岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

備前市

神社廻り-未参詣東方

姉の処へ女房に頼まれ犬のカレンダーと土産を届けに行く事に、ついでに県東部の未参詣神社を廻ることに
R2号を東に進み、吉井川の渡った先、『香登駅』の先『香登』信号で左折して進み、前方突き当りの山陽道を右折して進んで行く、大ケ池の先に進んだ交差点を直進し、突き当り(小川)の手前で右折、左折して川を渡り左折して北方向へ登って行き、池の先、付近の案内板のある空地に車を停め歩いて登って行くと砂防ダムの先、左手に下る道-入口に案内-前方に屏風岩風の山
高倉稲荷
x1847_高倉稲荷page
鎮座地:備前市伊部
由緒、御祭神共に不明

南へ引き返し、更に川沿いに進み、前方を左折して進んで行くと『伊部駅前』へ左折してR2号を進み前方右折してR250号を進んだ少し先の左手、路肩へ車を停め
お染正一位稲荷大明神
x1848_お染正一位稲荷大明神page
鎮座地:備前市伊部
由緒、御祭神共に不明

引き返し、R2号を横切り、R374号を北へ『伊部越え』先を更に進んで行くと右手にゴルフクラブの案内(現在は潰れている?)右折して進んで行った突き当りの右手
大根太明神
x1849_大根太明神page
鎮座地:備前市西片上
由緒、御祭神共に不明

R373号を進んで行き右手山の上に『天王神社』が見える先、橋を渡った先の『衣笠』信号を右手に、その先を右手斜めに進んで行くと踏切、突き当りに旧大國家住宅(国指定重要文化財)、右折して263号をみちなりに進んで行くと前方に橋、橋を渡り右折して96号を東方向へ進み前方右折して日笠川を渡って左手児童公園の先を左折して山陽本線のガードをくぐった先左手に
大内社
x1850_大内社page
鎮座地:和気郡和気町藤野
由緒、御祭神共に不明
道を挟んだ東側に『坂本大師堂』

先へ進んだ十字路付近に車を停め歩いて北へ、突き当りを右手斜めに進んだ左手に
不明祠
x1851_不明祠page
鎮座地:和気郡和気町藤野
由緒、御祭神共に不明

引き返して、先ほどの突き当りの右手奥に鳥居、山道が続き、その先左手に石段
不明神社
x1852_不明神社page
鎮座地:和気郡和気町藤野
由緒、御祭神共に不明

引き返し96号へ、左折して西方向へ、吉井川を渡り更に南西へと進み熊山、万富と進んで行った先、『宗堂』信号を左折して広目の道を南方向へ進んで行き、右にカーブする処を直進して細めの道を進んで行った左手に
不明神社
x1853_不明神社page
鎮座地:岡山市東区瀬戸町坂根
由緒、御祭神共に不明

今日は遠出する予定では無いので帰ろうかと思ったが、以前参詣し忘れた赤磐市の西を目指すことに
西へ進み『瀬戸橋』で右折して37号、27号で北へ、『下市』先の橋を左折して渡り、直ぐ右折して250号で北西へ、250号が右折する処を直進して六座神社の先を左折して、前方X路を右手にさせつ、右折して坂道を登って行くと『地蔵院』の下側へ-ここで今回の目的の普門院でないことに気が付いたが、非常に苦労してここまで来たので参詣することに、参道を登って行くと右手に空地
地蔵院:赤磐市上仁保561
何も考えずに右手へ下って行くと先程のX路に自然と出れる(下った先右手に進むと山門)、登るときは右手にとったので民家の間の直角に曲がる道をとったので非常に苦労(何回も車を降りて確認しつつ進む)
途中、07031_鴨布勢神社(六座神社):赤磐市上仁保699
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に参詣して250号を北上して目的の場所を目指す。
前方53号との交点を左折して進み前方Y字路を右手に川沿いに進んで行くと前方T字路に案内の石柱(何方に進んでもいい)前回右手に進み神社を目指したので今回は左手に、広い道ではないが問題なく山門に到着、上まで車で行けそうだが歩いて参詣、
普門院:赤磐市山口990
正面石段を登った先右手奥に
鎮守堂三王社(普門院)
x1854_鎮守堂三王社(普門院)page
鎮座地:赤磐市山口
由緒、御祭神共に不明
右手の道の方が良かったようである、途中パン菓子と柿を買って帰宅、意外と時間がかかっていた。

