岡山県内神社巡り(メイン)

片っぱしらからの神社巡り

足守

神社巡り-足守附近

最近は老犬の世話で家に居ることが多い?、2月最後ということで出かけることに、目的は神社でなくお寺の感じが強い『龍泉寺』へ
龍神関係のお寺なので鳥居も在り、又備中は神社に鐘が多く見られ、神仏混合の名残が強いのか?

通常通りR180号で総社方面へ、山陽自動車道の下を左折して進んで行くと左手に
加茂神社:岡山市北区加茂1226
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自動車道沿いに西へ進んで行くと前方に73号、右折して自動車道を潜り直ぐ左折して進んで行くと右手に『産土荒神社』、その先を左折して自動車道を潜り直ぐ右折して進んだ右手土手下
上加茂神社:岡山市北区津寺19
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神社の裏に住んでいる人の野犬か?おとなしいがこれだけ数がいると?

先程の高速の処まで引き返し、みちなりに進んで行くと前方R180号、右折してR180号を引き返し、『高松稲荷』信号で左折して241号を進み『高松城跡』へのT字路の処へ車を停め右手の小山を
御崎神社:岡山市北区立田911
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『高松城跡』を目指し、一番手前の駐車場へ(高松城址公園資料館)へ車を停め一周、資料館へ立ち寄り北東方向の宇喜多軍の陣営跡の八幡神社を目指す
八幡神社:岡山市北区和井元108
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城跡の先の十字路を右折して進み、川沿いのY字路を左手に進んで行くと神社前に、前の路肩に駐車

城跡の先の十字路まで引き返し、この附近に車を停め南側へ
不明祠と地蔵堂
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鎮座地:岡山市北区高松
由緒、御祭神共に不明

資料館前まで戻り東側へ
妙見大菩薩(清水宗治位牌堂)
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鎮座地:岡山市北区高松
由緒、御祭神共に不明
清水宗治自刃の地(舟上では?)、ごうやぶへ行く手前『星友寺』の隣り

241号まで引き返し、北上坂道の途中の左手に『最上稲荷奥之院』の参道、とても歩いて行くはしない、先へ進んで自動車道を-前方信号を左折、突き当りを左折して進んで行った先、突き当り手前を左手へ進んで行く、結構いい道、突き当りまで行ったが何か車が多く停まっておりUターンに苦労、少し手前の石柱手前に駐車した方が賢明
最上稲荷奥之院一乗寺
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鎮座地:岡山市北区長野495
由緒、御祭神共に不明

今度は引き返し反対方向の龍泉寺へ、Uカーブした左手奥に大きな鳥居、龍王池から本殿へ、そして有名なお滝へ廻ってから足守方面へ下って行く-途中車止め等があり駐車場へ車を置き歩いてブラブラと!
龍泉寺神苑
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鎮座地:岡山市北区下足守900
由緒、御祭神共に不明
日蓮宗のお寺だが鳥居、神殿等何故か神社っぽい?、今日は何を目的に出発したのか?、まあ、深くは考えない

下って行った先右手に、前回は路肩に車停め歩いて石段を登ったが今回は西側にある車道から車で
10066_葦守八幡宮:岡山市北区下足守468

神社横を北へ進みR429号を横切って足守川を渡り右手に(ホタルの河原の側)
不明神社
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鎮座地:岡山市北区足守
由緒、御祭神共に不明

先へ進み突き当りを右折して進んだ先の駐車場へ車を停め、「旧足守藩侍屋敷遺構」、「足守陣屋跡」、「木下利玄の生家」から近水園へ
意外と時間がかかり、帰宅することに!

足守北方面

180号より足守方向へ(前回の足守近辺の続き)参拝
R180号からR429号を北上し、吉備中央・岡山空港の標識に従い右折、直進、五差路の左手に鳥居を見ながら直進、右手に採石場?(山を崩している)が見えるの辺りの路肩が広い部分に車を停め、反対方向の北行きの道を歩いて探し、そして右折して進むと鳥居が見られる
荒神社
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鎮座地:岡山市北区下足守
由緒、御祭神共に不明

