岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

2017年04月

神社巡り-岡山空港周辺再訪

今日は天気も良く、GW前を狙って岡山空港周辺へ、R180号から61号、239号から旧72号で空港方面へ
一宮で右折して61号を、自動車道を潜った先を右折して239号を東へ進み239号が左に曲がる処を右折して進んだ先の左手、離れて見た時には神社かと思ったが修理中の御堂-良くは分からないが?
不明御堂
x1595_不明御堂page
鎮座地:岡山市北区松尾
由緒、御祭神共に不明

239号迄引き返し、右手の道を進み途中の空地に車を停め右手の道を進み、次に左折して坂道を登って行くと右手に-着いて思い出したが車で可能な道、前もトラックが停まっていたような気がするが今回も、まあ歩いても距離・勾配とも問題ない
八幡宮:岡山市北区松尾496
06005_八幡宮

239号を北へ進み、右にカーブした先の『下芳賀公会堂』近くに車停め北方向へ歩いたのが前回、今回は239号が左にカーブす処を左折して進み前方T字路の左手の坂道を進んで行くと神社の裏手に至る?
靱負神社:岡山市北区芳賀下芳賀3400
06038_靱負神社

T字路まで引き返し北へ進んで行き、橋を渡った先の十字路を左折、前方Yじろの右手(広い道)を進んで行くと『顕本寺』の北側へ、V字の坂道を進んで行くとお寺前の駐車場へ、お寺の南だが実際は裏側を目指して進むと
素盞嗚神社:岡山市北区芳賀2876
06004_素盞嗚神社

239号を進んで行くと前方に旧72号、72号を更に進んで行くと前方右手に新72号、左手の広目の道を進んで行くと左手に岡山市消防団馬屋上分団、ここに車を停め、前方の坂道を登った先
八幡宮:岡山市北区富吉1859
06020_八幡宮

更に進んで空港を目指そうと思ったが東方向の神社へ、72号迄引き返し潜って真っ直ぐ坂道を下って行き、前方池の処のY字路を左手進んで行くと左手に
田原八幡宮:岡山市北区田原813
06019_田原八幡宮

更に進んで行くと前方に160号、右折して160号を進み前方237号を潜った先のT字路を左手に進んで行き神社の裏手の路肩に車を停め参詣
菅野八幡宮:岡山市北区菅野2938
06015_菅野八幡宮

右手の坂道を登って行くと前方に広域農道、潜って右折して農道へ、直ぐ右手に石柱標識、路肩へ車を停め歩いて
松尾神社:岡山市北区菅野1684
06016_松尾神社
南側参道まで行き、農道を歩いて引き返すが意外と距離が

広域農道を北方向へ登って行くとゴルフ場の先61号、左折して進んで行きスポーツ広場の先の信号を右折して進んで行くと左手奥に、路肩に停車し
八幡宮:岡山市北区日応寺895
06018_八幡宮

ここから『日應寺』が見えるが結構大きなお寺、考えると一度も行ったことが無いのでお寺の中の神社を探すつもりで、右手に進んで行き、突き当りを左折して奥に
番神堂・稲荷神社(日應寺)
x1596_稲荷神社(日應寺)page
鎮座地:岡山市北区日応寺302
由緒、御祭神共に不明
番神堂は岡山県重要文化財

61号を南西に進み72号を交わった先へ進んだT字路右手に、-横に駐車スペース
八幡宮:岡山市北区三和1268
06022_八幡宮

右手76号を北西に進んで行き、76号がV字にカーブして南へ折れる処を右折して坂道を登った先、広目の処へ車を停め左手の道を進んで行く
厄神宮:岡山市北区杉谷746
x0167_厄神宮

更に進んで行き前方X字路の処を左折して進んで行くと前方広い処の左手にロープが張られた坂道、前回は歩いたが今回はワンタッチのロープを外して境内へ
岩山神社:岡山市北区杉谷1166
10063_岩山神社

先程のX字路を東方向へ進んで行くと72号、横切って右手の広目の道を進んで行き次を左手に進んで行き、前方右手にお堂の所に車を停め歩いて右手の道を-前回も歩いたが神社手前に公園、前に駐車スペースと車で十分-しかし歩いた御蔭て緑の桜(御衣黄)を発見?
松尾神社:岡山市北区三和1757
06021_松尾神社

今日はここまで、61号から進んできたので61号を南下して帰宅することに!途中横尾池を過ぎた先左手に
不明御堂
x1597_不明御堂page
鎮座地:岡山市北区横尾
由緒、御祭神共に不明

R180号から通常のコースで帰宅するが時間が早い関係か?全く混んでない!