神社廻り-たつの市、その2

奥さんが旅行から帰ってしばらく家でのんびりと!天気はほどほどだったが何か寒い、また今週も天気が悪くなりそうだし、寒さも続くらしいので思い切って出かけるが、夕方奥さんはお出かけ、早く帰る必要はあるが代りに渋滞に巻き込まれ難いか?
R2号で県境を越えてからからどのルートでたつの市へ入ろうかと悩んでいたがずっと大型トラックにあおられている感じ、煩わしいので国道を外れてかわそうと思い前回と同様5号へ、トラックもついてくるのでうんざりしていると直ぐに外れてしまっている、同じ道を通るのもと思ったが仕方がない、5号を東へ進んで行き播磨自動車道を潜った先、『井上養蜂場』の表示の処を右折して進んで行くと右手山裾に石灯籠、行ってみると『岳神社』の参道、かなり急な石段、神社はまだかなり先なので車で行く事に、元の道を進み前方十字路を右折して進んだ右手、車止めが有り無理-滑り止めを施したコンクリートの車道と階段は整備-直ぐ先に舗装された空地、そこに居られた人に断り歩いて参詣
岳神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町長尾1028-42
由緒:創立年月不詳にして寛文3年(1663)、享保14年(1729)に本殿を再建。明治7年(1874)2月郷社に列し大正9年(1920)祭神玉與里媛命を日本武尊と訂正し同10年(1921)社務所を新築せり。
御祭神:日本武尊、応神天皇、菅原道真

引き返し十字路を南へ、左手池を過ぎた先太い道を左折して登って行った先(イオン物流)の手前の路肩へ車を停め、右手坂道を登って行くと神社の裏に、帰りは階段を下って行ったら車を停めた少し先に、Googleビューで見ると南側は車止めが有り進めない-未確認
679-4025_天満神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小畑658
由緒:不明、御祭神:菅原道真

元の道を更に南へ進み、左にカーブした先の十字路を左折して進み、2本目の道を左折して進んだ突き当り(手前に空地)-南側から廻り込む感じ
竹原八幡神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町竹原970
由緒:創立年月不詳。明治7年(1874)2月村社に列せられ大正9年(1920)幣殿前堂を新築し翌10年(1921)本殿を再建する。
御祭神:応神天皇

少し引き返し、前の道を東へ、三つ目の十字路を右折して前方広い道を左折、直ぐ先を右折して進んで行くと小さな池の先に空地、ここへ車を停め直ぐ先の石段を登り参詣
土師神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町土師梶ケ谷845
由緒:初め保食神を祀る稲荷神社なりしも此地附近は往古土師の一族の居住したる地にして龍野町字日山に野見宿禰の墓と伝ふるものあり。しかも宿禰の霊を土師部落の十町南方なる大陣原神社といふに祀り今に大陣原神社附近に於て彼等土師の一族が焼き捨てたる埴輪圓筒の破片を多数発掘するなり 。かくて大陣原神社を稲荷神社へ合祀すると共に附近の無格社(兵庫県神社誌)を合祀し以て明治41年(1908)頃現在地に移転し社名を土師神社と改称す。次いで大正9年(1920)2月村社に列せらる。
御祭神:保食神、野見宿禰命、神功皇后、素盞嗚尊、八幡皇大神、神戸大神、菅原道真、琴比羅大神

