せる。また、十郎、徳丸(村人)の蛮勇で河原田圃開発の祈祷に使った伝承を持つ「雨乞い石」がある。
御祭神:建御名方命、速秋津姫神、素盞嗚命、譽田別命、大國主命、倭建命、大己貴命

みちなりに北から西へと進んで行くと前方に353号、右折して北へ進んで行くと前方にR53号、越えて更に北へ、前方Y字路を左手に進み、前方の突き当り(池の土手)を左折して西方向へ進んで行くと右手に石灯籠と建物(非常に何か分からない)
不明神社
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鎮座地:勝田郡奈義町成松
由緒、御祭神共に不明

更に西方向へ進んで行くと右手に石碑、ここで運よく地元の人に会い、宮内神社の位置を教えてもらうと、「このまま北へ進み、前方の自衛隊のフェンスを開けて進んだ先、案内板があるので間違えることはない」とのこと、実際に行ってみると鍵が掛かっており無理、少しバックして少し広めの処で何とかUターン。
元の処まで引き返し、未舗装の道を西へ進み、前方の橋を渡ったところに車を停め北方向へ歩いて進むと前方にフェンス(この奥に淡島神社があるはず)、左側のフェンスが開いていたので進んでみるがほとんど道無し、今度は右側から進んでみるがフェンスは太い針金で固定されており無理、諦めて東方向へ戻った処にあった広い道を南へ進んでR53号へ出ることに!

R53号へ出る手前に奈義町現代美術館と奈義町文化センター、美術館の方は何も催されていない感じ、文化センター前でここの職員の方と出会い、事情を説明したところ役場所職員に連絡をとってくれる、隣の役場を尋ねると出かける用事があるのついでに案内してしてくれることに、通常は番号合わせの鍵で、原則かかってない状態らしい
神社前まで案内して頂き、「フェンスを閉めること」と言われて別れる。
宮内神社
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鎮座地:勝田郡奈義町宮内639
由緒:本社は、昔那岐山頂に諾・冊の二尊が鎮座されていたが、なにしろ本国第一の高山であるから参詣するにも道は険しく、また冬季には寒風激しく、春になっても雪は消え残って御社の修理も思うに任せないので、和同三年(西暦七一〇)麓の村々に分霊を奉遷することとなり、諾の尊は成松村不老の森に、また冊の尊は宮内村字不老の森へ移って両村の氏神とした。諾の尊は男神であるから神山に女木を生ぜず、また冊の尊は女神であるから神山に男木を生じない。日本三代実録に五十六代清和天皇の貞観五年(西暦八六三)五月二十八日の項に、「廿八日庚寅、美作圀従五位下天石門別神・奈美神・大佐々神並従五位上」とあって、神階が一段んぼらせられたのであり、本国十三社の一社である。両村に奉遷の後、諾の尊を諾大明神、冊の尊を冊大明神と称していたものを明治四年、冊神社と改め、翌明治五年には北条県の成立に伴い、再び宮内神社と改めた。
御祭神:伊邪那美尊
Google表示は「那美神社」時々見かける間違い

西にある淡島神社:勝田郡奈義町滝本に関しては詳しくは分からない、フェンスを乗り越えて行ったらと言われたが、この神社は多分性器信仰、参道もあるかどうか分からないので中止

日本原演習場北側にある滝神社はフェンスに関係なく行ける』と言う話し、那岐池の西側を北方向へ行けば良いとの事だったが実際現場へ行くと未舗装の道、近くで出会った人に尋ねると「脇道が多く、車で行ってもかなりの距離を登る必要があり」、近くの滝神社での遥拝を進められる。