神社巡り-備後福山

前回が何か中途半端に終わった感じ!、再度井原から福山方面へ
前回と同様なコースを辿りR313号で県境を越え『上御領』の信号で左折して189号を進んで行くと前方に新しいR313号がこのラインまで完成しているのが確認できる。
坂道を登りきった処-左手に地蔵堂、右手に二宮神社の案内と坂道、急な坂道と次に枯葉に埋もれた道、進んで行くと神社の横手に、『蓮乗院』に至る坂道があるがその先に石段、やはり引き返さないと駄目な感じ
二宮神社
720-2121-02page
鎮座地:広島県福山市神辺町八尋1203
由緒:創立年代不詳。古来当地には、稲田姫命鎮座の処へ、備後一宮 (吉備津神社)より四座を再勧請して合祀し、二宮五社大明神と称し 備後二宮として人々の崇敬をうけていたが、慶応四年の 神仏分離令により二宮神社と改称された。参道西側にある蓮乗院(真言宗大覚寺派)は神宮司であり 五躯の仏形御神体は現在蓮乗院に祀られている。「水野記」によれば、古来社領七十貫、社職十六人、末社回廊、 鐘楼等を有する大社であったという。神辺城主杉原盛重 (一五六〇年頃)の時、社領二十五貫に減ぜられ、 更に毛利元康(毛利元就の第七子)の時に悉く没収された。 社殿は天文三年(一五三四)火災に遭い、永禄九年(一五六六)再建され 杉原盛重等により右記の御神体五躯(栴檀製)が寄進されている。 天録八年(一六九五)水野勝慶(水野勝成四世の孫)により社殿を 再建され、明和元年(一七六四)石鳥居を建立、寛政四年(一七九二) 随神門の再建が行われたが、文化四年(一八〇四)再度火災に遭い 文政十三年(一八三〇)現本殿を再建立した。昭和二八年(一九五三)に 幣殿、拝殿の新築を行い、昭和五四年本殿の屋根を銅板に葺替工事、 昭和六十三年本殿並びに境内の改修工事が行われた。
御祭神:吉備津彦命、大倭根子彦太瓊命(孝霊天皇)、細比売命、吉備武彦命、稲田姫命

途中坂道を登りきって林に入った右手に
山上社
720-2112-01page
鎮座地:広島県福山市神辺町八尋
由緒、御祭神共に不明
良く分からない社!

189号へ引き返し南へ、前方Y字路を右折して西へ進み二宮神社の鳥居を確認し、前方左折して進み、前方を右折して102号を西へ、直ぐ先のY字路を左手に、橋の手前を川沿いに進み、前方の橋を渡り、川沿いに進み前方橋の手前を左折、その先を右手に進み、坂を登って下りた処へ車を停め、歩いて神社を探す。
前方の細い道を南へ進んでいたとき、出会った人に尋ね、東の山の中腹にある墓地の南側にあるらしく、集落の南側から舗装された参道があるとのこと、しかし前方西側の道路脇と東側墓地の手前に見える神社を-登って行った先の墓地側から南側に下って行った先
不明社
721-0000_不明社page
鎮座地:広島県福山市神辺町平野
由緒、御祭神共に不明

近くで出会った人は大皇神社と言っていたが社の天井に「十二神社遷座」の記載もあり
不明社
721-0000_不明社2page
鎮座地:広島県福山市神辺町平野
由緒、御祭神共に不明

荒神社
721-0000_荒神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町平野
由緒、御祭神共に不明
地元の人にも会えたし、歩いた方が賢明だった

西へ進み、広目の道を北方向へ進み高屋川へ、橋を渡り土手上を南西に進み前方土手下に降りた処へ車を停め、前方の道を西方向へ進み、その先右手の道を進んだ先
荒神社
721-0000_荒神社2page
鎮座地:広島県福山市神辺町下御領
由緒、御祭神共に不明

神社へ入る前の道をそのまま西へ進と突き当り近辺に、近くの空地に車を停め、参道を探すが無理、南側へ大きく廻り、『美の鶴酒造』を北方向へ進むと右手に
荒神社
721-0000_荒神社3page
鎮座地:広島県福山市神辺町下御領
由緒、御祭神共に不明
かなり手前に車を停めたが、神社方向の北向きの道は幅がかなり広いので駐車は可能

