岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

2016年06月

神社巡り-総社から高梁へ

当然ながら梅雨の季節、残ってい居る神社は山の中が大部分、暫らくは天気が続かないと道路状況が不安で出掛ける気は起きないが、あまりさぼり過ぎると感も鈍るので思い切って出掛けることに-今後一週間程度は雨の日が続きそうなので!まずは総社市外れの未参詣神社から
R180号から総社の手前で右折してR429号で北へ、吉備線を越えた先左折して271号を、前方足守川を渡った先を右折して271号を北へ、左手に『日本サーモケミカル(株) 岡山工場』が見える先の道を左折して進み、前方の神社を目指す予定だが、距離も近く、ケーブルの工事用の車両が3台入って行ったので、今回は左折して直ぐの路肩に車停め歩いて参詣-近くまで車で可能だが停車場所に困るか?
荒神宮
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鎮座地:総社市東阿曽
由緒、御祭神共に不明

右折した処まで引き返し、今度は271号を西へ、前方の川を渡った直ぐ先を右折して川沿いに北へ、しばらく進んだ先、前方右手に公園と橋が見える手前を左折捨て北方向へ進んで行くと前方にY字路、左手が鬼ノ城、右手に進み次のY字路を左手に進んで行くと前方に、神社前のスペースに車を停め
荒神社
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鎮座地:総社市奥坂
由緒、御祭神共に不明

引き返し、来た川沿いの道でなくそのまま南へ進み『阿宗神社』の鳥居の横を
南へ(手前に石燈篭)そして、右折して271号を西へ、広目の道を進んで行くと少し南寄りだがR180号へ、-山王神社はまだ参道が分からないので延期

R180号を高梁方向へ、途中右折して306号を進み前方『富山分館』手前を左折して坂を登り、直ぐ左手の道をみちなりに進んで行く-ストリートビューが無いので覚悟はしていたが非常に狭い道、対向車に運よく出会わず広目の道を進んで行くと右手に『熊野神社』の参道らしい未舗装の道、更に先へ進んで行くと火の見櫓、此処の空地へ車を停め歩いてまず前方の神社へ、前方Y字路を左手に下り、直ぐ先右手に進んで行くと民家の先に-車では難しい
大蔵神社
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鎮座地:総社市種井
由緒、御祭神共に不明
かわいい神輿があったが使用されていないのか?

車まで引き返した処で地元の人に、熊野神社の確認、そして高梁への道を聞くが私の聞き間違い?、参詣後左手の道を進み非常に狭い道を一周して元の場所(熊野神社参道近く)へ-二度と通る必要も無いが狭く、道悪く、瓦礫、枯れ木等で危険
高間熊野神社
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鎮座地:総社市種井
由緒、御祭神共に不明

今度は右手の道を進んで行く、基本的に北西方向へ、かなりの間集落もなく道も狭い山道、集落手前で道が広くなりほっとし、進むと前方右カーブ、手前の路肩へ車を停め、右手の細い坂道を下って行った先に
熊野神社
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鎮座地:高梁市松山6570
由緒、御祭神共に不明
神社前まで車で行けそうであるが西から大きく回り込む感じ面倒

広い道を下って行くと途中紫陽花ロードといった感じの道、左にカーブした先にログハウス風の建物その隣の奥に
龍神社
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鎮座地:高梁市松山5945
由緒、御祭神共に不明

更に下って行くと前方にR484号右折して少し進むと前方に『大久保集会所』この附近に車を停め、少し先の左手の坂道を登って行き、三回大きくカーブした先の左手上に-近くで出会った人に参道を尋ねると案内してくれたが、神社の隣の民家の人、今年の祭り当番で、自分の家の庭先を通って案内、参道はカーブした処の畑と森の境の山道
日吉神社
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鎮座地:高梁市松山
由緒、御祭神共に不明

引き返すとR484号の反対側に神社
不明神社(金毘羅神社)
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鎮座地:高梁市松山
由緒、御祭神共に不明

R484号を高梁方面へ下って行くと、左手に駐車場(高梁市展望とバッテリーロケ地)、更に進むと前方にループ橋、橋の下に神社?、くるっと廻った先左折して進んで行き、手前に車を停め歩いていくが入り口に鍵が掛かっており入れない
松山不動明王
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鎮座地:高梁市上谷町
由緒、御祭神共に不明

更にカーブを繰り返しながら下って行くと右手奥に
不明神社
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鎮座地:高梁市上谷町
由緒、御祭神共に不明

非常に狭い道が多く、ストリートビューにも無いので不安であったが何とか予定通りに参詣、次は成羽川南側の山中を目指すが、此処も地図が詳しく無く不安だが思い切って出発進行!

