岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

岡山

神社巡り-未参詣、倉敷・児島

最近国土地理院の地図で見つけた未参詣神社を求めて倉敷から児島方面をうろつくことに。
倉敷のパソコン教室へ通っていたときのコース、新幹線沿いに進み、倉敷JCTの先を左折し、中庄団地の西側を進み、『羽島東』信号を右折して74号を進み、前方22号の手前に右手斜めに進む道、22号に出る手前右角に
仏教関連の石塔
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鎮座地:倉敷市羽島
由緒、御祭神共に不明
付近を探してみたが神社っぽいのは見つからない、やはりお寺以外は神社マークで国土地理院は表示か?

22号を美観地区方向へ進み、前方倉敷川手前を左折して22号を南へ進み前方右折して(通いなれたトンネルから出た処)進んで行くと前方に60号、右折して北へ、八王子郵便局の手前『三社神社』前に来るを停め前の道を南へ進み、突き当りを右折して進んだ先-60号を走っていると西側に見える、-車は難しいと思ったが意外と広いし、横のマンション付近に駐車は可能、しかし、歩いた方が賢明!
不明神社
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鎮座地:倉敷市八王寺町
由緒、御祭神共に不明

60号を更に南へR429号を横切り更に南へ、R2号を潜った先275号を進み、前方左手『かなりや保育園』先を左折して同様に275号を東へ、前方左手の『仁科内科』の案内を左折して橋を渡った2本目の道を右折して進んだ右手-実際は一本間違えて北の道を、引き返す-やはり非常にゆっくり走らないと見落とす可能性大
天皇宮
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鎮座地:倉敷市吉岡124
由緒、御祭神共に不明

275号を引き返し、今度は南へ、高架の手前を左手に進み、前方を右折して高架を潜り『五軒屋』信号で左折、その先『江長』信号で右折、『竜の口』信号で左折して進み、前方7&11(今回潰れていた-左折する場所に注意が-コンビニらしき建物はまだあったが)先を左折してどんどん山中へ入って行った感じ、舗装がされ道もきれいに清掃されている感じ、逆に舗装されているので側溝が怖い、前方左手に階段、その先に駐車スペース、反対側の墓地には石燈籠が、更に進んで行くと前方左手に神社への車参道、手前の路肩は広いのでここに車を停めて参詣-車で行ける気はしたが安全の為
加盃成大明神
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鎮座地:倉敷市連島町矢柄
由緒、御祭神共に不明

更に登って行くと前方にX路、石柱に寂厳堂参道表示、案内に従って右手に進んで行くと前方に、前に駐車スペース
寂厳堂
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鎮座地:倉敷市連島町西之浦
由緒(寂厳和上追慕の碑):寂厳和上は江戸中期の高僧 字を諦乗 号を都羅道人 亀島道人 松石等という。元禄15年備中足守藩士の家に生まれ 十一歳吉備津普賢院の超染和上に従い出家京都遊学の後十九歳で倉敷市沖の円福寺に住持した。その後もしばしば上京して研鑽を積み 三十五歳 当時梵語学の泰斗(たいと)と仰がれた京都五智山の曇寂和上に師事 梵学を大成し 又その法流を相承した。四十歳連島宝島寺に住持 六十六歳 跡を高弟真染に譲り倉敷玉泉寺に退隠 明和八年七十歳入寂 その間宝島寺中興に肝脳を砕き 高く衆生済度の請願を掲げ 大いに弘法に努めながら研究 著述 講筳(こうえん)に亘って瞠目(どうもく)すべきものがある。平成3年宝島寺に現存するその遺文五八五点は 岡山県重要文化財に指定された。書における命名は既に生前より高く,慈雲 良寛とともに江戸期の僧門三筆と称せられ,その手跡は今も尚広く江湖の愛蔵珍重の的である。和上入寂にあたり 連島において 足守吉備津 倉敷を望見するこの大平山を墳墓の地とすることを切に遺嘱(いしょく)したと伝える 郷人風に墓前に祠(しじ)宇を建てて礼拝すること篤きは追慕の情の致す所 更に今加えて尊影略伝を刻み 永世不朽に伝えんとするものである。平成六年九月吉日 寂厳和上顕彰会

X路の所に
塞之紳
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鎮座地:倉敷市連島町西之浦
由緒、御祭神共に不明

