岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

2017年09月

神社廻り-市内の小さな神社

女房のポケモン探しに付き合わされることが多いこの頃、車で移動していて急に「あっちこっちと」急に言われ大迷惑、市内等では一方通行規制だけでなく、時間指定の一方通行も多いので、ポケモンの位置情報のアプリをタブレットに入れることに!これで見つけた市内の未参詣稲荷神社へ今日は自転車で出発!

イオンモールの南、下石井のラーメン通りの西端に
井戸側稲荷大明神
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鎮座地:岡山市北区下石井2-8-14
由緒、御祭神共に不明

R53号の表町三丁目の信号の一本西の狭い道の奥に
髙砂稲荷大明神
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鎮座地:岡山市北区中央町3
由緒、御祭神共に不明

探せばまだまだ出てくるのか!気楽に続けていくつもり!

神社廻り-未参詣真備町

岡山県の未参詣神社巡りを、今回は真備町を中心に!
R180号、270号で高梁川へ、R486号で高梁川を越え山陽道を西へ向かい、前方川の手前を右折して、左手吉備寺前の駐車場へ、初っ端から小さな神社で無く、前回『吉備公廟』は『八田神社』の一環として参詣したの今回は明確に意識して参詣、吉備寺の境内、吉備寺の前にあるまきび公園をはさんで向かい側の階段を登ると
吉備公廟(吉備さま)
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鎮座地:倉敷市真備町箭田3792
由緒:まきび公園の南にある丘陵上にある、通称「吉備さま」と呼ばれ、神社の拝殿奥に 祀られている。御利益ー勉学・文教・書道、通常、神社の場合拝殿の後ろには本殿があるが、ここでは吉備公の廟がある。この廟の横は八田神社参道となっており、西奥には八田神社が祀られている。
御祭神:吉備真備

八田神社:倉敷市真備町箭田3887
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先程の道を北へ、前方Y字路を左手に、前方の信号を越えて進み、前方の左折して進むと『薬師寺』、ここの駐車場に車を停め南西の山中を探すが神社が分からない-この附近で農作業をしていた人に尋ねるが、この附近では薬師寺の境内の裏側にあるだけ?-整備された竹林で見晴らしはいいが分からない、仕方ないのでお寺の後ろへ-深く追求しない!
薬師さま(薬師寺)
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鎮座地:倉敷市真備町箭田3328
由緒、御祭神共に不明

左折した処まで引き返し左折して先へ進んで行くと前方左手に『矢砂公会堂』側に地神碑
地神碑
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鎮座地:倉敷市真備町箭田3138
由緒、御祭神共に不明

前方右手を進んで行くと前方左手に『五まい笹』-そば処-ここの近くに車を停め、前方突き当りにある神社へ
不明神社
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鎮座地:倉敷市真備町箭田
由緒、御祭神共に不明
下にある狛犬は新しいが上にある祠は?、今後どうなるか?

神社前の道を東へ進んで行くと右手に『箭田大塚古墳』-ロープが張ってあり車は進入禁止(54号沿いの池の側の駐車場を通常使用か、南側にルート)、今回は『まきび病院』の駐車場へ?
不明神社(箭田大塚古墳)
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鎮座地:倉敷市真備町箭田
由緒、御祭神共に不明
ここも付近は竹林で整備され、参道らしき道も見られるが登った先は神社跡?らしき場所と右手に集会所らしき建物

先へ進むと前方に54号、右折して進んで行くと前方にY字路、見落としやすいが手前の道を左折して進み、突き当りを右折して進んだ先に六体の地蔵様、この附近に車を停めて南を見ると赤い柱の建物、行ってみると『真備公産湯の井戸』、引き返し元の位置から少し東へ進むと
荒神社
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鎮座地:倉敷市真備町箭田
由緒、御祭神共に不明

南へ進み先程の『真備公産湯の井戸』-ここに駐車場有り、少し先に『真備公館址』その先の十字路を左折して進んで行くと左手に『真備公民館』前に車を停め、東方向へ、前方左折して進んだ左手-車で行って前方の王子団地入口付近(神社の裏)が広い(坂道)
王子宮
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鎮座地:倉敷市真備町箭田1616
由緒、御祭神共に不明