R53号ローソンの処(滝本信号)を北方向へ、途中に奈義町観光案内図、更に進んで行くと『那岐池』堤防の下側へ、西方向からはフェンスで無理、少し南へ戻り、左折して橋を渡り突き当りを右折、次を左折して進むと十字路、左折して坂道を登って行くと左手に、前の空地に車を停め参詣
瀧神社
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勝田郡奈義町滝本1973
1.沿革:当社は今から1200年前の白鳳年間、藤原鎌足の孫 武智麿が中国地方平定のため、紀州熊野権現を当地に勧請し社殿を建てたと伝えられている。爾来北野村東西と近藤村の氏神として尊崇されてきた。近世、美作国津山城の鬼門の守護神として森公の信仰厚く鳥居や石の宝殿が寄進された。明治の末頃まで『お瀧参り』とよばれ、作州全域から多くの崇敬者が参拝し、例祭日には日本原から続く松並木は人の列で賑わった。
2.本社:滝山の中腹に位置し、原生林に囲まれた「奥の院」から「母御の瀧」に続く岩間の清浄な地に祀られ、ある時期には修験道の霊地として女人結界の地でもあった。明治42年滝山山麓一帯が陸軍演習場に設定され、近藤村の氏子は余儀なく移住する事となった。
3.遙拝所:参道が自衛隊の演習場のため、本社への参拝が制約された。従って、里宮としての遙拝所が大正4年に造営され、大正12年には郷社の格が与えられた。平成元年に遙拝殿を再建、平成3年社務所等の管理棟を建設、平成11年遙拝殿等の造営記念碑建立、平成12年国旗掲揚台・国歌歌碑を建立、平成13年玉垣建立によって一段と神域が整備された。
4.社地: 瀧神社創立以来172ヘクタールの社地は明治4年の上地令により、境内の一部を残して国に接収されたが、昭和26年神社の歴史的伝統が認められ大蔵省より山林33ヘクタールが無償譲与された。なお、本社参道周辺の原生林は永代保護管理を続けている。
御祭神:伊邪那美尊、滝大領権現

再度R53号まで戻り西へ進み、『日本原東』信号で右折して演習場沿いに北へ進んで行くと前方左手に
廣戸神社(御神幸所)
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鎮座地:津山市大吉
肝心のこの場所を忘れており、この近辺の荒神社参詣後に、
廣戸神社
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鎮座地:津山市大吉1017
由緒:当社は第49代光仁天皇宝亀元庚戌年(770)山城国男山八幡宮を廣戸村奥津川字宮谷に勧請し、廣戸八幡宮と称した。その後文治5年(1189)3月大吉字宮の奈留に社殿を移した。応永5年(1398)同地字平野の現在地に移した。天文3年(1536)正月16日尼子大将三好安藝守が廣戸矢櫃城を攻めた時、「大吉八幡宮を焼き払い此軍に利があれば新に建立し松藤を植奉らん」と祈願したところ霊験があり、忽ち落城した。よって社殿を新築し松・杉・藤を植えた。松は風の為倒れたが、杉・藤は現存しており、尼子杉藤と云えられ、現在も繁茂生長している。天和3年(1683)美作國主、森伯耆守長義から再建費及び琴一面を寄進された。明治5年廣戸神社と改称した。大正2年12月9日村社山神社、無格社風神社、境内神社9社を本殿に合祀し、更に境内神社無格社34社を無格社愛宕神社へ合祀した。大正3年8月神饌幣帛料供進神社に指定された。
御祭神:品陀和氣命、息長帶姫命、大山祇命、武内宿禰、須勢理毘賣命

更に基地沿いに進み、基地と離れかけた先を左折して基本的に西方向へ進むと前方に
荒神社
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鎮座地:津山市大岩
由緒、御祭神共に不明

神社前を北へ進み、前方の池を南から廻り込んで更に北へ進んだT字路に車を停め東方向へ(車で十分可能)
荒神社
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鎮座地:津山市大岩
由緒、御祭神共に不明

車まで引き返し、北へ少し進み、直ぐ左折、突き当りを左折、すぐ先を右折して進んだ右手
船尾荒神社
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鎮座地:津山市大岩
由緒、御祭神共に不明

此処で肝心の廣戸神社(津山市大吉1017)を忘れているのに気付き、先ほどの池の北まで引き返し東へ進んで行くと五穀寺の東隣に、前に池と小島に祠があるが不明

神社前の道を西方向へ進み450号へ左折して進んで行くと、前方左手に広戸小、その先を右折し、突き当りを左折して進み、次の三叉路を左手に坂道を登ると左手に石垣、此処を強引に登って行くと前方に神社-450号沿いから参道が在りそうだが未確認
天一神社
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鎮座地:津山市市場
由緒、御祭神共に不明

一旦R53号に出て西へ進み『工門』信号で右折して348号を進み、新野小先を右折して北方向へ進んで行くと右手に鳥居、路肩に車を停め畦道を歩いて参詣
三寳荒神社
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鎮座地:津山市西中
由緒、御祭神共に不明