今度は左手の道を下って行き、前方の道が分かれている処、右折、直ぐ左折して進んで行くとトンネルを出た広い道に、左手の道を下って北西へ進んだ『觀音寺』の先に
八幡神社
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鎮座地:倉敷市連島町西之浦4840
由緒、御祭神共に不明

『亀島山花と緑の丘公園』を目指すことに、先程のトンネルを南へ行った方が近そうだが、道が分かり難そうなので、北へ抜け、とR429号、R430号と進み進んで行くことに、前方『亀島橋』信号を左折して進み、前方信号の先を左折していけばいいのだが、2回も入る道を見落とし、嫌になったし、はやり丘の上まで行ったがやはり神社らしきものは見当たらない、雰囲気的にはあってもおかしくない丘だが、以前に行った『福喜神社』か、それともどこかに遷座されたのか?-車止めがかなり手前にあり、結構な距離を上がり降りすることに
ここに登って初めて広大なレンコン畑を見た

R430号をを進んで行き、前方『中畝七丁目』信号を右折して南へ進み、途中7&11でアイスクリーム補給、前方の信号を左折して進み、五本目の道を右折して進み、東から回り込んで公園へ、公園の西側の道を南へ進んで行った左手に-工場地帯は整然とした碁盤状、碁盤城だが集落は道が入り組んでおり、確認しながら進む
金刀比羅宮
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鎮座地:倉敷市松江3-16-15
由緒、御祭神共に不明

神社への入口の西側にも祠が
不明祠
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鎮座地:倉敷市松江
由緒、御祭神共に不明

東へ進むと八間川があり無理そうなので、一旦北へ進みR430号に、更にR430号を南へ進み前方276号を進んだ池の先の集落の左手の斜めの道を進んだ、前方小さな川の手前を左手に進んだ先-車は先程のY字路の処へ
不明神社
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鎮座地:倉敷市児島宇野津
由緒、御祭神共に不明

引き返して、R430号を南へ進み、前方『塩生三差路』信号を左手268号を進み、右手公園の側に車を停め西側へ
塩竈大明神
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鎮座地:倉敷市児島塩生
由緒:奈良時代から児島は文献により製塩の地として知られているが、塩生遺跡のほぼ中央に位置する塩竈大明神は、当時より製塩守護神として祀られていたと思われる。その由緒ある塩竈神社が、平成八年五月十九日未明の火災により拝殿が全焼したが、住民は直ちに再建に立ち上がり、企業及び地区住民の協力によって平成十年五月吉日落成した。
御祭神:塩竈大明神

R430号を進んで行き『通生浜』信号を右折して進んだ先のT字路に車を置き歩いて港方向へ、手前の道を右折して進んだ右手、前方へ『本荘八幡宮』の大鳥居
正一位稲荷神社
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鎮座地:倉敷市児島通生
由緒、御祭神共に不明
何か港への道が狭く感じたが、以前『本荘八幡宮』へは車で行っているので、なぜ思い出さなかったのか?

R430号を進んだ『赤崎駐在所』付近を探す、運よく交番の巡査に出会ったが分からない、交番の裏(東側)に何か跡みたいなものがあるが分からない

R430号を進み、前方左折してR430号を北へ進み、前方右折して児島観光港へ-機会があれば本島の神社巡りを計画するため-内側の道を北に進んで行くと右手奥に
明神宮
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鎮座地:倉敷市児島味野
由緒、御祭神共に不明

21号を南へ進んだ『大畠郵便局』の先『大宝寺』北側、路肩へ車を停め民家の間の狭い道をお寺へ、左手に細い道、その奥に
祇園宮
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鎮座地:倉敷市大畠1-18
由緒、御祭神共に不明

21号を曲りくねって進んだ南端、手前と参道途中に駐車場-途中に車止めがあり
鷲羽山不動明王
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鎮座地:倉敷市大畠
由緒、御祭神共に不明

ここで帰ろうかとも思ったが下津井で忘れていた神社を目指す、21号を下津井の端まで、そして21号が北上する一本東の通りを北へ、民家の外れの所に車を停め、民家の北側の道を進むと
産土荒神社
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鎮座地:倉敷市下津井
由緒、御祭神共に不明