適当に東へ進めば良いような気もするが、道幅が分からないので一旦南へ進み広い道(山陽道)へ、左折して進み、前方左折して278号(県道とは思えない狭さ-一度間違えて行き過ぎる-蒔田石材店の手前)を進んで行くと右手に
不明神社
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鎮座地:倉敷市真備町箭田
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと右手に公会堂と広場、少し進んだ先を左折して進むが、何か狭い感じ、手前左手に来るを停め歩いて-前方へ坂道を登って行き(多少曲りくねって)、突き当り左手に進んで行くと前方右手の坂道を登って行った右手
御麗社
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鎮座地:倉敷市真備町箭田212
由緒、御祭神共に不明
帰りは坂道を下って、右折、左折、右折して進んで行くと車を停めた場所へ-いずれにしても少し狭い道

278号を進み、前方左手に赤い屋根の見える手前を左折して進み、突き当りを右折、次を左折して先の坂道を登った右手、登りきった先に墓地と広場
龍王宮
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鎮座地:倉敷市真備町有井
由緒、御祭神共に不明
この附近は広い新しい道と狭い古い道が混在しているのでどの道がベターかは判断が難しい

朝は涼しかったが非常に暑くなったのでばて気味、近辺の神社へ、直ぐ近くは見当たらないので広目の道を南へ、山陽道を東へ進み、『川辺交番南西』信号を右折して南へ、突き当りを左折、その先を右折して279号を進み、小田川を渡った先、左に大きくカーブ先右手に石柱、ここに車を停め、曲がりくねって西へ進み、最後民家の北側から廻り込んで進むと石段と鳥居
南山稲荷宮
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鎮座地:倉敷市真備町川辺
由緒、御祭神共に不明

更に南へ進み『柳井原貯水池』を左手に見える先、右折して470号を進み、直ぐ先を左折して進み、前方左手『大久保鉄工所』の少し手前の左手の丘の上
不明神社
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鎮座地:倉敷市船穂町柳井原
由緒、御祭神共に不明

470号を西へ進み、右にカーブした辺りの坂道に車を停め『みさき宮』を探すが分からず、次に進んだ先右折して北へ進み、左手『庄・萱原公会堂』付近で『庄・萱原の牛神』を尋ねると「西側の山の中-281号を北へ、小田川の手前を左折して進み、前方Y字路を左手進んで行って、広い場所を下った右手」と言われたが良く分からなかった。-早めの広場の近くに道が、この附近か?更に進んだ右手に白い手摺と石段があるがとても進める状態に無い

引き返そうかどうか悩むが以前から位置が良く分からなかった『素盞嗚神社』へ(最近やっとそれらしき場所)
道順が良く分からないので、無難に更に進んで行くと前方右手に『新倉敷変電所』更に進ん行くと54号の上を越えるのでその先を左折して54号へ、山陽自動車道のところで左折して自動車沿いに北東へ進んで行きその先自動車道を越える道橋が並行して二本、手前を右折、越えて左折、右折して進み『御名方神社』の横を通って進むと前方に池、その畔に、池の北を見ると神社らしき建物が
素盞嗚神社
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鎮座地:倉敷市船穂町船穂4746
由緒、御祭神共に不明
県神社庁記載の場所には存在せず、付近を探して見つけた神社-二ヶ所ありどちらか?-誰にも会わないので確認できなかった

池に至った道を進んで行くと広い道、少し進み左折して281号を北へ進み自動車道の処を大きくUカーブして進み、左手にカーブして進んで行った左手道路脇に

塞の神(道祖神)
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鎮座地:倉敷市船穂町船穂
由緒、御祭神共に不明

以前から気になっていた『上二万神社』の南、自動車道を越えた南にあると思われ『國司神社』、道端で草刈りをしていた人に尋ねると「この先道路脇の広い処に車を停めて、左手進んで行くと社だけの神社が在る」と言われたが、実際行ってみて全く分からない(この道は北側からは車の通れる道だが自動車道より南は未舗装-南側は直ぐに車の通行は無理)-疲れ切って帰ることに-前方を右手に取り下って行った先で279号へ、南側の橋を渡り、イオンモールの前を通って帰宅、時間が早く快適に帰宅