先ほどの鳥居まで引き返し、鳥居脇の道を進むと右手に鳥居、車道が隣に見られるが歩いて参拝、正面(南側)と西川に参拝用の階段が見られ、思ったより大きな神社であった。
葦守八幡宮(八幡神社)
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鎮座地:岡山市北区下足守468
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由緒:当宮は世にいう葉田葦守宮で応神天皇行幸の旧跡である。葉田葦守は応神天皇の皇妃吉備兄媛の郷里であり、応神天皇の22年9月この地に御臨幸になった。応神天皇はこの行幸において、兄媛命の兄御友別命及びその子、兄弟のもてなしを受けたことを大変喜ばれ、吉備の地を分国し、長子の稲速分(下道臣の祖)に川嶋県、次子仲彦(上道、香屋臣の祖)に上道県、末子弟彦(三野臣の祖)に三野県、兄の浦凝別(苑臣の祖)に苑県、弟の鴨別(笠臣の祖)に波区芸県を与えられた。このように当宮は吉備の国の建国にゆかりのある宮である。天皇崩御の後、御友別命の子中津彦命(仲彦)は、天皇の仁徳を追慕し、天皇の神霊をその行宮跡に斎き祀り、葉田葦守宮と称したのが現葦守八幡宮である。爾来中津彦命の子孫で、葦守に居を構えた香屋臣(賀陽氏)は、一族中から相つぎ神主を送り出し足利氏末年に至るまで連綿と奉仕した。葦守八幡宮は代々の守、介や武将からも崇められたが、中でも豊臣秀頼は慶長12年奉行小出大和守をもって神鏡一面を奉納され、豊臣家再興を祈願している。平安時代末期の嘉応元年(1169)につくられた足守荘園図には庄の中央から少し北寄りの現葦守八幡宮の地に、八満山と八幡宮の文字が見え、社と鳥居が図示され鎮守の神として庄の信仰の中心になっていた当時の様子がうかがえる。慶長年中従三位木下家定がこの地に移封後約250年間は同家累代藩主の産土神として、また領内総鎮守として、格別尊崇され、社殿の修理、祭典その他の費用に至るまで寄進された。
御祭神:応神天皇、神功皇后、玉依媛命、兄媛命、御友別命
先進むとR429号に出るので右折して北へ進む。

R429号、トンネル手前の信号を右折、突き当たりを左折、細い道を北上、右に東漸寺石碑-直進、前方の池の土手を目指す、池の左手に鳥居、車をかわす場所があるので車を停め参拝する。
荒神宮
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鎮座地:岡山市北区足守2685
由緒、御祭神共に不明

R429号まで引き返し、429号を北上、トンネルを過ぎて直ぐの先右手、少し先の路肩へ駐車
荒神社
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鎮座地:岡山市北区足守1868-1
由緒、御祭神共に不明

R429号を進み、大井保育園手前を左折、直進後突き当たりを右折直ぐに鳥居、案内板を見ると神社はかなり先、はなから諦めて車で行くと神社の隣へ駐車場
大井神社
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鎮座地:岡山市北区大井56
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由緒:当社の創建は正元元年(978)で吉備津彦命の御妃吉備大井姫命(百田弓矢比売命)の御父を祀る。寛永21年(1644)足守藩主木下淡路守が1石を寄進し祈願所と定めた。明治14年郷社に列格した。明治41年の火災によって本殿、幣殿、拝殿を全焼したが、大正4年に再建した。
御祭神:百田大兄命
自然度の高い樹林に囲まれ、ある種特異な雰囲気を醸し出している。車で参拝したせいか余裕がある?

神社前の道を進んで行くとR429号に繋がる

R429号進む、トンネルの先、橋を渡って直ぐ左折川沿いに進み、左方に鳥居、左折し、橋を渡り鳥居を目指す。(R429号を走りながら左手を見ながら走ると鳥居が見えるので目標にして進む。駐車スペースは近くで適当に考える。)
八幡宮
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鎮座地:岡山市北区粟井1514
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由緒、御祭神共に不明

引き返し、R429号を進み、76号の標識通りに左折、小さな橋を渡った少し先に右手脇道へ入る。そのまま山際を進み、三叉路を右手に進むと直ぐ右手に小さな祠
御崎神社
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鎮座地:岡山市北区西山内
由緒、御祭神共に不明

この道を先に進み、三叉路を左折、カーブした突き当たりを左に、寺を過ぎた先の三叉路を左奥、ここも神社側まで車で可能
天神社
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鎮座地:岡山市北区西山内680
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由緒、御祭神共に不明
ここはたまたま会った地元の人に出会い聞いて初めて分かる。手前のお寺に鳥居があり、教えられなければ帰ったかもしれない。三叉路を下って行くと元の76号へ出る。