車のカーナビのコースで帰宅しようとしたが、どうも自分の記憶としっくりこない、結局、21号、R430号、21号で普通に帰宅

神社巡り-未参詣、吉井川から吉野川水系

遠くへ出かけるのは新しい発見があり楽しいが、往復に時間を取られやはりシンドイ、今回は国土地理院の地図で見つけた未参詣の神社巡りを。
27号を進んで行き砂川を越えて253号を団地の中を進み、大きく右にカーブした先から東へ403号を走り赤坂手前で右折して403号を東へ走り前方左折して熊山ICから美作岡山道(79号)へ、まだ全線開通して無いので、前方で左にカーブして53号へ、右折して53号を進み東方向へ進んで行くと前方に吉井川、手前を左折して417号を川沿いにどんどん進んで行くと前方左手に『神国寺・天満宮』の標識、帰りに寄ることにし、更に進んで行くと集落を過ぎた先『一般車両通行不能』の案内の手前に広場とその奥に
不明神社
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鎮座地:和気郡和気町津瀬
由緒、御祭神共に不明

引き返し先程の標識の処を右折して進んだ直ぐの所右手に、お寺と共に殆ど埋もれた感じで
天満宮(神国寺)
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鎮座地:和気郡和気町米澤118
由緒、御祭神共に不明
ここ神国寺で西郷隆盛と備前岡山藩家老土倉正彦の会談の場所らしい

南へ戻り今度は吉井川東岸のR374号を北上していくと前方に『三保高原』の標識と信号、右手に進んで行くと、登り始めて直ぐ右手に墓地と、奥に『長樂の滝』更に曲りくねって登って行った処にウォーキングの案内板、まずはゴルフ場の南西角に(広い道を登って行くと自然に)、左折して進んで行くと前方に案内板、ここに車を停めて歩いて登って行ったが車でも可能
八幡宮
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鎮座地:和気郡和気町南山方582
由緒:寛文六年、南山方の惣右門、又右門の二氏が首唱して村民と謀り、南山方の八木尾の地に新に社殿を造った。同年二月十五日に矢田八幡宮から神霊を迎え、南山方氏神として奉祀した。更に元文四年五月三日南山方新宮の地に社殿を造営し、ここに奉遷した。寛政二年九月十六日社殿を改築した。現在の社殿である。
御祭神:特に記載なし

更に進んで行くと前方に案内板、路肩に車を停め案内板に従っていくと
天神様
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鎮座地:和気郡和気町南山方
由緒:菅原道実の社で、戦後九州太宰府天満宮より分神されて当地に祭られました。筆の神様、学問の神様として親しまれています。石段の前で履物を脱いで石段を登り礼拝、そのまま後ろ向きで降りますが危険ですのでご自由にしてください。
御祭神:菅原道実

更に進んで行き、前方左手に進み、集落の中、坂を下った突き当りの左手に案内板
竜王様
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鎮座地:和気郡和気町南山方
由緒:八大竜王様が祭られ、毎年七月十四日にはうどん礼拝を行い、水の恵み、豊作をお祝いします。
御祭神:八大竜王
実際は見落としてかなり先まで下ってしまった-ほとんど登ってきた道と出会う地点近くまで

先程の十字路まで引き返し、ゴルフ場に沿って東へ進んで行き、右の大きくカーブする処を左手の細い道を進み、普通に進めば、それから北へ進んだ左手に鳥居、少し行ったところに路肩、(ゴルフ場の北東の端付近、かなり細い山道)
天津神社
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鎮座地:和気郡和気町丸山
由緒、御祭神共に不明

前方の交差点を直進する感じで道なりに進んで行くと(こちら側の道は途中で?-左手に進んだ方が遠回りだが分り易いか)
上山神社:美作市上山1483
ここからは左手の道を更に北へ進んで行くと前方に90号、右折して坂道を下って行き、前方の信号の十字路を左折して414号を進んで行き、『長福寺』の三重塔を後ろに見ながら進んで行くと右手山の中腹に、前方右手の道を進み橋を渡って直ぐ右折して進んだ先の交差点に車を停め、右手に進み、コンクリートで舗装された道を進むと鳥居、その先に防護用電線、後は山道を登って行くと
天満大神宮
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鎮座地:美作市三保原
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くとR374号、右折して北へ進み道路脇に鳥居が見える少し先、注意して進んで行くと民家の後ろに鳥居、直ぐ先左手にごみ置き場と空地、ここに車を停め、民家の前を通ってて行くと前方に鳥居(上尾原公会堂の隣)
不明神社
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鎮座地:美作市巨勢
由緒、御祭神共に不明