神社廻り-未参詣・清音

彼岸の墓参りのついでに奥さんに付き合い『ポケモン』のスポット探し?最近地図等で探しているが見つけられてない神社がこのポケモンで新しく見つかることがあるので時々付き合っている。今回清音方向へ行くのに寄り道しながら進んで行くと新しい神社が
牛神宮・祇園宮
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鎮座地:総社市西郡
由緒、御祭神共に不明
(270号で清音方向へ、『備中国分寺』を過ぎて進んだ『西郡』信号で左折して進み、2本目の道を右折、直ぐ先を左折した処にある以前参詣している『郡神社』へその先かなり狭くなるが南の山を目指して進むと坂道を少し進んだ処の墓地の前に空地、ここに車を停め歩いて少し先に-引き返すのに来た道は狭く嫌なので、前方右折して東側の道を北へ進んで行くと『西郡』信号へ

今度は270号を進んで行き、『総社南高入口』信号を左折して進み前方の信号を右折、更に進んだ先を左折して進んだ『軽部神社』の先にある墓地へ、そして清音駅近くの義姉の家に顔を出し、270号で帰宅、途中清音小学校手前を右折して進み右手に
木野山神社
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鎮座地:総社市清音軽部
由緒、御祭神共に不明

『ポケモン』も神社探しには役に立つと、今後も付き合うか?

神社巡り-県外伯耆編(倉吉)

どうも県内の神社を廻る気が起きない-ほとんどの神社は参詣をすませ、残りは?と言う感じ

先週と少し方向を変えて倉吉市方向へ(昨年三朝温泉方面の参詣をすませ、「次は何処へ」と云う時地震で中断-再挑戦と地震の傷跡は)、当初の予定ではR313号で県境超えて倉吉市南西方面(関金)の神社を廻る予定だったが勘違いしてR179号を北上していた、途中R313号(湯原)方向へ抜ける道があると思ったが、どれも曲りくねった山中の道のようである。あきらめて人形峠トンネルで県境を越え、一年ぶりに三朝温泉方向から倉吉市へ、(ここも最初は関金から入る予定をたてていたのだが。)
倉吉市の市街へ入ったが何処から廻ろうか悩むことに、結局、一応考えていた予定とほぼ逆コースで廻ることに!
R179号が北に曲がる『米田町』信号を左折して南へ、突き当りを左折して進み次のT字路を右折して進み、左手マンションの先を左折して進むと右手に坂道、邪魔にならないように少し先に停め歩いて坂道を登って行くと左手に石段と鳥居、少し距離はあるが登って行く-右手の道が車参道(意外と道幅は広いが歩いた方が無難か)
東山神社
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鎮座地:鳥取県倉吉市米田町568-4
由緒:古来より牛頭天王と称していた。
御祭神:素盞鳴尊、大山祇命、宇迦之御魂命、菅原道真命
やはり予想した通り一年では修復は難しいのが良く分かる、今後廻る神社も同様だろう-大きな神社はともかく、地域の神社は余計に難しいだろう、これまでも災害が無くても放置された神社を見てきたので!

今回予定の一番西側の神社へ、先ほどのR179号まで戻り北へ、前方『下田中町』の信号を右折して前方突き当りの一本手前の道を左折して進み、交通量の割に道が狭いので、少し行った『下田中薬師堂』横に車を停め北方向へ歩いて
勝宿禰神社
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鎮座地:鳥取県倉吉市下田中町113
由緒: 「三代實録」に、貞観13年(871)「授伯耆勝宿禰神従五位下」と記されている国史現在社らしい
御祭神:彦火火出見尊、宇迦御魂命
やはり予想通り地震の被害が、『南総里見八犬伝』のモデルの里見家がこちらに移封されていたとは!

R179号まで引き返し、前方の205号と出会う処の信号を左折して細い道を南へ、左手に『Nail's Qute』、ここを更に進んで行き、前方右手のごみステーション付近(しあわせ地蔵)に車を停め、歩いて先へ進んで行く-後で気付いたがこの道の入口(十字路)に石柱で『新宮神社参道」の表示が、また狭いけど神社の境内まで車で可能だが無理をしない方が無難
新宮神社
682-0816_新宮神社
鎮座地:鳥取県倉吉市駄経寺町55
由緒:古来より真宮大明神と称していた。
祭神:伊邪那岐命、伊邪那美命