更に北へ進み途中、前方に土手の処を左折して西方向を新野山形を目指し、途中右折して細い坂道を登って行くと前方に参道?、右手に民家-此処で尋ねるとこの道は車では無理、此処に車を停めて歩いて参詣しようと思っていると下の畑に居た人が左手の道を進み前方の道を北へ進んで行くと良いと教えられる。-駐車スペースも十分な処、鳥居も
八幡神社
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鎮座地:津山市山形2235
由緒:本神社は美作112社内の神社で、天平10年(738)字宮山に社殿を創立し、美作守大伴兄麿氏が宇佐八幡宮の御分霊を勧請し、上山八幡宮と称した。本神社は雅野郷の一宮で、旧八カ村の総社であった。寛文年中(1661〜1673)美作国主森長継公が武運祈願のため、甲冑一領・緞子・幡十二流を、元禄年中(1688〜1704)国主松平長矩公が剱一口・茶椀・三宝各一箇を、同6年国主森長成公が雨乞いのため、米六斗六升を寄進している。明治6年郷社に列し、八幡神社と改称した。
御祭神:品陀和氣命、天之御中主命、大雀命

深く考えなく南西を目指して広い道を進んで行くとスポーツ公園南でR53号へ、津山方面へ進み、手前の『天神橋』信号で右折し、2つ目の信号を右折して進むと左手に鳥居、とても車を停める場所はない、近くの私有地へ車を停め急いで参詣-西側から車でも行けそうだが?、高福寺の駐車場へ置くのが一番無難か!
大隅神社(大隅大明神)
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鎮座地:津山市林田755
由緒、御祭神共に不明

少し遅くなったので帰宅、コースとしてはR53号で、少し遅いせいかもしないが意外と空いていた!


神社廻り-真庭市方面

今週もまた後半は天気が悪そう!火曜日が道路がスムースな気がして出かけるが当てにならない!市内を抜けるのに思いのほか時間を取られる。R53号から福渡で30号へ、旭川沿いに北へ進んで行きR313号で落合に、北上して落合IC先の信号を左折して西へ、落合総合公園の北側を進み、西端で右手に進み坂道を下りた先、右手奥に鳥居、路肩に車を停め歩いて参詣-長い階段に関しては何時も思うが自分に上がりやすい階段があるが今回は最適
八幡神社
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鎮座地:真庭市西河内943-1
由緒、御祭神共に不明

R313号まで引き返し北へ、前方右手に橋の処を左折して390号を西方向へ進んだ直ぐ前方に、鳥居の左手に駐車場、右手に車参道
天津神社
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鎮座地:真庭市高屋387
由緒:当社は和銅3年(710)の創建と伝えられ、古来、正一位天津大明神と称し、真島郷11ヶ村の氏神であったが、明治初年から高屋村など7ヶ村の氏神となった。鎌倉時代には、源頼朝の命により、美作守護職梶原景時が社殿を造営し、壮麗の美をつくし、神領70石を有した。江戸時代においては、国主森伯耆守長武・松平越後守宣富による造営があり、文化12年から領主三浦氏累代による崇敬が明治初年まで続いた。かつては、毎年秋祭には、中の総社、久世町惣の八幡神社、国主神社及び同町富尾の大歳神社の神輿が天津神社へ参集し、5社の神輿がそろって総社へ神幸しており、この五社立会祭は大正7〜8年頃まで行われていた。明治40年11月、神饌幣帛料供進神社に指定され、同44年2月16日野川神社、高野神社ほか21社を合祀した。大正11年6月2日郷社に列格する。
御祭神:天兒屋根命、素戔嗚命、建御名方命

R313号へ戻り更に北へ、前方橋の手前を左折して進んで行くと左手山際に鳥居、左折して鳥居前へ、更に進み階段前に、此処に車を停めて参詣-右手に車参道があるが何か通り難そう!、階段の左手奥に駐車場があるが未舗装
八幡神社
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鎮座地:真庭市草加部1896
由緒:当社は永徳2年高田城主三浦下野守貞宗が郷里駿河の国から武門の守護神として高田村字常平に勧請した。明徳元年大洪水のために社殿が流失したが、享禄2年9月、三浦の家臣金田氏が主家の衰亡を嘆いて再興し、益々武門の守護神として崇敬し、ご神徳を高められ、近世の領主、村民の崇敬を受けて今日に至っている。
御祭神:譽田別命、足仲彦命、息長帶比賣命