北へ進み、前方橋を渡り美作岡山道方向へ、手前を右折して362号を、前方左折して349号を、かなり進んで行った右手に鳥居
後藤大神祇
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鎮座地:美作市長内
由緒、御祭神共に不明

一度元のR374号まで引き返し、R374号を進んで湯郷温泉を過ぎた先、前方右折してR179号を進み、少し行った先、左手坂道を登って安養寺へ-ハローワークもあり駐車場には困らない
金比羅大権現(安養寺)
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鎮座地:美作市林野48
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し左手の道を取り、前方右折して51号(西岸)を北へ向かって進んだY字路の直ぐ先の右手坂道を進んだ先に鳥居-この道は車ででも可能だがガードの無い坂道、降りるには不安な道(適当な駐車場が無かったので昼休みだった河田医院へ)
八幡宮
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鎮座地:美作市栄町
由緒、御祭神共に不明

先程の場所まで引き返し、R179号を東へ、前方右手『コメリ』の反対の山側-位置不明-付近を歩いてみたが分からなかった

R179号を東へ進み、前方直進して46号を進む予定のところ、見落として県境まで行ってしまった、前回も場所は違うが同じようなことをあまり面白みの道のせいか!
R179号を引き返し前方Y字路(『出雲街道土居宿』入口の看板)を右手に、前方姫新線の手前の右手坂道を登って行った先の広場(福城跡)の奥
城山稲荷神社
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鎮座地:美作市蓮花寺
由緒、御祭神共に不明

坂道を下り、前方を右手線路沿いに進んだ右手
役所稲荷神社
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鎮座地:美作市土居
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し線路を越えて46号へ、西へ向かって前方R179号へ(本来ならこの逆コースで)、R179号を西方向へ進んで行くと前方に中国道の標識と信号、右折して86号を進んで行くとIC入口、直進するとここからは365号、更に進んだ先の十字路を直進し進んで行くと前方まだ工事中、少し左手に進むと前方に日指の標識、右折してどんどん進んで行くと前方に
毘沙門天
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鎮座地:美作市日指
由緒:当山本尊毘沙門天は、本朝最初の出現にして今を距る千四百年の昔、聖徳太子十六歳の御時、守屋大連御誅罰の際、用明二年(586)3月3日生身の毘沙門天憤怒の姿にて出現し給い、禅定の弓・千恵の矢忽ち守屋の胸を貫き遂に逆臣を滅し給う。奈良朝の高僧行基菩薩日指山に登らるや山中振動し、如意珠の岡の頂に、方八尺の櫃を感得し給う。「南無大慈大悲福田多門天王宇賀宮天目一箇尊」と銘あり。
堂塔営構の対眼を起こし、この櫃の四周を道場の基礎として善美を尽くして、本堂を造立し、自ら天王の尊像を一木一像・一刀三礼して彫刻し、御丈五尺三寸で左手に宝塔・右手に宝剣を持って十万の敵をひしぐ憤怒の形相で足下に天の邪鬼を踏み全身黒肉色で頗る入心の妙を極め霊容峻厳にして威四辺を払う。豊臣秀吉朝鮮征伐の時、戦勝祈願霊験有りて感激のあまり尊前に百間の馬場を礎奉納される。堂塔伽藍具備し、壮麗を極めしも数度の兵火によりて灰儘に帰したが、多数信徒の帰依篤く法灯維持す。
例年正月3日は福徳瑞喜の霊験を授かろうと参詣者多数あり今日に至る。
御祭神:毘沙門天

ここから北にある神社を訪ねたいが、道は無い、『バレンタインパーク』付近から西の5号へ、豊野の集落の手前Y字路を左手み進んで行き突き当りを右折した先の路肩が広いのでここに車を停め、先にある民家の横の山道を登って行った先-近くの人に尋ねると観音堂との事、国土地理院はお寺以外の宗教施設は神社マークか?
不明神社(観音堂)
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鎮座地:美作市豊野
由緒、御祭神共に不明
二つの御堂には鈴が付けられており、少し神社っぽいか?

