岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

2016年10月

神社巡り-出雲ポケモン巡り?

以前からの女房の計画?日本画は好きでないらしいが庭園は一度見ておきたいとの事、私も何十年前の事か?
女房と一緒だと朝が遅い、女房の主目的はポケモン、私は鄙びた神社を巡りたいが相反する目的!
山陽自動車道、岡山自動車道、中国自動車道、米子自動車道、米子JCTから山陰道を、安来ICから県道334号、45号を進み、足立美術館手前の大きな駐車場へ。うまく建物近くの影に車を停めれたので、ワンコを車に残し美術館へ、やはりワンの事が気になるの私は先に館内をざっと廻るが分館で院展を行っていたの見て廻ると結構遅くなる。

美術館への途中に神社が結構在りそうだが自動車道を下りて45号を進んで直ぐの左手にあった神社へ
賀茂神社
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鎮座地:島根県安来市安来町541
由緒:糺神社とともに京都より上賀茂神社の祭神を迎え、当初は一神社として祀られてたが、約五百年前より二か所に分けて祀られるように。(安来市誌)
御祭神:別雷神、神日本磐余彦命

南に尼子氏の拠点月山富田城跡があり行ってみたいが女房と一緒でまず無理、当初予定の松江城を目指す。45号から180号で北へ進み前方山陰道、ここに荒島八幡宮:島根県安来市荒島町1187があるが左折して松江方向へ、松江JCTで降りて北方向へ、前方左折して線路沿いにR9号を進み、前方右折して21号を北へ進み橋を渡り前方総合体育館前信号を左折して260号を進むと城の堀へ、此処にあった駐車場は入れず、前方左手の臨時駐車場へ入れる。(島根県庁の駐車場)

そこそこな神社だが、国宝指定の天守閣直ぐ近くだと少し?
松江神社
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鎮座地:島根県松江市殿町1
由緒:松江神社は、1877年(明治10年)に、旧松江藩の有志により、西川津村(現松江市西川津町)楽山に松平直政を御祭神とする楽山神社として創建された。1628年(寛永5年)、堀尾忠晴が朝酌村(現・松江市西尾町)に創建した東照宮の御神霊を1898年(明治31年)、合祀し、翌年の1899年(明治32年)に、現在地の松江城山二之丸に遷座して、神社を松江神社と改めた。1931年(昭和6年)に、松江藩中興の明主として仰がれた七代藩主松平治郷と、松江開府の祖堀尾吉晴の遺徳を称えて御神霊を配祀し、今日に至っている。
御祭神:松平直政(松江松平家初代藩主)、松平治郷(松平家七代藩主)、堀尾吉晴(松江開府の祖)、徳川家康(東照宮)
同じ城跡にある松江護国神社:島根県松江市殿町1-15と近くの城山稲荷神社: 島根県松江市殿町477には行きたいが女房が五月蠅く、更にワンコがぐずりだしたので、諦めて女房が若かりし頃一人で行った縁結びの神社へ行くことに!多分八重垣神社ではないかと思い出したよう、御利益は?

島根県庁の駐車場に停めたので右折して南へ進み前方37号を、前方左折してR9号を東へ、前方右折してR432号で南へ、前方右手に取り246号を進み自動車道を潜り、運動公園脇を南へ進んだ右手、手前のバス停に駐車したが、南側に広い駐車場有り(カーナビ使用)
八重垣神社
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鎮座地:島根県松江市佐草町227
由緒:当地は素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した時、稲田姫命を佐久佐女の森(現境内、奥の院、鏡の池がある森。小泉八雲は神秘の森と称している)の大杉を中心に八重垣を造って稲田姫命を隠された避難地の中心とも言われている。 八岐大蛇を退治された後、須賀の里よりさらに稲田姫命の避難地であった当地にも宮造りされ、「八雲立つ 出雲八重垣 妻込みに 八重垣造る その八重垣を」との御歌の八重垣をとって八重垣の宮とされ、此処で御夫婦生活を始められた所であり、我が国の縁結びの大祖神、家庭和楽、子孫繁栄の大神、和歌の祖神とし、また一面災難除け、国家鎮護の守護神として、第六十四代円融天皇の御代には全国に三十の社を選定され三十番神と称して崇敬された。 御神階も四回昇叙の社は出雲では当社を含め三社しかなく、他に類例のない格別の社で、白河天皇承暦四年六月社司に中祓の儀を命ぜられるなど、朝廷の御祟敬社で、爾来出雲国司代々神領を寄進され、社頭の宏大、結構、近郷に比類なしと当時の古書「懐橘談」にも記されている。 また、松平藩主名残りの参拝社でもあり、分霊を東京麻布の別邸に奉斎されるなど、藩主、武将などの崇敬も集めた御社である。昭和五十六年には神社本庁に許可され別表神社に社格をあげ、平成十五年には遷宮を斎行し本殿の屋根替えをはじめ各種建物の新改築および境内整備をし、全国から参拝される崇敬者、観光者の方々も年毎に増えている。
御祭神:素盞嗚尊、稲田姫命

何故か今回年寄りの夜間運転は危ない?、五月蠅いくらい言われ、早めに出発して帰宅することに、しかし着く頃には暗くなっているので一人ならもっと出雲に留まっていた? 

神社巡り-播磨・上郡から相生へ

本来は昨日が天気が良く出かけるのに好条件!、しかし続けて出掛けるのは歳のせいかシンドイので一日休み、そして天気は好くないが今週全体的に天気が不安定そうなので思い切って出掛ける。
本来なら県北から因幡、倉吉方面に行きたいが地震が不安なのでしばらくお預けして、前回の続きで播磨の国へ!R2号をひたすら進み、前方左折してR373号で北へ!前方R373号が左へ少しカーブする処(橋)を直進し450号へ、線路を越えた先前方の『西光寺』付近に車を停め、前を右折して坂道を登って行くと右手奥に、右折して未舗装の道を進み、防護柵を開けて進んだ先に
天満須賀神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町釜島555-2
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:菅原道真

車を取りに引き返し、右折して先ほど歩いた道を登って行き、更に先へ進んで行くと正面右手に
山王堂
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町正福寺260
由緒、御祭神共に不明
お堂ではあるが一応参考に

前の道を進み突き当りを左折して進んだ突き当り右手に
須賀神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町正福寺52-18
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

左手の道を進んで行くと集落の中を通って『西光寺』裏で450号へ、右折して進んで行き前方Y字路を左手に進み、前方左手のT字路を左折して左手の山を目指し、前方線路の手前を右手に進んで行くと右手に、前の空地に車を停め参詣
須賀神社(八幡神社)
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町與井新的淵199-1
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命
詳細は不明だが八幡神社が合祀されている

前の道を更に進んで行くと前方に以前散々迷った八幡神社:赤穂郡上郡町與井643の石燈籠、右折してみちなりに進んで行くと前方に450号、左折して進んで行くと前方に5号、右折して5号を少し進んで左折して450号に、曲りくねった山道を進んで行くと前方右手にしだれ桜、手前の路肩に車を停め、前方右手の山道を登って行き、前方左折して進んで行くと鳥居、その先を下って行くと前方に
須賀神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町小野豆180-19
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命
さすが平家落人の郷、曲がりくねった山道不安に感じたが意外と広い道で楽勝、この附近歩けば何かと面白そうだが年を考えると無理?