元の道へ引き返し、西へ進むと右手に橋、渡って進むと前方はR181号、左折して進み、前方橋を渡り右折してR313号を北へ進み、左折して321号を進み、前方を左にUターン気味に勝山運動公園方向へ、前方のY字路を右手(福谷方向)へ、右手中腹に神社と太子堂?、神社下の路肩へ車を停め歩いて参詣-この神社も地元の人に尋ねないと分かり難い-神社方向へ進み前方墓地の左手に鳥居、此処は急すぎて登れないので右手に進むと車で可能な廻り込む参道と南側から参道
福谷神社
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鎮座地:真庭市福谷361
由緒、御祭神共に不明

321号まで引き返し西方向へ進んで行くとR313号へ-当然狭い処が多い道、以外にも対向車が多いが何故かかわしやすいところで-R313号を北へ進んで行くと『美甘』で右手に55号、55号を北東へ進んで行くと坂道途中に『篠ケ乢いこいの館』、手前に「篠ケ乢の二本杉」と社と地蔵、更に進み、集落に入った右手手前に墓地と小高い小山、墓地の間を登って行くと頂上に
御崎神社
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鎮座地:真庭市黒田
由緒、御祭神共に不明
道路を隔てた反対側に狛犬の代わりに牛がおかれた建物、現時点では使用されて無いか?-『大日堂』

更に進んで行くと右手に-集会所を併設した神社?
黒田八幡神社
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鎮座地:真庭市黒田144
由緒:本神社は文治4年美甘荘黒田村逸の奥大林山麓に勧請した。美甘村麓城主三浦家の社神となって祭礼は森厳を極めた。承応3年8月13日建立の棟札が現存している。元文4巳未年祠堂が烏有に帰した。当時の御神体は半身残焼のまま現存する。朴(ほおのき)の御神体であるから村人は今に朴の下駄を用いない。元文5年寅申、現在の鎮座地の原に社殿を再建立した。
御祭神:譽田別命、息長足姫命、竹内宿禰命

55号を更に進み、前方左手のT字路を左折して川沿いに進んで行くと途中右手に『毘沙門天』と『荒魂神社跡地』
荒魂神社跡地(毘沙門天)
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鎮座地:真庭市鉄山
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと右手に鳥居、横の空地に駐車
八幡神社
14046page
鎮座地:真庭市鉄山378
由緒、御祭神共に不明
境内の奥に一社見られるが不明

55号まで引き返し更に進んで行くと左手に神社、分かり難いので前方川を渡った先左手に323号を進んで行くと左手に
八幡神社
14060page
鎮座地:真庭市見明戸343
由緒:本神社の鎮座地一帯は建部郷(現在の湯原町、川上村、八束村、美甘村それぞれの一部)と称し日本武尊の名代として栄えた建部、佐伯部が住居していた。佐伯の名は全国にみられるが、安芸の佐伯部は厳島神社を創建し神主となって平家と親しくし、源平合戦に平家滅亡して神主も追われ、棚守に降された。建部郷の人々は佐伯部社(この郷の一宮)をもうけ深い信仰のもとに生活の基になしていたが、美作国にも源氏が進駐したので、神主は佐伯部社のご神体を菰で包み岩穴にかくして八幡様が氏神であると申し立て難をのがれた。以来八幡神社と称しているが、建部郷の祖神に変わりなく人々はみあけどの八幡様と称え慕っている。幣死除け(特に安産祈祷・六三祈祷)は佐伯家の秘伝とされている。
御祭神:息長帶姫命、譽田別命、武内宿禰命

55号まで引き返し、前方左手の斜めの道を進んだ左手
荒魂神社
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鎮座地:真庭市見明戸
由緒、御祭神共に不明

55号を更に進み、JA倉庫手前をを右折して進んだ先、『本庄多目的集会所』前に車を置き西側の神社を目指す
八幡神社
14062page
鎮座地:真庭市本庄1365
由緒、御祭神共に不明

帰るか、それともまだ神社巡りを続けるか悩むところ、あまりにも北へ来すぎているので更に廻ることに

55号を西へ引き返し、前方右折して323号を北へ進んで行くと前方に米子自動車道の手前の左手に、路肩に車を停め参詣
不明神社
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鎮座地:真庭市種
由緒、御祭神共に不明