R179号迄引き返し、R179号を西へ、前方平福郵便局先を右折して354号を進んで行き、帰りでもいいと思ったがこの後他を廻るかもしれないので、左折して南へ進んで中国自動車道を潜った左手に、ガソリンスタンドの先を右左折して神社の前へ
五座神社
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鎮座地:美作市豊国原
由緒、御祭神共に不明

51号を北へ進み、前方Y字路左手に354号を進み、前方橋を渡った先を直進し、突き当り付近の『下香山公会堂』近辺に車を停め裏山を
下香山天神宮
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鎮座地:美作市下香山
由緒、御祭神共に不明

東へ進んだら354号へ出れそうだが狭そうなので一度引き返してから354号を進み、前方のY字路(先程の道を東へ出た場所)を右手に進んで行き、集落の中での突き当りのY字路を左手その先を左手登って行き戸坂ノ途中左手にコンクリートの道、その先にも同様にコンクリートの道、共にV字で廻り難そう、その先の広くなった路肩に車を停め歩いて上側の道を進んで行くとその先に(途中地図で確認しながら)
八幡神社
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鎮座地:勝田郡勝央町上香山
由緒、御祭神共に不明

更に坂道を登って行った前方十字路を左手に進んだ先のY字路を右手に果樹園らしき処を登って行ったらいいようだが、先に軽トラ停まっている、仕方ないので左手の道を進み、神社の下側から登って行くことに!
これが今日の大失敗、登って下った先で舗装が切れ、その先は真ん中が盛り上がった山道、とても進める状態ではない、ここに車を置いてテクテクと歩いて進んで行き、前方右手に登って行く山道右手の道をたっぷり時間をかけて登った先に
不明神社
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鎮座地:勝田郡勝央町豊久田
由緒、御祭神共に不明
やはり予想通り北へ抜ける山道在り、疲れる-後半だったので疲れたがそれほどの勾配の山道ではない-これから車まで引き返し切り返しの連続でやっとUターン、後は354号まで出て帰宅!やはり疲れた

神社巡り-近郊倉敷北

この前奥さんが買ってくれた靴、ネットで買ったらしいが酷い、新品だが何年前の靴か?、靴底がペロッとはがれてしまった。修理に三千円位かかるとのこと、もう一方も同様になる可能性は限りなく高い確率で起こるのでは、結局靴屋で破棄してもらう。奥さん曰く定価はかなりの値段らしいが幾らで買ったのか知らないが!
とにかく新しく来た靴の慣らしに、近くで残っていたかなりの山道を歩かなければならない神社へ

389号を進み、コンビに手前の『二子』信号で右折、その先を左折して進んで行くと右手に『利生院』がここの前に車を停め、お寺に入り、左手側から墓地の横を通って石段と言うより岩段を登って行く、かなり急な山道、しばらく進むと鳥居、その先に広場、ここから少し平坦な山道を進んで行くと前方に
金比羅宮
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鎮座地:倉敷市二子
由緒、御祭神共に不明
神社左手の山道を多少南側から廻り込むように進んで行と、鳥居、石燈籠、の先に
金比羅宮奥ノ院
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鎮座地:倉敷市二子
由緒、御祭神共に不明
車では全く行ける場所ではなく、脇道もある感じだが殆ど整備されて無い、今回の道は曲がりなりにも整備されている感じ

お寺前の道を進んで行き、自動車道を潜ってみちなりに進んで行き、前方の信号右折して生坂公園まで進みこの附近に車を停め、北側へ進み、左折、次の細い道を『玉翁寺』方向へ進んで行くと前方に鳥居、坂道を進んで行くと前方に
毘沙門天王
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鎮座地:倉敷市生坂
由緒、御祭神共に不明
何の関係か他所の国の神様も!深くは考えてない、最近国土地理院の地図で神社を探しているが、一部は地蔵堂等であることが多々ある。

やはり暑くて非常に疲れた、途中北側山頂に『山上大権現』が見えるが裸山の急な感じで全く気力なし、汗をたっぷりかき過ぎたので帰宅-最初から長時間の予定では無かったので

神社巡り-市内小神社+α

非常に暑い日々が続いている、ペットロスのせいか暑さのせいか、はたまた歳のせいか全く出かけて無い、昼過ぎから近辺で見つけた小さな神社(稲荷)を巡って見る-奥さんがやっているポケモンGoに付き合って市内を車で流していると表示された神社

先ずは跨線橋を渡り、直ぐの道(信号の手前)を左折して進んで行った右手
三喜稲荷大明神
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鎮座地:岡山市北区奉還町1丁目6−15
由緒、御祭神共に不明