引き返し、平地へ降りた先、前方左折して進むと前方に5号、左折して進み、右手に先日溝へ脱輪した日吉神社見ながら坂道を登り下って行ったトンネルを抜けた先、左折して449号を北へ進んで行くと左手に石燈籠と奥に
宇麻志神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町小河1103
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:宇麻志阿斯訶備比古遲神
今回449号の路肩へ車を停めたが、神社前に空地あり

5号まで引き返し、449号を南へ進んで行くと左手に集会所のような『矢野西地区農業集落排水処理施設』その奥に、神社前には『上土井集会所』
須賀神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町上土井315
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

5号まで引き返し、東へ進み前方『真広』の信号を左折して44号を進み、前方Y字路を左手に、前方矢野小前を左折して進み川を渡った先を右折して進んだ左手に鳥居と奥に神社、菅谷公民館北側の空地に来るを停め
八幡神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町菅谷275-2
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:大鷦鷯命、仲哀天皇、応神天皇、神功皇后
南の方に『山王神社』の鳥居があるがよく分からない?
今回のルートより5号を進み前方川の手前を左折して進み、前方の橋の処を左折して進むと前方に『山王神社』の鳥居、手前を右折して進んだ先!

引き返し44号へ、北へ進んで行くと矢野小の東側に、路肩へ車を停めて今回歩いたが神社前でUターンは可能だが少ししんどいか?
天満神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町上544
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:菅原道真

44号を北へ進んで行き、前方橋を渡った先を左折して曲りくねって進んで行き、前方突き当りを左折右折して進んだ先に鳥居、鳥居を潜った先、左手に駐車スペース-道路側はチェーン
八柱神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町瓜生571-17
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:国狹槌命

44号を更に進んで行き矢野川を二回渡った右手に、県道に車停めY字路を右手川沿いに進み歩いて参詣したが車でも可能
磐座神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町森352
由緒:紀州熊野神社と同体にして古書には石蔵明神、近世は岩倉権現といい1000年以上前に創立せし延喜式外の古社なり。社側に大岩あり。座光石又は降座石という。初め神、此の石上に鎮座せしを小林佐渡守藤原重保(享保年間の人)の祖現在地に遷座し、明治7年(1874)2月郷社に列せらる。
御祭神:磐座神、倉稲魂命、秦河勝、伊弉冊命、事解男神、速玉男神、大国主命

更に44号を北へ進んで行くと右手山際に神社、右手の橋を渡って進み、集落で右手にカーブして神社方向へ、一寸Uターンはしんどい?
八幡神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町能下111
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:品陀和気命

44号を引き返し、矢野川手前の左手の道を進んで行くと左手に、左折して車でも行けそうだが念のため歩いて参詣-まあ車でも可能か!
伊垣神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町中野99
由緒:不明
御祭神:倉稲魂命、火産霊神、徳力季隆命

神社前の道を進み、前方左にカーブして進んで行くと右手に、路肩に車を停め裏側から
金峯神社(金峰神社)
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町榊431-2
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:広国押武日命、菅原道真

先程のカーブした処まで引き返し、左折して東方向へ進み、直ぐ先のY字路を行は左に、帰りは右手に-結果だが右手の川沿いの道が良かったが、自動車道を潜って進んだ先で合流、川に沿って北へ進んだ処へ車を停め歩いて北側の神社を目指す-防護柵があるが手前近くまでは未幅が広く車で可能
八柱神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町釜出473
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:国狹槌命

先程の処まで引き返し、橋を渡って左折して直ぐ先を左折してみちなりに進んで行くと右手山の途中へ、広目の路肩へ車を停め歩いて参詣-神社前に車用の空地があるが下側に車を停めた方が無難
火魂神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町金坂196-2
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:火産霊命、石倉大神、誉田別命、春日大明神、天照皇大神

44号まで引き返し、南へ進み5号まで進み、左折して5号を東へ、二木公民館先の左手道を下り前方を右折して進んで行くと左手に鳥居、直ぐ先を右折した空地に車を停め、鳥居を潜り、前方左折して進んだ先-この附近に車を停められたし、更に進むことも可能
二木八幡宮神社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町二木533
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:品陀和気命

5号まで南へ進んで行き右折して5号を西へ走り前方左折して44号を進んで行くと左手に、車止めが有り通行不可、路肩へ車を停め
真広大神宮社
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鎮座地:兵庫県相生市矢野町真広280
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:天照皇大神

先日を思い出しながら44号を南へ進んで行くと前方にR2号左折して進みよくわからないので南側から団地を突っ切るコースを選択、R2号が出会う処で側道を走り、前方信号を左折して坂道を登って行くと団地を過ぎた先に鳥居と公園、公園の駐車場に車を停め、階段を登り、自動車道を越えて参詣-前の道を進んで行くと神社の横手に出れそうだが未確認
陸天満宮
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鎮座地:兵庫県相生市陸
由緒、御祭神共に不明
実際は早く曲がり過ぎ団地の中をウロチョロする-無駄、また、詳しくは調べてないが天神社:兵庫県相生市菅原町929が見当たらないので、山陽新幹線敷設により、山側である現在の場所に遷座されたのでは?

時間も遅くなったので素直にR2号を帰ればいいのだが、街中の一級国道は効果で出れ難い、R2号南の神社を巡りながら帰ろうと思い、一旦南へ進んでから西へと思い進んで行ったが山に邪魔をされ南へ南へと赤穂経由で帰ることになり広目の道を北へ進んでR2号へ出ることにする!

団地を南へ戻り前方のR2号、線路を潜り駅の南側へ、南へ進み前方右折して南西へ進み税務署の先、小さな『光飯店』前に車を停め、北側の狭い道を歩いて先にある神社を目指す-廻り込めば車でも可能だが停めるのが難しそう
那波荒神社
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鎮座地:兵庫県相生市那波本町4-30
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞嗚尊

何とか北へ抜ける道に出たいが中々出会わない、更に進んで行くと相生湾に至る川の処で250号に、橋を渡らず川沿いに進んで行くとやっと北へ行ける道に、少し進むと右手に神社、引き返し、南側から神社へ、神社の前に空地があるが私的な駐車場、無断で停めて参詣
八幡神社
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鎮座地:兵庫県相生市佐方1-3-8
由緒:伝えいう等佐方は往昔板谷村と称し(板谷千軒の名残れり)村民漁を以て主なる生業となす。年代不詳なるも漁夫佐兵なるものあり、遠く播磨灘に出漁し会々暴風雨吹き起り波浪高く急ぎ帰らんとして遙か前方に浪の静かなる場所あり、奇異に感じて其の区域に至りし処朽ちたる木片の漂流せるあり。即ち之れ同神の冥助と喜び之を奉戴して事なく帰着せり。漁民之を伝承して同社に礼参の上、其の分霊を勧請し之を同村宮の谷に奉祀して氏神となす。爾来、歳月流れて幾星霜海浜は谷川(眞谷川)下流の土砂により遠浅となり漁舟を入るるに不便なると共に生業一変して漸次農を営むに至れり。村勢一入に衰頽せり。茲に於て海岸に新開を作り耕地を作る為、人家を眞谷川の左岸に移し地名を佐方(人左方に移る)と改称す。降って慶安4年(1651)社殿を那波との村境に遷宮奉祀(往時の弊風として村界を争うこと多かりし為、遷宮すという)す。明治14年(1881)7月村社に列せらる。
御祭神:応神天皇

前の道を東へ進んで橋を渡り、前方の信号を右折して団地を通り北へ進み、途中左手坂道の先に鳥居が見えるが雨が降り暗くなったので、北へ進んで行きやっとR2号へ、後はこれまで通り帰宅、少し遅くなったせいか若干渋滞?