西向きに広目の道をカーブしながら進んで行くとR313号、左折して南へ進み高屋川を渡った先を右折、土手上を南へ進み、前方橋のある付近の広目の路肩に車を停め左手の道を進み民家の裏にある神社を目指す-少し先に行った右手に田圃道の参道在り、土手上の道からは見えるが当然降りられない
砂荒神社(シャコウ)
721-0000_砂荒神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町平野203-1
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと右手に
荒神社
721-0000_荒神社4page
鎮座地:広島県福山市神辺町平野
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと、左手に坂道その手前に空地と奥に鳥居
不明神社
721-0000_不明神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町平野
由緒、御祭神共に不明

元の道を少し進み左折して進んで行くと左手に鳥居と石段、道幅が狭くとても停められない、先にある運送会社の駐車場に停めさせてもらう
古城八幡宮
720-2123_古城八幡宮page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川北97
由緒:鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇が建武2年(1335)、戦功のあった浅山(朝山)備前守條就に備後の守護職を命じ黄葉山に神辺城を初めて築いた。その神辺城の鬼門守護として艮(北東)にあたる古城山に鎌倉鶴岡八幡宮を勧請して創祀したとある。鶴岡八幡宮は源氏の守護神で京都男山(石清水)もしくは河内源氏の壺井八幡宮のいずれかから分社し創祀された。壺井八幡宮は男山から初めて勧請した神社であるが、祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后の三柱で、男山と比べると比売神が応神天皇の父親の仲哀天皇に置き換わっている。祭神について意外といい加減な神社が多いのは長い歴史の中ではいたしかたのないことなのか・・・。さらに広島県神社誌には水野勝成が福山城築城の際に、ここの八幡神を野上村に遷して福山城の守護神としたと記されている。
御祭神:応神天皇、神功皇后、玉依姫命
結果だが先ほどの坂道を登った先ある古い団地から車で行ける

神社前の道をR313号を越えて南へ、前方左手山の中腹に鳥居、近くの人に聞くと天神社との事少し手前の路肩へ車を停め歩いて
天神社
720-2123_天神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川北
由緒、御祭神共に不明

麓へ下りて少し先に行った奥
荒神神社
720-2123_荒神神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川北78
由緒、御祭神共に不明

車を取りに戻り神社前の道を西へ向かって進み前方左手のお堂の処の道を左折してみちなりに進んで行くと『神辺城跡』の駐車場、東の坂道の先にある『福山市神辺歴史民俗資料館』は月曜日で休館、順路図に従いぐるりと、やはり祠が一つ
不明祠(神辺城跡)
720-2123_不明祠(神辺城跡)page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川北
由緒、御祭神共に不明

元の道を引き返し途中で見た神社へ
下宮荒神社
720-2123-01page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川北
由緒、御祭神共に不明

お堂の処まで引き返し左折して西へ進むとR313号、左折して進み直ぐ左手-神社の手前で入ったが先に広い駐車場
天別豊姫神社
720-2123_天別豊姫神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川北142-2
由緒:古代、当社周辺は「穴海」と呼ばれる入海であったとされ、社伝では、網付谷にあった荒磯岩上に磯神社として鎮座し、のちにその奥の小中山に遷座したとされる[1]。同じ備後国内には、 豊玉姫命の父・豊玉彦命(大綿津見命)を祀る沼名前神社(福山市鞆町)や、夫・蘇羅比古(彦火火出見命)を祀る蘇羅比古神社(庄原市)があり、当社はその中間に位置する。国史では、元慶2年(878年)に「天別豊姫神」の神階が従五位下から従五位上に昇叙された旨が記されている。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では備後国安那郡に「天別豊姫神社」と記載され、式内社に列している。建武年間(1334年-1338年)朝山景連が黄葉山に神辺城を築くにあたって当社を城の守護神とし、現在の黄葉山中腹に遷したとされる。
江戸時代には福山藩主の水野氏・阿部氏からの崇敬を受けた。明治元年(1868年)福山藩の調査で式内社とされ、同2年(1869年)公称を「天別豊姫神社」に定められた。明治6年(1873年)に近代社格制度において郷社に列し、昭和15年(1940年)県社に昇格した。
御祭神:豊玉姫命、速進雄命、事代主神

R313号を進み最初の左手の道が狭そうなので先に進み『神辺駅入口』を左折して進み「神辺公民館」に車を置き左手奥へ
荒神社
720-2124_荒神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南2
由緒、御祭神共に不明

右手に進んで行くと左手上に
最上稲荷(粟島神社)
720-2124_最上稲荷(粟島神社)page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南9-2
由緒、御祭神共に不明
八大龍王等も祭り更にはお堂も?何か良く分からないが!