先程の十字路を西に進んで行くと一歩手間で直進できず右折し次の205号を左折して進み前方信号の左手の石段前に車を停め歩いて-石段前に通行止め-注意して参詣へ
住吉神社
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鎮座地:鳥取県倉吉市住吉町3366
由緒:勧請年月・縁起・沿革等は全て不明
御祭神:底筒男命、中筒男命、上筒男命、神功皇后(不詳)
ここも倒壊跡が生々しい

前方へ進むと38号、西方向へ進んで行くと前方左手に石柱に注連縄の『黒住教倉吉大教会所』ここを左折して進み、突き当りを左折して進んだ先-前に駐車スペース
賀茂神社
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鳥取県倉吉市葵町584
由緒:往古、山城国上賀茂神社の祭神を勧請したと伝えられ、貞観9(876)年に記された「三代実録」に記されるなど歴史のある古社。天文年間(1532~1555)尼子晴久が再興、享保4年(1719)宗源宣旨により神階正一位を授かっています。明治維新の際、賀茂皇大神宮から現社名に改称され、郷社となりました。井戸のほとりにあった夕顔の蔦を伝い、天女が天に帰ったと伝わる「夕顔の井戸」も!
御祭神:賀茂別雷神
古代史ファンに天武天皇と日本書紀等を編纂させた藤原氏との関係、興味のある場所か?(天武天皇の皇居は鳥取県倉吉市打吹山の賀茂神社?)
ここも酷く地震の跡が残る!大きな神社?であり、結婚式場もあるので再建は早いか、今回は修復中であり、何らかの関係者を宮司さんが案内していたので

次の目的神社は『打吹公園』内、街中に車を置きっぱなしにするのも何かと問題があり、賀茂神社の左手奥に第2観光駐車場、別に何も競技を行ってないのに満車、やっと一台分空いていたのでかなり遠いが歩いて行くことに、倉吉博物館前を通って公園方面へ、広場の西端に
打吹正一位稲荷神社
682-0824_打吹正一位稲荷神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市仲ノ町
由緒:打吹正一位大明神は、古来より商売繁盛、縁結び、健康長寿、食物の神様として多くの皆様から崇められてまいりました。此処、打吹山中腹に鎮座して、倉吉(鳥取県中部)商工業発展の歴史と歩みを共にしてまいりました。老朽化が進み援助の依頼が、しかし今回の地震で状況が悪くなったか
御祭神:記載なし

位置的には直ぐ近くだが参道は無い、近くの幼稚園の先生に聞くと、西へ進み『飛龍閣-時の皇太子(大正天皇)の山陰行啓の際には、宿泊施設として使用』の先に参道在り
鎮霊神社
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鎮座地:鳥取県倉吉市仲ノ町3445-15
由緒:境内に標示されている
御祭神:護国の神霊

更に西へ住んで行くと前方に
大江神社
682-0824_大江神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市仲ノ町3455
由緒:大江磐代君は、廷享元年(1744)、市内湊町で生まれ、京に上って成子内親王に仕え、内親王が閑院宮典仁親王に嫁いだ時、その待姫となりました。明和8年(1771)、佑宮(光格天皇)ほか三皇子を産み、文化9年(1813)、69歳で没しました。
御祭神:大江磐代君(第119代光格天皇の生母)

38号へ出て西へ進んで行くと左手に
倉吉神社
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鎮座地:鳥取県倉吉市仲ノ町
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと右手に(花屋の隣り)左手に駐車場(花屋Orお寺)
木山神社
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鎮座地:鳥取県倉吉市瀬崎町2764
由緒、御祭神共に不明

お寺側、墓地の東側の中腹-石段は続いていると思われるが草木に覆われ参詣できず
秋葉神社
682-0864_秋葉神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市鍛冶町1丁目
由緒、御祭神共に不明

信号を北へ進み、川を渡った先を右折して進み信号手前の『倉吉福祉センター』前に車を停め、センターの西側JA鳥取中央の中に
同栄神社
682-0867_同栄神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市越殿町
由緒、御祭神共に不明

何かこの附近は街中のせいか一方通行が多そう、少しウロチョロしたが分かり難い、面倒なので先程の観光駐車場へ、むしろ第1の方が空いていたのでそちらへ、ここから歩いて街中へ、街中にも方々に駐車場がありそうだが下調べが必要-おかげで近くの神社を忘れて仕舞う-倉吉白壁土蔵群から川沿いに東へ進んで
荒神町神社
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鎮座地:鳥取県倉吉市荒神町
由緒、御祭神共に不明