232号が前方左折した先の左手、民家の間に参道
田根神社
14052page
鎮座地:真庭市種1783
由緒:本社の創立年代は不詳であるが建久3年以前の創立と伝へられる。神代の昔、大穴持命と須久那比古命が稲種を授けられたため、この里を種村と称するといわれる。爾来、穀物の祖神 御食神と産土神と斎奉った。元弘の乱に当り後醍醐帝が穏岐国より伯耆国に渡海させられた折、海上で御難に遭われ、海神に祈念をされて難をのがれ無事に名和の湊にお着きになった。そして伯耆国から美作国美甘にかかった時、供の公卿1人が発病したためこれを残して還御された。建武3年にこの公卿が種の里に来て神主となり海神の御神徳を信仰して住吉の神等を配祀して波上大明神と称した。寛文10年美作の大主森内記守が社殿を建立した。明治に至り田根神社と改称し山王社、権現社を合祀した。昭和28年には湯原ダム水没地の白山神社を合祀している。
御祭神:宇氣母智命

神社側の道を行っても良いような気はするが道幅不明、無難に323号を進み、前方左折して322号を進み、高速を潜ったすぐ先のY字路を下って進んで行くと左手に鳥居
熊野神社
14053page
鎮座地:真庭市粟谷298
由緒:本社は大古五十猛命と手力男命と此の里に天降りて、土地を切り開き八十木の實を蒔き開拓事業の道を始めたまい亦里民に栗の種を授け耕作せしめ殖産業を教えたまいしにより、此の里を栗谷と稱すと伝えり、里民は大神等のご功徳を尊信し、この社殿を建立して産土神と崇め齊ひ奉りたり。降て紀州熊野の神を勧請して、熊野十二社大権現と稱していたが、明治維新の際熊野神社と改稱する。
御祭神:伊邪那美命、手力男命

先に進んで行くと前方に447号、右折して進んで行くと322号へ-実際は引き返して322号に-高速を潜って更に進んで行くと左手に神社、少し進んで左折(322号)すると民家の間の先に鳥居と神社
建部神社
14051page
鎮座地:真庭市藤森101
由緒:本社は建部郷の一宮なり舊號大宮大明神と奉称す、古は倭建命の御名代として建部を定められしより倭建命を祭ると云えり、又、美作国百十二社記に建部郷一宮藤森に在り大宮大明神と云うとあり、明治四十四年四月廿十三日二川村大字黒杭無格社黒杭神社合村小童谷無格社佐山神社を合祀する。作陽誌に藤森大明神は建部郷總加の大社にして春秋祀を享る著明の大社とある、故に建部總加唯一の神社にして藤森村、栗谷村大杉分、桑瀬分、黒杭村、小童谷村、下見村七ヶ村の大産土神なり。
御祭神:日本武尊、速秋津彦命、素戔嗚尊、外四柱神

322号を隔てた反対側の山の上に神社(案内標識有)
秋葉神社(藤森秋葉大権現)
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鎮座地:真庭市藤森
由緒:藤森宿の豪商伊藤政右衛門が宿場を火災から守るべく祈念し宝暦三年(一七五三年)遠州周知郡犬居村大登山秋葉寺より勧請されたが年毎に崇拝者が多くなり街裏の高台に一宇を建立し奉安した。時に宝暦十年(一七六〇年)である。
御祭神:秋葉三尺坊大権現火 防神(大巳貴命)

322号を左折した処まで引き返し直進(東方向)していくと湯原ダム湖に出会った少し先の左手、民家の横に
黒杭神社
x1290page
鎮座地:真庭市黒杭
由緒、御祭神共に不明

予想より遅くなった上に意外と北方向に来すぎていた、カーナビで最短距離を選択して帰宅、コースとしては322号から447号でR181号美甘へ(このコースは非常に狭い高低差のある山道-二度と走りたくない感じ)、これから先は来た時のコース、旭川ダム湖で429号を進み、途中から72号へ、R53号で帰宅-最短距離に違いないかもしれないが高低差のある道が多く実測の距離だろうか、しかも町中に入っても狭い道を走らさせ、大きな道路に出るのにかえって時間を取られた感じ、難しいところである。

神社巡り-吉備中央町方面

朝から熊本地震に関してのニュース、気にはなるけれどもどうにもならない、熊本城と阿蘇神社本当に勿体無い、しかしこのようなことは城や神社にとっては当たり前のことかもしれない。気分的に滅入った感じ、我が家のワンコも朝からお腹が悪いらしく、散歩でも草ばっかし探しているが、街中にある草はしれている。昼からワンコと共に気分晴らしのドライブに、方向は吉備高原、どちらが目的か分からないが、未参詣神社を廻る。