R484号からR180号、そしてR313号を西へ進み、『しまむら』手前を左折して進み、成羽川を渡り、更に直進山中を目指し坂道を登って行く、前方にT字路、不安を覚えながらもどんどん進んで行くと、左手畑の中に石灯篭、そして前方にお寺、車を停めて付近を探訪したいが道幅が狭く、かなり手前のY字路付近に車を停め歩いて、結果としてお寺の隣に目的の神社-車でもう少し進んでいると神社前に、そして前に駐車スペースも
山神社
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鎮座地:高梁市玉川町下切256
由緒、御祭神共に不明

先ほどのT字路まで引き返し、今度は南方向へ進んで行くと右手に鳥居
山神社
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鎮座地:高梁市玉川町下切1728
由緒、御祭神共に不明

GoogleMapではこの先行き止まりだが、道幅はあるので進んで行くと、予想通り途中道は狭いが前方に道が、左折して進んで行くと前方右手に(株)ダイラボ、少し進んだ処で尋ねると『ダイラボ』の前の橋を渡り川沿いに登って行った先に倉庫、その先を鋭角に曲がって進んだ先とのこと、運転が下手なら歩いた方がいいと言われ、歩いて進んで行くと前方に窯が、ここで再度尋ねると、とても歩いて行ける距離でない、前方の山の上の、神社までは乗用車では難しいので先にある集落に車停めて行ったらとの事、不安に思いながら進んで行くと前方右手に鋭角の道、進んで行くと集落、手前に車を停め歩いて参詣、途中小さな滝の側に壊れかけた祠、かなり遠いが進んで行くと左手下る未舗装の道、途中が崩れて車では無理、更に進んで行った先、右側上側に祠、少し手前坂道を下った先に神社
不明祠
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鎮座地:高梁市玉川町下切
由緒、御祭神共に不明
三神社
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鎮座地:高梁市玉川町下切3137
由緒、御祭神共に不明
扁額には『六社八社宮』と記載-神社へ至る手前まで結構広い道、今回は梅雨時分のせいか湧き水で道路が濡れており歩いた方が良かったかもしれないが?
また、未確認だがこの道の先が『パルエッグセンター玉川農場』に繋がっている感じ、最初右手に進んで行けば簡単だったかもしれない

かなりの距離を歩いた(しかも登り)ので車まで帰るのにくたくた!、取り敢えず引き返し、東へ進み高梁川を渡りR18号へ、此処で帰るかどうか悩んでいた時、奥さんから電話、シンドイから寝てるとの事、この際だから残っている山中の神社を目指すことに

この近辺は以前にも来ているが、道が狭そうなので避けていたが今回、極力民家のある方向から目指すことに、R180号から水内橋を渡り進んで行き、右手に用水池らしきの処を右折して進んで行くと左手に神社らしきもの、前方Y字路を左手に進んだ先
不明神社
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鎮座地:総社市原
由緒、御祭神共に不明

直進して前方を左折して山道をしばらく進んで行くと前方にY字路左手に進み、その先T字路を左折して進み前方のY字路を右手坂道を登って進んで行くと前方に『大澤公会堂』更に進んで行くと前方右折した先左手に、石段は崩れて上がれず少し先に参道が-道は非常に狭い田舎道、早めに諦めるか歩く方が無難な道、
大沢山神社
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鎮座地:高梁市玉川町玉
由緒、御祭神共に不明

先ほどの公会堂先まで引き返し左折して山道を次の神社を目指して山道を進む-此処からは後悔の連続、元は舗装してあったかもしれないが、山土、枯葉等で道は覆われ、ふかし過ぎないように慎重に車を進めるが数回、やばいと感じるが何とか目的の神社横に、堂々と車を停め参詣
疫神宮
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鎮座地:総社市中尾
由緒、御祭神共に不明

やはり山中の神社は集落に来るを停めて歩くか、諦めるべき、神社先の三叉路を右手に取り集落の方向へ進んで行くがここも二度と通りたくない道、集落を過ぎて最初のY字路へ、後は一目散に来た道を引き返す、橋を渡ってR180号に出て何故か一安心、道は非常に空いているが、5時が近くなり、家の近くでの渋滞が不安-案の定予想的中、予想より30分程度の遅れで帰宅、奥さんは横になっていたが特にひどくはなさそうで一安心?

