岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

広島県

神社廻り-福山北西方面

寒くて出かける気があまり起きない、去年はどうしていたのだろう?意を決して広島県府中市方面へ-『府中』は国府所在地を表す一般名詞であり現在備後へ進出中なのでここは避けて通れない!
これまで通りR486号等で井原へ進み、その先R313号を進んで『御領』先『国分寺前』信号で右折して181号を進み府中へ、前方小さな川の所で工事で通行止め、右折して北へ進み前方左折して進んで行くと『小山池』へ、左手に
中条八幡神社(元宮)
720-2103_中条八幡神社(元宮)page
鎮座地:広島県福山市神辺町西中条
由緒、御祭神共に不明
(更に西へ進んだ先390号を北上した処に外宮があるが今回はあくまで府中へ、ここも工事での通行止めが無ければパスした処)

池沿いに進んで181号へ、更に181号進んで行って池の真ん中を進んだ先『道上小学校入口』信号を左折して215号を南へ進んだ左手に鳥居
岡山神社
721-0000_岡山神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町道上981
由緒:大同元年(八〇六年)備中国一宮・吉備津宮の御分霊を備後国宮内へ勧請の節、この地に一宿あり、その跡に宮を建て一宮大明神と崇め奉る。此節村中の民家三十六軒あり…
宝暦九年(一七五九年)神社書付差上の節「岡山大明神護国寺別当」と書上、以後「岡山社」と改唱す。 明治四年(一八七一年)七月四日道上村社に列せられる、岡山神社と号するは明治六年以後なり。大正二年、村内の小社を合祀し、同三年十九軒屋田中神社を合祀す。-詳細は境内石碑に記述
御祭神:大吉備津彦命
神社は亀山公園と並立している小丘上に鎮座して、この場所は弥生時代の遺跡・亀山弥生式遺跡のよう-名称の由来は分からない、地元に居ながら岡山の由来が分かってないので!
南北にも鳥居が有り、表参道の南に車参道が有り、駐車場を含め車でも可能だが歩いた方が!

南へ進んで行くと前方にR486号、右折して西方向へ進んで行くと左手に
十三軒屋荒神社
721-0000_十三軒屋荒神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町十三軒屋3-147
由緒、元禄十二年(1699年)に勧請とのみ記載(広島県神社誌)、創建以来十三軒屋の村社となり、今日まで氏神として崇敬
御祭神:火之加具土神

R486号を更に西へ進み、右手ハローズの先『万能倉南』信号を左折して392号、396号と直進し、芦田川を渡って右折して進み、土手下の道へ下りて進んで行った左手(前に空地あり)
當島八幡神社(多理比理神社)
720-1142_當島八幡神社(多理比理神社)page
鎮座地:広島県福山市駅家町大字上山守1183
由緒:当社は、大同二年(807年)豊後の国宇佐八幡宮の御分霊を勧請して祀られたと伝えられている。その後延元元年(一三三六年)延喜式の式内社に列記されております多理比理神社を合祀し現在地に社殿を再建して以後當島八幡神社として祭祀執り行われています。創始は古く品治郡東南部の十三カ村の総氏神として崇拝、明治五年村社、明治二十一年郷社に昇格される。
御祭神:誉田別神 足仲彦神 息長足姫神、多理比理神

神社の裏にグラウンド、その南側の道を西へ向かって進み左折して進んだ直ぐの右手
谷荒神社
720-1142_谷荒神社page
鎮座地:広島県福山市駅家町大字上山守1175
由緒、御祭神共に不明

グランドの右手の坂道を下り右手の細い道をカーブしながら進んで行った右手奥-実際は車を置いた処から南奥へ進んで行った
松浦荒神社2
720-1142_松浦荒神社2page
鎮座地:広島県福山市駅家町大字上山守1229
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し集落の間の道を東へ進み橋の東側の道を南へ進んだ正面
松浦荒神社
720-1142_松浦荒神社page
鎮座地:広島県福山市駅家町大字上山守1413
由緒、御祭神共に不明

先に進み前方を左折(大蔵宮の案内板)、左折、左折して進んだ先-石柱の間を進んだ先に駐車場(手前にも、坂道を登った先にも駐車可能)
大藏神社
720-1145_大藏神社page
鎮座地:広島県福山市駅家町大字今岡36
由緒、御祭神共に不明

引き返し前方、橋を渡って左折して進んで行く予定だったが侵入禁止の表示(後で確認すると大型車のみ)だったので前方を左折して395号で西へと進んで行くと前方にR486号、更に進んで行くと『戸手』駅の少し先、『戸手川橋東詰』信号を右折して進み、『上戸手』駅先の『神社入口』信号右折して進んだ左手-非常に狭い道、一度通り過ぎる
備後国一之宮 素盞嗚神社
729-3101_備後国一之宮 素盞嗚神社page
鎮座地:広島県福山市新市町大字戸手1-1
由緒:昔、北海に坐します武塔神……南海に出でまし しに日暮れぬ。その所に将来二人ありき、兄 の蘇民将来、甚く貧しく弟の巨旦将来、富 みて屋倉一百ありき……(備後風土記逸文)より、この附近一帯を疫の隈という。
蘇民将来「茅の輪」伝承発祥の地として、文 献上最古の記録を残すほか「疫の隈国社」として 延喜式神明帳にみえる古い歴史をもっている。素盞嗚尊は武塔天神あるいは祇園牛頭天王とも称され出雲神話の祖である。本社は備後三祇園の一社で七月の祇園 祭りは備後地方の夏祭りとして有名であり 祭り終了日の深夜、吉備津神社よりの「無言 神事」が今も行われている。明治初期までの神仏習合の一時期「早苗山 天龍院天王寺祇園社」と呼ばれた事もあり、早苗の 松の伝承を残した。
建造物のうち道路側の楼門は相方城(天正 年間・一五八〇年ごろ)の城門を移築している。
茅の輪くぐり:(旧暦六月三十日、直径約二メートル の茅の輪をつくり無病息災・厄除けを願って 茅の輪をくぐる行事をいう)
御祭神:素盞嗚尊、稲田姫命、八王子