更に先へ進んで行くと左手に
八幡神社
720-2124_八幡神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南46
由緒、御祭神共に不明

東へ進む山道があるので進んで行くと
艮神社
720-2124_艮神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南
由緒、御祭神共に不明
この神社は地図上に階段が見えたから、そして下った先の集落で出会った人に聞いて名称が

R313号まで戻り少し南へ進み右手7&11の処を右折して393号へ出る予定だったが工事中で通行止め、R313号で南側から393号へ、北へ進み突き当りを左折して広目の路肩へ車を停め歩いて北側の通りへ
早田荒神社
720-2124_早田荒神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南195
由緒、御祭神共に不明
福山市天然記念物のムクノキが境内に

更に西へ進み前方道が細くなる手前の路肩へ車停め、左手曲がった先-前に広い駐車場有
皇子神社
720-2124_皇子神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南307-1
由緒、御祭神共に不明

手前を北へ進み高屋川土手に、東方向へ進んで行き線路を越えた先でワンコが下痢便状態、後ろから狭い道なのに車が、停まる訳にもいかず少し先の光行寺北側で少し広くなっていたのでやっと停車、今日は状態も良かったのだが?

土手沿いに東へ進んで行き、前方橋の先の下る道を降り右折して進み、前方を左折して進んだ先にある『廉塾・菅茶山旧宅』の駐車場に車を停め、先程の下った道へ引き返すと西側に-道幅が狭く適当な駐車場所は?
七日市荒神社(火之加具土神社)
720-2123_七日市荒神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川北651
由緒、御祭神共に不明

東方向へ進んで行き、前方にR313号、左折して進んで行き、線路を潜り、神辺バイパスの先左手に
不明神社
721-0000_不明神社2page
鎮座地:広島県福山市神辺町下御領1180
由緒、御祭神共に不明

少し遅くなり岡山市内へ入る辺りから混んでいるか?-気にしながら一目散に帰宅の途に

神社巡り-井原から備後へ

先日、奥さんと世羅高原のチューリップ園へ、何故か殆ど咲いてない、GWに合わせて調整しているのか?
往は高速で行ったが帰りはのんびりと帰ることに、R2号からR313号で井原方向へ、途中道を間違え旧山陽道(結構狭い道)を通っていて小さな神社を見つけたので、Google MapとStreet Viewで旧山陽道を中心に更に神社を探し、実際に検証に、そして備後の国(広島県)もついでに!
R180号、72号、R486号で井原方面へ、井原市神代町へ入って直ぐ右手の井原鉄道を潜って旧山陽道へ、以前R486号から見つけていた社へ、実際は地蔵堂?-しかも一度行き過ぎて引き返す。
不明お堂(?)不明社
x1585page
鎮座地:井原市神代町
由緒、御祭神共に不明

初っ端から不安?、R486号を西へ進み、井原警察署手前を右折して166号で北へ、左手奥に
諏訪神社
x1586page
鎮座地:井原市西江原町戸倉
由緒:源平の合戦の山場、屋島の合戦において扇の的を射抜いたことで知られる那須与一宗隆(長じたのちは資隆)は、戦後の論功行賞により全国各地の五庄を得たが、そのうちのひとつが、この備中国後月郡荏原庄。しかし、与一はこの地に来ることなく早逝し、弟の那須宗晴が建久三年(1193)に着任した。宗晴は備中に下向する途中、信濃諏訪の諏訪大社に参詣し、武運長久を祈るとともに建御名方命と八坂刀売命の祭神二柱を分霊。荏原庄に到着すると、この地に諏訪社を造営して二柱を鎮祭し、以来那須氏の氏神として崇拝された。荏原那須氏は足利尊氏が一時九州へ落ちのびたときにこれを饗応したことから、のちに下野国中新郷を与えられ、中新井と改姓。戦国期には毛利氏に仕え、江戸時代になると福島正則に仕えたが、その改易後は帰農した。それ以降、神社は地元の産土神、農耕の守護神として奉斎され、今に至っている。
御祭神:建御名方命、八坂刀売命