神社巡り-紫陽花に釣られ

ちょっと家のこと等でごたごたしていて出かけていない。最近のニュース等で取り上げられた福生寺(西法院)の紫陽花見物に、朝方から昼まで激しく雨は降っていたが雨が上がりしかも意外と涼しくワンコ同伴で
旧2号線を東へ、吉井川を越えた先をしばらく進み『大内』信号の先を左折し直ぐ左折、そして右折して北方向へ進んで行くと、射撃場、池の先に仁王門、更にその先に、左手に福生寺、そして右手に大きな駐車場、左手の坂道を登って行っても小さな駐車場が二つ、空いてなかったら引き返す必要があり、下から歩いて上った方がゆっくりと紫陽花鑑賞が!

何時だったか忘れたがかなり昔、結構狭い道で着いた後も山道を登って行った記憶があるが舗装され紫陽花の種類、数共、今ほどあった気がしない。

右手の車道を登って行くと途中に鳥居が、その先『圓光院』の南側に鳥居と祠
歓喜天(聖天)
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鎮座地:備前市大内999
由緒、御祭神のあらたまった記載なし

例によって深くは考えず、仏教の神も神?
鳥居もあることだし
 

神社巡り-玉野市の見落とし神社

梅雨の晴れ間を狙って近辺の未参詣神社を尋ねて!今後も時間を見つけて神社の確認と参詣を!最近調べた玉野市田井地区中心に!
久しぶりのコース、南へ進み十日市で40号へ、締切堤防を通って前方三叉路を右折して45号を進み、前方トンネルを抜けた直ぐ先、左手の釣具屋の先を左折して進むと前方に池、少し先の広目の処へ車を停め、池の北側から山道を進んで行くと前方に
荒神社
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鎮座地:玉野市田井4丁目
由緒、御祭神共に不明

池の南西の山の山頂に在ると思われる金刀比羅宮への参道を探して山の周辺を廻ってみるが参道はよく分からない、南側から登って行けそうな山道があるがとても通れる感じはしない、運よく帰り際に出会った人に尋ねるが、今は誰も参拝してなく参道は分からないとの事

元へ戻り、45号、左折して22号、直ぐに前方を74号を進んで行くと右手に丘と階段、(神社跡?)
玉井宮
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鎮座地:玉野市田井5丁目
由緒、御祭神共に不明

更に東に進み前方の前方の信号を右折して進んだ、前方交差点の右角
塩釜神社
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鎮座地:玉野市田井5丁目
由緒、御祭神共に不明

元へ引き返し、更に74号を進んだ右手漁協の隣
恵比須宮
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鎮座地:玉野市田井5丁目
由緒、御祭神共に不明

74号を進み、前方Y字路を左折して進んだ右手『野々浜会館』の前
恵比須宮(野々浜)
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鎮座地:玉野市田井5丁目
由緒、御祭神共に不明
奥の慈照院手前に『鳥居彌太之進社』があるようだが今回忘れた

前の道を西方向へ進んで行くと前方Y字路に『十禅寺』の案内、右手の坂道を登って行った前方Y字路、此処に車を停め、案内に従って山道を登って行くがかなり急な長い坂道
八重垣神社
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鎮座地:玉野市田井5丁目
由緒:不明
御祭神:素戔嗚尊

前の道を登って行くと、かなり長りくねっているが比較的広い道-間違えることはまずない-前方何かの作業所の先に標識と交点、この附近に車を停め歩いて右手の道を進んで行く、竹藪の中を結構進んで行き、途中の分岐点には標識に従い右手に
日吉神社
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鎮座地:玉野市田井5-2431
由緒:当社は、貞享4年(1687)害虫除けの神として近江の国日吉神社から御分霊を奉斎し、山王権現と称して崇敬された。幕末から大正の末まで各地の農民が参拝して繁栄した。現存する玉垣や燈篭に往時の面影をしのぶことができる。現在の本殿は文久3年、幣殿・拝殿は明治12年の建築である。明治2年日吉神社と改称した。
御祭神:大山咋命、大己貴命
途中の作業所で出会った人に『不気味な場所』と言われていたが、これまでも気にはしてない

麓まで引き返し、先ほどの『塩釜神社』方向への道を進み、福祉センター先の入り江沿いに右折して進み、前方道が左に曲がっている処に車を停め、その先の民家の裏を右折して進んで行くと右手に-民家の裏で非常に分かり難い
金刀比羅宮
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鎮座地:玉野市田井5丁目
由緒、御祭神共に不明

元の道へ引き返し南へ進み、前方『ケアセンアー』先のY字路を右折して進み、前方に車を停め、左折して進んだ先、民家の間の道を左折して進んだ左手に石段
建部神社と稲荷宮
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鎮座地:玉野市田井1丁目
由緒、御祭神共に不明