前の道を南へ下り、前方十字路を左折して進むと93号、左折して進むと前方に『土師』信号を右折して東へ、2本目の道を左折斜めに進んだ広い路肩へ車停め歩いて南東の内側へ-神社付近狭そうに思ったが神社北側に駐車スペースあり-ゆっくり進んで行くと右手奥に神社が見えるので右折して入って行けば問題ない
南山天満神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町南山695
由緒:創立年月不詳。明治7年(1874)2月村社に列せらる。天満神社と称す。
御祭神:菅原道真

少し先へ進み左折、次のY字路を左手に進むと右手に未舗装の参道-入口に石柱在り、近くの空地に駐車
七福神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町南山
由緒、御祭神共に不明

先程の道へ引き返し東へ進み、突き当りを右手、直ぐ先を左手に進み、2本目の狭い道を右折して進んだ突き当り-途中は少し狭いが境内に十分な駐車スペース
龍子神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町龍子
由緒、御祭神共に不明

元へ引き返し西へ、中間近くの十字路を右折して北へ、橋を2本渡った先を左折して西へ、『尾崎橋北詰』信号の先の橋付近に車を停め、橋を渡った民家の左手の道を進んだ奥-神社まで車で行けるが未舗装、駐車場所も未舗装なので歩いた方が賢明
三神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町尾崎
由緒、御祭神共に不明

川沿いの道を東方向へ、『北山南』信号で440号、東へ進んで行くと左手入った処に神社が見える、通行止め看板があったので路肩に車を停めて歩いたが、隣が公園で駐車スペースは十分
荒神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町前地
由緒、御祭神共に不明

公園にいた工事関係者に尋ねると神社前の道は北へ通行可能とのこと、北へ進み前方広めの道を右折して北東へ2本目の道を左折して進んで行くと前方Y字路の手前の右手に
龍石神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町佐江
由緒、御祭神共に不明

川沿いの道を南東に進み左手橋を渡って北東へ進んで行くと道が複数交差した地点、手前をV字に曲がって南東へ進んで行くと前方に赤い鳥居、その先を左折して進んだ左手
祝田神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町清水302
由緒:不明
御祭神:石龍比古命、石龍比賣命
隣りに王子八幡神社(御祭神:誉田別大神)

東へ進むと440号左折して進み、3本目の道を右折して進み、3本目の道を左折して進んだ右手
稲蒼魂神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小神
由緒、御祭神共に不明

北へ進むと5号、右折して進んだ直ぐ左折して北へ進み、前方Y字路を右手に進んで行くと右手に右折して進み、神社前の空地に駐車-防護柵在り
古宮神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小神542
由緒:無格社(兵庫県神社誌)
御祭神:天照国照彦火明命、市杵嶋比売命

神社前の道を南へ引き返す右手に(小神倶楽部の隣り)
三寳大荒神
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町小神
由緒、御祭神共に不明

5号を西へ進んで行くと『恩徳寺』の処(石柱あり)を右折して北へ進んで行くと前方に広い道、右折して進んで行くと左手に-神社の道を挟んだ反対側の山裾には神輿庫が
井関三神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町中垣内甲799-1
由緒:当社の創建は今から凡そ二千有余年の悠久の昔に遡る。社伝によれば人皇第10代崇神天皇2年(BC96)播磨国揖保郡亀の山に天照国照彦火明櫛玉饒早日命が勅命により鎮座されたのが始まりである。その後時代の推移により当社が亀の山より現在の井関の地に遷座された年代と経緯については諸説があり判然としない。他方亀の山の社地には当時より武甕槌命を祀り奥宮神社と称し殊に足利時代には亀の山に築城の赤松領主の篤い崇敬を受け、その後幾多の年月を経過して現在に至っている。瀬織津姫命は中垣内の庄屋八瀬氏により弘治元年(1555)山城の国京都より勧請合祀される。建御名方命は寛文12年(1672)脇坂安政公が龍野城主として入城の際、信州の飯田に鎮座の諏訪神社により勧請合祀されて之より井関三神社と称し、前記三神と奥宮神社の一神を斎祀して幾星霜、平成の御代の今日に至る迄連綿として御神威の広大無辺なる事を仰ぎみるのである。
御祭神:天照国照彦火明櫛玉饒速日命、瀬織津姫命、建御名方命、武甕槌命
石垣等が崩れている、何があったのか?