神社前の駐車場を北へ進み、左折して用水路沿いに進んだ先、左手の神社の駐車場の先を右折して坂道を登って行った先、墓地の反対側-空地在り
向市天神社
729-3103_向市天神社page
鎮座地:広島県福山市新市町大字新市
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行き、『大佐山運動公園』の北、駐車場の右手に鳥居-山の中腹、道、参道ともかなりな坂道
大山大神社
729-3103_大山大神社page
鎮座地:広島県福山市新市町大字新市
由緒、御祭神共に不明

引き返し、西へ進み左折して進み前方『神谷川橋東詰』で左折、土手沿いの細い道(一方通行)進み線路を越えた先のY字路を左手に進んだ左手-左手の車が多く難しく、左折して広い道を進み、先にある『FamiyMart』に車を置き横の道を通って南から廻り込んで-帰りは運送会社の構内を通って
恵比須神社
729-3103_恵比須神社page
鎮座地:広島県福山市新市町大字新市
由緒、御祭神共に不明

入って行った所まで引き返し左折して川を渡って進んだ先『新市支所』信号で26号、進んで行って『新市駅前』信号で右折して進んだ左手、適当な駐車場が無かったので近くの『小野医院』の駐車場へ車を置かしてもらい歩いて参詣
穴荒神社
729-3103_穴荒神社page
鎮座地:広島県福山市新市町大字新市1120
由緒、御祭神共に不明
隣りに豊瀧稲荷がある

手前の石段の先に
不明神社
726-0012_新市神社page
鎮座地:広島県府中市中須町
由緒、御祭神共に不明

医院の側の坂道を登った先、車で通行できる広さであるが急な坂道であり、最初は駐車場の位置も分からないので歩いた方が賢明
新市神社
726-0012_新市神社page
鎮座地:広島県府中市中須町
由緒:この社は往時新市町に固有の氏神様が無いことから町内の有志より神社建立の気運が高まり、昭和12・3年に出原安太郎翁が町民の健康と繁栄を祈念し、私財を投じて町内が一望できるこの地(お旅山)に現社殿を建立した事に始まります。その後、昭和37年、62年に社殿の修復工事をしました。
御祭神:天照大神、宮島大明神、黄蕃大明神
更に上に登った先に何かありそうだがシンドイので中止-大黒様と経営羅針盤が

更に26号を北へ進み左手『ハート新市店』の駐車場へ車を停め、手前の道を進み、前方左手に進んで行った右奥
五社稲荷神社
729-3103_五社稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市新市町大字新市
由緒、御祭神共に不明

引き返し北へ進んだ左手
古市荒神社
729-3103_古市荒神社page
鎮座地:広島県福山市新市町大字新市
由緒、御祭神共に不明

26号を更に北へ進み、今日の目的である吉備津神社を目指す。右手に池、反対側に鳥居、池の北側の駐車場へ車を停め先ずはいけの周囲を半周
厳島神社
729-3104_厳島神社page
鎮座地:広島県福山市新市町大字宮内419
由緒、御祭神共に不明

池の反対側に
胡神社
729-3104_胡神社page
鎮座地:広島県福山市新市町大字宮内
由緒、御祭神共に不明

鳥居を潜って奥に
備後国一之宮 吉備津神社
729-3104_備後国一之宮 吉備津神社page
鎮座地:広島県福山市新市町大字宮内400
由緒:御創建は平城天皇の御代、大同元(806)年3月、備中中山吉備津神社より分祀されたと伝えられ、古い記録を見ると「備後国吉備津宮八講之縁起」には、長和3(1014)年法華八講が始められたとされています。また、京都祇園社(八坂神社)の「社家條々記録」には、久安4(1148)年、法華八講会の御八講料所として当社が宛てられたことが記されています。鎌倉時代に入り、「百錬抄」には、寛喜元(1229)年11月27日、備後国吉備津宮焼失とあり、その後、再建ののち、時宗を開いた一遍上人が弘安10(1287)年、当社を参詣し、その様子は国宝「一遍上人絵伝(一遍聖絵)」(鎌倉・清浄光寺蔵)に描かれています。そして、永仁5(1298)年、京都六波羅より神領壱万六千貫を受け、当時の繁栄ぶりがうかがわれます。南北朝の争乱期、「太平記」には、元弘元(1331)年9月、桜山茲俊公が楠木正成公と東西相呼応し、ここ一宮で倒幕の兵を挙げたことがでてきます。楠木公の赤坂城落城の誤報を受け、もはやこれまでと、元弘2年正月21日、妻子一族郎党と共に自刃され、兵火は一宮まで及んだと伝えられています。「吉備津宮勘合略記」には、永和2(1376)年、小野宮左近将監により本殿が再建され、この時、三宮を正宮一宮とし、南北の二宮は正宮に合祀したことが記されています。
御祭神:大吉備津彦命、大日本根子彦太瓊命、細比売命、稚武吉備津彦命
やはりこれ位の規模の神社では境内社を確認しながら廻らないと見落としがある可能性が!
境内図を参照しながら参詣したので見落としはないが、ほぼ終わりに近づいた頃、バッテリー切れ、車で充電しようと思ったが殆どできない、タブレットのバッテリーが良くないのか、長距離移動でバッテリーの消耗が激しいのか色々問題があるような気がする。それとシガーソケットUSBアダプターで充電するには最低2A以上が必須のよう、今回1Aの物では30分でも3%程度の充電、立ち上げて 写真を撮ろうとすると0%に

無駄に時間を費やし、遅くなったのでほぼ来たコースの逆で帰宅、少し遅くなったので空いていると思ったが渋滞、今回は吉備津神社から吉備津彦神社の脇を通ってスムースに行った思ったが、岡山駅西口付近で大渋滞?、通常通りR180号で帰宅した方が良かったか?