先ほどのY字路まで引き返し南へ進んで行くと左手に『先丁場公会堂』、近くに車を停め山方向へ進んで行くと、前方に山道と防護冊、冊を外して進んで行くと右手に
先丁場稲荷神社
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鎮座地:玉野市田井1丁目24−24
由緒:嘉永年間由加山より勸請、明治7年前堂を建立、先丁場部落の鎮守
御祭神:不明
参道は分かりやすいが結構離れている、急勾配を登る必要あり

公会堂前の道を南へ進んで行き前方で466号、右折して南へ進んで行き前方「日赤玉野分院」の処の信号を右折して進むと右手に
船越金比羅宮
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鎮座地:玉野市築港4-20
由緒、御祭神共に不明
ここも参道は分かりやすいが結構離れている、急勾配を登る必要あり、帰りに滑って転び、尾骶骨を打つ、痛いけど我慢して次へ

更に進み、前方交差点を右折して進み、前方道が狭くなる手前の路肩へ車停め、直ぐ先の左手に
廣田大明神
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鎮座地:玉野市築港4丁目
由緒、御祭神共に不明

少し先を右手に曲がって進んで行くと民家の裏側に山道、進んで行くと鳥居が、その先の道を右手に進んで行くと-結構しんどい道
大山稲荷大明神
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鎮座地:玉野市築港4丁目
由緒、御祭神共に不明

途中まで引き返すと分岐点の表示、この道を進んで行くと先ほどの別れた道の先に、少し進むと左手に
木里大明神
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鎮座地:玉野市築港4丁目
由緒、御祭神共に不明

車まで引き返し南へ進み、先の広い道を直進し入り江沿いの狭い道を進んで行くと、赤い橋の手前左手奥に
高辺の稲荷神社
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鎮座地:玉野市築港5丁目
由緒、御祭神共に不明

先ほどの広い道まで引き返し左折して線路を越えた先の信号を左折して進み、大きな通りの一つ前の信号を右折、直ぐ左折して直ぐの右手
最上位経王大菩薩
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鎮座地:玉野市築港1丁目12−20
由緒、御祭神共に不明

22号を北へ進み、前方『田井駅口』信号を左折して進み、線路を潜った先を右折して住宅地へ入り、適当な場所に車停め、民家の北側を目指す
秋葉宮(青葉大権現)
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鎮座地:玉野市田井2丁目29−3
由緒、御祭神共に不明
神社跡?

転んで打った尾骶骨がやはり痛い、久しぶりに早く帰宅することに、コースは朝の逆コース、近場は本当に楽、久しぶりに早く帰宅、しかし町内会の用事が待ち受けていた。

神社巡り-高梁・新見方面追加

歳をとったワンコ、足がうまく立たなくなり大変、食事はこれまで通り決まった時間にあげているので問題ないが、トイレと水、これが大変、泣き声だけ、当然区別は出来ない。本当に老老介護を考えると、憂鬱に陥るこの頃、あまり頻繁に出掛けると、遠距離しか神社巡りも残ってないせいで遅くなり、奥さんの機嫌も?
とは言っても確実に神社巡りは済ますつもり、今日は天気も久しぶりに良いので出掛けることに、高梁から新見に東側から攻めていく。
R180号から72号で、『国立少年自然の家入口』で左折して西方向へ進み、途中からR484号を進み、賀陽ICを過ぎた先で78号で北上、『巨瀬』からR313号で皿の北上、左折して再度78号で進んで行くと前方右手に『木村前集会所』すぐ先を右折して進んで行くと前方右手に太子堂?、この附近に車を停め、右折、北東方向の神社を目指す-鳥居の左手の道を進んだ処に駐車スペース、道幅もあり、十分車で可能
御嶽神社
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鎮座地:高梁市中井町津々1496
由緒:文化八年五月十二日備中国松山藩主板倉周防守源勝職公が時の里庄庄卯三郎直興に御神体を下賜せられ津々村の国土安寧五穀豊穣を祈らせられた。天保十二年八月現在の地に奉遷す。藩主より御普料三石五斗御下附ありたり。昭和十七年二月六日村社に列格三月二日神饌幣帛供進神社に指定される。昭和二十七年二十一日宗教法人御嶽神社として認定される。
御祭神:日本武命、他

78号を北へどんどん進んで行くと前方に50号、左折して50号を西へ進んで行くと前方を直進し78号進んで行き、前方右にカーブした先のT字路(新見市土橋氏名戸地区の標識)を右折して進み、前方のY字路を左手に進んで行くと右手に裏参道-左手にとると表参道だが車を置けそうにないので
八門神社
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鎮座地:新見市土橋1803
由緒、御祭神共に不明