神社巡り-播磨上郡残

最近、ワンコと奥さんの機嫌が良くない!天気も良くないのも含め出歩いていない?
ワンコの機嫌で朝が遅くなったので時間があまりかからない?上郡方面の積み残し神社巡りへ!
R2号で県境を潜り(船坂峠)前方左折して5号へ、前方左折して山陽本線沿いに北方向へ進んで行くと左手線路の辺りに幟が、2車線の広い道の路肩に車を停め歩いて参詣-前方右に少しカーブして北へ進んだ右手に橋がある処-西へ進み前方を左折、次を右折して少し進んだ左手の民家の間に鳥居、その先に線路と防護柵、本線なので列車に注意してその先の柵を開けて参詣-かなり距離はあるが南側に未舗装の車参道が?
天満神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町栗原1135-2
由緒:天正5年(1577)羽柴秀吉中国征伐の際、当国上月城を攻めんとして赤穂郡安室荘栗原村に陣を取り戦捷祈念の為、創立せし神社にして祭祀料を寄せ祀典を整えたり。明暦2年(1656)社殿を造営し、明治7年(1874)2月村社に列せらる。
御祭神:菅原道真

元の道を北へ進んで行くと右手に
淡島神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町栗原
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行き前方左にカーブして線路を潜った先の正面に
須賀神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町別名字中之田208-2
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞嗚命

前方へ進んで行くと385号、右折して少し進み、前方左折して90号へ、直ぐ先を左折してしばらく進んで行くと右手に
八保神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町八保乙809
由緒:創祀年代不詳。嘉永年間(1848年~1854)の火災によって、古記録などは焼失。鎮座地は岡村と呼ばれていたため、通称は岡の宮。八穂社とも赤穂八穂社とも記述される。『赤穂郡誌』によると、祭事に際し、八束の稲穂を供する故に八穂神社と称するようになった。また、梵天が播磨に天降ったという本地垂迹説があり、梵天宮とも呼ばれていた。主祭神は、豊受姫命で稲作の神。社地に関して、元禄年間(1688年~1703)に山上に移し、昔の社地は田地としたという記録がある。合祀の神々は明治になって合祀された。 
お米の神様であることから、夏と秋には特別なお供えを作る。ごはんを円筒形に型抜き(これを「おもそう」という)し、茄子の賽の目切りと洗ったばかりのお米(これを「水こめ」といいお盆にお墓にも供える)を小さな三方に桧の葉の上にお箸と共にお供えする(秋には稲穂も一本)、夏には30、秋には100作る。
御祭神:豊受姫神、素盞嗚命、誉田別命

少し引き返し、前方右手のT字路を右折して進んで行くと385号へ出る手前に石燈篭、左折して385号を進んで行くと右手に鳥居
高山神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町高山1313-6
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞嗚命、事代主命、伊邪那岐命、猿田彦神

385号を更に進んで行き、左道路下にある『行頭公民館』の白い建物を過ぎた更に先左手に
須賀神社
678-1255page
鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町行頭745-16
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞嗚命、若宮神

385号を引き返し、前方右折して90号を進み前方右折して線路を潜り山際に進んだ右手
祝神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町船坂1056-18
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:経津主命、品陀別命、素盞嗚命、伊邪那岐命

神社前の道を右手に進み、前方左手のT字路を左折して進み山陽本線を越えて進んで行くと前方に90号、右折して90号を進んで行き、上郡手前で左折して進んで行くと451号と合流する手前の左手、路肩に車を停め(途中を右折するとR373号へ繋がる道)
井上須賀神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町井上354-4
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:須佐之男命

前方の451号を北西へ進み、千種川から離れて進んだ子育て学習センターの北-近くに大鳥圭介の生家が
大避神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町岩木乙610-1
由緒:延宝8年(1680)8月の創立にして文久元年(1861)社殿を再建し、明治7年(1874)2月村社に列せらる。同12年(1879)又社殿を再建せり。
御祭神:大避大神、天葺根命、素盞嗚尊、神倭伊和禮彦命、誉田別命

451号を引き返し、前方智頭線の高架の手前を左折して、千種川沿いに進んで行き、前方再度智頭線を潜り進んで行き、再び前方で智頭線を潜った先に鳥居、左折して進んだ先に
苔縄須賀神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町苔縄755
由緒:元弘2年(1332)赤松則村同則祐父子護良親王の令旨を奉じて苔縄城に拠りし時創立せし神社にして義房に至り社地を寄せ社殿を改造し益々規模を拡大す。然るに永禄6年(1563)尼子義久火を放ちしかば村民之を憂い危険を排して霊代を擁し去り後ち時の城主に頼りて小祠を再建して霊代を鎮座し奉る。天正8年(1580)赤松則房社殿を改造して以後城主の崇敬深し。然るに城主兵衛佐斎村慶長年間(1596~1615)因州鳥取にて自殺して苔縄城廃頽せしかば神社維持の道を失い僅かに村民の努力により荒廃を免れる。正徳元年(1711)に有馬則維の女久我内府の代香として苔縄村法雲寺に参詣し祭資を当社に寄せ祀奠を挙げ改造を加え以て尊厳を維時したり。後ち安永6年(1777)11月拝殿を建立し天保8年(1837)本殿を再建す。明治7年(1874)2月村社に列し同15年(1882)幣殿拝殿を新建し同38年(1905)貴船神社以下6社を合祀せり。
御祭神:素盞鳴命

前方の橋を渡りR373を横切り集落の中を進んで行くと、前方に防護柵、手前の広場に車を停め、開けにくい防護柵を開け、歩いて坂道を登って行くと前方左手に-非常に運よく犬を散歩させていた男性に出会い確認、以前出会った女性に尋ねたが『粟嶋神社』があるけど正確な場所は知らないと言っていたがすぐ隣に、流石年配の男性の方がグッド
須賀神社
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町柏野337
由緒:創立年月不詳。宝永7年(1710)社殿を建立し、明治7年(1874)2月村社に列せらる
御祭神:素盞嗚尊

R373号を南へ進み『隈見橋』手前を左折して川沿いに進み二本目の橋の処を左折して広目の道を進んで行き前方五差路を手前の道を進んで行くと右手に-道が非常に狭いが、神社の前に泉心学園のグランドがあり駐車可能
尾長谷神社(三宝大荒神)
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町尾長谷
由緒:創立年月不詳。明治7年(1874)2月村社に列せらる。
御祭神:豊受姫神

元へ引き返し、五差路を南へ進み前方を左折して進んで行くと右手に橋、右折して進み橋を渡って28号を横切って進み、早めに路肩に車を停め、前方左手のお寺とその奥の墓地を目指す、更に奥に
白幡稲荷大明神
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町尾長谷1444-36
由緒、御祭神共に不明