神社廻り-福山中心部

県内の神社は巡ると言うより単発の神社参詣?、どうも他国進出になる傾向。
R2号が便利が良いと思うが何か渋滞していると言うイメージが、新幹線に沿って倉敷方面へ、高梁川手前の信号を左折して進んで行くと前方にR2号右折して合流しR2号で福山へ、途中少し寄り道をすればまだ未参詣の神社はあるのだが今回も無し!
R2号を進んで行き東福山を過ぎ、R182号を横切って進んだ先、右手に直進していくと左手に参道-近くに車を停めれるか、その先左折して進んだ左手に参道-付近に駐車は?
『千間土手西』信号で右折する処を間違えて『千間土手中』信号で右折北へ進み陸橋手前の『東部陸橋南』信号で下側の側道を進み、前方を左折して進んで行き突き当りを右折し、線路の手前に
艮神社
721-0974_艮神社page
鎮座地:広島県福山市東深津町4丁目6
由緒、御祭神共に不明
備後一宮の吉備津神社に分祀されていたものをこの地へ遷移したもののよう-由緒を記した石版あり

神社西の道を南西に進んで行くと前方の小山の上に神社-当初予定の『パチンコハリウッド』の先を右折して進んだX路に-付近は駐車スペースがありそうで意外と無く車の通行も多いのでパチンコ屋の駐車場へ車を停めて歩くことに-北側か西側か悩んだが西側へ-川沿いに南側から廻り込み、途中狭い道を右折して進み再度川沿いに、その先右手に狭い参道、進んで行くと稲荷神社跡、その先左手手前に稲荷神社、その奥に
深津王子神社
721-0974_深津王子神社page
鎮座地:広島県福山市東深津町5丁目15
由緒:備後国風土記によれば、須佐之男命が朝鮮より八王子と共に帰朝し、吾等を信仰すれば、その子孫を疫病から守ると申されたので、深津郡の人々はこの深津島山に王子神社を建て、以て広く当地方の人々の崇敬するところとなる。 式内社研究者、元京都学芸大学教授・文学博士・志都剛氏の説によると、延喜式神名帳に載せられている備後国深津郡須佐能袁能神社は当社であると断定されている 昭和57年3月」とあるが諸説あり深くは考慮しない
御祭神:須佐之男命、八王子
稲荷神社
721-0974_稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市東深津町5丁目18−20
由緒、御祭神共に不明
両神社の間に北からの参道(ここが表参道)付近一帯住宅地であり何か駐車し難い雰囲気-境内は広いが最初に階段が有り車は無理

最初の神社まで引き返し、線路を渡って北東へ進んだ左手-境内へはストリートビューで車止めが見られたが今回は無かったし、側の路肩は広い
深津塩崎神社
721-0974_深津塩崎神社page
鎮座地:広島県福山市東深津町6丁目15
由緒:創立代は正保三年、前領主水野勝成公によって再建されたと伝えられる。難航する干拓事業の成就を祈願してからは千間土手が決壊しなくなった経緯は数々の歴史書に記されている。
御祭神:住吉三神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)

曲りくねっている道が多く道幅も良く分からない先に進んで前方広目の道を左折して進むと右手に保育所の駐車場、園児を遊ばしている先生に断り歩いて神社を探すことに!
先に進んで行き、左手の狭い道を進んで行くと少し広い道に右折して進んで行くと左手丘の上に石灯篭、先に進んだ突き当りの左手に石段、先に先ほど見えた『金比羅宮の常夜灯』と石碑、その先に
辻の坂稲荷神社
721-0974_辻の坂稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市東深津町6丁目10-10
由緒、御祭神共に不明
(新幹線を潜った先を線路沿いに西へ進み、坂を登った先の東側)この道は広い

前の道を北へ進み、T字路の先へ進んで行った左手3本目の道の奥
西荒神社
721-0974_西荒神社page
鎮座地:広島県福山市東深津町6丁目3
由緒、御祭神共に不明

引き返して線路沿いを西へ進むとR313号を突っ切り進んで行くと右手に公園と『水野勝成墓』此処に車会を停め歩いて北へ進み、前方左折、直ぐ右折して進んだ左手
森島稲荷神社
720-0052_森島稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市東町3丁目7
由緒、御祭神共に不明

更に線路沿いに西へ進み『東5番』の信号を右折して進んだ左手(レンガ造りの車道)
大黒神社
720-0053_大黒神社page
鎮座地:広島県福山市大黒町1
由緒、御祭神共に不明

線路沿いに進んで行くと正面に福山城跡、右折して北へ進み、前方左折して進み『蓮池東』信号を右折、左折して進み左手に
福山八幡宮
720-0073_福山八幡宮page
鎮座地:広島県福山市北吉津町1丁目2-16
由緒:当地方を「穴の海」と呼ばれていた頃、後に福山城地となった深津島山に2つの八幡宮が奉祀されていました。その後天文年中(1532-55)に杉原播磨守が社殿を新に造営、毛利輝元、福島正則等の為政者も信仰厚く報賽されていたと伝えられています。元和5年(1619)水野勝成公が備後国主として赴任されるや、新しい居城として福山城を造営される事となり、2つのお社は夫々延広小路、野上口へと遷されました。天和3年(1683)第4代藩主水野勝慶公の時、今の松廼尾山に改めて福山総鎮守のお社として本殿、幣殿、拝殿、随神門、鳥居、惣門など東西に同一規模、同一形式にて並び建てられ、一般に両社八幡とも呼ばれ、広く崇敬せられてきました。昭和44年(1969)両社の法人格を合併、社名も旧に復し福山八幡宮とし、神社本庁の別表神社として新たに発足しました。
御祭神:応神天皇、神功皇后、比売大神
奥に鍛治神社、聰敏神社等が