先ほどの78号が右にカーブした処まで引き返し、右折して474号を進み前方太陽電池パネル設置している付近に車を停め、南方向へ歩いていくと前方右手に-車で可能、神社前は未舗装
高宮神社
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鎮座地:新見市足見
由緒、御祭神共に不明
余談だが神社の途中に『モリアオガエル』の泡に包れた卵が、自然にある実物は初めて

474号を進んで行き、前方Y字路を左手に(間違えて474号を外れる)進んで行き右にカーブして集落に入った右手奥、路肩に停車して
荒魂神社
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鎮座地:新見市足見
由緒、御祭神共に不明

先に進んで行くと交差点に『JA阿新足見(営)』、ここで確認すると親切に、南側右手の2本目の道を進んで行くと右手に-車で十分な道幅と空地
八幡神社
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鎮座地:新見市足見2645
由緒、御祭神共に不明
ここも途中に『ぐいびの実』が、最近ほとんど見ないが昔食べた記憶が懐かしく甦るが、勝手に取るわけにもいかない!

474号を進みR180号へ、この近辺の川は台地を削り取って流れているせいか、谷が深く、どうしても曲りくねって道が付いている。

R180号を南へ、井倉洞へ行く50号を入ればいいのだが左折禁止-直ぐ踏切が在るせいか-一旦南でUターン、今度は曲がりくねった道を登って行くと左手に『谷合上公会堂』此処に車を停め歩いて北側へ、前方に見えるが参道が?民家の北側から強引に進むが、民家の庭先を利用すると簡単に!
越山三宝荒神社
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鎮座地:新見市法曽
由緒:三宝荒神とは民間信仰の一つである荒神信仰を仏教や陰陽道にとりいれられたもので、修験者、盲僧、陰陽師の関与をうかがわせる神である。日蓮宗では十羅刹女とするほか歓喜天、不動明王の化身とする説もある。火とかまどの守り神としても広く信仰されている。一般に念怒相を示し、三面六臂の姿にあらわされる。(江戸仏像図典より)三宝は仏法僧なり
御祭神:特に記載なし

50号を更に進んで行き、前方Y字路を左手に旧道を進んで行くと鳥居と階段、手前の『草間公民館』に車を停め参詣
岩山神社
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鎮座地:新見市草間7389
由緒:当社は天文年間、第105代後奈良天皇時代で戦国の世、雲州富田の城主尼子春久の臣杉布恩入道当村川崎城の城主として居城した砌、社殿を建立し勧請したと伝える。 大己貴命を祭神として岩山宮と称した。明治42年村内無格社28社を合祀し同13年神饌幣帛料供進神社に指定される。
御祭神:大己貴命

今日は廻り忘れを重点的に廻る予定、コース的に問題があるかもしれないし、メインの道へ出るのに高低差があることを覚悟しなければならない。

R180号へ戻り、前回此処から50号を進んでいるので、今回はもっと南へ下り、『新見市法曽陶芸館』を目指す道を進むことに、広くないが予想より楽に進め、大栢川沿いに進んで行くと右手、公会堂の後ろに
不明神社(大栢公会堂)
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鎮座地:新見市法曽
由緒、御祭神共に不明

更に川沿いに進んで行くと前方に菖蒲園、その先正面に-南と西に参道在り
法高神社
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鎮座地:新見市法曽1259
由緒、御祭神共に不明

神社横の道をひたすら北上(広目の道を)、Y字路は左手に、その先西方向へ進んで行くと前回の『合祀神社』へ、前方の50号をまたまたひたすら西へ進んで行くと前方、50号は通行止め、右手の新しい広域農道を大きく二回カーブして進むと『萬歳小学校』の北側で33号に、左折して南へ戻り、小学校前を右折して50号を西へ、(天王・青木八幡神社の正確な位置は分からないが同じ方向、『金ぼたる』で有名な天王八幡神社は直ぐわかるだろうと思い進んで行く)『蚊家本村コミュニティハウス』先左手に
本山荒神社
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鎮座地:新見市哲多町蚊家
由緒、御祭神共に不明