此処の川を挟んだ南側に、境内に『駒姫八幡大菩薩』の社が(お寺の境内)
駒姫八幡大菩薩(大岳院)
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鎮座地:鳥取県倉吉市東町422
由緒:1605年に開創された曹洞宗の名刹。境内には「南総里見八犬伝」のモデルとなった安房国(千葉県)館山城最後の城主・里見安房守忠義公と8人の家臣がまつられている。忠義公が寄進したと伝えられる「三彩稜花刻花文盤」は県保護文化財である。
御祭神:山名氏豊とその娘の駒姫
ざっと見て出てしまったがのんびりすべきか

車に戻り、そして38号を西へ、前方左折して38号を進み右手の山の中程の右手に空地、ここに車を停め北側からの参道を探す、参道らしき跡はあるがとても通れる状態でない、近くで出会ったジョギング中の人に聞くと昔は赤い鳥居が幾つもあり立派だったが今は取り壊されて無いとの事、諦めて次へ(県外の神社でありこだわりは少ない!)
清熊稲荷神社(鳥取県倉吉市余戸谷町)

38号を進み、直ぐ右手の坂道を登った先-かなり広い駐車スペース
八幡神社(倉吉八幡宮)
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鎮座地:鳥取県倉吉市八幡町3626-3
由緒、御祭神の詳細見当たらない
ニュースでも良く取り上げられていたがやはり地震被害は甚大である。

前方へ坂を下って進み、右折して西へ進み前方橋を渡って進むとR313号へ少し早いが半分帰る気?
R313号を南へ進んで行き『コメリ小鴨』の少し先の『上古川』が斜めに走っている先を右折する予定だが工事中で通行止め、何処で右折しようかと思いながら信号の先を右折して進むと突き当りに『上小鴨駅(廃駅)』ここで行き止まりなので少し引き返し、前方左手のT字路を左折して、北へ進んで行くと右手に
上古川神社
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鎮座地:鳥取県倉吉市上古川
由緒、御祭神共に不明
境内横に『倉吉の鋳物師(斎江家)用具及び製品』の案内-国指定重要有形民俗文化財-斎江(さいごう)家は、寛永3年(1626)備中新見(岡山県新見市)から倉吉に移り創業したと伝えられています。江戸時代から昭和10年代までの間、鍋、釜をはじめ梵鐘(ぼんしょう)、鍬先等に至るまでの多種多様な鋳物を製造し、広く供給しました。
神社に関するかどうかは不明
前方を左折する-当初予定のコース-西へ進んで行くと前方道路工事中(広い道が出来上がりそう)、墓地の間の坂道を左手に登って行くと右手に-ここも祠が土台から外されている、地震の影響か?
神明神社
682-0934_神明神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市上古川
由緒、御祭神共に不明

前方へ進んで行って237号へ、左折して237号の南西へ、R313号へ出ようとも思ったがそのまま南西へ前方50号と出会う処、直進して細い道を登って行くと左手に
栂神社
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鎮座地:鳥取県倉吉市関金町大鳥居
由緒、御祭神共に不明

50号を進んで行くと前方にR313号右折して進むと右手に『日吉神社』車でちょっと廻ってみるが適当な道が見つからない、狭いが川沿いに東からが一番-今後

R313号を進んで行き、前方右手の115号(美作街道)を南へ進んで行くと右手に
矢送神社
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鎮座地:鳥取県倉吉市関金町山口447
由緒:詳細は未調査、蒜山から関金にかけての古代史
御祭神:天津彦火瓊瓊杵尊、天児屋根命、天太玉命、素盞鳴尊

直ぐ先を左折して進んで行くと前方左手に
浅井神社
682-0412_浅井神社page
鎮座地:鳥取県倉吉市関金町山口
由緒、御祭神共に不明

前方の坂道を登って行くと『道の駅犬挟』に、ここからR313号で帰宅することに、蒜山三座、湯原、勝山、久世、落合と旭川沿いに南下、30号で旭川ダムを通ってR53号へ、これまでと同様に帰宅-コースを勘違いし、疲れたというより何か中途半端な感じ!
-国会図書館に電子化された鳥取県神社誌があったので時間が有ったらゆっくり眺めてみることに!