更に北上し、166号が右にカーブする処を直進、以前行ったことのある道祖渓へ、ここの駐車場に車を停め北側の永祥寺境内へ
袖神稲荷大明神(禅洞山永祥寺の境内社)
x1587page
鎮座地:井原市西江原町
由緒:永祥寺は曹洞宗。本尊は聖観世音菩薩。荏原那須一族の菩提寺。その境内に鎮座している。
那須与一が屋島で扇の的を射る際、邪魔になるので右袖を破り捨てたが、それを拾った郎党が日頃与一が信仰していた稲荷神に必中を祈念、見事扇を射当てたことから、のちに那須宗晴がこの地に地頭として赴任したとき、居城とした小菅城(寺の南西800m、小菅城山)に稲荷神を祀り、この袖も安置したことから「片袖稲荷」と呼ばれた。そのうち「袖神稲荷大明神」と呼ばれるようになり、小菅城が廃城となったこともあり永祥寺内へ遷座した。那須与一の故事から祈願必中の社として古くから信仰され、近年では学業成就、志望校合格祈願の神社として受験生からの信仰を集めている。別名、一発稲荷。
すぐ近くの檀家さん?の家で絵馬を受け、祈願を書いて寺に納めるか、直接那須与一公墳へ願掛けに行くことになる。近隣には名勝・道祖渓もあり、風光明媚な処。

166号迄引き返し、左折して166号を進み前方左折、左折して166号を越えみちなりに進んで行くと前方に広くはない十字路、左折して坂道を登って行くと正面に案内標識、ここに車を置き、赤土の坂道を登って行く
熊野神社
x1588page
鎮座地:井原市西江原町
由緒:藤の木熊野神社は、古文書の記録にはないが、神社のまわりの石垣に文久の文字が刻まれている。これは現在の神社が再建されたときのものであろう。それ以前の神社は、周圍の石垣の高さからみて、現在の社より低かったのであろう。この神社は紀伊の熊野神社のご分霊を祀ったもので、社の棟に那須の家紋である左うちこみ三つ巴が見られ、那須一族の平安を願って勧請された権現様であろう。つぎにこの神社勧請はいつであろうか推定してみると、藤の木の松本家が四百年祭をおこなうとか、それ以前にも藤の木一族が住んでいたといわれる。更に重要な決め手は、神社の周圍の石組みが、県下の霊からみても中世のものであると考えられる。十蔵城が一四四〇年に開城されていることなどから、約五〇〇~六〇〇年前に熊野神社が勧請されたのであろう。
御祭神:熊野権現

先程の十字路まで引き返し、一度迷うが細い山道を南へ進んで行く-ガードレールが付けられており意外と無難な道、道なりに進んで行くと166号に出れるので、南下し、R486号を西へ、前方『薬師』信号-R313号との交差点を左折して34号を南へ、『東桜木』信号の手前の右手斜めの道を進み、交差点を西方向へ進んで行くと左手民家の側に
不明祠
x1589page
鎮座地:井原市上出部町
由緒、御祭神共に不明

予定の道(旧山陽道の一本北の道)より北の道、狭い道を南へ進み前方の道を右折して進んで行き、右手の広い道の路肩に車停め、出部保育園方向へ進むと北東の角に
不明社
x1590page
鎮座地:井原市上出部町
由緒、御祭神共に不明

更に西へ進んで行くと左手に
不明祠
x1591page
鎮座地:井原市上出部町
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと右手に八幡神社(出雲神社)の鳥居、前回はこの道は通ってないので南側から再訪
八幡神社(出雲神社):井原市下出部町195
09130_八幡神社

引き返し元の道を西へ進んで行くと左手に
不明神社
x1592page
鎮座地:井原市下出部町
由緒、御祭神共に不明

そのまま西へ進みR313号へ、少し西へ進み前方橋(高屋川)を渡った先右手斜めの道を進み旧山陽道へ、左折して進んで行った右手火の見櫓、奥に公園、ここに車を停め、北側墓地の東側にある坂道を登って行く、墓地を外れると少し進みにくい?-かなりシンドイ坂道と距離
大神宮講社
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鎮座地:井原市高屋町
由緒、御祭神共に不明
墓地近くは道幅が狭く、やたらと駐車禁止の表示

更に旧山陽道を神社の位置を確認しながら進み路肩に車を停め、民家の間を騎亜へ進み神社を目指す
玉吉大神
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鎮座地:井原市高屋町1008
由緒、御祭神共に不明