50号を更に進んで行くと前方左手に409号と『金ぼたる』の案内、左折して進んで行くと前方三叉路、表示があるので左手に進んで行くと前方右手に鳥居、鳥居を潜り山道を進んでみるが殆ど道無し、諦めて先に進んだ処で出会った人に尋ねると昔の『天王八幡神社』への参道の鳥居との事なので先へ進む、前方三叉路を右手に進んで行くと二つの駐車場とその先に神社、蛍シーズンには境内へは乗り入れ不可のようである
天王八幡神社
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鎮座地:新見市哲多町蚊家1708
由緒:本神社の創建は承応2年である。天文8年8月に大山昨命を、同18年8月に譽田別尊を勧請した。素盞嗚命、稲田姫命は承応2年6月に勧請している。明治43年12月に山王八幡神社と無格社とを合祀した。疫隅神社と称していたが、大正6年9月に天王八幡神社と改称した。大正10年10月に神饌幣帛料供進神社に指定された。
御祭神:素盞嗚命、稻田姫命、譽田別命、大山咋命、大山祇命、建御名方尊、宗像三柱神、大年神、綿津見神、伊弉諾尊

少し引き返し、先ほどの三叉路を409号を進んで行くと左手山際に鳥居、前に川があり橋を探して少し先へ、橋を渡り先ほどの鳥居を目指すが手前に川があり進めない、鳥居前の橋を目指し草ぼうぼうの道を進み鳥居へ、その先は進める感じでないので諦める-後で分かったが多分この鳥居は『天王八幡神社』の昔の参道、探していた青木八幡神社:新見市哲多町蚊家2301はまだ先の左手の集落か?毎度のことながらのんびりと考える余裕がないのか

50号まで引き返し、50号を北東へ進み、前方Y字路を右手に進んで行くと前方右手に狭そうな山道、進んで行くと左手に鳥居、手前の路肩へ車を停め歩いて参詣-最初GoogleMapに道が記載されてなく、左手に進み引き返す
命山惣三神社
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鎮座地:新見市哲多町蚊家3942-4
由緒、御祭神共に不明

先ほどの三叉路まで引き返し、間違えた道を進んで行き、葡萄の手入れをしていた地元の人に聞くと前方右手に神社が、他には覚えがないとの事、取り敢えず進んで行くと右手入った処に集会所、此処に車を停めすぐ先右奥に-HPの写真と違うが他にも見られたことなので?-氏子の地域は哲多町老栄大谷で合致している
皇子神社
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鎮座地:新見市哲多町老栄317
由緒、御祭神共に不明

今回は移動に多く時間を取られ参詣神社数は少ないがこんなものか?まだ北にあると思われる山神社:新見市哲多町大野728を探そうとも思うが時間的に遅く、多分山中の小さな神社、ある程度地元に精通した人に出会わないと無理と思い、帰宅することに、色々なコースが考えられるが50号、33号、R313号、R180号を経て帰宅6時過ぎに市内近郊へ、金曜日のせいか非常に混んでいた。

神社巡り-新見市西方面

前回の続き、R180号、R182号と無難に行くつもりだったが芸が無いので新見市役所手前で8号へ、途中から8号がなくなり広目の道を選んで進むが非常に分かり難い、一度広い道を進み反対方向へ(矢崎部品新見工場)、カーナビで備中神代駅を入力し、目指すがとんでもない山道、対向車もなく無事で着くことができたが、普通に182号を進んだ方がずっと楽だった感じ、途中神社も見当たらないし、駅の先を左折して進んで行くと前回分からなかった神社を探す、運よく地元の人に出会う。尋ねるとこの付近にある『荒神社』は一つだけ写真が違うとの事、場所としては交番の向かいにある太子堂の横の道を高速の方向に進んだ処、線路等があり直進は出来ないが少し北側に廻り込んで行ける-近くの人に確認
荒神社
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鎮座地:新見市神郷下神代4067
由緒、御祭神共に不明

この神社も前回分からなかったが先ほどの人に聞いていたので安心して、交番横の道を東の山方向へ、前方民家の先、橋を渡った辺りに車を停め、山道を進んで行き、少し先左手にある道を進むと神社-車高の高い車ならOK、教えられた通り
熊野神社
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鎮座地:新見市神郷下神代3378
由緒、御祭神共に不明

R182号を更に南へ進んだ『坂根』駅のかなり先でV字にR182号がカーブした先のT字路を右折して進み、曲がりくねって進んだ左手に未舗装の道と空地、此処に車を停め歩き、前方を右折、その先は坂道を進み右にカーブして登って行った先-道は半舗装、途中から未舗装で水切り用の溝を切っており、いずれにしても歩いた方が無難、材木運搬用の道がつけられており注意が必要
大仙神社
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鎮座地:新見市哲西町上神代
由緒、御祭神共に不明