神社前の道の東側から南側の福山城跡へ-東側から-前方に鳥居、今回は左手に取り東側から-八幡宮に車を置いてきたがここにも駐車場、場内も結構広く路肩に結構車を停めている
三蔵稲荷神社
720-0061_三蔵稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市丸之内1丁目8-7
由緒:三蔵稲荷神社は、福山の開祖、水野勝成公が福山城を築城する時に、守護神として祀った神社です。勝成公は二十一歳の時、三河国刈屋の城より放浪と武者修行の旅に出ました。その際に、祖父、忠政公が京都伏見稲荷大社より受けられたご神体を授かりました。勝成公は、四国・九州での戦においてもご神体を肌身離さず持ち続け、お稲荷さんのご加護を受けることができました。元和五年(1619年)、この福山の地に城を築き、城内の北側(鬼門)に備後の国の守護神としてお祀りしたのが、三蔵稲荷神社の起源です。以来、代々の福山城主が直祭し、藩内には多くのご分社がありました。
御祭神:宇賀魂大神、猿田彦大神、大宮女大神

西川の石段を下りた右手に阿部神社、武道館、その先に-
備後護国神社
720-0061_備後護国神社page
鎮座地:広島県福山市丸之内1丁目9-2
由緒:旧社格は内務大臣指定護国神社で、戦後別表神社となっています。明治元年、福山藩主・阿部正桓が、石見益田の役と函館戦争での戦死者の霊を祀るために、旧深津郡吉津村に招魂社を創立したのに始まり、明治26年に福山公園(現在の福山城)の本丸人質櫓跡に遷座し、明治34年に官祭福山招魂社に改称しました。昭和14年(1939年)に内務大臣の指定を受けて福山護國神社と改称しました。昭和15年(1940年)の紀元2600年を機に、芦田川河畔に新たに広大な境内と運動場を有する神社として建立されることになり、第二次世界大戦(太平洋戦争)中も工事が続けられていましたが、完成目前の昭和20年(1945年)8月8日の福山大空襲によって焼失してしまいました。この敷地は現在、福山市体育館として使われています。戦後福山藩主の阿部氏が建立した阿部神社と昭和32年(1957年)に合併して、備後護国神社に改称しました。尚、阿部神社は文化10年(1813年)に時の福山藩主が、歴代の祖霊を祀ったのが始まりです。
御祭神:阿部家の祖神、四道将軍の大彦命、武沼河別命と豊韓別命及び阿部正弘公など歴代備後福山藩主、備後国出身の護国の英霊 

城の西側を南へ、少し西側の『西2番ガード』を潜り更に南へ進みR2号を越えて更に南へ進み、突き当りを左折して次を右折して進むと『地吹町東』信号、その先を進んだ右手に-信号前で停め難いので少し東へ
地吹荒神社
720-0816_地吹荒神社page
鎮座地:広島県福山市地吹町9
由緒、御祭神共に不明

先程の『地吹町東』信号まで引き返し、右折して東へ進むと『道三町』信号の先南側に
恵美須神社
720-0813_恵美須神社page
鎮座地:広島県福山市道三町8-16
由緒、御祭神共に不明
北側に
最上稲荷山福山支院
720-0813_最上稲荷山福山支院page
鎮座地:広島県福山市道三町7-8
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し『道三町』信号を南へ進み5本目の道を左折して進んだ『野上町新屋公園先の左手』
清滝稲荷神社
720-0815_清滝稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市野上町1丁目6
由緒:清滝神社は文政2年(1819年)頃せつりつされたと推測される。当初(深安郡野上村字新屋)境内に社殿・石鳥居・常夜灯・石の太鼓橋・神木楠木があった。明治の大飢饉・大正の水害を受け、村民の天災地変の徐滅・繁栄・護国豊穣を祈願する為、秋祭りなどに神楽奉納していた。昭和20年8月8日の福山大空襲で焼失し、復興都市計画により現在地(野上町)を代替地として昭和30年(1955年)頃焼失残り神木楠木を使い、祠を再建した。・・・・・
御祭神:大宮乃女神、神大市姫命、猿田彦神等
掲示物あり

少し早いが帰宅することに、R2号で帰るが何か全体的に混んでいる感じ、いつもの『玉島IC』入口付近で渋滞した感じ、54号、60号で高梁川を越え倉敷の北側を進み、新幹線沿いのルートで帰宅、ここも意外と混んでいた!本当にスムースなルートは!

神社廻り-福山北

前回に続き備後の国へ、山陽道の近くを通りながら福山へ-R486号で井原へ、そしてR313号から神辺へ、R313号を進み前方右手で393号と出会う交差点を左折して進み、前方突き当りを右折して進み前方交差点を山際を左折して進んで行くと左手に石柱
艮神社
720-2124_艮神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南
由緒、御祭神共に不明

更に先へ進んで行くと左手に石灯籠、少し先の民家の左手の道を南方向へ登って行くと左手に
丙谷荒神社
720-2124_丙谷荒神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南
由緒、御祭神共に不明

池まで引き返し左折して南へ、三叉路を左折して坂道を登り、曲りくねって進んで行き、前方十字路(集落)へ、勘違いして直進してまた坂道を登って行くと登りきった附近に『千田浄水場』、下って行った右手に空地と、境内に至る坂道、空地に車を停め歩いて参詣
千田八幡神社
720-0013_千田八幡神社page
鎮座地:広島県福山市千田町大字千田
由緒:明応年間(1492-1501)、神辺領安那郡(やすな)宇山村に鎮座していた八幡宮が大地震で倒壊し、天文元年(1532)8月、宇山村から千田村向谷に遷座し宇山八幡宮と称した。その後、弘治2年(1556)に千田村白石(現在地)に分霊を勧請し創祀された神社だ。この神社の本社となる宇山八幡宮を調べてみると大地震で倒壊したという時事は記されていないが京都男山八幡宮(石清水八幡宮)より勧請したと言い伝えられている。祭神は千田、宇山八幡共に神功皇后、応神天皇、宗像三女神で、これは石清水の八幡神と一致する。千田にはもう一つ宇山八幡神社が鎮座している。 
千田八幡神社の社地の一部が平成4年に千田浄水場建設用地の一部となり、この工事に併せて本殿、拝殿の新築、および、境内整備が行われ、平成8年に完成している。新築された本殿は一間社流造で、前面背面共に繁垂木の二軒。身舎柱は正規の円柱を使い頭貫の下は長押が打たれる。妻飾りは頭貫の柱間は蟇股が虹梁大瓶束を支える。縁は三方を廻り、奥は脇障子で止まる。向拝柱は虹梁型の頭貫で固め木鼻には彫刻が施され、柱間は蟇股。軒の垂木は手挟みが支える。 
御祭神:無記載
石段を下り、西方向へ進んで行くと右手に、その先に『宝寿院』行くと
荒神社
720-0013-1_荒神社page
鎮座地:広島県福山市千田町大字千田
由緒、御祭神共に不明