広い方の道を通って5号迄引き返し西へ、前方右折して『菖蒲谷公園』方向へ、3本目の道付近へ車を停め西方向へ歩いて行くと右手に-道が狭いと思っていたが意外と広く神社付近にも駐車は可能、民家前の小道を進んで行くと
金比羅神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町新宮
由緒、御祭神共に不明

先へ進み『新宮公民館』の案内がある付近に車を停め、歩いて西方向へ、公民館の先を右折、次を左折して進んで行くと右手に、畑を横切って参詣
下志荒神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町新宮
由緒、御祭神共に不明
神社の北側に駐車スペース、この道を東方向へ進み、前方十字路を右折して進んで行くと車を置いた場所の直ぐ北-道幅も広く車で十分可能

広い道を北へ進み、まばらに集落が左手に見える処の路肩(ダンプカーの通行が多く、この辺りの路肩が広い)へ車を停め、西方向へ進み前方右折して進んだ先、やはり防護柵があり予感は当たったが、広場の先なので車で行くべきだった。今日最初で最後の失敗?
熊野神社
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鎮座地:兵庫県たつの市揖西町新宮719-82
由緒:不詳
御祭神:伊弉冊命、豫母津事解命、速玉男命

少し早いが一人ぼっちのワンコとの約束もあり帰宅することに、来たコースをそのまま引き返す感じ!
R2号を西へ進みブルーラインへの道と閑谷への道の中間位、右手に山陽道のある左手で『竹本工業所』の案内板の所
神田宮
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鎮座地:備前市八木山
由緒、御祭神共に不明
ここはかなり前から分かっていたが東へ向かう時は上り坂で分かりやすいが反対側、西へ帰るときは下り坂で見落とし易いのでいずれと思っていたが放火されてしまい、非常に残念に思っていた場所、後は時間も早く問題なく帰宅!

神社巡り-備前市片上方面

奥さんの付き合いで毎年各地区の雛祭りを見に行っているが、今回は哲西町に行ったため、翌日一人で備前市片上の宇佐八幡宮の石段の雛飾りを見に行く-神社巡りの一貫として近いので
例によって旧R2号からR2号へ、伊部の先で右折してR250号を日生方面へ進み、前方『市民センター前』信号を直進、直ぐ左折して進んだ先、前回は何も行事が無かったので神社前に置けたが今回は、とても駄目、神社前を東へ進んだ右手の臨時駐車場へ
宇佐八幡宮:備前市西片上1
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土曜日のせいか結構な人出、雛祭りは最近のブーム?

街中に飾られているお雛様を見ながら山陽道を西へ進んで行くと外れ近くの右手奥に
三晃稲荷大明神
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鎮座地:備前市西片上
由緒、御祭神共に不明

神社からすると南側の山頂に『富田松山城跡』、西側に『茶臼山城』以前なら無視していたが最近は神社巡りだけでは仕方がないので、何故か?、前者は道が良く分からないが、後者は公園になっており自動車で通行可能な道が!R250号を戻り『片上』信号を右折して進むと突き当りに
不明神社
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鎮座地:備前市西片上
由緒、御祭神共に不明

直ぐ右折、左折を繰り返し山陽道を進み、前方を左手、左手に山頂を目指し茶臼山城と茶臼山公園へ

R250号を戻って行くと右手に石柱、右折して神社前に車を停め
恵美須神社:備前市西片上1891-1
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神社右手に山道が先程の茶臼山城へ通じているよう

更に西へ進み路肩へ車を停め北側の神社へ
若宮八幡宮:備前市浦伊部15
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『妙圀寺』を目指して進み、前の道を西へ進むと神社横へ、空地、Uターンスペース有

特に今日はどこかに行く予定も立ててないので帰宅の途に、途中『備前長船サービスエリア』の反対側の
靭負神社:瀬戸内市長船町長船1151
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更に進み、平島北の神社へ
北居都神社:岡山市東区東平島1468
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帰宅