28号を北東へ進んで行き前方左折して449号を北へ進んで行った右手-北側に駐車スペース
鞍居神社(野桑神社)
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鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町野桑953-2
由緒:創立年月不詳。白旗山の東麓にありて赤松則村の崇敬を受け天文年間(1532年~1554)尼子晴久の兵燹に罹りて旧記社殿悉く烏有となる。里人依って一小祠を営み奉祀せし処、慶長5年(1600)池田輝興赤穂郡5万石を領し早魃に際会せしかば富満寺満勝院に祈雨参詣の途当社に参拝し其の式微を嘆き社殿を修め祭資を捧げたり。天明2年(1782)、安永8年(1779)の旧記に徴するに昔より鞍居12社権現と称し又、単に鞍居神社とも号して神日本磐余彦命に配するに天神7代、地神5代を以てして式内神社の資格あるは明らかなる処なりしに当時の神主隠岐和泉守居宅2回の火災に旧記悉く焼失したり。茲に於て明治5年(1872)に至り式社を金出地村鞍居神社と相争いそも旧記焼失のため遂に其の志を遂げず。同7年(1874)2月村社に列し同14年(1881)幣殿拝殿を再建せり。
御祭神:神日本磐余彦命

更に449号を北へ進んで行き前方三差路(左折すると449号)、前方に鳥居、この附近の路肩に車を停め右手から廻り込んで神社を目指す。
國玉神社
678-1204page
鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町大富681-3
由緒:創立年月不詳。白旗城の東北、村の中央に突出したる山腹に鎮座せられたる為、赤松則村守護神として深く崇敬し年々馬駈の神事を行いしも赤松家没落と共に其の事已みぬ。明治7年(1874)2月村社に列せらる。
御祭神:大己貴命

更に449号を北方向へ進めば神社があると神社の清掃に来ていた人に教えられるが、今回は崖崩れで通行止め-最も直進した道の方が広く問題がない?

R373号近くまで引き返し、『上郡橋東』信号の二つ手前を左折して進み、前方Y字路を左手に進んで行った左手
須賀神社(荒神神社)
678-1231page
鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町上郡1345
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

神社前の道を左折して進んで行くとR373号へ、左折して南へ下り山陽本線を潜った先、左折して5号を東へ進む(前回付近をうろちょろし過ぎで、しかも急な雨に降られ中途半端な神社巡りになった附近-雨のため山場の神社を避けた)
東方向へ進んで行き本線を越え、団地の横の坂道を登り、下り途中の左手の斜めの道を進んで行き、前方池の土手の下、前方に太陽電池パネルがある手前に車を停め、鎖が掛かっているが、池の東側を北方向へ進んで行った先-パネル点検用の道路か?
須賀神社
678-1221page
鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町神明寺618-10
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

前の道を東へ進んで行き、小さな池の先のT字路を左折して登って行った先-車でも可能だが歩いた方が無難
須賀神社
678-1218page
鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町宇治山499
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

前方へ進んで行き、前方左折して北東へ進んで行くと右手に石燈籠、左手に広場と『奥公民館』、ここに車を停め右手奥方向へ、地図をチェックしたら未参詣、おかしいと思いながら参詣-帰ってチェックするとやはり参詣済-マイマップに記入漏れ
八幡神社:兵庫県赤穂郡上郡町奥312

ここから西方向へ見えた祠の事を出会った人に尋ねると太子堂、神社の事は知らないとの事、航空写真と頼りに西方向へ-車で北へ進み、最初の処を左折して進み前方十字路に車を停め、北側へ歩いて行くと突き当り奥に-さっき出会った人にまた出会う、再度確認すると荒神社が先にあるとの事
須賀神社
678-1219page
鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町奥596
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命、受持神、猿田彦命、大山咋命、市杵島姫命
岡山地方で荒神社と呼ばれる各集落に存在する神社が須賀神社?出会った地区の人は荒神様と呼んでいたので

南へ進み更に真南へ進んで行くと前方に5号、左折し進んだ直ぐ右手、自販機の前に車停め参詣
須賀神社
678-1217page
鎮座地:兵庫県赤穂郡上郡町宿170
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命、大国主命

時間的には早いが岡山市付近で渋滞になるまでに帰れる?と思い帰宅の途に、5号を西へ進んでいると『竹万南』信号の先橋を渡った左手に祠が見えたので、左折して90号を進むが違った、更に進んで行くと幟が見えたので神社探すが見つからない、出会った地区の人に尋ねると大避神社:兵庫県赤穂郡上郡町竹万355に対してのもの、結構距離はあるが!
これまでと同様に帰宅、少し早かったせいか意外と渋滞して無かった。

神社巡り-播州赤穂から相生(播磨)方面へ

前回の続き!?、同じコースを辿り播磨の国、赤穂市へ、前回の参詣忘れをカバーしつつ相合方面へ、主としてR2号を中心に神社巡り。
R2号を東へ進み、前方『閑谷』手前で右折して261号、少し先のY字路を左手細い道を進んで右手の新幹線を潜った処を左折して進んで行くと前方に262号、左折して進んで行くと前方に260号、右折して進み、その先を左にカーブしてみちなりに進んで行くと前方に397号、直進して進んで行くと前方にR250号、左折して進んで行くと県境、播磨の国へ、-寄り道がないだけでほとんど同じコース!

250号を進んで行き、右手に工場群を見ながら進んで行くと前方右手正面に赤い鳥居、路肩に車を停め墓地を通って神社へ(恵照院の南側)
稲荷神社
678-0254_稲荷神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市折方1448
由緒、御祭神共に不明

更に250号を進んで行くと90号との分岐点の『新田』信号を進み、前方『新田歩道橋』先の路肩に車を停め、左折して進んだ奥、西側に境内に入る道があるが全体的に道が狭いので、歩いた方が無難
日吉神社
678-0255_日吉神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市新田174
由緒:承応元年赤穂城主浅野長直当社を創立し山王権現と称し新田の氏神と定め金米を献じ田3反歩を寄進す。延宝6年(1678)浅野長直、長友、長矩の3人より社殿を建立す。この年大石良雄大願成就の報賽として白画の絵馬を奉献せり。領主は森氏に至りて初代長直は宝永7年(1710)本殿、拝殿並びに鳥居を再興し且つ金米を寄進す。森忠哲は文化3年(1806)幣殿、拝殿を再興す。明治7年(1874)2月村社に列せらる。之より先、明治維新の際、山王権現の社号日吉神社と改称す。同40年(1907)神饌所を新築し、昭和6年(1931)3月郷社に列せらる
御祭神:大山咋神、羽山戸神、香山戸神