神社巡り-因幡(智頭から河原)

岡山県内の神社も最近、結構見つけているが、何か強引に参詣している感じで、神社の持つ雰囲気に欠けている感じ、やはり県外の神社も偶にはと言う感じで、今回は八頭郡智頭町から河原城を目指しR53号を北上

赤磐市、美作市経由でR53号へ、R53号を曲りくねりながらどんどん進んで県境を越え、更に曲がりくねって進んで行くと、前方左手に那岐駅の案内、V字に左手曲がり、その先に295号、右手に聞くと那岐駅、左手に進んで行くと右手に鳥居
那岐神社
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鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町大背708
由緒:那岐山(1255m)は全体が古くから神として崇拝され、那岐大明神(奈義神)と呼ばれていた。のち宇塚村内に勧請され五穀豊穣の祈願がなされ、天徳年間(957~61)の初めに現社地の後山山頂に遷され、ついで現社地に移転したという。明治5年(1872)に那岐神社と改称されたが、明治2年から大正2年(1913)までに近郷神社37社を合祀している。大きな石造鳥居を二つくぐると土師川に架かる橋を渡り那岐神社の境内。鎌倉時代には、藤原・紀・伴・賀茂などの姓を名乗る郷の住人たちの信仰の中心であった。秋の例大祭では近在の村々から花籠が奉納される花籠祭りが催され、麒麟獅子舞や浦安の舞、子供相撲など多彩な奉納が繰り広げられる。麒麟獅子舞は江戸時代から続く神事の一つである。拝殿前の灯篭は延享3年(1746)、狛犬は嘉永6年(1853)の奉納という。本殿は寛文7年(1667)に再建されている。拝殿の脇には奉安殿、北野神社、稲荷神社が並んでいる。
御祭神:国常立、伊邪那岐、伊邪那美

引き返して東へ295号、296号と進んで行き、R53号へ出る手前を右折して南へ進みR53号を横切り更に進んで行くと集落を過ぎた先十字路の左手奥に
森岡神社
689-1443_森岡神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町真鹿野232
由緒、御祭神共に不明

R53号を北へ進み、『日の出サービス』前を右折して東へ進んだ右手奥(基本的に直進し、Y字路を右手に進んだ集落の突き当り-前方民家の後ろに鳥居)-R53号から入る処が分からず行き過ぎる、バス停の手前が目印?
向田神社
689-1432_向田神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町穂見883
由緒、御祭神共に不明

R53号を北へ進み、前方右手にパーキング、その先に水色の橋と火の見櫓、左折して進み、因美線を越えた右手二本目の道を右折して進み、左手石碑の手前に参道-適当な駐車場所がないので素早く参詣
秡谷神社
689-1437_秡谷神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町三田500
由緒、御祭神共に不明
前方へ進み、突き当りを右折して進みR53号へ

R53号を進んで行って6号と交わった先、右手の坂道の先、車で通行可能な幅であるが入り口に車止め
不明神社
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鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町智頭
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し、6号を西へ進み、前方橋を渡った右手奥に鳥居が、橋を渡った直ぐを右折して山側に進むと鳥居だが今回はこの道が工事中で通行止め、付近の路肩に車を停め歩いて-通行可能でもこの道は狭いので、橋の手前を右折、前方の左手の橋を渡り、突き当りを左折、次を右折、左折した先に駐車スペース-参道口には防護柵、近いと思ったがこれは随身門、結構奥にあり、車参道もあるがちょっと通行するには不安-路肩と土砂崩れ
金刀比羅神社
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鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町坂原461
由緒:金比羅神社 古くから北山権現といい、江戸時代のおわりころ、安政5年(1858)から讃岐の「金比羅」を勧請(かんじょう)しました。讃岐のコンピラさんは航海の神と豊漁の神として崇拝されましたが、のちに豊饒の神として農村でも祭るようになりました。しかし「金比羅」は、もともと十二神将の一つで仏であるため、明治初年の「神仏分離令」に神と仏を一緒に祭ることを禁止しました。この神社も破壊されましたが、明治15年、村のあつい信仰心によって「金刀比羅」神社としてよみがえりました。本殿壁面に、名工が刻んだ「八岐の大蛇退治」の彫刻があります。讃岐のコトヒラ神社は、祭神は大物主神(大国主神)で出雲の神を祭りますが、ここのコトヒラ神社はスサノウノ命と蛇の神を祭っています。古くから、「神無月」(旧10月)には全国の神々が出雲に集合しますが、蛇の神だけは「留守い神」といって土地を離れることをしないといわれていますから、収穫の神として崇める信仰が起こりました。
御祭神:須佐之男命
引き返してR53号へ戻り