参詣し忘れに気が付き先程の十字路まで引き返し
左折して進んだ直ぐ先、あけぼの会館の道をはさんだ北側
不明祠
720-2124_不明祠page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南
由緒、御祭神共に不明

更に東へ進んで行、前方Y字路付近に車を停め左手に進んでいった奥に鳥居
木花開耶姫神社
720-2124_木花開耶姫神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南
由緒:創建は不明だが貞享五年(1688年)、野上八幡宮(福山八幡宮の西御宮)の旧社殿を移築して本殿を再建したとある。
御祭神:木花開耶姫

先程の十字路まで引き返し、左折して『千田八幡神社』横まで進み、更に坂を下りその先右にカーブした先、右手の狭い道を進んで行った右手に-大きな銀杏の木があるが殆ど散っていて残念、特に銀杏を狙ってはいないが何か時期が微妙に違う気がする
荒神社
720-0004-2_荒神社
鎮座地:広島県福山市千田町大字千田
由緒、御祭神共に不明

前方へ進んでR182号を進み、前方『千田幹線東』信号の左手に車を停め歩いて-歩道に停車
大迫荒神社
720-0013_大迫荒神社page
鎮座地:広島県福山市千田町大字千田
由緒、御祭神共に不明

引き返しR182号を横切り西へ進んだ右手
艮神社
720-0013_艮神社page
鎮座地:広島県福山市千田町大字千田
由緒、御祭神共に不明
予定として参詣順に番号をふっていたが、やはり(天神社:広島県福山市蔵王町)を忘れている-R182号を挟んだ直ぐの反対側

更に西へ進んで行った右手
宇山八幡神社
720-0013_宇山八幡神社
鎮座地:広島県福山市千田町大字千田
由緒、御祭神共に不明

更に進んで行った右手-手前が天満宮
天満宮(荒神社)
720-0013_天満宮(荒神社)page
鎮座地:広島県福山市千田町大字千田
由緒、御祭神共に不明

更に西へ進んで行くと『千田ガード北』信号でR313号、南へ進んで直ぐ右折して進んで行った、右手の車止めのあるガードの先
明神社
720-0014_明神社page
鎮座地:広島県福山市千田町大字藪路
由緒、御祭神共に不明

先に進んで行って右にカーブした先を左折して前方の坂道を登っていた右手石段のの先-下側から鳥居が確認できる
荒神社
720-0015_荒神社page
鎮座地:広島県福山市千田町大字坂田601
由緒、御祭神共に不明
神社の裏側の道を登って行くと-整備された参道-清掃を期待するのは無理
石鎚神社
720-0015_石鎚神社page
鎮座地:広島県福山市千田町大字坂田
由緒、御祭神共に不明

引き返して北へ進んだ前方十字路の左手角-お堂の隣りに地神碑があるだけ
地神社
720-0017_地神社page
鎮座地:広島県福山市千田町坂田北48
由緒、御祭神共に不明

東へ進んで行くと坂田公園、小さな川の向こうに『北村景松園』の駐車場、その先の山道を進んで行くと前方に石段-かなりシンドイが登りきった尾根の北側に
藪路八幡宮
720-0014_藪路八幡宮page
鎮座地:広島県福山市千田町大字藪路
由緒、御祭神共に不明

東側の石段を下って行った左手
三軒家淀坂稲荷神社
720-0014_三軒家淀坂稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市千田町大字藪路
由緒、御祭神共に不明

北側に
三軒家荒神社
720-0014_三軒家荒神社page
鎮座地:広島県福山市千田町大字藪路40
由緒、御祭神共に不明
東側からの方が少し登りやすいか?-道路が南方向への一方通行、駐車場所に困るのでは?

手前の十字路まで引き返し、右折して北へ進んで行き『中津原浄水場』の北東、手前の空地へ駐車して
荒神社
720-0004-1_荒神社
鎮座地:広島県福山市御幸町大字中津原225
由緒、御祭神共に不明
手前の舗装された坂道を登った先石段が-車止めが有り車は無理
小山八幡神社
720-0004_小山八幡神社
鎮座地:広島県福山市御幸町大字中津原
由緒:天正13年(1585)羽賀弾正中津三郎が羽賀茶臼山城主となり、羽賀八幡宮を城の鎮守として羽賀に奉祀したので、翌年に羽賀八幡宮より勧請し現在地である小山に創建したとある。その後、安永3年(1774)に本殿を修造している。
御祭神:記載なし

前方の橋を渡り北へ進んで行くと右手に7&11、左折して進み前方橋へ至る378号の手前を右折して突き当り付近の路肩へ車を停め歩いて土手下の道を北東に進んで行った右手-道は色々有りそうだが無難な道を、そして土手下の道は狭いと思っていたが意外と広いので車で行くべき!
荒神社
720-0004-2_荒神社
鎮座地:広島県福山市御幸町大字中津原
由緒、御祭神共に不明

手前まで引き返し右折して進んで378号で橋を渡り直ぐ右折した土手の下附近に車を停め左手の391号の下横を進み、右にカーブして坂道を登った左手に辻堂
井ノ端竈神社(辻堂)
720-0093_井ノ端竈神社(辻堂)page
鎮座地:広島県福山市郷分町
由緒、御祭神共に不明

陸橋を渡って進んだ右にカーブして進んだ左手に、陸橋の所で通行止め
石原山之神
720-0093_石原山之神page
鎮座地:広島県福山市郷分町
由緒、御祭神共に不明