R53号から72号、何も考えずに、途中車を停めワンコをぶらぶら散歩させながらひたすらすら車を走らせると前方にR484号、その手前「さんさん広場」前を右折して直ぐ左折、消防署前の三叉路を右折して坂を下って行くと前方に竹藪、手前の広い路肩に車を停め、前方左手の竹藪の横の道を進んで行くと奥に-この道を下った先左手に階段と鳥居があるが車を停めるスペースは無い
愛宕神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町竹部2073
由緒、御祭神共に不明

元へ引き返し、今度は西側の公園(吉備中央公園)へ、路肩の広場と違い広々とした公園暫くのんびりとして次へ

公園南側の広い道を西へ向かって進んで行くと前方にR484号と57号、左折して57号を進んで行き、前方左折して472号を進み、広域農道を過ぎた少し先を右折して進むと、前方右手の坂道が多分車参道、直進して進むと前方右手に、車を停め難いので手前の路肩へ
大和神社
11001page
鎮座地:加賀郡吉備中央町宮地445
由緒、御祭神共に不明
ワンコが一緒なので車参道を通って車まで

少し引き返し広域農道を右手にどんどん進んで行くとR484号へ、南へ進みR180号で帰宅

神社廻り-鏡野町方面

また、天気悪い日が続きそう、今日も思い切って出掛けることに、今回は鏡野町の未参詣神社を主に
R53号から津山手前の左手のR53号を進み、前方右にカーブしてR179号へ、右折して西へ進み右折して院庄IC方向へ、北へ進んで前方「香々美川」手前で右折し392号を北東方向へ進んで行き、前方右手『香々美小』先を右折して進み、前方を右折した左手に鳥居と階段(前に駐車場)-北側に車参道
大美彌神社
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鎮座地:苫田郡鏡野町香々美995
由緒:当社の創建は不詳であるが、上古香々美郷総産土神大宮大明神として、香々美藤屋に鎮座する。御祭神大宮能比賣神(天之宇受賣命)を奉祀する。和銅7年美作国総社設置以来文禄の頃まで本社等有名10社は、毎年9月9日に総社に参集し、国司の奉幣を受けた。承平元年社殿改築。天永2年社殿改築。天和元年洪水により社殿流失し、御神体も竹田まで流れ対人近寄れば青龍になったと伝える。氏子は御神体を迎え寺和田八幡に社殿造営する。寛延元年社殿改築。弘化3年社殿改築。
 明治6年社号を大美弥神社と改改称し、郷社に列する。明治41年志保滝神社・宗信神社・滝神社8社(いずれも寺和田)を本社に合祀する。大正2年香々美神社(香々美)・登々呂神社(公保田)・沖神社(沖)・徳守神社(沢田)・八幡神社(市場)・藤屋神社(香々美)・下山神社(沖)を本社に合祀し、香々美岡峪の現在地に移転、本殿・拝殿を造営する。大正3年籠殿・幣社・社務所・玉垣建設、荒神社数社(登々呂神社境内神社・徳守神社境内神社等)を合祀、社号を荒神社とし、稲荷神社(香々美神社境内神社)・稲荷神社(沖)・林神社(沖)・天津彦根神社(徳守神社境内神社)・金刀比羅神社(香々美)を合祀、社号を金刀比羅神社とし、夫々、本社境内社に移転し、境内神社とする。大正4年倉庫建設。大正7年忠魂碑建立。大正9年神輿奉迎。昭和10年籠殿改築。昭和31年本殿屋根亜鉛板葺替。昭和47年倉庫屋根葺替。昭和48年境内北側自動車道新設。昭和54年 獅子一対・猿田彦衣束一式購入。昭和58年本殿屋根銅板葺替、幣殿屋根瓦葺替及び床張替え、拝殿屋根瓦葺替及び床張替え。昭和61年神輿鍍金修理。昭和63年表参道新設及び拡張工事。平成元年9月 荒神社屋根銅板葺替。平成2年10月天皇即位奉祝記念行事として、琴刀比羅神社屋根銅板葺替、境内参道敷石工事を行う。平成4年7月手水舎新築。
御祭神:大宮能賣命