R182号へ戻り、更に進んで行き、前方『市岡』駅を過ぎた少し先、小さな橋を渡った先を右折して進んで行くと左手に鳥居、左折して神社前まで進む-何か通行量の多い道なので
綱ノ牛王神社
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鎮座地:新見市哲西町上神代
綱ノ牛王神社の蛇形祭りの起源:この左の谷の上流虫原峠の近くに蛇原というところがある。そこに大蛇が居て人畜に害を加えるので、日尾山九品寺(宮ノ尾)の名僧が神仏の加護によって祈り殺そうと決心し、四十九日の断食をしてツバキの逆杭を蛇原一帯に打ち込み祈祷を続けたところ、大蛇も法力には耐えられずここまでのたうちまわりながら出て死んだという。ところが、その後この谷の水に毒気が出たのか人畜が死んだり病気したので遠照山日長寺の開祖覆厳大和尚がここに大綱を掛け蛇形をあらわし大蛇の霊を祭ったのが始まりだという。この時が弘安五年(一二八二)であると日長寺の古文書に載っている。それ以来この附近のものが牛の神様として毎年祭りを続けて来たのであるが、最近では十二月の第一日曜日を例祭日と定め、綱打ち当屋は申し合わせのうえ輪番で行っている

R182号へ戻り、更に少し進んで行くと右手に八幡神社の案内、一瞬考えたが路肩に車を停め歩いて参詣、当然ながら芸備線、中国自動車道と越えた先なので結構な距離、後で思ったが左右どちらかからか車で行った方が楽だった(左手の参道は少し狭く、右側の参道は距離があるが広そう)
八幡神社(日尾山上神代八幡神社)
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鎮座地:新見市哲西町上神代4006
由緒:当社は第66代一条天皇の御代、長保年間中国地方に兇徒蜂起し擾乱を極めた。中でも金倉源吾を首長とする一党は、その猛威四隣を圧し、朝威を恐れなかったので名越常陸守に討伐を命ぜられ、直ちに常陸守手勢を引具して討手に向った。これに先立って山城国男山八幡宮に詣で「某苟くも弓馬の家に生れ、今度朝命を受けしも苦戦は免れず、伏して願わくば神威を藉り彼に勝つ事を一時に決せしめ給え、神力の冥助により彼の兇賊を討ち従える事が叶わば、必ず御神霊を分ち奉りて我国に移斎し、子孫に伝え崇敬し奉る」と祈願した。即ち上箭(矢)を祓って、御室に奉献し、直ちに中国に下った。戦いは数度に及び神力が味方を守護し、遂に賊徒を平定、首長以下数十名を擒にして、京に上り、その功は最も大なるものと賞辞を賜り、油野八幡原の地に勧請した。その後、第95代後醍醐天皇の御代、正中元年甲子年、開拓の始祖神を祀るこの宮の尾を神域となして遷座し、爾後日尾山八幡神社と尊称した。旧哲多郡上神代村、下神代村、油野村は、第93代後伏見帝正安年間に上、下神代村に分かれ、更に元禄年間に下神代と油野を分ち、三村の一宮となった。当八幡宮は、その大氏神として尊崇篤く、その神威は近郷に及んだ。明治12年村社に列格した。大正2年、勅令に基づき県令をもって、神饌幣帛料供進神社に指定された。
御祭神:譽田別命、神功皇后、多紀理毘賣命

R182号を更に進んで行き、『矢神』駅を過ぎた先左手に『新見市消防所哲西分署』そのすぐ先を左折して進んだ突き当りの左手奥に石段
武内神社
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鎮座地:新見市哲西町矢田2409
由緒、御祭神共に不明

神社前の道を少し北へ進んだ右手
獅子山八幡宮
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鎮座地:新見市哲西町矢田2368
由緒:当社は正治元年2月8日に難波市左衛門宗成と、岩井甚左衛門盛次が、伊勢国朝熊滝八幡宮から御分霊を勧請し、矢田福生庄に一時祀ったが、同地が狭隘なので、建暦元年8月2日に現在地に社殿を造営し、奉遷したと伝えられる。古くは矢田村、田渕村、南北村、仲間村の氏神であったと伝えられる。現在は哲西町大字矢田の氏神である。 
御祭神:譽田別命、神功皇后、玉依姫命

R182号を進み、前方50号と反対側右折して進み、次を右折した左手、駐在所の隣の空地へ車を停め、自動車道方向から神社を目指すが、車でも行ける道だったが、それよりもう少し北へ進んだところが表参道(駐車スペース有)
皇大神社
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鎮座地:新見市哲西町畑木1025
由緒、御祭神共に不明

R182号を進み、前方高速手前を左折して進んで行った前方右手(手前の道がカーブしているので最初からは見えない)
艮神社
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鎮座地:新見市哲西町大竹1188
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し左手のT字路を左折して進み、前方を左折して進んだ先右手山道の先(路肩へ車停め、参詣-未舗装で道幅はあるが車ではしんどい)
金精明神
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鎮座地:新見市哲西町大竹802
由緒、御祭神共に不明
こう言う信仰は結構多いのか?