250号を進んで行き、前方橋を渡って左折して川沿いに進んだ左手、路肩に停車-境内広く駐車可能
荒神社
678-0201_荒神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市塩屋2943
由緒:当神社の創建は定かではないが、かつて当村塩屋村の大庄屋であった濱野屋の古文書には、次のように記されている。「当神社ハ兵庫県赤穂郡塩屋村字荒神ニ鎮座セル無資格ニシテ皇極天皇ノ御宇秦河勝公自ラ素盞鳴尊ノ神像ヲ造リ五穀ノ神トシ勧請セラレタル古社ニシテ延宝三乙卯年四月社再社頭一宇再興シ寛政十二庚申年三月荒神社一宇再興セリ」当社に奉納された石造物の多くは、江戸中期以降の銘が見受けられ、塩屋村の大庄屋、庄屋、さらに氏子の人たちによって神社として形体が整えられた。
当社の主な年中行事は、1月15日直近の土日に行う「とんど祭り」水無月晦日の「夏越大祓式」、7月15日の「境内神社夏季例祭」、そして10月に斎行される「秋季例大祭」などである。 特に秋季例大祭は、西播磨地方最後の秋祭りとして、近隣の市長から大勢の参拝者がおとずれます。大屋台・子供屋台合わせて9台の「屋台錬り」と舞い方が大変荒々しい一方、子供が扮する唐子と一緒に舞う獅子舞は、秋祭りの圧巻と評され、参拝者から大きな歓声が湧き上がる。この地方では、昔から6月30日は田植えの終了と慰労を兼ねる「足洗い」という風習があり、丁度水無月晦日の「夏越大祓式」は、この日に当たり大勢の氏子が参拝する。
御祭神:素盞鳴大神、天照皇大神

神社前を右折して進むと前方侵入禁止、左折して進んで行くと前方に赤穂線、左折して少し進み右折して線路を渡りその先を左折して250号をしばらく進み前方右手の橋を渡り、右折して川沿いに南へ、前方左手のY字路をV字に右折して進んだ右手、路肩に車を停め
荒神社
678-0172_荒神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市坂越
由緒、御祭神共に不明

山際の道を先に進んで行くと前方に32号、左折して進んで行くと前方に250号、右折して進んで行き、前方直進して459号を進み、赤穂線を潜って少し進んだ右手の道を下り、左折して進んだ先『高野集会所』に車を停め、前方へ進み左折して進むと『誓教寺』右折して山際へ進んで行くと前方に
尼子神社
678-0171_尼子神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市高野302
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:尼子将監義久
こんな処に尼子氏の山城、そして毛利氏との攻防があったとは?、鳥居の左手に尼子山城登山口の表示が在り、山頂にも尼子神社があるらしい!

459号まで引き返し北へ進んで行き、山陽道、新幹線と潜って進んだ先前方に鳥居、参道横の空地に車を停め参詣、鳥居を潜り境内まで車で可能
八幡神社
678-0162_八幡神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市周世1067
由緒:不詳
御祭神:応神天皇、神功皇后、仲哀天皇、素盞鳴尊、倉稲魂命

更に北へ進んで行くと山道に、やはり兵庫県の県道も3桁の大きな番号の道は対向車があるとぞっとする感じ、山道をのぼり下って行って集落の始まりの左手に、路肩に車を停め左手に見える神社を目指す-十分車で可能、境内へも
横尾山王神社
678-1184_横尾山王神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市横尾803
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴之命

少し進むと前方にR2号、左折して少し西へ進み、前方右折してR373号を北へ進と右手に、直ぐ先の公園に車を停め参詣
須賀神社
678-1181_須賀神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市有年楢原1053
由緒:不明
御祭神:須佐男之命

神社前の道を南西に進むと右手に『有年民俗資料館』右折して橋を渡って進み突き当りを右折して集落を北へ進み路肩に車停め左手山際の神社を目指す-特に目印はないので地図がたより
須賀神社
678-1181-01_須賀神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市有年楢原1006-36
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴尊

更に北へ進み、千種川と出会う手前の遊園地の横に車を停め、左手奥を目指す
須賀神社
678-1181-02_須賀神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市有年楢原1003-1
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴尊、稲倉魂神

前方右手の橋を渡りR373号を南へ、先ほどの須賀神社の先『原バス停前』信号を左折、山陽線を渡った先を右手に、前方T字路を右手に進んで行くと前方左手に、鳥居左手側の道から境内へ
原須賀神社
678-1182_原須賀神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市有年楢原1033-3
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴尊

更に進んで行くと左手民家の後ろに鳥居、民家前の路肩に車を停め東側の道を進んで
牟礼八幡神社
678-1183_牟礼八幡神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市有年牟礼1310-2
由緒:後柏原天皇永正元年(1504)天下飢饉となり翌2年(1505)里民殆ど飢餓に迫られて業に安ぜず朝夕氏神たる周世村八幡宮に参拝し豊熟を祈りしも原、牟礼東、横尾の衆庶、周世坂の難路に悩み別宮の建立を企て夜中窃かに本殿に入り霊代の一部を捧持して去り此の地に一社を建立して奉斎す。後ち鴾堂城主太田弾正の崇敬を受け祭資料を捧げ盛んなる祭典を挙ぐるに至る。元亀年間(1570~1573)弾正老年のため城を子治内に譲り北幡に屋敷を構えて隠棲す。治内又父の意を紹ぎて崇敬を加う此の時社地は牟礼東、矢野川の畔にありしも社地に適せざるが故に里民謀りて現今の処に遷座す。時に慶長年間(1596~1615)となり寛政4年(1792)本殿を改修し、文化10年(1813)社殿を再建す。明治7年(1874)2月村社に列し同42年(1909)牟礼東の無格社(兵庫県神社誌)須賀神社4社を合祀し、横尾無格社(兵庫県神社誌)荒神社3社並に塞神社を合祀す。大正10年(1921)幣殿を新築せり。
御祭神:品陀和気尊

神社前の道を東へ、突き当りを右折して進み前方左手のT字路を左折し、突き当りを左折して川沿いに北へ進んだ左手奥、手前が狭く車は停め難い
黒尾須賀神社
678-1183_黒尾須賀神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市有年牟礼381
由緒、御祭神共に不明

非常に狭い道だが対向車が無い事を祈りながら慎重に東へ進み、前方右手に橋がある処を左手に取り広い道を東に進んで行き、突き当りを左手に、右に曲がって進んで行くと左手に『浅野陣屋跡』左手に参道、右手の道を進むと神社横に、実際は手前に車を停めて歩く
須賀神社
678-0081_須賀神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町若狭野813-1
由緒:不明
御祭神:素盞鳴命

前の道を東へ進んで行くと前方に三叉路、右手に進み、その先左折して川沿いに進んで行くと二本目の道の奥に鳥居、進んで行くと防護柵、手前に車停め参詣、前にはUターンスペース、
須賀神社
678-0082_須賀神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町福井796-36
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

川まで引き返し左折して川沿いに進むと左手奥に-車可能
大避神社
678-0082_大避神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町下土井73
由緒:創立年月不詳。秦河勝坂越庄生島に移り来るや屡々矢野村三濃山に狩し往復の途次此の地にて休みて里民に蚕業を教えしかば之を徳として一社を建立すと伝う。明治7年(1874)2月村社に列し、大正15年(1926)9月本殿、幣殿、拝殿を改築し社務所を新築せり。
御祭神:大避大神、倉稲魂命、素盞鳴命
神社北側山際に小さな鳥居があるのは前記神社への参道?