左手の山の上、結構な階段
石鎚神社
720-0093_石鎚神社page
鎮座地:広島県福山市郷分町
由緒、御祭神共に不明

車まで引き返し、土手下の道を北東方向に進んで行くと左手山裾に、歩いて
石原日和神社(乗弘大明神)
720-0093_石原日和神社(乗弘大明神)page
鎮座地:広島県福山市郷分町560-1
由緒:弘治元年(1555)の創建。昔は「石原大明神」と云われていたが、鳥居には「乗弘大明神」の額もかかっている。
御祭神:彦火々出見命

先へ進むと川沿いの道へ、途中で出会った人に確認、車で通行可能で、神社下に駐車場が有り、そこまでは車で可能との事、対岸のゴルフ場への橋の手前、やはり不安で川の側に車を置いたが、十分可能
荒神社(謹念堂)
720-0004_荒神社(謹念堂)
鎮座地:広島県福山市御幸町大字中津原
由緒、御祭神共に不明
右手の坂道を登って行った先、ここも駐車場先に車両止め
羽賀八幡神社
720-0004_羽賀八幡神社
鎮座地:広島県福山市御幸町大字中津原
由緒、御祭神共に不明

車で行ける処を歩いたりとチグハグな所が多かった気がするが、今日一番の失敗行為、引き返そうとも思ったが、地図上で道幅も問題なさそうなので先へ進んで行ったが、大きな水たまりがうんざりするほど、スピード少しでも上げると完全にハンドルを取られる感じ、やっと381号へ、右折して橋を渡り土手沿いの道を進んで行く、目的の神社は391号の側、土手下の道へ下りるタイミングを外し、殆ど最初渡った橋近くまで進んでやっと土手下の道へ、中学校の手前で右折して進み391号の手前に車を停め、通りを渡って
土手沿いに南西へ進んで行った左手
正膳稲荷神社
720-0004_正膳稲荷神社
鎮座地:広島県福山市御幸町大字中津原
由緒、御祭神共に不明

時間も遅くなったので帰宅することに、391号を南へ、前方左折してR313号を東へ進み、R182号に乗りたいが立体交差、潜った先左折して線路を越え、川沿いの処を左折して川沿いに進み、R182号を越えて突き当りを右折、先にある『片山集会所』に車を置き、山際の道を進んで行った左手
荒神社
720-2124_荒神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南
由緒、御祭神共に不明
その奥の道を進んで行くと
正一位稲荷神社
720-2124_正一位稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市神辺町大字川南
由緒、御祭神共に不明

これ以上立ち寄ることも難しいので帰宅、ほぼ北コースを引き返すことにするが、時間が少し遅いせいか意外とスムースに、このコースも西からの帰りには有か?

神社廻り-R2号から福山

最近あまり遠出をしてないので、R2号を通って正規のルートで福山へ?
県境を越えて直ぐ、左手GSの手前を左折し進むと『森田薬品工業(株)』の構内へ、直進する坂道は狭く不安だったので、GSの南側へ車を停め歩いて前方左手の方向へ-下の会社の駐車場か?結構車が停めてあり、強引に進むべきだった!、会社の裏側に沿って山道があり神社へ
谷尾神社
721-0923_谷尾神社page
鎮座地:広島県福山市大門町野々浜1118
由緒、御祭神共に不明

更に進み、池を過ぎた先の信号、右折できないので左折し、直ぐの処へ車を停め、歩いて横断歩道を渡り、更に線路を越えて進んだ先に、石段と鳥居
賀茂神社
721-0923_賀茂神社page
鎮座地:広島県福山市大門町野々浜
由緒、御祭神共に不明

Googleの衛星写真を見ると『賀茂神社』の奥に『蓮瑞寺』があり北東方向にある神社へ行ける感じだったが、北側へは進める感じではないので、一旦石段を下りて近くにいた作業中の人に尋ねると、「お寺から右手に進めば行ける」とのこと、信じて坂道を登ってお寺に行くが鍵が掛かってダメので、すぐ下の民家の人に尋ねると「下の道を進み、竹林の向こう側に道がある」との事、竹林を東側から廻り込むともう一つ東の民家の裏側へ、山道に沿って進むと
北荒神社
721-0923_北荒神社page
鎮座地:広島県福山市大門町野々浜582
由緒、御祭神共に不明
お寺に鍵が掛かって無かったら簡単に行けたが、非常に時間を取られる。

南へ進み、前方を右手に(間違えて直進-行止り)『大門東第1公園』横を左手に進んで行った右手
鎮守神社
721-0926_鎮守神社page
鎮座地:広島県福山市大門町8丁目16
由緒、御祭神共に不明
二度と通りたくない道、進んで行った先、池の側に『地神碑』

進んで行くと広い道に、南西に進み、交差点(『大門町3丁目東』信号)の先の右手-道幅があるので路肩へ停めて
厳島神社
721-0926_厳島神社page
鎮座地:広島県福山市大門町4丁目21
由緒、御祭神共に不明
東側の北に石段と車参道(車止め)、南側が参道(横に駐車スペース)

先程の交点に引き返し西へ進んだ突き当りの左手、道は広いが駐車場所考え、手前の信号の北東にある7&11で休憩後歩いて-車参道と駐車場はあるが入り口に車止め
春日神社
721-0926_春日神社page
鎮座地:広島県福山市大門町4丁目12
由緒、御祭神共に不明

手前の信号を北へ進むとR2号と大門駅、手前を左折して進む予定だったが行き過ぎてR2号へ、左手丘の団地の西端だがR2号から入口が分からない-交通量の多い道で探しながら走るのは難しい-結局R2号を進みグルっと回った先、新幹線の高架を潜った先を左折して当初の団地へ道を探そうとするが、方向感覚も無くなりあきらめ、西側の広い道から歩いて行くことに、R2号から広い道を進んで行くと左にカーブして坂道を上がった先を左折して進み、右手に入る太めの2本目の道を入った突き当りの細い山道を進んで行くと
荒神社
721-0927_荒神社page
鎮座地:広島県福山市大門町津之下
由緒、御祭神共に不明
艮神社と一緒に祭らているよう、このルートの方がわかりやすいが、今回あまりにも時間を取られ過ぎた。