前方へ進み、一方通行に注意して右折して進み、前方の広い道を右折して進み、跨線橋、旭川を渡った先左折し、直ぐの川へ下りる道(車止め)の処へ車を停め、右手階段を下りた先
不明祠
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鎮座地:岡山市中区浜1丁目
由緒、御祭神共に不明

先程の広い道(402号)を東へ少し進んだ次の信号の左手-以前から分っていたが何時でもという感じ延び延びに
白雲稲荷大神
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鎮座地:岡山市中区浜1丁目11−21
由緒、御祭神共に不明

西へ引き返しR53号を南へ、清輝橋交差点を右折、直ぐの信号を左折、直ぐ左折、右折して進んだ左手(中国銀行の裏だが表通りからは無理)
秋吉稲荷
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鎮座地:岡山市北区清輝橋2丁目3
由緒、御祭神共に不明

R30号を南へ、前方左折して『国際スケートリンク』方向へ、更に進んだ右手-この附近に車を停めたが、神社脇に駐車場
春日神社:岡山市北区七日市西町4-13
01057_春日神社2
東側に一の鳥居

東へ進み、前方右折して旭川土手沿いの213号を南へ進み前方Y字路を右手に進んだ左手
子安天満宮:岡山市北区十日市東町2-28
01022_子安天満宮2

神社の北西の角
旭稲荷神社(旭工業内)
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鎮座地:岡山市北区七日市東町8
由緒、御祭神共に不明

東側へ進んで先ほどの213号へ、『岡山製紙』の手前に石柱、少し進んだ先に鳥居、また南側にも鳥居
内宮:岡山市南区浜野1-3-8
01011_内宮2

先へ進んで行った岡山製紙内
稲荷神社(岡山製紙内)
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鎮座地:岡山市南区浜野1丁目5
由緒、御祭神共に不明

更に進み、製紙の先の路肩へ車を停め南側の松壽寺へ
鬼子母神の槐(松壽寺)
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鎮座地:岡山市南区浜野1丁目7−25
由緒:「鬼子母神の槐」は樹齢約五百年、根元周囲4.6メートル、高さ8メートルの大樹で、岡山市指定天然記念物になっている。寺伝によると、寛保三年(1743)八月八日夜、時の住職十五世日全は”鬼子母神”の夢をみた。それから八カ月後、いつものように祈願していたところ、本堂前の槐の木から神像が現れ、いま”おかげ”の空洞はその像の跡である。この神像は衣をまとい赤ちゃんを抱いて、十羅刹女に守られ、訪れる人にご利益(子ども)を授けるという。
御祭神:不明

土手沿いの道を更に進んで行った左手、旭川福島緑地内
住吉宮:岡山市南区福島1-8先
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流石に暑い、気楽にちょっと出かけたにしては長すぎた、土手沿いに北へ引き返し帰宅!

神社巡り-総社北西方面から矢掛へ

8月1日深夜、ワンコが亡くなった、17歳我が家ではこんなに長く生きたのは始めて、最近要介護犬だったので、何かポッコリ穴が空いた感じ、ワンコを偲びながら神社巡りを!

R180号で総社方面へ、高梁川に沿って北へ、豪渓から日羽の手前に、「妙見神社」を過ぎた先右折して北へ伯備線を潜った先、右手橋の手前、民家の間を左折して進んで行くと右手に、神社前の道路に車を停め参詣していると、軽トラが、前方左折して進んで行った線路の手前に路肩が広い場所が、ここに車を停めやり直し
荒神社(金毘羅宮)
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鎮座地:総社市日羽
由緒、御祭神共に不明
Googleマップには「金毘羅宮」とあるが神社には『荒神社神殿新築』の表示が

日羽駅前を通って左折して集落を進んで行くと前方に『山上大権現』の案内、不安ではあるが右折して山道を登って行く、途中に『平岩神社道祖神』あり、ここに車を停めこれから先は歩いて、右手に
山上大権現(平岩神社道祖神)
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鎮座地:総社市日羽
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行くと前方に石柱がこちら側の集落の神社か、一度参詣しているが東側からは初めて?-あまり関係ないが!
日羽八幡神社:総社市日羽661
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R180号へ出て少し進んだ左手に池、土手に石灯籠が、路肩に車を停めて池の土手へ、更に南側に神社らしき物、池から南へ進み、2本目の道を左折して進んだ右手地蔵堂の後ろに
不明神社
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鎮座地:総社市日羽
由緒、御祭神共に不明