更に西へ進んで行くと県境、旧山陽道らしく石柱が、ここから備後?
直ぐ先右手に『金光教芸備教会』-結構立派な建物、その先教会の駐車場に車を停め、金光教芸備教会の裏側の山際へ
艮神社
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鎮座地:福山市神辺町上御領2085
由緒、御祭神共に不明

山際の道を北西に進んで行くと左手に神社らしき建物、近くで出会った人に聞くと自分の家のお墓?-聞いた人が金光教の人-その奥にあるとの事、民家前の道を強引に進んで行く-南側に参道在り
荒神社
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鎮座地:福山市神辺町上御領2127
由緒、御祭神共に不明

池方向へ進み、土手を西に進んだ右手に磐座
不明磐座
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鎮座地:福山市神辺町上御領
由緒、御祭神共に不明

旧山陽道を西へ進んで行くと右手に、路肩に停車
上御領八幡神社
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鎮座地:福山市神辺町上御領1272
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと左手に
地神碑
721-0000-08page
鎮座地:福山市神辺町上御領
由緒、御祭神共に不明

少し進んだ右手奥に
石神神社?
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鎮座地:福山市神辺町上御領1092
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行った左手
地神碑
DSC_1517
鎮座地:福山市神辺町上御領
由緒、御祭神共に不明

更に進み、旧山陽道が南へ折れる処(勘違いから一本北の道を進んでいる)
不明神社
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鎮座地:福山市神辺町上御領456
由緒、御祭神共に不明

南へ進み、旧山陽道へ右折して進んで行くと前方右手石燈籠、右折して進んで行くと正面に
素戔嗚神社(天三宮)
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鎮座地:福山市神辺町上御領602
由緒、御祭神共に不明

更に山陽道を進んで行くと左手交番の少し先の右手奥(参道口に石燈籠)-今回は山陽道の路肩へ-少し手前の空地に車を停め、歩いて
不明神社
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鎮座地:福山市神辺町下御領
由緒、御祭神共に不明

東側に見える神社へ
木山神社
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鎮座地:福山市神辺町下御領359
由緒、御祭神共に不明

更に山陽道を進んで行くと右手に、かなり急な長い階段
不明神社
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福山市神辺町下御領383-2
由緒、御祭神共に不明

更に山陽道を進んで行くと前方右手に、石柱、池に沿って進むと右手奥に、西側に駐車場、今回東横側からの参詣だが旧山陽道側(南側)から
下御領八幡神社
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鎮座地:福山市神辺町下御領1073
由緒、御祭神共に不明
西側に『御野護国神社』、東側に『艮神社(その他)』こちらは境内末社?

直ぐ先の左手には
萩嶋稲荷神社
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鎮座地:福山市神辺町下御領
由緒、御祭神共に不明

北側に唐尾山国分寺があり広く南側が『備後國分寺跡』のようである

西側にある川の西側に神社、北側からでも南側からでもOKのようだが、国分寺跡の南側を見るため南へ、前方の181号を右折して西へ進み、橋を渡って直ぐ右折、前方T字路を左折して進むと右手に
荒神社
721-0000-14page
鎮座地:福山市神辺町湯野
由緒、御祭神共に不明

今日は神辺城跡付近までを予定していたが欲張り過ぎか無理、帰ることにする
181号迄引き返し左折して東へ、前方R313号左折して進むと左手山際に八幡神社が見える付近の右手に、八重垣?に囲まれた祠
春日神社
721-0000-04page
鎮座地:福山市神辺町上御領1285
由緒、御祭神共に不明

後は来た時の逆をたどり帰宅、早めにR180号を外したがここまで考えなくても渋滞して無かったか?

神社巡り-真庭市方面

天気も良く、旭川沿いに北上し桜を愛でながら、今日の目的、木山神社奥宮を目指すが、ついでにのんびりと付近を探訪しながら!
旭川沿いに大原橋まで27号で北上、218号を川沿いに進んで行き、牧山を通って野々口でR53号へ、福渡の先で左折して30号へ、直ぐ先の右手
菅原神社:岡山市北区建部町川口367
17065_菅原神社
桜が少しあったのつい寄ってしまった感じ

更に進んで行き、日本道路(株)の先の左手、川沿いに桜並木が見られるのでついでに
荒神宮:岡山市北区建部町三明寺
x0512_荒神宮

更に進んで行くと旭川ダム、このシーズンとしては意外と水量があり桜とマッチ?
結構多い桜並木を見ながら進んで行くと
四之宮八幡神社:久米郡美咲町栃原403
17034_四之宮八幡神社
付近には桜は多いが神社には?