R2号へ引き返し、右折して大門(岡山・笠岡)方面へ、『大門津之下』信号を左折してガードをくぐった右手に鳥居、前に車を停め-少し先に車参道が
大門八幡神社
721-0921_大門八幡神社page
鎮座地:広島県福山市大門町大門
由緒、御祭神共に不明

更に進んだ左手石段の上
惣堂神社
721-0921_惣堂神社page
鎮座地:広島県福山市大門町大門
由緒、御祭神共に不明

先へ進み、右手に広い駐車帯がある処の手前を左折して『真明寺』を目指すが無理、狭い道を無理して進み左折して進むと『上之坊』、ここに車を停め、西側の墓地の間を通り山道を進んで行くと
荒神社(+上之坊)
721-0921_荒神社(+上之坊)page
鎮座地:広島県福山市大門町大門
由緒、御祭神共に不明

『上之坊』横の道を北へ進と正面に-車で行った方が楽
大仙神社
721-0921_大仙神社page
鎮座地:広島県福山市大門町大門
由緒、御祭神共に不明

引き返し、お寺の手前を左折して進んだ左手-整備されて無いが駐車可
草延天神社
721-0921_草延天神社page
鎮座地:広島県福山市大門町大門
由緒、御祭神共に不明
大した距離ではないので歩いた方が駐車を気にせずに-『上之坊』前に

引き返して、R2号を西へ進み、『伊勢丘入口』信号を左折して進み、前方消防署前の信号を左折、三本目の道を右折、直ぐ左折、右折した突き当り、フェンスに囲まれ、南側が入口に
太輪山神社
721-0915_太輪山神社page
鎮座地:広島県福山市伊勢丘1丁目1
由緒、御祭神共に不明

先程の道へ引き返し、西へ進み『引屋町高屋』信号を左折して進み『コム・クリニック佐藤』手前を右折した右手-手前東側に駐車場
引野天神社
721-0942_引野天神社page
鎮座地:広島県福山市引野町北三丁目24番13号
由緒、御祭神共に不明

先に進んで行き、前方Y字路手前に車を停め、右手に道を進み民家の裏を右折した右手
龍石神社
721-0942_龍石神社page
鎮座地:広島県福山市引野町2丁目34
由緒、御祭神共に不明

先程のY字路の左手を進むと広い道とその左手に信号があり、交通量が多く出にくいが、左折、直ぐ右折して進み、前方Y字路を右手に進み、前方広い道を越えた先の左手に
土肥神社
721-0941_土肥神社page
鎮座地:広島県福山市引野町北1丁目1
由緒、御祭神共に不明

そして手前を右折して進んだ左手-歩いて行ったが『蔵王病院』の側
沼田稲荷神社
721-0973_沼田稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市南蔵王町6丁目23
由緒、御祭神共に不明

西へ進み、突き当りを右折して次を左折して橋を渡ると182号、右折して北へ進み、『蔵王南』信号を左折して進み、『宮ノ橋』信号の先の左手、手前の路肩へ車を停め左手川沿いに進んで行くと石段と鳥居と地神碑
深津八幡神社
721-0974_深津八幡神社page
鎮座地:広島県福山市東深津町7丁目9−8
由緒、御祭神共に不明
境内の西側に
石鎚神社
721-0974_石鎚神社page
鎮座地:広島県福山市東深津町1丁目19−13
由緒、御祭神共に不明

先に進み、トンネル手前に車を停め、左手の坂道を登り、南側を
東荒神社
721-0974_東荒神社page
鎮座地:広島県福山市東深津町7丁目12
由緒、御祭神共に不明

トンネルを抜けた先4本目の道(福山暁の星学院の案内)を右折して進み小さな川附近に車を停め歩いて北側を(坂道を登って行き、広い道の手前を左折して進んだ右手)
蔀山稲生神社
721-0975_蔀山稲生神社page
鎮座地:広島県福山市西深津町4丁目1
由緒、御祭神共に不明
足利義昭が鞆にいたことは良く知られているが、方々にあったとは?

元の道まで引き返し西へ進み、R313号を横切って進み、前方『胡町中央』の信号を右折して進んだ正面に『惣門番所』、手前に車を停めて-交通量が多く少し邪魔か?-手前の建物の前にえびす様と祠が
惣門番所前胡様
720-0055_惣門番所前胡様page
鎮座地:広島県福山市胡町
由緒、御祭神共に不明

前方、左折して川沿いに進んだ二本目の道を左折した先
菅原神社・稲荷神社
720-0056_菅原神社・稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市本町10-12
由緒、御祭神共に不明

この道を北へ進み、川に突き当たった先は『ダイキ』等の駐車場、ここに車を停め川沿いに西へ進むと左手に
清瀧稲荷神社
720-0072_清瀧稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市吉津町4
由緒、御祭神共に不明

西へ進んだ突き当りの右手
渡邊神社
720-0073_渡邊神社page
鎮座地:広島県福山市北吉津町2丁目4
由緒、御祭神共に不明

引き返し、川沿いに東へ進んで行った左手奥-民家の後
稲荷神社
720-0073_稲荷神社page
鎮座地:広島県福山市北吉津町4丁目2
由緒、御祭神共に不明

南へ引き返し、前方十字路を右折して進んで行くと右手に、手前の観音寺の駐車場に車を置いて西側の道を北へ、左折して進んで行くと-この道は途中まで車で、石段手前で分かれる(車で境内まで)
艮神社
720-0073_艮神社page
鎮座地:広島県福山市北吉津町1丁目5−24
由緒:当社は、平安時代、福山が藤原家の荘園として栄えていた当時(天永年間、西暦1110年頃) 須佐之男命を祀る「牛頭天王社(ごづてんのうしゃ)」として、今の福山市木之庄町に建立されており(牛頭とは須佐之男命の呼称)、建武元年(西暦1334年)、今の地に伊邪那岐命を併祀の上遷座、当時の集落の中心地、吉津、木之庄、本庄、奈良津、千田各郷一帯の産土神 「秋津洲神社(あきつしまじんじゃ)」と改称された旧福山最古の神社であります。降って、初代福山藩主 水野勝成公,福山城築城(元和5年、西暦1619年)に際しては、城郭の鬼門・艮(うしとら)の方位(北東)を鎮める守護神「秋津艮大明神(あきつうしとらだいみょうじん)]と称えられ、天和3年(西暦1683年)水野勝種公の緒社殿の寄進を始め、度々造営、修復がなされ、御社頭ますます賑盛を極め、明治以降は現在の御社名「艮神社」となり、北吉津町を始め38町、約5000戸の氏神、又広く福山地方一円の鬼門守護神、厄除神として崇敬されております。
御祭神:須佐之男命、伊邪那岐命