R180号を少し進んだ右手に『普門寺』の石柱、この道は狭そうなので、少し進んだ右手の坂道を登って行くと右折した先にお寺の駐車場に車を停め南側の鳥居の階段を登った先
不明神社(普門寺)
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鎮座地:総社市日羽
由緒、御祭神共に不明

最初に見た道を下ってR180号へ(やはり狭い)、更に進んで行って次の集落を進んだ先、右手線路前に空地-ここに車が停まっていたので歩道に車を停め、線路を2本越えて進んで行くと、西側採石場へ通じる道へその先左手に
両疫神社
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鎮座地:総社市美袋
由緒、御祭神共に不明
線路を二本越えることが無かったら未舗装だが広い道、中間辺りに鳥居在り、ここで昆虫採集をしていた人に、虫の生態をチェックしているよう

R180号を進み、前方右折して進み、最初の十字路を左折して進んだ先を右折して進み、線路を越えた先から曲りくねった山道へ、先程両疫神社で出会った人に、車で通行可能と教えられていたが不安になるような道の連続、途中脇道は見られるが進みたくなるような道ではないので、どんどん進んで行くとやっと集落に!
その先色々な方向への道があるが右折して登って行く道を進んで行くと前方にY字路、ここに車を停め南方向へ-Googleマップでは神社へは右手脇道を進む感じだが、神社へ至る道しか現在は存在しない-車でも一応は可能
六社宮(橘神社)
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鎮座地:総社市宇山1
由緒、御祭神共に不明

先に進んで行くと集落に、中程に左手コンクリート舗装の道が、少し進んだ右手にジグザグの山道が登って行った先に
木野山神社
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鎮座地:総社市宇山
由緒、御祭神共に不明

ここからが今日の大失敗!北へ進んだ前方Y字路を右手下り坂をイメージ的に納得できず左手の坂道を登って行く、前方Y字路右手が行きやすいが狭い、苦労してV字に左手に進んで行ったが広めの道を進んで行くと先程の集落へ、結局元の道を引き返すことに、しかも途中タクシーに出会う、タクシーがバックしてギリギリに通れるところへ、やはり山道はこういう場合を考えると行く気が無くなるが!しかし可能性は非常に低いことは分かっているのだが
出先ではストリートビューが確認しにくいので事前の確認が必要だが現状では確認しにくい-今回も北東へ大きく迂回すれば広い道を通れて楽だったはず(引き返すにも先へ進にも)
R180号を前方左折して166号を進む、前方左折して166号を進み、前方『清梁園』前の路肩へ車を停め、園と左手民家の裏側を探すが分からない。
園の西側の駐車場の裏側の細い山道を進んで行くと左手上に
不明神社
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鎮座地:総社市原
由緒、御祭神共に不明
背後の山頂に何か建物がありそうだが道が全く分からない、誰かに聞く必要が?

166号を進んで行くと民家が無くなった先、本当に県道か思うような道を進んで行くと前方に36号が、左折して35号を進み鬼ヶ岳ダムを過ぎ、左にカーブした先左手道路脇に壊れた鳥居
不明神社
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鎮座地:小田郡矢掛町上高末
由緒、御祭神共に不明
鳥居脇の急斜面を登れば先にあるようには思われるが、急勾配の道無しは不安で中止

35号を少し進んだ左手左折してかなり進んだ先、『吉備津彦神社』迄は前回来ているがその先に神社があるとは思わなかったので
稲荷神社
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鎮座地:小田郡矢掛町上高末
由緒、御祭神共に不明

35号迄引き返し南へ、右手に見える『諏訪神社』は記憶にあるが、更に南へ進んだ右手に見える鳥居は特に覚えがなく、路肩へ車を停め歩いた
荒神社:小田郡矢掛町内田
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この程度の神社はどうも記憶に残ってない?

更に進んで行った右手橋を渡った左手に進んだ左手-手前に車を停めて
疫神社(+地蔵堂)
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鎮座地:小田郡矢掛町内田
由緒、御祭神共に不明

南下して矢掛へ、やはり暑くて疲れているので通常コースで帰宅-時間が早いのにかかわらず三門の所が渋滞していた。
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