川沿いに進んで行くと対岸に神社、前方の橋を渡り川沿いに引き返し、神社横を左折して進むと神社前に空地
須賀神社
678-0082-01_須賀神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町町出12
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

橋まで引き返し右折して進み、前方449号を越えて進んだ左手に石燈籠が見えるが参道を見落とし先に、引き返して出会った人に教えてもらう-私有地に車も停めさせていただいた-民家の前に参道在り
須賀神社
678-0082-02_須賀神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町八洞462-17
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命
出会った人によると荒神社と言っていたが、岡山県に多い各地区にある荒神社が須賀神社なのか?
ここで時期は違うが紫陽花で有名な『若狭野天満神社』があると言われたが少し北側を廻る予定だったので

449号まで引き返し右折して北へ、お寺の手前を右折して進んで行くと左手山際に、稲刈りで車両の通行が予想されるので手前の広目の路肩へ車を停め参詣
須賀神社
678-0082-03_須賀神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町寺田142
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

449号まで引き返し右折して北東へ、2本目の左手の橋のY字路を右手に、突き当りを左折して進むと右手に-前に駐車場
須賀神社
678-0092_須賀神社page
鎮座地:兵庫県相生市矢野町下田138-17
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

神社前を進んで行くと前方に44号右折して南へ進み、前方左にカーブする手前の右手の道を下って行き、右手の坂道を登って行った先、特に目印もないので地図を見ながらゆっくりと-実際は見落とし引き返す
須賀神社
678-0081-01_須賀神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町西後明162-3
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

44号まで引き返し進んで行き右にカーブして南へ向かう処の左手、反対方向からは見つけやすいが、南へ向かう坂道では見過ごしやすい-少し先の路肩へ停め歩いて引き返す、神社は見えているので
須賀神社
678-0081-02_須賀神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町東後明159-32
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

44号を南へ進んで行くと前方にR2号、右折して岡山方向へ進み直ぐ先の『入野』の信号を左折して東方向へ進み、前方左手に
金刀比羅神社
678-0081_金刀比羅神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町入野1063
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:金山彦神

R2号の側道を西方向へ進み、太陽電池パネルの設置場所に車を停め右手奥を
須賀神社
678-0081-03_須賀神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町上松488
由緒:不明
御祭神:素盞鳴尊

更に側道を進んで行くと前方右手に、Y字路付近に車停め歩いて参詣、車でも可能で、神社前に十分な空地
若狭野天満神社
678-0082_若狭野天満神社page
鎮座地:兵庫県相生市若狭野町野々1190
由緒:創立年月は定かでないものの永仁6年(1298)の「例名分実検取帳」に「天神神田」と記されており、現在の天満神社の存在が確認されるという説と文和2年(1353)の「西方公事条々」に「大僻天満宮」と書かれており、大僻(おおざけ)天満宮の位置については異論はあるものの650年~700年以前に祀られていた事は間違いない。往古山城国北野天満宮の分霊を勧請して相殿に天忍穂耳命を併祀する。(北野誌の首巻に書かれている兵庫県60社 赤穂郡 若狭野村 大字 野々 宮の尾山鎮座の郷社天満神社とあるのは当社の事である)慶応4年(1868)8月本殿を再建し、明治12年(1879)5月郷社に列せられ、大正6年(1917)社務所を新築する。赤松氏以下、付近の領主の崇敬甚だ厚く一般庶民の尊信深く旧幕時代には矢野之庄18ヶ村の産土神として崇敬されて現在に至る。
御祭神:菅原道真、天忍穂耳命

Y字路を左手に進んで行き、前方に449号、左折して直ぐにR2号、右折して西へ進んで行きR373号の分岐点『有年原』信号、そして千種川を渡りその先の『東有年』信号を右折した直ぐに処に鳥居、鳥居を潜って登って行くが、前方に防護用のネット、潜って進むが全く整備されていない参道、東側に車参道が在るが防護柵がやはり有り、あまり使用されていないので車で行かない方が賢明
八幡神社
678-1185_八幡神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市東有年594
由緒:創立年月不詳。元赤穂郡野磨郷山駅安室川の辺に鎮座せられしも往年大洪水の為に社殿流れて有年川岸の一老松の梢に懸かりしを此地の里人之を見て減水後現今の地に奉斎せしものと云う。按ずるに尚之より以前に於いても現今の所に一小祠ありて奉斎せしものか弘法大師当地黒沢山に光明寺建立の機に際会せしかば其の神徳に感じ八幡宮の3字を刻せる扁額を寄附す。後ち有年山城(大鷹上)主本郷掃部助直頼崇敬を加えたりしに慶長年間(1596~1615)に至り時の領主祭資として田3反歩を寄せて除地とす。明治元年(1868)5月社伝を再建し同7年(1874)2月郷社に列せらる。同28年(1895)本殿の屋根替を行う。
御祭神:応神天皇、神功皇后、仲哀天皇

R2号を西へ進み、前方右折して90号を進み、前方左手の橋を渡って進んで行くと右手に-境内駐車可能
大避神社
678-1186_大避神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市西有年2119
由緒:創立年月不詳。大避大神たる秦河勝坂越庄に来たり住するや屡々此の里に狩りし里人に蚕業其の他の事を教えしかば土人其の徳を慕い坂越村に鎮座せる県社大避神社の分霊を此の地に勧請したるものなりと伝う。明治7年(1874)2月村社に列せらる
御祭神:秦河勝、素盞鳴尊

このまま帰ろうかと思ったが先日バッテリー切れで写せなかった神社へ、先ほどの八幡神社のある『東有年』信号まで引き返し右折して90号を川沿いに南へ、前方道が分岐している処(平野ブロック)右折し、防護柵の近くに車を停め参詣
大避神社
678-0161_大避神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市中山531
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:秦河勝

再びR2号まで引き返し西へ、前方左折して557号を南へ進んで行き集落がなくなった先、左手に橋がある処の手前を右折して進み左手を見ると鳥居-実際は不安なので県道の路肩に車を停め
大避神社
678-1186-01_大避神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市西有年
由緒、御祭神共に不明

少し無駄なこともしたので思ったより遅くなったが先日と同様R2号で帰宅


神社巡り-播州赤穂(播磨)方面

車をガードレールにぶつけてから何故か出かける気が起きないし、近距離に適当な神社が無いのも関係しているか!
久しぶりというわけではないが播磨の国、赤穂市を目指す。R2号を東へ進み、前方『閑谷』手前で右折して261号、少し先のY字路を左手細い道を進んで行くと右手の新幹線を潜った処に神社
不明神社
x1443_不明神社page
鎮座地:備前市麻宇那464-1
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し新幹線の一つ北側の道を進み、集落の外れ附近の広目の路肩へ車を停め歩いて参詣-車でも可能だが少し狭いし、先でのUターンを考慮すると歩いた方が無難
荒神社
x1443_不明神社page
鎮座地:備前市蕃山
由緒、御祭神共に不明

前方右手に進み、新幹線を潜って進むと前方に262号、左折して進んで行くと前方に260号、右折して進み、その先を左にカーブしてみちなりに進んで行くと前方に397号、直進して進んで行くと前方にR250号、左折して進んで行くと県境、播磨の国へ、250号を進み前方法光寺先を左折して進み、福浦東集会所へ車停め歩いて北側を目指す-実際、歩いたが車でも狭いが可能、神社前に空地あり
正八幡宮
678-0257_正八幡宮page
鎮座地:兵庫県赤穂市福浦442
由緒:不明
御祭神:仲哀天皇、応神天皇、神功皇后、彦火火出見尊