神社廻り-備前・瀬戸内未参詣神社その2

此の処不安定な天候が続いているし、近距離の未参詣神社もかなり少なくなってきた。そろそろ瀬戸内海の島の神社も検討しよう思っていたら、日生沖の鹿久居島に橋が架かっている(日生大橋)し、以前から頭島は頭島大橋で鹿久居島と繋がっているのでこの方面を目指すことに、さらにハンセン病で知られた長島には沖に干潮時陸続きになる手影島に長島神社があるので潮見表で干潮時間を確認し出掛けることに、岡山バイパスから岡山ブルーラインで虫明インターへそして長島を目指す。

案内表示が出ているので問題なく邑久長島大橋へ、島に入っても結構先になるが長島愛生園先の愛生会館を目指す。目的の島は目の前にあり、ぴったり干潮、しかし防波堤に登ることはできるがとても降りれそうにない。目の前にある『曙教会』の方が親切に脚立で降りれるようにしてくれた。本当に親切で助かったが、駄目だったら再度降りる準備をして出直す必要があった。(海側から見て分かったが多分以前は降りられるように防波堤に降り口を付けていたが最近の高潮、津波のせいか降りれないようにしている)
長島神社
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鎮座地:瀬戸内市邑久町虫明
由緒、御祭神共に不明
光明皇后(安宿媛)が祭られているようである。いまさら説明の要はないだろうが、貧しい人に施しをするための施設「悲田院」、医療施設である「施薬院」を設置して慈善を行った。また、仏教の庇護者としてさまざまな伝説も伝えられており、光明皇后が、重症の癩病(らいびょう。ハンセン病)患者の膿をみずから吸ったところ、その病人が阿閦如来であったという話はよく知られている。国立ハンセン病療養所である邑久光明園はこの逸話から名付けられている。

ブルーラインへ戻り、東方向へ進んで行き備前日生インターで降り、右折してR250号を東へ、日生病院手前を右折して日生大橋を渡り道なりに進んで行くと頭島大橋、渡って進んで行くと右手に駐車場、その先に通行禁止っぽい表示があるが坂を下りて海沿いに進んで行くと小学校へ登る坂道、手前に車を停め、前方左手奥の神社を目指す。(神社入口に石柱、この辺りまでは車で、駐車スペースもあり)
頭島神社
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鎮座地:備前市日生町日生
由緒、御祭神共に不明

引き返す方向へ、坂道の途中左手に『南農園』の看板、左折して進んで行くと左手に、神社前に整備されてないが駐車スペースが、ここにきて分かったが北側からの道路沿いから降りられる参道は狭いし、ほとんど通行不可能状態
鹿久居神社
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鎮座地:備前市日生町日生3636-33
由緒、御祭神共に不明

日生大橋を渡り前方を右折してR250号を東へ進み、運動公園先右にカーブし橋を渡った先を左手に取り進んで行くと左手に、手前の路肩へ車を停め参詣-神社境内へ車で入れそうだが手前に車が停めてあり通行不能
寒河八幡宮
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鎮座地:備前市日生町寒河1022
由緒:当社は、寛文年間の創建ある。口碑によれば、往古は宮の谷に鎮座していたが、中古に至って現在の地に勧請したと伝われている。大正初年に現在の境内地を拡張整備し、新しい社殿を建立して村内に奉祀されていた諸社を合祀移転した。当国藩主・池田候の崇敬社として社領6斗を寄進された事が備陽国誌に記載されている。また、境内に現存している石灯籠に「寛文8年戊申8月15日又元禄16年癸末8月15日」などの文字があり、往古から当村の氏神として崇敬されていたことが伺える。明治41年2月1日に東宮山の村社富士神社(祭神・仲哀天皇、応神天皇、神功皇后、木花開耶姫神)を合祀した。 秋の御大祭には、浦安の舞が奉納され多くの参拝者で賑わう。
御祭神:仲哀天皇、応神天皇、神功皇后、木花開耶姫神
珍品の「南極の石」が舞納されている。この石は第25次南極観測支援のための砕氷艦「しらせ」の通信士として参加した寒河出身の海上自衛官熊本義明氏が昭和59年1月1日、昭和基地西方のオングル島で採取したもの。