R182号に戻り50号を進むのは芸がなく、神社前の道を東方向、前方の山を越えて50号へ出る道は通行止め、北側から廻り込んで『野馳小学校』へ、50号を越えて小学校前に進むと、角に祠
町恵比寿
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鎮座地:新見市哲西町八鳥
由緒:八鳥町区に上恵比須、下恵比寿と二つのほこらがある町恵比寿としてまつったものであるといわれている。鎌倉時代に西山城の城下町として栄え、また江戸時代には宿場の役目を果たしていたところである。恵比寿は福の神で、』商売繁盛を祈ったものろ思われる。
御祭神:恵比寿

学校前の道を少し北へ進んだ右手奥
疫清神社
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鎮座地:新見市哲西町八鳥593
由緒:本神社の創建は文安元年である。承安の頃に牛頭天王を祀っていた。明治42年に村社に列した。 大正3年に倒木によって社殿が破損したので、本殿外を再建した。
御祭神:素盞嗚命

南へ進み50号へ、進んで行くと右手に
不明祠
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鎮座地:新見市哲西町大野部
由緒、御祭神共に不明
太子堂、石碑が並列しているが、石碑は読めず、これまでも読めない石碑は多く何か方法を考える必要があるか

すぐ先を右折して108号を下って進んで行くと前方左手に、『下野部集会所』横に車を停め参詣(横にあるもう一つの鳥居には『八幡神社』が掲げられている?)
春日神社
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鎮座地:新見市哲西町大野部3684
由緒、御祭神共に不明

神社横の道を北東方向へ進み前方を右折して(春日神社へ行く途中の三叉路に案内のあった左手の道)進んで行くと案内表示
育霊神社(出雲大社野馳教会)
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鎮座地:新見市哲西町大野部3959
由緒、御祭神共に不明 
奥の院が山中にあるようだが誰にも会えず聞けなかったので行かなかった、最も『丑の刻参り』はどうでもいいせいもあるが

106号を引き返し、50号へ出る手前を右折した処の奥
不明祠
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鎮座地:新見市哲西町大野部
由緒、御祭神共に不明

前の道を進んで行くと前方に313号右折して進んで行くと右手に
八幡神社
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鎮座地:新見市哲西町大野部1800
由緒、御祭神共に不明

50号まで引き返し50号を東へ進んで行くと左手民家の後ろ-見落としやすい、『鯉が窪湿原』の標識の少し先-私も見落として行き過ぎる
摩利支天神社
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鎮座地:新見市哲西町大野部
由緒、御祭神共に不明

先ほど通り越したので慎重にのんびりと50号を進み、前方左手に157号と『荒戸山』登山道の標識のある間の道を進んで行くと右手に鳥居、反対側へ車停め歩いて参詣へ-鳥居を三つ見れたのは良いが、通ってきた道の先が神社とは思い出さずひたすら歩く、勾配はあまりないのでしんどくはなかったが!
荒戸神社
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鎮座地:新見市哲多町田渕917
由緒:創建は、正中元年(1324)荒戸山山頂に建立されたが、嘉吉2年火災により焼失したため、文安元年(1444)現在地に再建された。
御祭神:大錦積命、天照大神、他に16神

山道をぐるっと廻って神社へ行っても無駄なので引き返し、50号を東へ進み、前方157号を左折して進み、前方Y字路を左手に取り北へ進んで行くと右手に、行き過ぎたので北側から入り、鳥居近くに車を停め歩いて参詣-車参道は車が道を塞いでいた。
綿津見神社
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鎮座地:新見市哲多町大野1327
由緒、御祭神共に不明

疲れてきたか、『山神社』の位置が分かってないので帰ろうとするが途中で大体の位置が分かっている神社が二つ残っているのを思い出し、慌てて引き返す

神社先を北へ進んで行き、右にカーブして坂道を登りきり少し下った左手奥に、路肩に車を停め歩いて
楢ノ木山八幡神社
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鎮座地:新見市哲多町大野1967
由緒、御祭神共に不明

元の道へ引き返し途中にあった集落へ立ち寄る
中野山八幡神社
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鎮座地:新見市哲多町大野1698
由緒、御祭神共に不明

遅くなったのでまだ神社は残っているが帰宅することに、カーナビを利用してコースをチェックすると新見の南からR180号で帰宅指示、先ほどの神社から北へ出て441号を進むべきだったか?-道の広さは分からないが付近を走った感じなら問題ないか!
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