R429号へ戻り、北上、JAの先を左折(高梁方面-広域農道)、直ぐに右折直進、左手に鳥居、少し先に車を停め歩いて参拝(鳥居の下は通行可能、神社の前はスポーツ広場で南側に車道あり。
懸幡神社
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鎮座地:岡山市北区東山内1303
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由緒:本神社は、神武天皇御東征の際、富島の宮から吉備の奥津方面に荒振る神がいると聞いて、平定しようとこの里に入られた時に、山の峰に御旗が懸かっており、その旗には武甕槌命、経津主命の御名があったので、この地を懸幡といい2柱の神を奉祀したと伝えられている。創祀時は掛畑明見に鎮座していたが、明治45年5月11日に現在地に遷座し、御崎神社外数社を合祀した。
御祭神:經津主命、武甕槌命

さっきのR429号へ出て、反対方向(吉備高原)、しばらく進み坂道の途中に「庄田」の標識、その先のT字路を左折、道なりに進み墓地に突き当たる。附近に車を停め、右手坂道を登った処、左手
荒神宮
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鎮座地:岡山市北区庄田
由緒、御祭神共に不明

元のR429号の信号へ戻る、北へ進むと黒谷ダム、更に北へ、左手に風神社参道の表示、少し先に右手に折れる脇道、U字にカーブした先の右手
風神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町広面1269
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由緒:崇神天皇の御代、四道将軍吉備津彦命の中国平定の際、その臣鼓彦命が雨坪山の山嶺に小社を建立して、志那津比古命・志那津比女命を勧請した。後、朱雀天皇の承平5年(935年)9月9日現地に奉遷(鎮斎)して風倉大明神と称え奉った。明治2年風神社と改めた。明治45年6月境外末社八幡宮を相殿として合祀した。昭和11年11月神饌幣帛料併進神社に指定せられた
御祭神:志那都比古命、志那都比賣神、品陀別天皇、足仲彦天皇、息長帶比賣命
引き返し429号へ出るべき、前へ進んで左折して出ようとしたため非常に苦労する。

R429号を北上、R484号へ左折少し南下すると右側に
村社天神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町竹部1035
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由緒、御祭神共に不明

R484号を進み、鳴滝森林公園の標識に従い左折、進んで行くと左手に神社
青木神社(青樹神社、青樹大明神)
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鎮座地:加賀郡吉備中央町竹部264
由緒、御祭神共に不明
先に進むと鳴滝、(引き返し、更に進むと左手に鳴滝ダムの標識)

R429号へ引き返し、北上
老人ホームかもがわ荘の北左側に神社前に車停め参拝、今日は地元の人らしき人が大きな木を切っていた。
鴨神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町上加茂471
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由緒、御祭神共に不明

R429号を北上、橋を渡るとR484号右折して東に進み、北にカーブする手前に「日吉神社・稲荷神社」の右折指示の標識。(狭いので路肩に停めて歩く-ここも車で可能だった)
日吉神社
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鎮座地:加賀郡吉備中央町下加茂1479
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由緒:第46代孝謙天皇御代、報恩大師、備前48ヶ寺を建立した。その一つを津高郡長庄に建て奥院を本宮山に設け本坊を山麓、現在の下加茂に構えて茲觀坊と証した。爾来佛法弘通の世に遭い堂塔伽藍壯麗を極めたが、遂に比叡山延暦寺に傚ひ佛法守護神として第60代醍醐天皇延喜年間に近江國坂本日吉山王(大山咋命)を勸請した。是が当社の縁起で、実に千有余年となる。正安3年に社殿を造営。大工近次郎、祝師僧信慶大徳、禰宜物部宗恒、天文18年社殿造営虎倉城主伊賀久隆、大工藤須六左衛門。延宝4年備前藩主 池田光政公が修造せられたのが現在の社殿である。池田家は代々社領米を献じ、継政公は享保19年5月、疫病退除の祈祷の上神符を納めるなど代々崇敬が篤かった。
御祭神:大山祇命、大己貴神、少彦名神
橋を渡ったこの道(森の中)を進んで行くことにするが時間がこれまでかかり過ぎたので建部でどの位廻れるか?

足守方面巡り

今日は気候もいいので午後から足守方向へ足をのばす。R180号で足守手前、わたなべ生鮮館手前で反対側の細い道を右折、直進、線路を越え突き当たりを左折、約100mで右手に鳥居と階段、最初見落とし、先の空き地に車を停め歩いて引き返し探す。
木野山神社
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鎮座地:岡山市北区小山594-1
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由緒、御祭神共に不明
小さな祠の後ろに一段と高い平地有、昔は何か建っていたのか?