392号をどんどん進んで行くと、左にカーブする処の橋を渡り、中継塔の先へ進み、前方T字路を左手進んで行った先-手前に駐車スペース、境内へも乗り入れ可
香々美北神社(三穂二柱神社)
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鎮座地:苫田郡鏡野町真経102
由緒、御祭神共に不明
更に先の橋を渡ってもOKだが車は無理

少し進むと前方に75号、左手の75号北へ進み前方のY字路を右手(75号と違う方向、この75号は行き止まり)に進んで行った集落の中の左手に鳥居-半分民家の路肩へ車を停め
三宝荒神社
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鎮座地:苫田郡鏡野町百谷
由緒、御祭神共に不明
この75号が奥津方面へ繋がれば便利だが、使用頻度は?

先ほどのY字路まで引き返し今度は75号を右手に、どんどん進んで行くと道路脇の右手に鳥居と奥に神社
岩屋神社
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鎮座地:苫田郡鏡野町岩屋
由緒、御祭神共に不明

更に北方向へ進んで行くとその先に『香々美ダム』、更に先に『たたら記念館』、分かり難かったが手前の荒れた民家の隣
吉備津宝築神社(たたら記念館)
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鎮座地:苫田郡鏡野町越畑
由緒、御祭神共に不明

少し北へ進み、前方75号の先のY字路右手に進み橋を渡った先、神社横に駐車スペース
三鏡神社
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鎮座地:苫田郡鏡野町越畑775
由緒、御祭神共に不明
今日の神社巡りで一番桜とマッチしていた神社、ソメイヨシノとは違う品種が何種類か

先ほどの反対側の道を川沿いに北へ進んで行き、民家の外れ、これ以上進むのが嫌になる手前、道路脇下方にあり見落とし
金屋子神社
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鎮座地:苫田郡鏡野町越畑
由緒、御祭神共に不明

『たたら記念館』手前まで引き返し右折して奥津方向へ、曲りくねった道を登って行くが、二車線の非常に広い道だが対向車ほとんど無し、高低差はあるがのんびりと走るには最適!『奥津ゴルフ倶楽部』前を通り、北側からR179号へ、前方左手75号を進む予定だったが通り過ぎてしまう。せっかくの機会、何時もバイパスを通っているので久しぶりに奥津渓を通ることに、前方吉井川を渡った先を右折し、川沿い下って行き前方で再度R179号へ

前方左手に『奥津小』手前を左折して進んで行き、前方三叉路を左手に進んで行くと前方Y字路、此処に神社の案内表示-ここまでが75号-右手に進んで行くと前方に鳥居、手前に広い駐車場-距離はあるがここから歩いて参詣、この道を車で進むと神社横へ、此処に少しの駐車スペース
泉いわ神社(泉嵓神社)
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鎮座地:苫田郡鏡野町養野1107
由緒、御祭神共に不明
やはり奥津から75号で下った方が良かったかも?

引き返しR179号を南へ、奥津湖を通り、香々美川を渡った先の広域農道を右折して進み吉井川を越えた先、『めだか市場』の処右手の道を右にカーブしながら進み、前方突き当りを左手に進み、前方右手の坂を登って進むと直ぐ右手に、北側に駐車場
高山神社
03039page
鎮座地:苫田郡鏡野町高山721
由緒、御祭神共に不明

神社西側の道を北方向へ進んで行き、前方Y字路を左手に、少し進んだ先大きな倒木で道が塞がれている、除けて通ろうとも思ったが何かの警告の気がしないでもない、道は舗装されてなく不安なので中止、「檜山神社:苫田郡鏡野町高山948」此処へは経験者に尋ねるか歩いた方が、しかしながら距離はかなりある!

ちょっと早いが今日はここまで、339号で南西に進みR181号へ、久米郵便局で右折して159号を進み、前方でR429号、再度159号、70号、159号で「打穴中」でR53号へ、予想よりかなり早く 着きそうなので、以前からの懸案の神社へ、近くなのでいつでも行ける気がしていたのだが、備前焼の狛犬が盗難に、しかし犯人は捕まり盗難品も見つかったらしいので

R53号野々口でかつらぎ橋を渡り81号を進み
天神宮
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鎮座地:岡山市北区御津芳谷909
今回は狛犬に鎖を懸けていた
由緒、御祭神共に不明

実際に参詣して分かったが近くの別の神社(天神宮集会所)と勘違い、盗難前に既に参詣済、 
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