更に進んで行くと前方に三休公園の桜が山の上に、更に進んで行くと右手に徳尾神社が、しかし神社側には桜が見られないので素通り

更に進み、橋を渡り北へ進んで行くと直ぐ
國玉神社:真庭市旦土276
14020_國玉神社

北へ進んで行くと美作落合でR313号へ、川沿いに進み前方右折して411号を進み『美作落合駅』で最初の予定を確認-この時点で木山寺方向は後回しに

411号を北東へ進んで行くと左手奥に、左折して神社手前の道の路肩へ

赤野八幡神社:真庭市赤野79
14091_赤野八幡神社
結構神社までシンドイ参道、一度来たはずだがこのシンドさの記憶なし、西側から北へ回り込む車参道を行くべきか-多分道は枯れ木等で厄介な状態と思われる

更に進んで行くと前方右手に桜の木右折して橋を渡り線路手前の路肩へ車停め-前回は線路際を進んでV字に曲がり神社横へ進んだがV字で苦労した記憶が?
下河内神社:真庭市下河内851
14084_下河内神社

411号を進み米子自動車道を潜った先、川を渡った直ぐ先を左手に進んで行くと前方にR181号、左折して進んで行くと熊野神社の標識、右折して進むと前方に案内標識、右折して進んで行くと『円融寺』、ここを左折して進んだ先
熊野神社:真庭市上河内3451
14085_熊野神社
神社の西側に大きな山桜が、円融寺に寄って裏側の桜を目指す、ついでに神社っぽい建物を探すが見当たらない-前の山、裏側にも建物は見られるがお堂

R181号を北西に進んで行き、目木川を渡った先を右折して327号北へ、前方に『版画の寺-毎来寺』の標識、この附近の路肩へ車を停め、左折した直ぐ先の右側奥を
不明祠と地神様
x1579page
鎮座地:真庭市目木
由緒、御祭神共に不明
毎来寺へ寄ってみるが裏側の山桜の大きな木以外特に無し

更に北へ進んで行き橋(余川)を渡ると前方に82号、左折して更に北へ進んで行くと次に65号、更に北へ進んで行くと前方左手に『足尾滝』の案内、左折して進んで行くと集落を過ぎた先右手に、手前にお堂が
不明社と地神様
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鎮座地:真庭市樫西
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと前方に
足尾神社
x1581page
鎮座地:真庭市樫西
由緒、御祭神共に不明

引き返し、82号と327号の分岐点を少し東へ進んだ奥
守吉神社:真庭市樫東1361
14079_守吉神社
隣りの『善住寺』を覗いてみるが特に何もない

327号を南下して、先程の『毎来寺』まで引き返し前の道を西へ右手二本目の道を右折して進んだ右手、近くに地蔵堂
不明祠と地蔵堂
x1582page
鎮座地:真庭市目木
由緒、御祭神共に不明
途中に地神碑と石灯籠あり

南へ出てR181号へ右折して西へ進み途中右手奥の
大宮神社:真庭市台金屋173
14081_大宮神社

要介護のワンコも機嫌が悪いが今日の目的の木山寺は目指すことに、R181号を西へ進み前方左折して329号へ、南西へ進むと前方にR313号、左折して南へ進んで行くと前方に『木山神社』の表示、右折して広い道をみちなりに進んで行くと中国自動車道越えて進んだ先に『参拝道』の表示、右折して進んで行くと前方に、赤い鳥居の処へ車を停め-上の方まで車で可能

木山神社:真庭市木山1265-1
14024_木山神社

神社前駐車場の案内に従い南方向へ、ぐるりと右にカーブしながら進んで行くと途中に鳥居、更に進んで行くと『木山寺』の案内と石燈籠V字に右折して曲りくねって進んで行くと『木山寺』
善覚稲荷神社(木山寺)
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鎮座地:真庭市木山
由緒:古くは社号を「善覚神社」と申し上げていた神社で、昔 小山善覚坊という修験者がおり、この善覚坊が伏見稲荷から勧請した稲荷神を拝み、霊感を使ってましたが、神の力が強くなり過ぎ、善覚坊の力では抑えきれなくなり、現在の奥宮と木山寺の間に社を建てて祀ったのが「善覚神社」の始まり
御祭神:倉稲魂命、赤衾衣奴大住日子佐別命、他