R53号を進んで行った右手に40号、みちなりに山中の坂道を進んで行ってトンネルを抜けて下った少し先と進んだ少し先(板井原集落Pと案内表示)を右折して進んだ右手、直ぐ先に駐車スペース有
向山神社
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鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町市瀬
由緒、御祭神共に不明
全然知らなかったがこの地区は伝統的建造物群保存地区。
平家落人の隠れ里の伝説が残ると言われており、神社は国登録有形文化財らしいが良く分からない、豪雪地帯せいか神社の傷みの保護で覆う建物が多いのも分かり難さの一因か?県道の二桁代で問題は無いが山道の登りは意外と時間がかかる。

R53号へ戻り、R53号を進んで行き、自動車道を潜った先、右手の石碑(岩鼻神社)付近に車を停め、右手に入って行った奥、普通の車では難しいか!
岩鼻神社
689-1401_岩鼻神社page
鎮座地:鳥取県八頭郡智頭町市瀬
由緒、御祭神共に不明

53号を北へ進み、新中川橋先の左手をV字に下り直ぐを右折して進んだ先、早めに停車(線路脇)、階段の下で鳥居を眺めていると急に急行が、なるほど危ない-北側から廻り込めば問題ないが面倒、また山頂で急峻な山道を予想していたせいか意外と意外と登りやすく整備された道、「麒麟獅子舞」が行われている関係か?(線路を渡った先に社務所有り)
犬山神社
689-1225_犬山神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町宮原275
由緒:我が因幡国の犬飼部が本居として住んでいたのは此の地方であり其の狩猟の御山として此の山を(犬山)と云います。此の御山(犬山)に御宮を建てて大国主神を初め五柱の神々を御祀りしたので(犬山神社)と申します。~中略~ 古くから古用瀬、家奥、屋住、安蔵、山口、宮原、川中、樟木原、金屋の九個村は此の神社の氏子であり葦男の神に付属した村里でありました。~中略~(神社拝殿の額より)
御祭神:国常立尊、大己貴命、倉稲魂神、大山祇神、保食神、葦男大明神(葦原醜男神)

R53号を進んで行ってR482号との交差点を右折した突き当り、付近に結構駐車している車有りOKか?
東井神社
689-1201_東井神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町用瀬96
由緒:天暦年間(850年頃)に山城国紀伊郡八坂鎮座の八坂神社のスサノウノミコトを勧請(かんじょう)して、妙見大明神と称していました。記録の上では、慶安2年(1649年)のものが一番古いものです。秀吉来攻の際、兵火にあって縁起・棟礼等一切を焼失しましたが、藩政時代は郡内の大社で藩主のための祈願所でした。明治元年(1868年)に、産土(うぶすな)六社を合祀して東井神社を改称しました。現在の社殿は、明治5年鳥取藩の尚徳館にあった社殿を移して再建したもので、池田家の揚羽紋が随所に見えます。毎年5月3日の祭りで舞うキリン獅子は、文政11年(1828年)の作です。
御祭神:須佐之男命(妙見大明神)?
何故かここの末社は全て鳥居付き1

後で知ったが対岸の奇妙な建物は流しびなの館、前に『ひな神社』があるよう、北へ行く時ちょっと立ち寄るか!