元へ引き返しR250号を西へ、日生駅の先を直進し、日生中の北側、西側を廻り前方を右折して北方向へ、線路を潜り進んで行くと前方右手にゴミステーション、右折して更に進んで行くと再度ゴミステーション、この付近に車を停め東山手の神社を目指す-車でも可能かもしれないが坂道で直角に曲がる必要、Uターンを考えると歩くべき
鹿島八幡宮
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鎮座地:備前市日生町寒河
由緒、御祭神共に不明

先ほど曲がった学校まで引き返し、右折して狭い道を進んで行くと前方にY字路、近くの空地(多分私有地)に車を停め、民家の間を抜けて山側を目指す。-狭い道で分かり難いが山側を目指す
龍神社
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鎮座地:備前市日生町日生
由緒、御祭神共に不明

前の道を更に進み、突き当りを右折して進んで行くと前方に西念寺、西側の駐車場に車を停め歩いて参詣-ひたすら北方向を目指せば赤穂線を越え直進すると左手に-神社前まで車で可能、線路近く以外は広めだがUターンを考慮して停車すべき
大山祗神社
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鎮座地:備前市日生町日生
由緒:嘉吉年間(一四四一)年、今より約五四五年前領主赤松光祐の命により当部落の守護神として祭祈せよと云われその当時有志部落の人々によって祀られ現在に至る。
五輪の墓石については昔神仏一体と言っていた時代の名残、素人角力、盆踊りも時代の変遷とともに何時ともなく行われなくなっている。
御祭神:大山積の神

今日は干潮に合わせたせいもあるがまだ非常に速いが、この近辺に未参詣の神社はない、一瞬赤穂までとも思ったが思いとどまる

ブルーラインへ出て帰宅?途中黒井山により奥さんの土産に『パン菓子』を、やはり早すぎるので邑久インターで降りて牛窓方面と少し西へ外れている2神社を目指す
邑久インターから39号を少し走り『本庄』信号で右折して224号を西へ、前方の『夢二の生家』の表示を左折して229号を進み、前方左手の坂道を登り道なりに進んだ突き当りに、路肩へ車を停める
牛神社
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鎮座地:瀬戸内市邑久町本庄
由緒、御祭神共に不明

この神社は山の中、参道が分からないのでここから歩いて探すことに、前方の道を登って行くと右手山裾に赤い屋根の建物が、右折して進んで行くと建物と建物の間にコンクリートで舗装された道が、北側から廻り込む感じで神社に行きつく-一度位置だけを頼りに直線的に竹藪を進むが行き止まり
疫神社
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鎮座地:瀬戸内市邑久町本庄
由緒、御祭神共に不明

まだ早かったが本当に早めに帰宅

神社廻り-備前市・瀬戸内市方面

今日は本当に天気がいいし、朝は少し冷えたが、段々と良い気温に昼前だが近距離の処を選んで出掛ける-備前市、瀬戸内市と岡山の東方向で参詣を忘れている処を重点的に
2号線で備前大橋を渡り東信号を左折して進み、Uターンで2号線を潜り前方直ぐの小さな川沿いに右折して進み、八日市公会堂の東隣(前に駐車可能)-この川沿いの道は非常に狭い、小学生の通学時間帯は避けるべき-神社前の道は東へ進むと元の道の先に出れるので、左折して引き返し、右折して進み2号線へ出る。
八幡宮
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鎮座地:瀬戸内市長船町八日市252
由緒:備陽国誌及宝暦11年(1761年)神社書上帳、その他寛文11年(1671年)神社改帳に八日市八幡宮とある。池田家所蔵文書に、明治3年庚午書上神社明細帳六 邑久郡の部 備前国邑久郡八日市村鎮座 八幡宮社地弐反八畝外に宮籔林二反共境内除地とある。
御祭神:仲哀天皇、応神天皇、神功皇后