山際に進み、田んぼの中の道へ左折して入り直進、細くなる手前を左折、道なりに進むと429号へ(吉備線を越えた先)、更に直進し突き当たり、右手に
生石神社
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鎮座地:岡山市北区門前1
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由緒:今から1200年〜1300年前からこの地区の氏神様であった。奈良時代の神名帳にも残されている。社殿は南北朝末期に建てられた。生石氏は生石八幡宮を氏神様として祀り、また、氏寺、報恩寺を建て、この山に生石城を造った。天正10年(1582)水攻めの時、この山に陣していたのは加藤清正であった。本殿、拝殿、随神門、鐘撞堂は江戸時代初期に改修された。本殿西には霊験あらたかなといわれる生石稲荷大明神があり、社前には霊狐が置かれている。また「生石」の名のもとと言われる大きな柱のような石が生石明神として祀られている性の石とも言われる。明治40年一社一村の「おふれ」がでて、生石地区の神社は天喰天神社を除いて大正4年この生石神社に全部統合された。生石郷下土田の豪族、薬師寺五郎の末孫、袖岡新助の名を刻んだ玉垣がある。
御祭神:応神天皇、神功皇后、玉依姫命
神社の前に空き地が十分あるが何故か駐車禁止の表示がある。

引き返し429号へ出て北上、左手にあるサンクス先を左折(271号)、足守川を渡った最初の信号を右折、北上左手の田んぼの中にに名称不明な神社
天神宮
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鎮座地:総社市東阿曽
由緒、御祭神共に不明
近くいた人に聞くとはっきりしないが『天神さま』と呼んでいるとのこと

元の道で神社の反対側へ入り、最初の狭い道を左折まっすぐ進むと右手に。
荒神宮
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鎮座地:総社市東阿曽
由緒、御祭神共に不明

少し北進、最初の道を左折、少し広い道を左折、南へ、「重信商店」先の斜めの道へ右折直進(途中右手に正眼寺-1/3程度)、川の手前右手に神社(車を停めて、角の山際を探す分からなかった。)近くの若い人に聞いたのが失敗、この辺には無い、『阿宗神社』を教えられる。こちらにも都合があるが逆らわず、予定を逆から廻る。家に帰ってストリートビューで確かめると、川に突き当たりを少し引き返した右手山側に鳥居が見える。後日再挑戦することに
荒神宮、鎮座地:総社市東阿曽、由緒、御祭神共に不明

橋を渡って直進、延寿院に突き当たるので、右折、広めの道2本目を左折、次に右折して墓地を目指す。墓地の西方に荒神社
荒神社
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鎮座地:総社市西阿曽
由緒、御祭神共に不明
最初墓地からの道を探したが見つからず、墓地から西に屋根が見える。墓地から下の道へ一旦降りて西へ行く道を探すとよい。

墓地沿いに北上すると少し広い道に出るので北上、突き当たりに神社、前に車を停め参拝を済ます。
阿宗神社
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鎮座地:総社市奥坂96
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由緒、御祭神共に不明
奥にあるはずの美保神社がよく分からなかったの近くの人に聞くと左奥にあるとのこと、しかも左側の道、阿宗神社左横の道は車の通行が可能で神社の後ろへ出る。そこまで車で行き歩いて探す。

美保神社
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鎮座地:総社市奥坂
由緒、御祭神共に不明
鳥居は見つけたが肝心の神社は現在は無いのか聞いた地元の人もそのようなことを言っていた。

道を南方向へ引き返し、阿曽小学校先を右折西方向へ、小さな橋を渡り、(株)赤木製畳の駐車場へ置き、奥にある石柱がの間を登って参拝する。
木野山神社
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鎮座地:総社市久米
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由緒、御祭神共に不明

前の道を西方向へ進み、左手に地蔵がある角を右折、直進した突き当たりに
御崎神社(園崎宮)
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鎮座地:総社市久米1213
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由緒:本神社は旧社記によると、仁徳天皇の御代の創建という。旧称桜矢明神、丑寅御崎、御崎明神業祠と称して、吉備津神社御園12神の1社である。天正年中宇喜多氏の臣延原土佐守が社寺領没収の際炎上し、天正7年9月に再建した。更に貞享2年9月に再建。安政3年に本殿を再建した。昭和11年本殿以外を改築した。上足守深茂の大神谷は御祭の神吉備武彦命、御友別命2代の御住居跡と伝えられている。
御祭神:吉備武彦命
切れかけたカメラの電池が遂にアウト、先ほどの荒神宮と共に再チャレンジ、全体的に楽だったコースで終了、帰宅。

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