反対側坂道を登って行くと
木山神社奥宮
x1583page
鎮座地:真庭市木山
由緒:昭和37年に今の木山神社の場所へ遷宮(神様のお引越し)するまでは、この奥宮が木山神社でしが、元々、木山神社と木山寺は一体の神仏習合の「木山宮」でした。
古くは「木山牛頭天王」とも言われ、室町期には赤松義則・尼子晴久・宇喜多秀家・森忠政からも信仰を受け、寄進もされた記録が残っています。
建物は天正八年(1580年)に建てられたもので、岡山県の重要文化財にも指定されています。
また、奥宮境内地内の随身門は真庭市の重要文化財、随身門のなかに安置してある門客人神像も岡山県の重要文化財に指定されています。
御祭神:牛頭天王
帰りは随身門を下って行くとその先に鳥居が、右手をV字に進むと車で来た道に、位置としては少し手前、今回は道路工事の車両で塞がれていた。帰りも工事車両に道路自体がミキサー車とブルトーザーに塞がれていて北側の道を帰ることも考えたが曲りくねった細そうな山道、少し悩んでいると道を開けてくれたの木山神社から元の道へ南へ下ってR313号へ

醍醐桜も含め近くの神社を探したいが帰りが遅くなるので?、ワンコの機嫌が今日は良くないので帰宅、今度は66号から吉備高原を抜け空港脇を通り無事帰宅、時間が早いと市内R53号は比較的空いている。
今回も桜を目印にした神社探しは出来なかった、県内の主たる神社は終わりか?
まだ地元の人しか知らないような神社は残っていると思うのだが!
また、資料あさりと秋の祭りの幟か?

神社巡り-見知らぬ神社探訪-岡山北西

天気は曇り空、せっかくの桜が勿体無い感じ!
午後からは雨も降りそうなので少し遅いがR180号一宮の北側へ、最近出来た楢津東の信号を右折して総社・一宮バイパスを北上、未完成の突き当りを左折して進んで行くと川に行き着く、川沿いに南へ進んで行くと前方左手に丘、左折して進み、突き当り近辺に車を停め、前方右手の道を進んで行くと右手奥に社
不明神社
x1577page
鎮座地:岡山市北区今岡
由緒、御祭神共に不明
近くには桜は無かったが代わりに桃の花が!

更に西方向へ進んで行くと先ほどの川へ、渡ると前方に61号、右折、直ぐ左折して進み、突き当りを左折して進むと前方右手に坂道があり車で行けそうな気はするが近くで会った中学生に聞くと狭くて行かない方が良いとの事、前回は南側の中学校側から行っているの今回も南側を目指し途中の階段の側の空地に車を停め、元気なワンコを連れて参詣、ここは桜が多い、少し変わった桜の木も
艮御崎神社:岡山市北区辛川市場160
06002_艮御崎神社2

東へ戻り61号へ、北へ進み、高速の下で南西にあった八幡宮へ寄ることに、潜った先で左折して小さな川を渡り、川沿いに南へ進み、前方橋がある処に(ここに石灯篭)更に進み右手に曲がって進んで行くと途中にも石燈籠、進んだ先の突き当りを左折して南へ進み最初の広目の道を右折して西へ-非常に狭い住宅密集地-前方十字路の先右手奥に建物
日蓮様
x1578page
鎮座地:岡山市北区西辛川793
由緒、御祭神共に不明
深くは考えなくて!、参道口には満開の桜、奥にはまだ殆どが蕾の桜-やはり外すべきか?

先程の十字路まで引き返し右折して北へ、狭い住宅密集地を抜けた突き当りに鳥居、左手に進んで行った先の路肩へ車停め参詣(西側に駐車場があるがチェーンで封鎖)
八幡宮:岡山市北区西辛川1114-1
06040_八幡宮2

61号迄引き返し、北へ、前方右折して239号へ、進んだ直ぐ左手奥
宗形神社:岡山市北区大窪193
06039_宗形神社2

昼過ぎたので帰ることに、先に進み橋を渡った先を右折して進んでいると左手奥に石燈籠と建物、道が狭そうなので今回はパス、高速を潜った先左折して進んで行くと吉備SAのETC、先へ進んで238号、南へ進み前方右折すると総社・一宮バイパス、ここを通り帰宅の途に

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