R2号を進んで行き、新幹線に出会い東にカーブする処(備前市坂根分庁舎方向)を左折して北へ進み、新幹線を潜って並行に少し進み左折して更に進み、前方川沿いに北へ進んで行くと小さな川沿いの右手、川を渡った先に
八幡宮
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鎮座地:備前市坂根56
由緒、御祭神共に不明
この神社も祭殿は柵で囲まれ境内に入れないようにしている。

旧山陽道へ戻り、東へ進んで適当な場所でR2号へ出て東へ進み、『香登駅』先の香登信号で右折して381号を進み、南下から左にカーブする辺りの奥(神社が見えるので路肩に車停め)
福田天神宮
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鎮座地:備前市福田982
由緒:創建年不詳なれど 本殿の記文に応永七年二月二十五日香登白久田の社とある。元禄七年棟札に正保三年再興とある
御蔡神:菅丞相

直ぐ先の381号南側に
荒神社
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鎮座地:備前市福田
由緒、御祭神共に不明

381号を更に進んだ先で備前焼の窯元が多く見られる手前
最上こっくり稲荷
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鎮座地:備前市福田
由緒、御祭神共に不明
附近の集落ぐるっと廻り民家の裏に見つけるが良く分からない

381号を南へ、425号と分かれる三叉路北
湯次神社
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鎮座地:瀬戸内市長船町磯上3277
由緒:当社は備前国総社本、その他山本氏本、大滝本、西大寺本、に従五位上湯次神明とあり、備前国古社128社の一つである。往古家高山の中央に鎮座していたが、嘉吉元年(1441年)現在地の山麓に移転したと言われる。旧社地には、根石の断片が点在する。中古より家高八幡宮と称されていたが、明治3年2月、旧号湯次神社と社号を改める。文明8年(1476年)、領主浦上若狭守則元並びに島村弾正左衛門内記景貫、本殿を再建す。寛文6年(1666年)より明治3年まで、藩主池田家より、代々社領畑高八斗ずつ寄進を受ける。昭和20年6月26日、神饌幣帛料を受ける神社に指定される。
御祭神:湯次神

381号を南下、『長船美しい森』の表示を左折後進み、前方十字路を右折、突き当りに鳥居(381号で左折して橋を渡った先、左折して進んだ突き当り、柏山公会堂の奥)
多賀神社
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鎮座地:瀬戸内市長船町磯上2889
由緒:当社は創立年月日不詳であるが、柏山の住人赤枝某の家系によれば、嘉応(1169年)以前の創立である事が判明している。社記に「赤枝織部藤原為房嘉応元年(1169年)事故ありて大和三輪の里より備前国邑久郡磯上村之内柏山に移り住む。為房大三輪明神の衛士なるを以て分神の御分体を多賀神の境内に勧請し、明徳元年(1390年)家族引連れ多賀神山の麓に住居す。」とある。当社は寿命長久を守護する神社として近郡村より参拝する者が多かった。昭和20年6月26日、神饌幣帛料を受ける神社に指定される。
御祭神:伊邪那岐命

381号へ戻り南へ進み、右にカーブする手前、五叉路の先のT字路を左折して進み、道が細くなる手前に車停め、北方向を進んだ先
沼名前神社
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鎮座地:瀬戸内市長船町磯上
由緒、御祭神共に不明

381号を南へ進んで行くと川に出会い83号に突き当る、左折して進み橋を1つ渡って、再度前方の橋を渡って直進すると長船東保育園、更に進んで行くと備前焼工房の先で山際に、左折して進んで行くが、前方山中に神社がある。前方カーブした先、墓地の駐車場に車停め、坂道を登って行くと前方T字路を右折して更に進むと、右手に下に降りる道、墓地の先を進んで行くと神社、参詣をすまし下へ降りて行くと先ほど左折した処へ
正一位稻荷神社
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鎮座地:瀬戸内市長船町牛文
由緒、御祭神共に不明
83号へ引き返し、西へ進んで行く