先へ進み、前方小さな川を渡って直ぐ右折して進むと、R250号、更に南へ進んで行くと赤穂線、更に進んで行き、川に沿って南東へ、前方Y字路を左手に進んで行くと左手に石柱、近くに車停め歩いて参詣-集落裏の小山にあるが参道は未舗装だが整備されている。
龍神宮
678-0257_龍神宮page
鎮座地:兵庫県赤穂市福浦1135
由緒:創立天和2年(1682)、旧藩主池田侯閑谷黌学田として新田開墾し、本郡閑谷村より人民を移転移住せしめしに依り、産土神同郡木谷村天神社末社を遷座奉祀し(池田家所蔵文書)氏神として崇敬厚く今日に及べり。神社名は旧号龍宮、明治2年(1869)龍神社と改称(池田家文書)
御祭神:綿津見神

250号へ引き返し、東に進んで行った先、小さな川の手前を左折して進んだ先、前方に見えるので右方向へ進むが先が狭い坂道、手前に停車し歩いて参詣、Uターンはちょっとしんどい!-左手寺側から廻った方が楽-神社前下側の処が少し広い-秋祭り前か夫婦連れが清掃していた
荒神社
678-0256_荒神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市鷏和777
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:応神天皇、素盞鳴命

250号を進み、『天和』駅先を左折して進んだ左手奥、Liquor shop Shimizuの側の道を進んだ突き当り、手前の路肩へ車を停め歩いて参詣したが手前に空地があるが大した違いはない
天和荒神社
678-0256_天和荒神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市鷏和266
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

前方右折して前方250号へ、左折して進み、『恵照院』先、橋の手前の信号を左折して進んだ左手-前に空地在り
八幡神社
678-0254_八幡神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市折方823
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、素盞鳴命
実際は通り過ぎ、川の手前を曲がって予定の道へ出る、後でストリートビューで見るとお寺に赤い鳥居が見られる、もし今後近くを通ったら確認

250号まで引き返し、250号をを進み、『七軒屋』信号を左折して進んだ左手、強引に奥まで進んで行ったが神社前に空きスペース(私有地?)
木生谷三宝荒神社
678-0253_木生谷三宝荒神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市木生谷595
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命
この地域の神社には義士画像図絵馬が多いが、ここはには赤穂市指定有形文化財の表示あり

250号を進み、前方左折して96号を進み、前方山陽自動車道手前の右手の橋を渡り進んで行った先、前の道路は幅広い
森吉稲荷神社
678-0252_森吉稲荷神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市大津
由緒、御祭神共に不明
和気清麻呂公が宇佐八幡宮へ参向した帰途、同宮の分霊を勧請したと伝える。当地はそのころ海に接し、港があった。八幡神社の手前の森吉稲荷大明神の境内に、公が船をつないだという松が残り、昭和五十一年、「和気清麻呂公御舟寄松」の木標が建てられて、横にある格子戸のついた建物の中の松の切り株がそれらしいと近くで会った人に教えられるが、聞き取りにくく稲荷との関連は不明

直ぐ先を左折して坂道を登った先、参道横の大津中央集会所前広場に駐車可能。
大津八幡神社
678-0252_大津八幡神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市大津1066
由緒:神護景雲3年和気清麻呂勅使として豊前国宇佐八幡宮へ参向し其の帰路此の地(当時大津は広き入海なりしと云う)に船を泊め宝祚無窮の為、宇佐八幡宮の分霊を勧請奉斎せられたるに創まるという。朱雀天皇承平4年(934)海賊の御祈に依りて山陽南海10石18ヶ所の神々臨時奉幣使を遣されし神社の一つなりと伝う。降って関ヶ原合戦の時、浮田秀家の兵来りて社殿に火をかけ烏有に帰せしめ江戸時代領主より毎年歳首に金100疋を奉納ありて国家安全の祈祷神札を献納す。 明暦2年(1656)本殿を再興し弘化4年(1847)本殿屋根替を行い、明治7年(1874)2月(明治6年(1873)11月とも)郷社に列せられ同42年(1909)幣殿拝殿を改築せり。
御祭神:応神天皇、仲哀天皇、神功皇后

ここで例によっての勘違い250号線沿いの二つの神社(日吉神社、荒神社)を参詣忘れ-再度こちら方向へ来る必要あり!

96号を引き返し、250号を南へ進み、標識に従い赤穂城跡方向を目指す-250号から右手直進、前方の信号を左折して直進、城跡の横を通り過ぎ前方橋の少し手前で左折、神社の位置を確認し路肩に車を停め参詣
恵美須神社(蛭子神社)
678-0232_恵美須神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市中広667
由緒:不明
御祭神:事代主命

少し北方向へ
大神宮
678-0232_大神宮page
鎮座地:兵庫県赤穂市中広
由緒、御祭神共に不明

前の道を北東へ進んで行くと赤穂市文化会館手前の右手に
稲荷神社
678-0232_稲荷神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市中広861
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:倉稲魂命

川まで進み右折し、その先の橋を左折して進んだ左手に、駐車スペースは十分
赤穂八幡宮
678-0221_赤穂八幡宮page
鎮座地:兵庫県赤穂市尾崎203
由緒:勧請は室町時代応永13年(1406)である。江戸時代寛永15年(1638)に垂水半左衛門奉行として社殿を再興する。正保2年(1645)浅野長直公年三十石を朱印する。延宝7年(1679)浅野長矩公再建。元禄元年(1688)、浅野長矩公を始め家中、氏子、神輿を始め祭器を奉納。貞享4年(1687)大石内蔵助石灯籠を奉納。享保3年(1718)現在の本殿建立。明治元年(1868)神仏分離令により如来寺独立。元禄15年(1702)義士討入後、「大石内蔵助妻りく」より八幡宮別当寺神宮寺の僧に御祈願の礼状届く。大正2年(1913)本殿檜皮葺替工事、昭和35年(1960)本殿檜皮葺替工事、昭和52年(1977)拝殿瓦葺替工事、平成15年(2003)本殿銅板葺工事。
頭人・獅子舞・神輿・屋台の順序で神社を出発し太鼓橋、広前で練り、その後「お旅所」である「ノット」まで行列を組んで進む。現存する古文書で最も古い頭人の記録は、寛文元年(1661)かめや六右衛門である。獅子舞は兵庫県指定重要無形文化財である。
御祭神:応神天皇、仲哀天皇、神功皇后

前の道を南へ進んで行き2本目を左折して進んだ右手
宝崎神社
678-0221_宝崎神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市尾崎
由緒:神功皇后が三韓征伐の帰りに海が台風で大荒れになり、難破寸前の時、その近くの岩に船を繋ぎ、波の静まるのを願って「祝詞」を唱えられました。するとたちまち波は静まり、船を進めることができたといいます。そのため、この岩を「のりとの岩(ノット)」といわれるようになりました。-これを祀っているのかは?-赤穂八幡宮の御旅所
御祭神:不明