R482号を西へ、右手のY字路を少し進んだ右手奥、手前に車を停め参詣したが、鳥居の左手に空きスペース、その先から境内へも入れる
宮谷神社
689-1211_宮谷神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町別府224
由緒、御祭神共に不明

R53号を進み右折してR482号を進んで行くと右手に鳥居、路肩は広いが国道、左手に多目的のグランド、奥に広い駐車場がありここに停める
鷹狩神社
689-1213_鷹狩神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町鷹狩204
由緒:創立年代は不詳であるが、藩政時代には、」ここ宮ノ谷に鎮座していたことが元禄八年(一六九五)以前の神道裁許状に「小田大明神」(国常立尊)と記されている。明治元年(一八六八)から「小田社」と称したが、明治六年「村社小田神社」と改称された。-中略-六神社を明治三十九年九月「小田神社」に合祀された。同年十月「鷹狩神社」に改称された。
御祭神:国常立尊
新しく奉納された石碑に記載

R482号を進んで行くと右手に旭丘集会所、その奥、車が多く停まっており歩いて参詣-道路に停めてあり、神社前は空いていた(未整備)
旭ケ丘神社
689-1213_旭ケ丘神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町鷹狩
由緒、御祭神共に不明

引き返し49号を西へ進み前方坂道の始まり附近の右手に階段と鳥居、少し先に車参道あり
美那理神社
689-1212_美那理神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市用瀬町美成
由緒、御祭神共に不明

R53号を進み、前方左折して195号を進み、3本目の道(集落の間を通る細い道)を左折して進んで行った右手-少し進んだY字路付近が広い
都波奈彌神社
680-1215_都波奈彌神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町和奈見475
由緒、御祭神共に不明

元の道を引き返し、少しR53号を進んだ左手バス停手前の路肩に車を停め右手、昔の歩行者用の踏切の後を強引に線路を越えて、右手に、突き当りを左折して山際に進んで行くと前方に-北側から廻り込んだら、車で行ける感じもするが、実際狭すぎるし、今回近くの人の車が参道を塞いでいた
太田神社
680-1216_太田神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町釜口1487-3
由緒、御祭神共に不明

R53号を進んだ右手『国英駅』方向へ右折し、最初の十字路を左折して進んで行くと右手山際に鳥居、付近は稲刈りで忙しそう、手前の路肩に車を停めて歩いて行くが、神社前に十分な駐車スペース-前方の山の中腹に『善南寺』面白そうな建物が見られるが今回は時間的な余裕も無く中止
釜口神社
680-1216_釜口神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町釜口1737
由緒、御祭神共に不明

前方へ進み、突き当り手前を左折して進んで行くと前方にR53号、左折してR53号を進んだトンネルの手前の道を左手に進んだ右手奥-車を停めて覗き込まないと分かり難い
黒木神社
680-1213_黒木神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町高福766
由緒、御祭神共に不明

先に進みR53号へ、道の駅の先を右折して324号を進んだ先、今回二本目の道を右折したため集落の中に入り失敗、狭い範囲なので神社前には到達できるが車を停める処を含め厄介、三本目の道を入り左折して山際に進んで行ったY字路の処、道の真ん中へ車を停めさっと参詣
福和田神社
680-1211_福和田神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町山手629
由緒、御祭神共に不明

時刻も遅くなりこれ以上は難しい、神社ではないが最終目標だった目印になりやすい河原城へ、
R53号から河原橋を渡り32号を北へ、右手橋を渡った直ぐの左手だがこの道は午前と午後の侵入禁止、交通量も多くゆっくり停まって確認できないので、少し進んだ左手の空地へ、歩いて参詣
樋口神社
680-1251_樋口神社page
鎮座地:鳥取県鳥取市河原町河原2
由緒:慶長(1602年)鹿野城主亀井茲矩(かめいこれのり)が、大井出用水の工事を始める際、傍に水路守護の神として市杵島姫命(いちきしまひめ‐の‐みこと)を祀って弁財天社となりました。明治元年八月、境内鎮座稲荷大明神(祭神 保食神)を合祀し、樋口神社と改称されました。
御祭神:市杵島姫命

神社巡りとしては今回はここまで、道も問題ないので河原城へ、五時を過ぎてもお城は空いていたが時間的に遅いので帰宅することに
R53号へ戻り南へ、直ぐ先のICから鳥取自動車道へ、智頭ICで下りてR53号で帰ることも考えたが、更に進み志度坂峠道路で西粟倉ICまで、ここからR373号で南へ、前方R429号へ、ここで右折してR429号で帰ったのが多分失敗、曲がりくねった山中の2級国道から前方左折して51号美作市へ-直進して5号を進み、R179号へ出るルートと同じ-後はR374号からR484号、27号で帰宅
有料区間を走るが佐用JCTまで進み、中国自動車道で美作ICまで行った方が良かったか?、時間も遅く神社を新しく見つける可能性はないので!!

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