83号を西へ進んで行き、『東備リサイクルセンター』で右折して26号を進み、前方信号を右折して道なりに北方向へ進んで行く前方を左折して進んで行くと前方に『中国名鉄運送(株) 岡山支店』が、その直ぐ先を右折して進んで行くと突き当りに神社が
八幡宮
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鎮座地:備前市新庄1614
由緒、御祭神共に不明

元の道まで引き返し西へ進んで行くと、坂道の途中右手に石碑と石燈籠
天神山古墳の祠
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鎮座地:備前市新庄
由緒、御祭神共に不明
 
直進して進むと『山陽マルナカ長船店』で69号へ、南下して進んで行くと川の手前で83号へ、右折して進み、吉井川を越えて更に南へ、83号と分かれて左手土手沿いに進むと前方T字路の先に右手土手を降りる道を進んで行くと直ぐ右手に神社
八幡宮
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岡山市東区百枝月1466
由緒:当社の由緒沿革は不詳である。岡山市の近世寺社建築」に次の通り記載されている。本殿は三間社で屋根は入母屋造りである。柱は本柱が円柱、庇を几帳面取り角柱とする。組み物は大斗肘木。軒を一軒疎垂木とする。本柱と向拝は海老虹梁でつなぐ。正面側面三方に擬宝珠付き柱の高欄をめぐらし、向拝には浜床を設ける。柱間装置は正面中央間桟唐戸で、両脇間を板戸引き違いとし、背側面は全ての間を板壁とする。材は松が中心で、向拝廻りは特に吟味された良材を使用している。本殿の建立年代を示す資料はないが、木鼻や海老虹梁の渦の形状等の様式からみて、18世紀前期頃と思われる。なお、向拝の軒を二軒にする計画があったのかも知れない。派手さはないが、堅実な仕事がされている建物である。
御祭神:仲哀天皇、応神天皇、神功皇后
東側に車道あり

広めの道を選んで西へ進んで行くと37号西大寺線へ2号線の南で出会うので左折して南へ、雄神小へ入り、学校の南側を右折して進み川に出会うと左折して進んで行くと左手に石柱
荒神社
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鎮座地:岡山市東区富崎
由緒、御祭神共に不明

神社前の橋を渡り、バイパスを潜り進んで行くと右手に橋(砂川)を渡り右折して、次を間違え南へ進む、前方十字路を右折して進み吉原公会堂附近に車を停め、北へ、須sぐ左折して進んで行くと右手に神社
荒神社
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鎮座地:岡山市東区吉原190
由緒、御祭神共に不明

前の道を西方向へ進んで行くと右手に鳥居
天神八王子月尾宮
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鎮座地:岡山市東区西庄173
由緒:当社は本国総社神名帳に天神社、山本氏本、西大寺本に天神八王子月尾宮とある。備前国古社128社の1社で中古八幡宮を勧請し、天神社八幡宮と称したが、明治3年天神八王子月尾宮に復称した。平賀元義の考証によると「天神社同社坐月尾神社此社は金岡荘の総鎮守にて西荘村の月尾というところに大坐坐す故に古くは其麓を押し並べて神の原とぞいひける。今は富崎村の内の地名となれり」とある。備前風土記神名抄に上道郡天神社同社坐月尾社と見え、同一宮の楽頭本に上東郡天神月尾神と見える。古くは宮地が8町四方あり、朝廷から備前国の正税を充て御社を造営した。又和気郡大滝寺上道郡西大寺広尾寺修正会に「128社を祈れり。その神名を読申事御社を読申すに上東郡坐天神八王子月尾宮と上声に読申すよう其神名帳にみえたり」とある。
御祭神:武塔神、月讀命、八柱皇大神

山際近くの広めの道を西方向へ進んで行くと383号(長岡-益野線)に右折して、百間川から帰宅する

ギャラリー
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