459号、32号を経由して赤穂御崎を目指す(無難にカーナビ使用)、かなり手前から祭りの旗が立てられていた。神社前に駐車場
伊和都比売神社
678-0215_伊和都比売神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市御崎1
由緒:当社は今を去る1000余年前平安朝の延喜式神名帳にその名を記載する古社で伊和都比売大社はもともと伊勢外宮の豊受比売とも云われ、また播磨国一宮の伊和大神即ち大穴牟遅神の比売神とも云われ古くから御崎明神と称せられた赤穂民族の祖神である。もとは大園と呼ぶ前方海上の八丁岩の上にお祀りしてあったのを天和3年(1683)浅野内匠顕長直が現在の地にお移ししたもので「播磨なる御崎の石だたみ海の底まで行くぞ見る」と歌われているように奇岩の上に老松が舞い岩礁の地である。かつては日本海々戦の勇将東郷平八郎元帥を始め歴代連合艦隊司令長官の崇敬厚くしばしば艦隊を率いて帝国海軍の勇士が参拝し、現在でも船員漁師など航海安全と大漁祈願はあとをたたず遠近からの信仰は盛んである。なお特に珍しいのは古くから若き男女による姫神信仰が盛んで、縁結び或いは恋人を得るにご利益のある「姫守」をうける人が多く御崎の景色と共に近時有名である。
10月体育の日の前日、早朝より獅子舞は各地区での町内舞、希望者の各戸舞、子ども屋台は町内を隈無く巡行します。午後より境内では奉納剣道大会。夕方には獅子舞、子ども屋台の宮入りで賑わいます。
御祭神:伊和都比売神

面倒なのでカーナビでイオン赤穂店へ、250号を東へ進み、前方を左手に進み橋を渡った先の右手奥-新しい道を工事中か、手前から十分に見える
春日神社
678-0176_春日神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市南野中190-1
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:建御雷命

前の道を北東へ進んで行けば問題ないが、まだ工事中で通行止め、ややこしそうなので一旦土手沿いの250号を進んで行くが左手の降りる道がよくわからない、『坂越橋西』信号で左折して進み、駅手前の広い道を左折して進んで行くと前方左手に
北野中天満神社
678-0175_北野中天満神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市北野中42
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:菅原道真

神社前の道を北東へ進み、前方の広目の道(T字路)を左折して進み、線路を越えて進んだかなり先-神社前にはUターン可能なスペース
砂子荒神社
678-0174_砂子荒神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市砂子401
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

引き返し広い道を北東へ進んだ左手に見えるので右手『赤穂仁泉病院』に車を停め参詣
三宝荒神社
678-0173_三宝荒神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市浜市653-1
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

神社前の道を北へ進み、少し走った前方小さな十字路を右折して赤穂線を潜って進み、前方工事中の為右折して進むと広い道、左折して東へ進み、前方の橋(250号)を渡り右折して川沿いに進み、直ぐ先を左手に折れようとするが、狭そうなのでその先の『坂越三差路』を左折、直ぐ左折して進み、前方突き当り付近に車を停め山際の神社を、
三宝荒神社
678-0172_三宝荒神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市坂越
由緒、御祭神共に不明

先程の道まで引き返し、左折して坂越港方向へ進み、突き当りを左手に進んだ左手、今回は祭りのせいか神社へは車で入れなかったが、正面に赤穂市坂越駐車場が(参拝者が多い為)-神社前の公園はチェーンが張られ入れない
大避神社
678-0172_大避神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市坂越1299
由緒:ご祭神秦河勝公は、中国より渡来した秦氏の子孫で、氏の長として数朝に仕え、特に聖徳太子に寵任された。河勝公は、会計制度を起し、外国使臣来朝の際の接待役等多くの功績を残されている。太子より仏像を賜わり太秦に広隆寺を建立された事は有名である。また、神楽を創作制定され、今日では楽家の祖、あるいは能楽の祖として崇められている。河勝公は、皇極3年(644)に、太子亡きあとの蘇我入鹿の迫害をさけ、海路をたよって此々坂越浦にお着きになられ、千種川流域の開拓を推め、大化3年(647)に80余歳で薨ぜられた。河勝公の御霊は神仙化とし、村人が朝廷に願い出、祠を築き祀ったのが大避神社の創建と伝えられている。一方近在の村々30余ケ村に、ご分社を祀り開拓神として今日も信仰されている。更に、河勝公の後裔である秦・川勝・河勝家の人々の崇敬をいただき、近年では航海安全はもとより、災難ざけ守護神として交通安全、厄除の神社としても信仰されている。
坂越の船まつりは国選択無形民俗文化財・用いる船は県指定有形民俗文化財である。12隻余りの祭礼用和船が生島(国指定天然記念物)にあるお旅所までを、神輿船を中心に渡御する。350伝統があり、瀬戸内三大船まつりに数えられている。神社下の浜辺で、神輿を船に乗せるためのバタ板の橋架けの練りが勇壮に行われ、艤装し飾り立てた船に獅子舞、頭人、楽人、供奉員等が乗船し出航する。先頭は昔の千石船の伝馬船である櫂伝馬2隻が曳航し、獅子を舞い、雅楽を奏でながら1時間余りの船渡御をし、お旅所祭の後、夕暮れには船に提灯を掲げ、陸にはかがり火を焚き、美しい幽玄の世界の還幸がなされ、他に類を見ない祭である。
御祭神:秦河勝、天照皇大神、春日大神
この地方に『大避神社』が多い理由が分かった感じ、多少の日本史には自信があったのだが!、また、随身門の後ろ側に仁王像が神仏混合の名残らしく、背後の山頂の妙見寺まで車でも可能なようなので行ってみるべきだったか?

ここでも予定の荒神社:赤穂市坂越を忘れる

元の千種川の橋まで戻って渡り、左折して90号を進み前方左折して進み、突き当りを右折して進み、お寺の先のY字路を左手に進み、前方のY字路を右手に進み集落へ、神社手前に車参道が、ここに車を停め参詣-近づくと正面に神社が見えるので
大避神社
678-0165_大避神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市木津677
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:秦河勝

前の道を東方向へ、前方三叉路を左手に小さな川沿いに北へ進んで行き次の集落で左折し、入り口近くの路肩に車を停め歩いて神社方向へ、入り口に防護柵が、鍵が掛かってないので歩いて進んで行く先に-コンクリートで舗装された道だが狭く、ガードレールも無く危険、しかも神社手前で車止め、車で行くと!思うだけで背筋が寒くなる-北側から行けば問題ないのか?
荒神社
678-0164_荒神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市目坂385-4
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:素盞鳴命

東へ進み前方の広い道を左折して北へ進むと前方に90号、更に北へ進んで行くと前方左手にトンネル、左折して90号を進み、新幹線を潜った先を左側を下り、左折して進み突き当りを右折した集落を進んだ左手先
天満神社
678-0166_天満神社page
鎮座地:兵庫県赤穂市真殿826
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:菅原道真

前の道を山際に沿って進んで行くと前方に90号、この地点で左折して進んで行くと右手に『平野ブロック』正面に防護柵、ここに車を停め鍵を開けて進む
大避神社:兵庫県赤穂市中山531
由緒:不詳、無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:秦河勝

ここでバッテリー切れ、どうもこの方面はトラブルが多い?-今度の機種はいきなり使用不可になるのか?

時間的には良い時間だが途中の神社へ寄れない、北へ進みR2号で通常のルートで帰宅、結構スムースに!

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