川沿いに道を西へ進んで行くと
福山八幡宮:広島県福山市北吉津町1丁目2−16

これから参詣という時にタブレットのバッテリー切れ、福山城を目前にしながら中断、2号線へ出て普通に帰宅-やはり高梁川手前と、岡山手前から渋滞-時間も遅くなると新たな発見は何もないので高速か?


神社巡り-東広島近辺

富田町町内会親睦旅行に便乗し、少し遠くの神社巡りに!

富田町会館前を8時前に出発、岡山インターから山陽自動車道を西へ、福山インターからR2号バイパスを経由して、西瀬戸尾道インターからしまなみ海道で向島へ、向島インターから県道371号、377号を通って尾道市立三幸小学校前へ、ここにバスを停めて高橋ミカン園へ、入園料500円で園内食べ放題、持ち帰りは3kg/袋で500円、着いて15分くらいで雨が、早いけど次の目的地湯坂温泉へ早めに出発。

福山西インターまで引き返し、山陽自動車道を西へ、八幡PAで休憩して河内インターからR432号で南へ前方R2号を右折して進み前方左手の湯坂温泉「ホテル賀茂川荘」へ早めの昼食の後自由時間、この間に付近の神社巡り

ホテル前をR2号へ、信号を渡り前方右手の斜めの坂道を進み、突き当りを右折して進んで行くと左手かなり奥に、雨上がりと枯葉、滑りやすいので注意!
水ケ谷神社
725-0002page
鎮座地:広島県竹原市西野町2498
由緒、御祭神共に不明

元の道へ引き返し今度は西方向へ、末京集会所の少し先右手に『西野小学校』跡の標識、その奥に
末清神社
725-0002page
鎮座地:広島県竹原市西野町2642番2645番
由緒、御祭神共に不明

前方へ進み左にカーブして進み、R2号を横切って進んで行った右手に階段-かなり急峻
今伊勢神社
725-0002page
鎮座地:広島県竹原市西野町1332
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し前方田万里川に沿って右折して進んで行くと、ホテルの近く、右手の太陽電池パネルの奥に石柱、パネルの左側を進んで行くと、石柱の先に鳥居
伊勢両宮社
725-0002page
鎮座地:広島県竹原市西野町字伊勢宮山甲141番地・乙141番地
由緒、御祭神共に不明

鳥居の前の道を右手に進んで行くと石燈籠-かんぽの宿の端からの参道?
不明神社
725-0002page
鎮座地:広島県竹原市西野町
由緒、御祭神共に不明

少し引き返し、防護柵を開けて前方民家へ、横を通ってホテルとかんぽの宿竹原の間を通ってホテルへ、時間が余ったのでホテルでコーヒー、15分以上の時間があるので、もう一社廻るのはギリギリ?

R2号で西へ、右折してR375号へ、左折してR486号へ、前方右折して県道195ごうで西条駅へ、駐車場無く、駅前で降車して酒蔵巡りへ、私は駅裏側の神社へ、陸橋で線路を越えて進むと前方に『教善寺』左手の参道から
御建神社
739-0001page
鎮座地:広島県東広島市西条町西条268
由緒:慶雲三年(706)諸国に疫病が流行した時、素戔嗚命に祈り疫病が止んだ事から当時の人々が社を建てて祀ったのが当社の起こりと伝えられている。もとは西条町字御建に鎮座していたが明治四十三年十月西条町字北の若宮八幡神社・胡子神社・金崎神社・西条町大地面の大地面神社及びその境内社を御建神社に合併し翌年十月現在地に遷産(座?)された。大正三年十一月の火災の為、神殿が焼失したが翌年より三年をかけて現在の社に再建された。なお当社は旧称を「祇園社四日市次郎丸村にあり」と記されている。昭和初年、山城伏見の松尾神社の分霊を境内に勧請し酒都西条の酒の守護神とした摂社松尾神社がある。毎年酒造期の十一月には町内の酒造家によって厳粛に祭礼が行われている。
御祭神:素戔嗚命、事代主命、市杵島姫命等
日本酒醸造の街としては「松尾神社」としての方が有名か、駅近くの神社で日曜の為か、七五三詣りの親子連れが多い
又、参道右手に
御建稲荷神社
739-0001page
鎮座地:広島県東広島市西条町西条268
由緒、御祭神共に不明

線路に沿って東へ進んで行くと『安芸国分寺跡』の標識、従って進んで行き、広い北へ進む隣の道を左折して北へ進と
岩清水八幡社
739-0002page
鎮座地:広島県東広島市西条町吉行2078
由緒、御祭神共に不明

安芸国分寺跡をぐるりと廻って、南へ、線路を潜って酒蔵街を通って駅へ向かう途中に見つけた『亀齢第七號蔵』の西側の道を北へ進んだ処の「福寿院(山陽花の寺第23番霊場)」の奥に
福神稲荷大明神
739-0011page
鎮座地:広島県東広島市西条本町5
由緒、御祭神共に不明

更に駅方向へ進んで行くと『酒蔵横丁』の中に
稲荷神社
739-0011page
鎮座地:広島県東広島市西条本町2-15
由緒、御祭神共に不明
全然時間を気にせずに駅前に着くとバスが来ていて人数確認の真っ最中?、全く予定通りで、来た時と同様福山サービスエリヤによって帰宅、岡山インターまでは時間通り、しかしその後が、少しの遅れで無事帰宅
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